04、謎の男
「……は?」
何が起こったのか、誰も分からず固まる。
飛んでいった夜警は、近くの壁にヒビを作り地面に落ちた。気を失っているのか、ピクリとも動かない。
「見つけた! おーい!」
「き、貴様何者だ!」
なんと夜警を吹き飛ばしたのは、私達が逃げ遅れた原因でもある、路地で倒れていた男だった。夜警に気付いていないのか、旧知の友と再会したかのような気軽さでこちらに手を振っている。
え、何この男。怖いし気持ち悪い。顔を引き攣らせてしまった私は悪くない。
一目散に私達の元へ来ようとする男に、オッタが武器を構える。
「止まれ!」
夜警が慌てて男と私達の間に入り、武器を男に向けた。思わずよくやった!と言いそうになる。
「貴様、さては赤ずきんの仲間だな!?」
いや知りませんが。
何者なのかはこちらのほうが知りたい。服装から夜警でないのはわかるが、生憎知り合いではない。しかも、さっきからやけに目が合う。それも私達ではなく、どうやら私しか見ていないようで。気味の悪さに、思わずオッタの影に隠れる。
「おい、アイツ誰だよ!?」
「こっちが知りたい!」
小声で怒鳴るオッタに、同じく小声で怒鳴り返す。
ようやく夜警を見た男は、不思議そうな表情を浮かべている。男一人に対し夜警は五人。あと四人いるが、それはこちらを警戒している。
「だれ?」
「こちらの台詞だ! 名を名乗れ!」
「なんで?」
「なぜ、だと?」
「得体の知れぬ者を取り締まるのが我らの仕事だからに決まっているだろう!」
制服とは所属や素性を言葉にせずとも知らしめる為にある。この国に住んでいるなら、夜警の制服も職務も知っていて当然なのに。
それすら知らない怪しすぎる男に、私達を警戒していた夜警も背後にちらちらを視線を送っている。
男に注意が向いている今なら逃げられる。
オッタの背に逃げる方向と合図を伝えようと手を伸ばした時、視線を感じた。
「!」
その瞬間、なぜ目がそらせずにいたのか理解した。
それをオッタに確認しようとするより早く、男が高らかに叫んだ。
「オレの名はハルセ! そこの女と手合わせしたい!」
「!?」
反射的に目の前に土の壁を作り、オッタの腕を掴んで走った。
「逃さんぞ!」
「あっ! 待って手合わせ! ちょっとだけでいいからー!!」
壁の向こうで夜警らしき声と、ハルセと名乗った男の声がした。土の壁は通りの端から端へぴっちり作ったので、回り道をしないとこちらへは来られないから時間稼ぎにはなるはず。
一体あの男は何者なのか。
動揺した頭でぐるぐる考えていた私は腕を掴んだままなのも、掴まれたオッタがじっと私を凝視していたのにも気付かず、アコルデに戻った。
* * *
「はぁ……」
昨日は散々だった。
夜警と謎の男からは無事逃げられたが、戻ってからの作戦会議でもひと悶着あり、ほとんど寝る時間がなかった。エンもオッタも同じなのだから一人休んで寝るわけにもいかず、通常通り仕事をこなす。
それでも、ふとした瞬間に思い出しては溜息が出てしまう。
「おっ、どうしたどうした色っぽい溜息なんかして!」
「フィーラちゃんにも春が来たか?」
近くにいた馴染み客がにやにやと絡んでくる。こういうのは無視するのが一番。無言で空いた机を拭いて、椅子を元に戻す。
昨日、アコルデへ戻った私達は調べたことを報告した。
フエーゴの家族の所在はわからなかったこと、貴族が絡んでいること、謎の男ハルセのこと。
フエーゴの件はエンも調べていたが、職場では特に変わった動きはなかったらしい。代わりに下町だけでなく他領・王都でも行方不明者が数人いるけれど関連性まではわからないそうだ。残りは明日、詳しい人から情報をもらうということで話は終了となる、はずだった。
あえて簡単に報告したハルセの件を、オッタが蒸し返したからだ。
知らない相手だと何度も言ったが信じてもらえず、私が足を引っ張らなければ夜警に見つかったりしなかったとねちねち責められた。それについては弁解する余地はないので黙って聞いていたが、オッタはやはりハルセに何も感じなかったようで、あの時感じたことを報告するのは保留にした。
ハルセに抱いた違和。
それは、ハルセからどの属性の魔力も感じなかったこと。
この国では必ず、魔力を持って生まれる。
生まれ、育ちで魔力量や属性の得意不得意こそあれ、魔力を持たずに生まれる者などいない。他国から使者が来ることもあるし、こちらから行くこともある。それでも魔力がない者など聞いたことはない。
「……」
勘違いだろうか。遠くから見ただけで、言葉を交わしもしなかった。
確かめたい気持ちと、二度と会いたくない気持ちがせめぎ合う。言葉を交わさずともわかる。あのハルセとかいう輩は変人だ。そうに決まっている。
「いや、あいつかも知れんぞ。肉屋のトミ!」
「俺は自警団のサイガとみた!」
「いやいや武器屋の!」
「いやいや門番の!」
まだ春うららの話をしていた馴染み客を横目で見、厨房へと入る。
エンが鼻歌まじりに何かを炒めている後ろでビールを四つ注ぐ。エンも徹夜のはずなのに。微塵もそれを感じさせない。
「フィーラ、これも頼むよ」
ビールを両手に持つ私に、出来たばかりの料理を渡される。
赤い。麺、ミンチ肉、何らかの野菜を混ぜたのは分かるが、赤一色っているせいで何の野菜がわからない。上に乗せられた薬草の緑が目を刺激する色と匂いを和らげる。とても辛そうだ。
「どの客?」
ビール四つとカトラリーを添えた大皿一つを持つ私に、エンはにこりと微笑んだ。
「それと同じテーブルに」
「……了解」
エンはとても耳がいい。私やティオが注文を取らずとも、ホールの声ならほとんど聞こえるらしい。当然、私に春がどうのと話している声も聞こえているわけで。思わずくすりと笑ってしまった。
「はい、おまちどう!」
「え? 俺達頼んでないぞ」
「フィーラちゃん別のテーブルじゃ」
「肉屋と自警団と武器屋に門番だったかしら。その人達の分も飲むのでしょう?」
「いや、その……」
「ちなみにこっちは店長お勧めです」
「うっ」
「ごゆっくり」
営業用の笑みを貼り付け、ビールを置く。戸惑う彼らを無視して、トドメとばかりに麺料理の皿も置く。エンの名前に、全員が顔を引きつらせて赤い料理を見つめる。
見た目からパンチの効いている料理だが、アコルデではどんな料理も残すのは許されない。自業自得だ、味わって食べてもらおう。
「ティオ、少し出るね」
「わかった、行ってらっしゃーい」
まだ昼の忙しさは抜けきっていないが、文句も言わず軽く手を振って送り出してくれる。よく出来た子だ。
「エン」
「サンドイッチでよかったかな」
「うん、ありがとう」
パンに挟む具材を炒めているエンの隣で、用意されていたパンに切り込みを入れていく。詰める容器も準備し、野菜や果物が入った籠から色々と取り出す。
「これ使っていい?」
「いいよ」
小さい鍋に水を入れ、火をつける。選んだ食材を少し切り出し、細かく刻むと鍋に入れていく。煮えて固形が無くなってきた頃に、小瓶に入った紫の種を一つ砕いて入れたら完成だ。
熱々の液体に風を当てて冷やしながら、筒型の木の入れ物に流しこむ。
「ついでにフェムの所に寄って、これを渡してきてくれるかい」
「……行ってきます」
「気をつけて行ってらっしゃい」
木の筒に蓋をして、サンドイッチと共に籠に入れていると、もう一つ包みを渡された。つい顔が引きつった私に苦笑するエンに見送られ、アコルデを出た。
まず向かったのは、出店が並ぶ大通りのすぐ側にある古ぼけた建物。
近づくと、入り口で話し込む赤いベストの男達と目が合った。
「フィーラちゃん!」
「こんにちは。カイルさん、ユージンさん」
「いらっしゃい。あいつに用?」
「はい、いますか?」
団長のカイルと団員のユージン。自警団員は制服代わりの赤いベストを着ているので、遠目でもわかりやすい。またも昨夜のことが脳裏を掠めたが、慌てて隅へ追いやる。
「ちょっと待ってね。サイガー、彼女来てるぞー」
「彼女ではありません」
ユージンのからかいを含んだ呼び声に、じとりと睨みつける。
サイガと言うのはオッタの本名だ。何故かユージンは私をオッタの彼女だと思いこんでいる。言われる度に否定しているのに、にやにやするだけで改めてくれない。
「フィーラ」
「はいこれ。店長からの差し入れ」
「おう」
「それじゃ」
出てきたオッタは、やはり眠そうだった。うたた寝でもしていたのか、髪に寝癖が残っている。
エンが作ったサンドイッチと私が作った飲み物が入った籠を渡すと、用は済んだとばかりに背を向ける。
「待った待った! フィーラちゃん昼食べた?」
「まだなら一緒に食べない? 食べたんならお茶だけでも……」
「すみません。この後、行くところがあるので」
帰ろうとする私の前に、ユージンといつの間にか同じく団員のモトハが立っていた。毎回足止めするのはいい加減にしてほしい。アコルデを抜けて来ているので暇潰しに付き合う時間はないし、暇なら巡回に行けばいいのに。
私の後ろではサンドイッチ合戦が始まったようで、オッタの悔しげな声とカイルの勝ち誇った声が聞こえた。それを見越してエンが多めに作っているから問題はないと思うが、奪われる量に関しては自己責任。多勢に無勢なので半分は奪われるだろうなと、心の中でせいぜい頑張れと舌を出した。
「それでは、失礼します」
* * *
「相変わらず、お前の彼女はつれないなぁ」
結局半分近く団長と同僚に取られ、これ以上取られなるものかと残りを死守する。
食べ終わった団長は満足げに書類仕事へ向かった。他の奴らも散ればいいのに、何故か俺の周りに残ったままだった。
「あいつはそんなんじゃねーよ」
「うまそーな差し入れをしょっちゅう貰っといて何言ってんだか」
「そーだそーだ!」
「作ってんのは店長だって言ってんだろ」
フィーラも俺も仲を否定しているのに、なぜかこいつらは信じない。慣れてはいるものの鬱陶しさは変わらない。揶揄を適当に流し、籠に入っていた木の筒の蓋を取って飲む。
「おえ」
「お前、毎回すんごい顔して飲むけど……それ何なんだ?」
「毒」
「毒って」
「飲み物とすら呼べない代物なのか……?」
「そんなまずいんなら飲むのやめとけば?」
サンドイッチが終わる前に飲んでおかないと、中和するものがなくて辛くなる。毒といいつつ鼻をつまんで飲み切る俺を、全員がなんとも言えない顔で見ていた。
「愛だ」
「いっつも不味いって言いながら自分で飲むんだよなぁ」
「あーあ、俺も彼女欲しー。その辺に落ちてねぇかな」
「落ちてる女とか怖くね?」
やいやい言い合う奴らを放って、サンドイッチをかじる。
あの飲み物はフィーラ特製の薬湯だ。どれだけ不味くても飲んだほうが体が楽になるのは長年の経験で知っている。だから飲むだけだし、他の奴にやらないのは毒と間違えられそうなほど不味いから。ただそれだけ。
最後のサンドイッチもぺろりと食べ終わり、薬湯の入っていた筒と空いた入れ物をさっと洗って籠に戻す。
「せいぜい頑張ってこい」
今頃、渋面を浮かべているであろうフィーラを想像してにやりと笑う。
昨日足を引っ張った分、良い情報を貰ってきてもらわないと困る。苦手な相手に振り回されてくればいいと、ついにやけた顔のまま仕事に戻り、また仲間にからかわれるのであった。
フィーラは薬湯を美味しく作る事も出来ますが、あえてやりません。