プロローグ
「おい、いつまでゲームしてんだよ」
文化祭の準備で夜まで学校に残っていた俺は、ヘトヘトになりながら帰宅した。家につくやいなや、目に飛び込んできたのはリビングでVRゲームに没頭する姉と母の姿だ。母はだらしなく口を開けており、姉は何やら小言をブツブツと呟いている。ふたりとも風呂上がりなのだろうか、パジャマ姿で卑しく膨れ上がった腹を出していた。どうやら俺の声は聞こえていないようだ。
「飯は、飯はないのかよ!」
空腹によりいつも以上にイライラしていた俺は母の体を揺さぶった。ようやく息子が帰ってきたことに気がついたのか、渋々VRゴーグルを外し、俺と目を合わせた。
「あら、春樹。もう帰ったの? ずいぶん早いわねぇ」
「早いわけ無いだろ、もう21時だぞ。晩飯の準備はないのかよ?」
「お父さんに聞きなさい。母親がご飯の準備をするのが当たり前だと思ってるの? そんな古い考え方じゃ持てないわよ。私は忙しいの」
「忙しいやつはゲームなんてしないだろ!」
俺の反論など意にも介さず、母は再びVRゴーグルを装着し、ゲームの世界に潜り込んでいった。
「春樹、飯だぞ」
リビング奥のキッチンからエプロン姿の父が現れた。盆の上には二人分のオムライスがホクホクと上機嫌に上がっている。父は黒縁メガネに髭面で、背も高い。いかにも亭主関白な風貌とは裏腹に、今やすっかり母の尻に敷かれている。
「お父さんも今帰ったところだ、一緒に食べるとしよう」
「父さん、ありがとう。今帰ったってことは、母さんと姉さんは何を食べたんだ?」
俺の質問を聞いた父はゴミ箱を指差した。成程、出前か、ピザか。昨日は寿司を頼んでいた。勿論俺も父も食べてはいない。ここの所ずっとこの調子だ。
ダイブ型VRMMOゲーム『アルカディア・ユニバース』が発売して一ヶ月。元々ゲームが好きだった姉と母は発売日と同時に購入し、今や現実の世界より向こうにいる時間の方がずっと長い。ゲームをしない俺と父はそんな二人を冷ややかな目で見守るのみだった。
「母さんは一日中ああやってゲームしているの?」
テーブルに付いた俺は父に尋ね、答えも待たずにオムライスをスプーンですくった。切り取られた卵の断面は半熟でトロリと卵黄がたれていた。
「そうだ。夕飯とトイレ以外はずっとあっちの世界に行っている。そのうちオムツを履いてゲームをしないか心配になる」
父の冗談とも取れない返事に頭が痛くなった。
「姉さんも同じようなものかな?」
「梨沙とは少し話をしたぞ。ゲームの話だが。なんでも『すごいスキルを手に入れた、これでチート無双ができる』そうだ。春樹はチートって知っているのか?」
「あー、まあ、一応。けど、姉さんが言うチートって、要するに『反則まがいのでたらめな力』ってことだと思うけど」
「そうか、梨沙のやつ、すごいな」
父親が俺の言ったことを正しく理解したのか心配だ。姉はチートだの無双だのといった所謂『なろう系』の本が好きだった。爽快でストレスなく読めるところがいいそうだ。俺も姉に勧められ、いくつかの異世界チート転生物を読まされたりもしたが、すべて一話で挫折した。正直、俺の好きなタイプの話ではない。作者の願望が見え隠れするところがどうにも耐えられないのだ。その上で、大した努力もせずになんの苦労もなく敵をバッタバッタとなぎ倒していくさまは嫌悪感すらある。
そう、俺は熱い漫画、小説が好きなのだ。主人公の成長、強敵との対峙、深まる友情。ギリギリの戦い、誰が勝つかわからない緊張感、意外な助っ人。こういった要素が俺を熱くさせるのだ。
そう、俺はこんな反則じみたスキルなんて求めていなかったのだ!
蒼井 春樹 Lv15 クラス『魔工師』
装備 頭 ゴーグル
体 見習いの服
腕 なし
足 革のブーツ
アクセサリ なし
武器 見習いの双銃
ユニークスキル
『天使と悪魔の銃弾』
『幸運の花』
『キリング・タイム』