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03、赤ずきん

「げえ、王都にあんのかよ」


 オッタの小声に、こくりと頷く。


 下町での調査をエンに、アコルデの護りをティオに任せ、私達は種の場所へと向かった。アコルデの時とは別の、質素で動きやすい服。その上にくるぶしまである長いフード付きのマントを二人して羽織っている。

 場所がわかると言っても、方角と大体の距離がわかる程度。だから気配を追える私がひたすら自分の足で辿るしかない。


 王都と下町は高さのある石壁で隔たれ、行き来するには門番に通行証を見せなければならない。それも夜には封鎖され、行き来する術すら絶たれる。

 忍び込むのにちょうどいい、門番からも下町からも見えづらい場所に橙色の種を植える。魔力を注ぐと、ぴょこんと可愛らしい双葉が姿を現した。

 みるみる内に成長した種は、あっという間に石壁の背を追い抜く。幹と呼べる太さから伸びた枝に手を掛け、梯子の要領で登る。壁の上に辿り着けば、王都側に同じ橙色の種を落とす。

 オッタが登り切る頃にはその種も立派に育ち、今度はオッタが先に降りる。使い終わった下町側の種を片付け、オッタの後を追った。


「誰か来る」


 使い終えた二つ目の種を片付けていると、地面に手を当てていたオッタが建物の影を指差した。

 オッタは土属性が得意で地面や壁伝いで気配を察知出来るのて索敵は任せていた。残りの片付けを諦めて影に隠れる。


「おい、そっちは!?」

「いません!」

「くそっ、どこに行ったんだ!」

「そこの門番! 妙な男を見なかったか?」


 バタバタと忙しなく走ってきた男三人が、建物の裏や隙間を覗き、何故か木の上にまで目を凝らしている。貴人の猫でも逃げたのかと思ったが、どうやら人間を探しているらしい。

 オッタと視線を交わし、まだ何か話している男達に背を向けて移動する。大通りは避けて、建物の隙間を縫うように目的地を目指した。王都は整備されているので迷うことはない。


「何だったんだ、あれ」

「犯罪者でも逃げたんじゃない」

「マジかよ。やべーな」


 自分達の存在を棚上げに小声で軽口を叩きながら進むと、ようやく種の気配が近くなってきた。

 歩みを緩めてどの建物か探る。周りを警戒していたオッタが、眉を顰めた。


「おい、ここ貴族街じゃねえか」


 王都はあらゆる店で賑わう繁華街を挟んで貴族街と平民街に分かれている。もちろん正式名ではなく通称だが、こちらを使う人のほうが多い。

 回り道して来たので気付かなかったが、言われてみれば建物同士の切れ間が広く、一つ一つが豪華だ。とは言え、王宮に出仕している貴族の別館ばかりなので本館に比べればいくらか慎ましやかだろう。


「こっち」


 気配はもう一つ隣の建物のようだ。裏手から正面を覗くと、門番が一人立っている。


「門番が一人。結界は二重かな」

「うし、こっちは任せろ」


 オッタが地面に手を付き、土を掻き出して穴を掘る。結界は地上より上だけのものが多く、掘ってしまえば結界も柵も一気に突破できる。その間に私は服の中から緑色の種を取り出し、門近くに向かって投げる。

 種からしゅるしゅると伸びる細い蔦が、塀に沿って伸びていく。貴族であれば確実に庭園がある。権力誇示のためか外観の問題かしらないけど、おかげで蔦は目立たない。ある程度伸びると小さな花が咲く。それを介することで、門に近付かずに屋敷の主を知ることが出来る。


「セクエストロ家、ね」


 その名に覚えはない。屋敷の外観は派手で中級貴族以上の家だろう。ただ、人気がなさすぎるのと庭の植物に元気がないことが気にかかる。

 植物を介して見える情報を頭に叩き込んでいると、後ろから服を引かれた。


「行くぞ」


 オッタが掘り終えた穴を通って中に侵入する。ついでに目眩ましとして、先程と同じ緑の種から出た蔦を穴の上に被せた。


「持ち主はセクエストロ家。知ってる?」

「知らね」

「武官かもしれない」

「わかった」


 無事屋敷内に潜入し、壁越しに種の気配を探る。

 日中自警団として荒くれ者の相手をするオッタでも、王宮勤めの武官相手となれば分が悪い。まだ数いる衛兵程度ならいいけど、仮に武官の家なら護衛も腕が立つ者のはず。


「入れる所を探そう」

「場所わかったのか?」

「……たぶん、地下だ」


 全てではないが、高確率で貴族の屋敷には地下が存在する。

 一階には屋敷の顔である玄関ホールや食堂、客室。二階は屋敷の主達の寝室などが配置され、地下には使用人部屋など表に出すべきでないものが押し込められる。

 つまり、あの怪しい男はこの家の裏を知る者ということになる。


「一階の窓ははめ殺しか。表に回るぞ」


 足音と気配を殺し、玄関側に回る。屋敷の入り口には見張りはいないようなので、その辺の枝を拾って鍵穴に押し当てる。

 魔力で枝先を操ればかちゃりと小さな音がした。そうっと扉の隙間から中を窺う。


「お邪魔しまーす」


 小声で断りをいれ、屋敷の中へ。

 立派な玄関ホールだが照明は少なく、人気もない。もう使用人も家人も眠っているのだろうか。


「手分けして探そう」

「駄目だ。エンに言われただろ」


 左は任せたと右へ向かう私の手をオッタが掴む。情報が少ない時こそ、二人一組で動くべし。黙り込む私の前をオッタが慎重に進む。

 地下への入り口は、二階へ上がる階段の下や厨房の奥など、人目に付きにくい場所にあることが多い。目ぼしい場所を手当たり次第探すと、廊下の突き当りに地下へ繋がる小部屋を見つけた。


「相手の動きは」

「何も聞こえない。上着だけ置いてったのかも」

「しゃーねえ。行くか」


 一度、二階を歩く下働きを見かけただけで、一階には誰もいなかった。

 とうに夜も更けた時刻とは言え、どこか薄気味悪さを感じる。オッタも同じなのか、ピリリと警戒する空気が伝わってくる。


 二人してフードを被り直す。

 掃除が行き届いていないのか、どこか埃っぽい廊下を薄暗くランプが灯している。周囲を警戒し、視線だけで意思疎通する。

 使用人部屋らしき場所には古びたベッドと家具があったが、誰かが住んでいる様子はない。他にもいくつか部屋があるものの、どこも似たようなものだった。


 空虚な部屋の一つに、目当ての物はあった。

 オッタの袖を引き、雑に置かれた上着を指差す。物置なのか、傷んだ机の上には走り書きされた紙が乱雑に置いてあった。

 紙にもざっと目を通したけれど、確実な手がかりとは言えない。こうなればもはや手がかりはない。ひとまず撤退しようとオッタに合図を送る。


 屋敷から出て穴を潜る。

 来た道を戻りながら、今後どうすべきか考える。フエーゴ付近から探っているエンが何か掴んでいるかもしれないが、貴族が絡んでいる以上もう少し調べる必要がある。


「あいつの力を借りるしかねえな」

「……はぁ」


 オッタの言葉に溜息が出た。やっぱりそうするしかないのかと思うと今から憂鬱になる。

 走りながら腹を括る私の腕をオッタ引っ張った。


「しっ」


 口を塞がれ、建物の影に連れ込まれる。すると、今まさに行こうとしていた道に、男が二人立っていた。

 熱心に何事かを話し合っているようで、こちらに気付いた様子はない。危ないところだった。


「こっち」


 迂回路になるが仕方ない。オッタの後について、再び走る。

 それにしても今日は人が多い。王都は下町よりも格段に治安が良く、夜警もマメに見回っている。しかし、来た時に見た三人組も、今見た二人組も制服を着ていない上、どうにも一般人には見えない。


 そういえば、来る時に見た三人組は”妙な男を見ていないか?”と門番に尋ねていたっけ。

 妙な男の詳細を聞く前に背を向けたので、どんな男で、なぜ探しているのかは分からない。もし、さっき見た男二人も同じ人物を追っているのだとしたら。


「冗談で言ったんだけどな」

「どうした?」

「何でもない」


 ただでさえ貴族が絡む案件を抱えたところだというのに。これ以上の厄介事はごめんだと、嫌な予感に見てみぬふりをした。


「やべっ」

「わぷ」


 突然、目の前のオッタが止まり、思い切り背中にぶつかった。

 一体何事かとオッタの横から前を見る。


 男が倒れている。

 下町では路地で浮浪者が座り込んでいるのは珍しくない。そのまま息絶えた人を、教会の墓地に埋葬したこともある。だがここは王都、しかもまだ貴族街に近い。


「……」


 生きているのか、それとも死んでいるのか。

 どちらであっても関わる気はない。オッタと別の道を行こうと目配せした時、ぴくりと男が動いた。ゆらりと起き上がった男は、焦点の合わない目で虚空を見つめていた。


「行くぞ」


 今の内に行くべきだと分かっているのに。

 山吹色(マリーゴールド)の髪は汚れ、灰色(ストームグレイ)の瞳は虚ろ。見覚えのない男のはずなのに、何故か目を逸らすことが出来なかった。


「おい!」


 私が付いてきていない事に気付いたオッタが無理やり引っ張る。

 声に反応したのか、虚ろだった灰色の瞳がこちらを向いた。目が合う。じわじわと男の目が見開かれる。


「お前達、そこで何をしている!」

「!」


 倒れていた男に気を取られすぎて、夜警がすぐ近くまで迫っていた。

 慌てて私の手を引いて、向かっていたのとは別の方向へ走る。


「何やってんだよバカ!」

「……ごめん」


 自分でも何故動けなかったのか分からない。応援を呼んだのか、追ってくる夜警の数が増えている。これでは逃げ切ったところで、当分夜警の数を増やされてしまう。

 まだフエーゴの家族を助けられていないのに。己の失態に臍を噛んだ。


「見つけたぞ!」

「ちっ、先回りしてたか」


 退路を断たれ、大通りに出ると数人の夜警がこちらにランプを翳していた。追手も追いつき、夜警の制服を着た男十数人に取り囲まれる。


「そのマント……。まさか、貴様ら”赤ずきん”か!?」


 赤ずきんとは、王都のみならず国中を騒がす正体不明の暗殺集団だ。

 性別も年齢も規模も、全て謎に包まれたその彼らは、依頼されたことは確実に遂行する。目深に被ったマントが返り血で染まることから”赤ずきん”と呼ばれ、人々を恐怖に貶めている。


 正直、それだけ血で服が汚れるなんて素人の所業だと言い返したいのをぐっと堪える。


「フィーラ」

「わかってる」


 出来れば穏便に済ませたかったが、これだけの人数に囲まれてしまえばそうも言ってられない。

 土で武器を生成するオッタの後ろで、援護用の小さな水球を空中に作り出す。

 一触即発の空気の中、先に動いたのは夜警のほうだった。


「捕らえろ!」


 一人の夜警がそう叫び、こちらに走った瞬間。

 横道から飛び出してきた何かとぶつかり、吹き飛んだ。


「なっ……」


 唖然とする私達と夜警の間にいたのは、ついさっき路地で倒れていた男だった。

 男は私とオッタのほうを振り向くと、何故か満面の笑みを浮かべたのだった。


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