眠り姫
恋愛は初です。
眠り姫。僕の膝上で眠る彼女のことを僕はそう呼んでいる。
昼休みに屋上に来てご飯も食べずに眠る彼女を見て、食欲よりも睡眠欲の勝る少女としてこの名がピッタリだと思った。あと、顔もいい方だから。
彼女の眠る姿を見るのは最近の僕の楽しみになっている。
そんなことを考えていると、眠っていた彼女が目を覚ました。時間は予鈴がなる五分前ピッタリ。相変わらずこの正確さには驚かされる。
「⋯⋯んぁ? ああそうか。いつもいつも飽きないな、この変態が」
「君の寝顔は綺麗だからね」
「おおこわいこわい。こんなんじゃいつ襲われたかわかったもんじゃない」
「そんなこと考えてるくせに毎回屋上にくるってことは襲われたいってことかな? 変態はどっちの方だか」
そんな冗談を交わしながらも彼女は僕の膝の上から退こうとしない。
「なら変態同士相性がいいって訳だ」
「⋯⋯みたいだね」
「ほら、襲ってきなよ。ほら」
そう言って彼女は右手で僕の頬を撫でる。
彼女とは恋人ではない。しかし、彼女から告白はされた。
僕は断った。別に嫌いなわけでもないけれど、好きではないなら了承する理由がないから断った。
ただ彼女は強かなようで「なら好きにさせればいいわけだ」なんて言ってたけれど、僕みたいな人間が一番面倒だ、なんて思っても口には出さない。
当事者からしても不思議な関係だ。
「⋯⋯わかってるだろうけどもう昼休み終わりだよ」
「一日、一時間サボるくらいなら小言言われるだけで済むだろ」
「僕は真面目だからね」
「嘘をつけ」
「なにが嘘さ。僕は至って真面目な青少年さ」
僕がそういうと彼女は顰めっ面でそっぽを向いた。
彼女のことはよく分からないことが多い。そりゃあ多少は知れた関係ではあるし、分かっていることも少なくはない。しかしそれでも分からないことは多い。どうにもつかめないところがある。
「そろそろ退いてくれないかな。授業は受けないと」
彼女は動こうとしない。それどころか僕の腹に顔を埋め、両手を腰に回し離れんとする。
ここまで抵抗するのは初めてだ。
少し驚きながらも彼女をひっぺがそうとするが腰に痛みを覚えるほどに締め付けられた腕は少しの力ではびくともしなかった。
無理矢理ならば彼女の拘束から逃れることも可能ではあるだろうがそこまでする理由もない。
溜め息を一つこぼして彼女の頭を撫でる。
「⋯⋯君らしくないな」
「⋯⋯これも私だよ。君が知らなかっただけの、私だ」
彼女は僕の腹に顔を埋めているため、くぐもった声で聞こえてきたその言葉は、僕を納得させた。
「確かにそうだ。らしくない、は不適切か。ならなんて言えばいいかな」
「知らないよ。なんでもいい」
そう言って彼女は腰に回す力を強めた。
なにもできない、そう思いながら彼女の頭を撫で続けていると、チャイムの音が鳴り響いた。
「あーあ。今までサボったことなんてなかったのにな」
「なら君の初めてを私が奪ったわけだ」
「⋯⋯その言い方は語弊を生むね」
君は分かった上で言っているのだろうけれど。
それにしても彼女が喋るたびに腹に熱と吐息が伝わってきて少しくすぐったい。
「⋯⋯私はね、女の子だ」
なにを今更、と思ったが、口には出さなかった。静かに彼女の声を聞く。
「⋯⋯か弱い女の子だ」
知っている。そう言えるのならば僕はもう彼女と恋人にでもなっていただろう。しかし僕は知らなかった。
「⋯⋯他人からは男勝りだの女らしくないだの好き勝手言われるけど、女の子だ」
くすぐったいから腹から顔を離してくれ、なんて今の状況では言えなかった。
「可愛いものが好きな女の子だ」
それも知らなかった。やはり僕は彼女のことを多くは知らないのだろう。
「好きな人に素直になれない女の子だ」
「好きな人の行動一つ一つが愛おしく感じてしまう女の子だ」
彼女に告白されている手前、そう言われてしまうと恥ずかしく感じる。
「そして好きな人の言葉ひとつで一喜一憂する女の子だ」
それはつまり⋯⋯
「なん、ていうか⋯⋯いや、うん」
「これは私のわがままだ。一方的な感情の対価に耐えられない、私のわがまま。ねえ、私は君が好きだ。もう一度、返事を聞きたい。これ以上は、君の言葉に殺されてしまいそうだ」
いつも飄々としているように見えた彼女は、その裏では僕の言葉ひとつに振り回されていたということだろう。
それにしても返事、か。
正直、即答はできない。しかし、迷ってはいる。
いつの間にか彼女は僕の顔をじっと見つめていた。だから僕も見つめ返してみると、少し頬を赤くして再び腹に顔を埋めた。
可愛い女の子。確かにそうだ。
ああそうだ、確かに好きなのだろう。ただ、僕は彼女を異性として好意を持っているか、その答えが分かっていない。
確かに彼女のことは好きなのだろう。それはもう分かった。その好意がどんな色をしているか、それが分からない。
しかし返事はしなければならない。でも半端は返事は彼女も嫌だろうし僕も嫌だ。
結局は今答えを見つけるしかないのだ。
「⋯⋯なに?」
いつもやっていることとはいえ、この状況で突然頭を撫で始めた僕に戸惑いの声をあげる彼女。少しだけ見せてくれたその目は少し不安そうな目をしているように見えた。
「僕は真面目じゃない」
「⋯⋯知ってる」
「君と僕のこのどっちつかずの関係から目を逸らしてた」
自分の感情の起伏一つ一つを飲み込みながら言葉を紡ぐ。
「ごめん⋯⋯じゃないか。ありがとう」
「え?」
「僕も君のことが好きだ」
その言葉を聞いた彼女は腹に顔を埋め、声を押し殺して泣いた。
その姿に、自分がどれだけ彼女の感情を振り回していたのかと、少し罪悪感が湧いてくる。
涙を流す彼女の頭を撫でながら、そういえば僕達は授業をサボっていたことを思い出し、先生への言い訳を考えるのだった。
彼女は眠っている。きっと感情の起伏が激しくて疲れてしまったのだろう。
やはり彼女の寝顔は綺麗だな、なんて考えながら溜め息を溢す。
「おやすみ。僕だけの眠り姫」
あんまり上手くできた感じはないけど、まあできたものはできたので。
⋯⋯眠り姫要素は? どこ? ここ?