2.来世の始まり。
歩いて行くと徐々に霧が晴れてきた。
空は青く、入道雲が浮かんでいる。
平野が広がっており、遠くには美しく赤、黄、緑に彩られた山々と一面に広がる森が見える。
暑さを感じる。
夏が戻って来たのだろうか?
「別世界の入り口ってどこなの?門とか何かあるの?地獄の門みたいなやつ。」
『そんなものはないの。入り口は先程話していた場所じゃ。世界にはすでにもう入っておる。』
いつの間に!
全然分からなかった。
霧が晴れたらそこは新世界だった。
じゃじゃーん。
「いつの間にだね。今はどこに向かってるの?クロちゃんはこの世界のこと詳しいの?」
『この世界を任されたのは吾じゃからな。それなりに詳しいの。三百年前までは神として管理しておったからの。今はまず、近くの村を目指しておるのじゃ。しばらく村に泊まる予定じゃ。』
ほぇぇぇ…。
すごいなクロちゃん。
世界を管理してるなんて。
でも、300年前まで…?
今は…?
そして、クロちゃん一体何歳よ!?
「はいはいはーい!質問です質問です!質問だらけですが、質問です!世界を管理してたってどういうことですか?今はしていないんですか?ここはどんな世界なんですか?それからそれから、クロちゃんはおいくつなんですか?何の神様なんですか?」
『質問攻めじゃな。どこから説明するのが分かりやすいかのう…。
まず、吾についてかの。概念より生じた存在であるとは話したの。
多くの神々や仏には司る役割と権能がある。吾は「導き」の役割を持ち、「視る」権能と「占う」権能を有しておる。現在、過去、未来の一部を視ることができる。言葉にしても分からぬじゃろうから、追々実践してやろうの。太古の昔には権能を用い、人々にも神にも導きを与えておった。
天孫降臨の時にも猿田彦等とともに導き手として同行しておったの。残念ながら吾は歴史に名が残ることもなく、忘れられていったがの。それが大体百七十九万五千年前くらいじゃな。』
「179万5千年前!?」
何時代ですか!?
『吾自身自分の詳しい年齢は分からぬ。生じてから微睡んでいたような期間もあるし、最初は時の流れにも関心もなかったしの。神代七代7代目伊邪那岐・伊邪那美と似たような時期じゃから、二百万歳か三百万歳くらいなのではないか?
今で言う第7世代じゃな。』
「・・・」
スケールが大き過ぎてもう分からない。
初めてクロちゃんの冗談を聞いたけど反応できない。
第7世代知ってるんだね…。
『反応していいのじゃぞ?中つ国もこの世界も少しは視えておったからの。まあ、良い。続けるぞ。
この世界は他の神々が造り出し、完成させることなく放棄してしまった。つい千年ほど前のことじゃ。そして、その二百年程後に世界を任されたのが吾というわけじゃ。吾は造りかけの世界を仕上げるために、残されていた力を使った。もうほとんど力は失われていたから出来ること自体は多くなかったがの。そしてとうとう、三百年前に限界を迎えたため、仕方なく世界を出て、代わりを頼める神が通らぬか待っておったというわけじゃ。』
「300年間もあそこで一人でいたってこと?」
『そうじゃが、それがどうかしたかの?』
ぶわっ
なんて寂しいことだろう。
涙が出てきた。
私だったら堪えられない。
がばっ!
『何故泣く!何故抱きつく!』
「寂しかったねぇ。頑張ったねぇ。これからは私が一緒にいるからね!」
涙が次から次に溢れてくる。
『情緒不安定か!三百年なぞ吾らからしたら瞬きと変わらぬわ!確かに誰とも喋れぬのは寂しかったがの。』
「うぅゔー」
…
……
クロちゃんは泣き止んで落ち着くまで、待っていてくれた。
「突然泣き出してちゃってごめんなさい。想像したら悲しくなっちゃって…。」
『良い。誰かに泣いてもらうというのも久しぶりじゃから、嬉しくはあったぞ。』
うるっ
『嬉しくはあるが、もう泣くでない。話ができぬ。』
「はい〜。」
涙腺が弱くなってるようだ。
『こほん。
後はこの世界がどんな世界であるかじゃったな。
この世界と「葦原の中つ国」や「黄泉の国」は隣接していると言える。と言っても単純な距離ではないから簡単な話ではないがの。二つとも国と呼んでいるが、正確には国ではなく世界の名前である。
八十神どもが適当に創って、放棄し、吾も名付けをする前に力を失ってしまったため、この世界に名前はない。敢えて呼ぶなら「無名の国」か「無名の世界」といったところかの。
生物は一から造るのではなく、中つ国含め様々な世界から、八十神どもが連れてきたため中つ国とも似通った点も多いであろう。』
「へー。そうなんだー。ということは同じように人や動物もいるのね。」
全く知らない生き物ばかりとかじゃなくて良かった。
『そうじゃの。人も動物もいる。
ただし、鬼や妖の類も連れてきているし、他の世界の化け物や生き物も連れてきておる。流石に太古の神話級の怪物は無理矢理連れては来られぬじゃろうが、絶対とは言えぬ。
そういった者がいるにしろ、いないにしろ、中つ国、特に瑶子の国に比べると相当に危険な事には間違いないの。』
こわっ!
化け物いるの!?
鬼?妖?
鬼は地獄にいるやつだし、妖は河童とかのことだよな?
現代日本にはそんなのいなかったよ!?
物語の中だけだよ!
こわ!
こわっ!
「そんなの出てきたらどうすればいいの!?小さい頃パパに教わった、なんちゃって正拳突きくらいしかできないよ!?足遅いよ!?どんくさ子って呼ばれたこともあるくらい遅いよ!?クロちゃん。神様だからすごく強かったりは…。」
『しないのう。元々戦向きの神ではないし、権能も補助向きじゃし、真名が付いたとはいえ力のほとんどを失っておるしの。まあ、大丈夫じゃろう。この森を抜ければ、すぐに村がある。遅くとも昼過ぎには着くのじゃ。』
クロちゃん…。
人はそれをフラグと呼ぶんだよ…。
遠くに見えていた森は、もう目の前だ。
大きくはないがそれなりに使われていそうな道がある。
ただ、鬱蒼としているため明るくはない。
「ここに入っていくの…?危なくない…?」
『安全だとは言えぬが、留まっている方が危険じゃし、野宿出来る道具も何もないしの。大丈夫大丈夫。何も出て来ぬ。吾には確信がある!任せるのじゃ。仮に何か出てきても知恵を貸すのじゃ!』
ええぇ……。
助けてはくれないの?
不安しか感じないよ?
最初に会った時の厳かさはどこ?
性格も変わってない??
キレイ系よりはカワイイ系かもしれない。
身長も小さくなった?
『性格も身長も大昔からこんな感じじゃ。古い喋りと神気で勝手に厳かに感じただけじゃろ。吾が現代の言葉に徐々に慣れてきたことと、そなたの耳が根源で得たものに馴染んできたから、よりそう感じるのかも知れぬの。吾は元より綺麗で可愛い系なのじゃ。それよりも早く森に入るぞ!遅くなっても良いことはないのじゃ。野宿したいのかの?』
心を読まれた!
野宿はイヤだ!
何よりも怖い。
森の中で野宿になったら怖すぎる。
「分かりました。覚悟を決めて行きましょう!でも…。村に着いたとして安全なの?知らない人が来ていきなり泊めてくれるの?何も持っていない手ぶらだよ。」
この世界にお金はあるのかな?
財布も持ってないから、前の世界のお金すら持ってないけど。
話しながら歩みを進め、森へと入っていく。
『その点は問題ないの。まず人が住んでいる領域にはほぼ必ず結界がある。この世界は結界が無ければ人がまともに住めぬとも言えるがの。助け合わねば生きていけぬ世界じゃから、助け合いの心は強い。食物に困窮しておるなど、余程のことがない限りは受け入れてくれるであろう。人じゃから、中には当然悪い者おるがの。それに、吾はそれなりに金を持っておる。普通に宿に泊まれるのじゃ。』
良かったー。
この世界にもお金あるんだね。
クロちゃん様々である。
よっ。お大尽様。
結界ってどんなだろうな?
見れば分かるのかな?
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ストーリー外メモ
約800年前は西暦1200年前後。平安時代から鎌倉時代への過渡期ですね。
昔は1192作ろう鎌倉幕府で習いました。
最新の研究では1185作ろう鎌倉幕府が有力になってるそうですね。
研究が進めば、歴史が変わる事があるんですね。目から鱗でした。