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07、奪還作戦

 灯りの落とされた夜のアコルデに、人影が四つ揺らめいた。


 エン、ティオ、オッタ、私。

 マントを身に纏っているのはエン以外の三人のみ。エンはアコルデの護りとして残る。

 全員仮眠を取り、夕食も食べて準備万端。エンが全員を見、口を開いた。


「揃ったね。最後にもう一度作戦を確認しよう」


 テーブルの上に置かれたのは、私がフェムから預かった今回の誘拐事件に関わっているとされるセクエストロ家が借りた倉庫の地図。他にエンの調べた行方不明者や、王都の全体の地図もある。

 倉庫がミトロピア領にあるので、王都を突っ切る必要がある。夜警もおそらく増やされている。経路や何かあった時のしっかり確認しておかないといけない。

 王都は王宮のお膝元であり貴族が多く住まう関係で、騎士にもなれ得る腕前を持つ者達で警備隊を構成し、夜も常に見回りがいる。ミトロピアにも王都と別の警備隊がいる。だが、オッタが所属している町の人で賄う自警団とは違い、どちらも試験で合格しないとなれない職だ。


「今回の経路は屋根を使う。比較的高低差がなく、飛び移りやすい経路がここ。先頭はオッタ、殿はフィーラだ」

「「了解」」

「ミトロピアの領地に入ったら、ティオとシユーは別行動だ。一定の距離を保ち、フィーラ達に何かあった場合はシユーを連れて戻りなさい。絶対に無茶はしないように」

「了解」


 全員が頷いたところで、厨房に向かうエンに付いていく。

 厨房を抜け、上階への階段を上る。アコルデは一階が食堂で、上には住み込み従業員である私達の部屋がある。三階が私、ティオ、シユー。二階にエン、物置、空き部屋。オッタはアコルデの近い部屋で一人暮らし。


「入るよ」


 三階のシユーの部屋をノックし、返事を待たずに扉を開ける。

 窓から差し込む月明かりが、無数に浮く水球に淡く光を灯していた。エンが逆さ月の映る水球を避け、床で丸まる塊を揺さぶる。


「シユー。起きなさい、シユー」

「んう」


 エンの揺さぶりに可愛らしい声が漏れる。

 ごろりと寝返りを打つと、床にふわりと桃色(ピンク)の長い髪が広がった。丸みを帯びたあどけない顔立ちは、眠っているせいで余計に幼く見える。

 寝巻きと普段着の間のような楽な服の中から妖精がひょっこりと現れ、エンの周りをくるくる回る。ベッドの影、窓の隙間から、次々妖精が現れシユーの足をつついたり髪に絡まって遊び始めた。


「エン。集まってきてる」

「仕方ない。このまま連れて行ってもらおう」


 眠り続けるシユーを抱きかかえるエンを扉を開けて先に通す。一度室内に戻ると、ベッドに無造作に置いてあったマントを掴んで階段を降りる。


「おせぇ! って寝てんじゃねーか!」

「すまないね」

「つべこべ言わず後ろ向く」

「やっぱ運ぶの俺かよ!」


 シユーにマントを羽織らせ、しっかり前を結ぶ。ぶつくさ煩いオッタを反転させ、背に乗せてからフードを目深に被らせる。


 ようやく全ての準備が終わり、作戦開始。

 種を使って城壁を乗り越え、決めていたルートを進む。シユーを背負ったオッタ、ティオ、私の順で屋根から屋根へ飛び移る。途中、下を向けば予想通り夜警がそこかしこにうろうろしていた。


「これじゃ降りれないね」

「誰かさんのせーでなー」

「……」

「てか、オッタ息切れてんじゃん。だから機嫌悪いんだ?」

「うっせー!」


 上からだと人の配置もよく見える。主要な大通りはもちろん、路地にも潜んでいるようだ。見える範囲にいる誰もが夜警の制服を着ている。


 昨日の男の姿は見えない。

 あの後、夜警にでも捕まったのだろうか。ハルセを探してたと思われる男達もいないのなら、シユーまで連れてくる必要はなかったかもしれない。でも連れてきてしまったし、連れてきて損はない。

 オッタに続いて幾つかの屋根を渡ると、あっという間に王都の端へと辿り着いた。


「お前らはこの辺で待機してろ」

「はーい。フィーラ気をつけてね」

「ティオもシユーのことよろしくね」

「任せて!」

「だあー! おい、さっさと行くぞ!」


 王都とミトロピア領を隔てる城壁が見えた辺りで未だ眠ったままのシユーを降ろす。ティオにシユーを任せ、オッタと城壁を越える。


「こっちは数少ねーな」


 城壁からミトロピア領を覗き込むが、見えるところにいる警備は二・三人といったところか。


 ミトロピアは王宮がある山の中腹から流れる滝を管理する役目を持つ、レイエンダと同じ建国時から続く名家だ。その滝はミトロピアの領地を縦断し、豊富な水が豊かな土壌を作り出していた。

 その分水害も起きやすく、ミトロピア家を継ぐのは水属性に長けた者と決まっている。現在は二十歳の長男、リツ・ミトロピアが当主を継ぐための準備中で、レイエンダの聖女こと、アカネ・レイエンダとの婚姻もその内の一つ。結婚と共に、当主を継ぐのだろう。


「倉庫は川の近くだったよな」

「位置的にはあの屋根じゃない?」

「うっし、さっさと終わらすぞ!」


 場所を確認し、城壁から降りる。人気のない道を選んで迂回しながら、目的の場所に近づく。が、前を進んでいたオッタが不意に立ち止まった。


「可笑しい。見張りすらいねえぞ」


 倉庫の入り口が見える所まで来たのに、見張りの姿はない。

 普通の倉庫だとしても不用心過ぎる。ディソナンテより治安が良いにしても、一人くらいは置いておくのが普通だろう。

 緑の種が入った小瓶を取り出し、種を近くに放り投げる。伸びた蔦は地を這い、壁を伝い、倉庫へと忍び寄る。蔦に神経を向け、なんとか扉の隙間にねじ込ませる。そうして咲かせた花を通して見えたのは。


「どうして、」


 だだっ広い倉庫の中にいたのは、誘拐された人々ではなかった。

 大柄な男数名と、取り囲まれるように落ちている小さな塊。その塊に覚えがあった。


「おい、」

「誘拐された人はいない。いるのは、男が……五人と、子供が一人」

「子供って、誘拐された誰かじゃねーの?」

「違う。あの子は……。ごめん、私の落ち度だ」

「どういうことだ?」


 中で男に縛られ、床に転がっていたのはペカドだった。

 同時に見張りがいない理由と、誘拐された人達がいない理由を悟り、唇を噛んだ。


「はああ? ノルとの会話を聞かれただと!?」

「状況的に、たぶん」


 元々事件に関与していたのかはわからない。だが、今夜踏み込む情報を売りに行って捕まったか、脅されて話した末に捕まったか。大方そんなところだろう。


「だーもう! 最速で終わらすぞ!」

「了解!」


 本来ならもっと慎重に近付かないといけないが、事情が変わった。

 フードを目深に引っ張り、直線距離を走る。マントが翻るのも構うことなく、倉庫の扉を蹴り破る。


「なっ、なんだお前らは!」

「そのマント! 本当に赤ずきんが!?」

「捕まえろ!」


 蹴り破った勢いのままオッタが中の男達に襲いかかる。その後ろから援護で水球を叩きつける。反撃する隙を与えず、勢いと量で押す。


「今だ!」


 オッタの合図で緑の種を四方に巻く。十分に撒かれた水を吸った種は、魔力を与えた途端いつも以上の早さで成長し男達を襲った。


「うわ!」

「離せ!」


 蔦に体の自由を奪われ、男達が次々地に倒れていく。その隙にペカドを回収し、壁際に横たえさせる。


「……」


 殴られたのか、見えるだけでも頬や腕にアザがある。が、呼吸は安定していて気絶しているだけのようだった。


「フィーラ!」

「!」


 オッタの声で振り向くと、男達を縛り上げていたはずの蔦が燃えていた。蔦から開放されて下卑た笑いを向ける男達。その周りにはまだ火の付いた蔦が落ちていた。


「は! 残念だったなぁ。水と木属性じゃあ、オレの火には勝てやしねえよ!」

「やめろ!」

「っ……」

「ダメだ、おっさん達逃げろ! 早く!」

「ああ?」


 聞こえないはずの炎の爆ぜる音と瓦礫の崩れる音が耳に響き、オッタの声が遠ざかる。

 心の奥底に沈めて蓋をしていた感情が、ざわりと起き上がる気配がした。ゆらりと立ち上がると、両手を前の伸ばす。


「おいで」


 呼ぶ。ただそれだけでいい。

 ゴウッと風を切る音とともに、天井にまで届く炎のがとぐろを巻いて現れた。


「なっ!?」

「なんだこの炎! あっつっ!」

「何故こんな小娘に、これだけの火が扱えるんだ!?」

「そんなに火遊びがしたいなら付き合ってあげる。かかって来なさい」


 近距離の炎に炙られ、男達から汗が吹き出す。燃え盛る炎からぱちっと音がしたかと思えば、弾けた火が男の髪を焦がす。さらにほうぼうへ散った火花が火球になり、男達の退路を無くしていく。


「ひいっ! に、逃げろ!」

「おっと。逃げたきゃ、攫った人達の居場所吐いてからにしてもらおうか」

「どけっ!」


 唯一の出入り口である蹴破られた扉の前に、オッタが土壁を作って遮る。強行突破しようとする男達に、オッタがにやりと後ろを指差した。


「早く言わねーと、丸焦げになんぞ」

「ひっ! ふ、船だ! 船で運んでいった!」


 一歩、また一歩と炎を持ったまま近づくと、男達は混乱しているのかオッタの誘導尋問に裏返った声で答える。


「いつ」

「日が変わってすぐだ!」

「どんな船だ」

「貨物船だよ! 赤い旗をつけてた!」

「その子供は?」

「知り合いが連れてかれたとかで乗り込んできやがったんだ! 俺達が連れてきたんじゃねーよ!!」

「そうか。行っていいぞ」


 必要な情報を聞き終えたオッタはにやりと笑うと、土壁を消した。


「ひいいっ!」

「バケモノー!」


 勇み足で転び、更には仲間だった別の男と押し合いへし合いしながら、男達は逃げていった。残されたのは、気絶したペカドと炎を持った私、そして肩を震わせて笑うオッタだけ。


「ふっく……ひっ」

「笑うのやめないと燃やす」

「いや無理だろ。あいつらのビビリよう……ぶふっ」

「ちっ。騒ぎになるのも時間の問題か。いい加減笑い止め、馬鹿!」


 懸命に腹と口を抑えて耐えるオッタに舌打ちし、炎を消す。それでもまだ笑っているオッタの背中を蹴り、外の様子を窺う。


「ひー、腹いてぇ……。これで当分肴には困らねーわ」

「そういうのは、いっぱしに酒が飲めるようになってから言え!」


 逃げていった男達がミトロピアの警備隊に見つかるまで、どれくらい時間が稼げるか。

 男達の言う通り、日付が変わってから出航したのならまだそう遠くには行っていないはず。


「あいつは?」


 気を失ったまま、壁際でぐったりしているペカド。命に関わる怪我はなかった。自警団が逃げた男達を捕まえれば、自ずとここまでたどり着くだろう。

 私達は正義の味方じゃなく追われる立場。全てを助けられるほど万能でもない。


「報いは自分で受けるべきでしょ」


 今は、誘拐された人達を助けるのが第一だ。


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