1.黄泉比良坂。
浮かんでいたような
沈んでいたような
漂っていたような
揺られていたような
曖昧な感覚
しゃらん
しゃららん
鈴ような音が聞こえる
しゃらん
しゃららん
何をしているの?
何をしているんだろう?
どこに向かっているの?
どこに向かっているんだろう?
それは何
これは何だろう?
あなたは誰?
わたし?
わたしは私
私はつちみかどようこ
だんだんと意識が浮上してきた。
どこかに向かって歩いていた。
周りには誰もいない。
視界は霧がかっているが、歩くには支障がない。
道が見えてきた。
三つに分岐している。
一つは平坦で狭い道。
一つは降っていて広い道。
一つは登っていてでこぼこした道。
くだっていくのが楽でよさそうだな
よし、そうしよう
やっぱり楽がいちばん
『待て!』
え?
『其方を進めば、二度と戻ることはできぬ。』
どういうこと?
もどれない?
『道を登って来るのだ。楽な道に向かえば大切な者とは二度と会えぬ。』
それはすごくいやだな
大変だけどでこぼこ道をのぼっていこう
そういえば大切な者ってだれだっけ?
大切な者……
「ハル君!!!!」
思い出した!
ここはどこだろう?
戻らなきゃ!!
『戻ることは叶わぬ。ここは黄泉比良坂の其の先。葦原の中つ国とは別世界の入り口。』
綺麗な女性が立っていた。
艶やかな黒髪。
光を全て吸い込んでしまいそうな漆黒の瞳。
珍しい真っ黒な浴衣の様な着物。
幻想的な雰囲気が醸し出されている。
よもつひらさか?
黄泉比良坂…
なんとなく聞いたことがある。
確か人が死んだら行くところだ。
やっぱり私死んだ?
死んだらハル君に会えない…
『然様。一度死に、そなたの身体と魂は根源に還り、形を失った。其方の守りが魂を揺り戻し、身体は原初の土より作り直され、其方は自分のままの存在で生まれ変わった。黄泉比良坂は異世界への通り道。葦原の中つ国より黄泉の国、根の国、天国、地獄、三千世界に通ずる。死者も生者も混在する道。一所に留まることは出来ず、次なる世界を目指さねばならぬ。黄泉の国に行き、その国の食物を口にすれば、本当の意味での死者となる。』
言ってることがムツカシ過ぎる…。
つまりは死んだけど、今は生きてる?
ハル君に会える!!
『今は会えぬが、力を付け、中つ国に渡るか、其の者が世界を渡り別世へと辿り着けば会うことが叶う。因果が繋がっておるから、いつかは必ず会えよう。』
ホッ。
それなら、まあいいか。
…
……?
そういえば私喋ってなくない?
心の疑問が伝わってる!
『そうじゃの。吾は心が読めるが、会話をしてくれた方が楽しくて良いの。其方はあまり此処に長居はできぬが、聞きたいことはあるか。根源を経て此処に来ておるから、そろそろ異世界の言葉も聞き取ることも、喋ることもできよう。吾の言葉も少しずつ聞き取りやすくなっているのではないかの。』
本当だ。
言葉が理解できるようになってきた。
「分からないことが多すぎて何から聞いていいか…。」
『長居は出来ぬとはいえ、疑問に答える時間くらいはあるのじゃ。思いつくことから順に聞いてみよ。』
「分かりました。ありがとうございます。まず、あなたは何者ですか?あなたの周りから白いモヤのようなものが見えるのですが、これは何ですか?」
『吾は太古の昔に名を失った神であるのじゃ。白い靄は神気なのじゃが、普通は見えぬもの。元からある才能が根源を経て開花したのじゃろう。』
神様…!?
何故か納得できてしまう。
私はすでにそれを識っている。
知らないことだらけで、疑問が溢れてくる。
「神様が名を失うとはどういうことですか?神気とは何ですか?そして、根源とは何ですか?」
『我は日本の神代に概念より出で存在し、信仰により名が付き、時代は移ろい、名は変わり、そして忘れ去られた。存在より変化した神ならば名は失わぬが、概念より出でた神は忘れられ信仰がなくなれば名を失い、いつしか存在も消えて行く。
神気はちと説明が難しいが、気の一種である。気は体の内部より出でる精神的な力で、練り上げる事により、物理的な干渉をすることも出来る。人に連なる者は霊気を持ち、妖に連なる者は妖気を持つ。当然神気は神の持つ力であるの。
根源とは更に難しいの。魂の終わりに還る処。全ての観測者。世界の記憶。概念より出でた存在は、真名を得ぬ限り輪廻の輪に入らぬから、遠くない未来吾も其処に行く。根源の渦の中に取り込まれた後に、戻って来れたのは一つの奇跡であるな。守りを持たせた者に感謝するのじゃな。』
ぬぉぉぉぉ…。
頭がパンクする。
知恵熱が火を噴きそうだ。
でも、何故か分からないのに解るような気がする。
「詳しくは分かりませんが、何となく理解することが出来ました。神様はこのままだと消えてしまう、真名というものを得れば生きていられるということでよろしいですか?」
『そうじゃの。正確ではないが、大体の的は射とるの。頭では知らなくても、身体に刻まれ識を得ておるのじゃろう。概念より生まれた存在も力のある者に名を与えられれば、それが真名となり存在を許される。死んだ場合にも輪廻の輪の中に入ることも出来るの。何か。其方が名を与えてくれるのかの。ふふっ。』
おおっ!
色々と教えてもらえるお礼が出来る!
やっぱり日本人としてはお返しの心大事だよね。
「それでは名前を考えさせてもらいますね!」
『才能は持っている様じゃが、流石に吾に名を付けるのは無理だと思うのじゃ…。吾は力を失ってはおるが、神代から存在する者だからの。』
よーし。
いい名前にするぞー。
どんな名前がいいかなー。
髪も目も服も黒くてキレイだし、すごく昔から生きてる…
よし!
「黒乃とかどうでしょう!カワイイし、西洋の時の神様を参考にさせていただきました!白黒の黒に乃木神社の乃で黒乃です。」
『は』
神様が口を開けて惚けている。
ちょっとカワイイ。
突然全身が光に包まれた。
目を開けていられない。
「眩しっ!」
…
……
『驚いたの。真名を得られたようじゃ。相当上位の神でないと吾に名付けるのは無理なはずなんじゃが…。器が相当に大きく、相性も良いのかの…。有り難いことなのでまあ良いのじゃが…
吾は黒乃。土御門瑶子、其方の守り神として、今後共にあろう。』
承諾もらう前に名前付いちゃったみたい…。
良かったのかな?
まあ、ご本人(神?)も良いって言ってるし…。
うーん…。
「勝手に決めちゃってごめんなさい。その名前で良かったですか?」
『もちろん良いぞ。可愛いのじゃろ?ご本神も気に入ってるのじゃ。それよりもこれで吾も入り口より先へ進めるようになったから、入り口に入ってからゆっくりと話しをしようぞ。此処は不安定じゃから、其方があまり長居するのは良いとは言えぬのじゃ。』
何だか話し方もちょっとずつ砕けていっているような…
そして、最初より可愛くなっているような…
一人は寂しいし、不安だから一緒にいてくれるのは、すごく嬉しいな。
「進むのはいいんだけど、その前にもう一つだけ。やっぱりハル君のところには戻れないの?会いたいな…。」
『少なくとも今は戻れぬ。戻るための力が足りぬ。今の力じゃと、良くて遠くの別の世界に行ってしまうか、悪い場合じゃと黄泉の国へと降りていってしまうか、地獄へと転げ落ちてしまうかじゃな。早く会いたければ此の先の世界で早く力を付けるのが良いのじゃ。』
残念…。
でも、早く力を付ければいいんだね。
でもでも、早く力を付けるってどうすればいいんだ?
まあ、考えてもあんまり分からないや。
「クロちゃんの言うことをよく聞いて、早く力を付けて、早くハル君に会うことにします!これからよろしくお願いします!」
クロちゃんとは何故か仲の良い親友のような、気心の知れた親戚のお姉ちゃんのような感じがする。
出会ったばかりなのに不思議。
『クロちゃん…。名付けて早速愛称かの…。まあ良いか。吾もそなたを瑶子と呼ばせてもらうのじゃ。他にも聞きたいことがあれば、歩きながら説明しようの。では、行くぞ。』
「はい!」
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ストーリー外メモ
黄泉比良坂は神話の中では歩いて渡れていたようですね。
伊耶那岐命が加具土命に焼かれ黄泉の国に行ってしまった伊耶那美命に会いに行くのに黄泉比良坂を使ってます。
また、大国主命が根堅州国を訪問し、須佐之男命より試練を与えられ、逃げ帰る時にも登場しています。
古代日本では異世界は歩いて渡ったり、海を渡って行けるという考え方があったんですね。