壱.縁
夕餉の後、多恵子が娘の恵子、友人二人を連れて来おった。態々広場で訓練をした甲斐があったのじゃ。
髪が綺麗になった村長の嫁と吾々を見て、村の女が何も思わない筈が無いからの。
今後も広場で訓練をするだけで十分な宣伝効果があろう。噂が噂を呼び人が集まる事は間違いが無いのじゃ。
吾等が村を出る時には、暴動が起きぬ様、多恵子か恵子に伝授して行くのも良いかも知れぬな。
…
瑶子は明るく朗らか、そして素直に育ったものじゃ。辛い事や悲しい事は数え切れない程あったのに、全く陰を感じさせぬ。寧ろ能天気に見せる等、本当に凄い事なのじゃ。
泰成と玉藻は瑶子をとても大切に守り育てて来たのじゃろうな。
然し、彼奴等も此の世界におらぬ、何とか吾一柱でも瑶子を守り切らねばならぬのじゃ。
『瑶子に聞きたい事と話したい事があるのじゃ。』
「クロちゃんどうしたの?そんなに改まって。」
『大切な話じゃからの。聞きたい事じゃが、瑶子よ。此の世界に一人で来て、辛くはないのかの?怖くはないのかの?不安ではないのかの?何かしてあげられる訳では無いが、無理をせず、弱音を吐いてくれて良いのじゃぞ?』
一人きりで此の世界にやって来て辛く無いはずが無いのじゃが、瑶子は一度も不安を口にせぬ。少しでも安心させてあげたいと思うのじゃ。
「んー。弱音かー。確かに辛いし、怖いし、寂しいし、ハルくんに会いたいし、それなりに不安もある。色々考える事はたくさんあるけれど、でも、私は一人じゃないよ?クロちゃんが一緒にいてくれるじゃない。私は大丈夫だよ。」
なんと。
なでなでなで
本当に良い子に育ったのじゃ。
『そうか。其れは嬉しいのじゃ。じゃが、弱音を吐きたい時は何時でも言うのじゃぞ。』
「分かったよ。ありがとう。でもどうして頭を撫でてるの?気持ちいいけど。」
『では、話しておきたい事じゃが、吾と土御門家との関係についてじゃ。少し長くなるのじゃ。』
「土御門家との関係?前から家のことを知っていたの?」
『うむ。知っていたのじゃ。出会っていきなり話せば不審人物甚だしいからの。そろそろ話しても良い頃合いかと思ったのじゃ。』
「確かに出会ってすぐだったら、怖かったかも。」
『そうじゃろうて。実はじゃな、吾と安倍晴明は友だったのじゃ。彼奴に頼まれ、ずっと土御門家を見守っておったのじゃ。』
「安倍晴明さんってクロちゃんが言ってたすっっごく昔のご先祖様の事だよね?」
『そうじゃ。約1,100年程前になるかの。当時色々と悪戯をして、晴明に討伐されかけての。なんやかんやあり最終的に仲良くなったのじゃ。』
「すごくざっくりだね。討伐されかけたって、もしかして八十神様みたいに何か悪い事してたの?」
瑶子が混乱している様じゃ。
『其処までの事はしておらぬ。秘匿されておった陰陽術を町人に流布したり、時の帝の秘密を暴いたりと暇潰ししていただけなのじゃ。八十神と一緒にされるのは流石に心外じゃ。ちゃんと反省もしとる。』
所謂黒歴史というやつじゃな。
寂しく構ってほしかっただけなのじゃが、晴明にはこんこんと説教されたのう。
呆れながらも、吾を畏れず話してくれるのは本当に嬉しかったのじゃ。
まあ、今ほど弱体化してしまえば誰も畏れなど抱かぬじゃろうがの。
「結構大変なことをしてそうだね…。今は悪いことしてないよね?」
瑶子がじとーっとした目で見てくる。
『勿論じゃ。此の千年以上しとらぬわ。…。そうじゃ!静、土御門家のオババとも仲が良いのじゃ!』
「え?オババ様とも?クロちゃん元の世界に戻った事があるの?」
『此の世界に来てから一度も戻っておらぬ。静と初めて会うたのは晴明と仲良くなった後じゃから、同じく約1,100年前位じゃな。』
「えええ!!オババ様そんなに長生きなの!?ひいお婆ちゃんより、お婆ちゃんなのは知ってたけど長生き過ぎるよ!」
上手く話が逸らせた様じゃな。
関係は話しておきたいが、黒歴史を掘り下げられたら堪らんからのう。
『静が晴明に惚れての。熱烈に言い寄っていたのじゃが、袖にされ続けての。相談を聞く内に仲良くなったのじゃ。晴明曰く「年増は好みじゃない」だそうじゃ。』
「何それ!?その話もすっごく気になるんだけど、でもその前に何でオババ様そんなに長生きできてるの?人間は100才でも凄く長生きなんだよ!」
『知っておるよ。静はの、そうとは知らず人魚の肉を喰ろうたのじゃ。人魚の肉を喰ろうた者は劇的に寿命が伸びる、四十になっても五十になっても若いまま。晴明以外からは不気味だの不吉だの避けられておったのじゃ。』
「そんな…。オババ様可愛そう…。」
『そんな所に晴明の飄々として明け透けな態度。惚れるなという方が酷な話だったのじゃ。』
「それでオババ様と晴明さんの間はどうなったの?」
『残念じゃが、どうにもならなかったのじゃ。晴明が亡くなるまで、良き友として居続けたのじゃ。晴明亡き後は各地を放浪し、土御門家に嫁ぐまでは結婚七回、恋は数え切れぬしておったの。』
「結婚7回!!大変な人生だね。オババ様は幸せだったのかな?オババ様を振るなんて清明さん悪い男だよ。」
吃驚、悲しみ、怒り、心配。
瑶子が愉快な百面相をしておる。
『吾は幸せだったと思うておるが、本人に聞けば良かろう。静はまだまだ長生きするのじゃ。』
「そうだった。まだオババ様生きてた。あれ?オババ様って私とも血が繋がってるらしいし、すごくお婆ちゃんでも子どもが出来たんだね。」
『静は子に命を分け与えるまでは、ずっと白く美しい十五の姿のままだったのじゃ。三百年程前から老化が始まったかの。』
「ナニソレ羨ましい。永遠の15才。歌になりそうだね。」
『ふふ。女は美を求める生き物じゃからな。まあ、何事も無ければ瑶子も最低千年以上は生きるの。』
口をポカンと開けている。
一寸阿呆みたいじゃが可愛いの。
「どういうことですか?私若返ったけど、寿命も伸びたの?」
『そうじゃ。亜神になった事により寿命が伸びたじゃ。力を付けて行けばまだまだ伸びるのじゃ。』
「それは嬉しいけど、すごく怖いような。長生きし過ぎると寂しそう。」
良く分かっておるの…。
想像力が豊かなのじゃ。
『確かに独りは寂しいのじゃ。安心するのじゃ。吾もおるし必ず独りにはせぬのじゃ。春愛希にでも人魚の肉を喰わせてしまおうかの。』
瑶子が笑顔になった。
「そうだね。ハル君にも長い人生付き合ってもらっちゃおうかな。でもまだ大して生きても無いのに、心配してても仕方ないよね。」
『前向きなのは良い事じゃ。一番言いたかった事じゃが、吾は土御門家、安倍家の者をずっと吾が子の様に思っておったのじゃ。吾はずっと瑶子の味方じゃし、ずっと一緒におるのじゃ。』
「ありがとー。知らない世界にやって来ても、泣かずにいられるのはクロちゃんのおかげだよ~。」
泣きそうな顔をしながら言っている。
『必ず春愛希にも家族にも会わせてやるのじゃ。一緒に頑張るのじゃ。』
「う゛ん。ありがと~。」
泣き出してしまった。
瑶子の頭を胸に抱き、撫でる。
『吾は神じゃから、任せておくのじゃ。』
なでなで
「う゛ん。う゛ん。」
…
すーっ
暫く返事とお礼の言葉を繰り返し眠りに落ちてしまった様じゃ。
やはり口には出さぬが相当不安だったんじゃろうな…。
必ず守るのじゃ。
なでなで
静に加護を与えていて本当に良かったのじゃ。
静の占いと土御門家の総力、吾の最後に振り絞った力、そのどれが欠けていても瑶子を根源に取り込まれていたじゃろうな。
振り絞った結果消える寸前までなってしまったし、今でも弱体化した儘じゃが後悔はないのじゃ。
瑶子の未来が幸多からん事を願うばかりじゃ。




