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16、襲来

 もう会うことなんてない。


 そう思ったのは、ほんの数日前。

 なのにどうして私の前で山吹色(マリーゴールド)の尻尾を揺らし、にこにこしている駄犬がいるのだろう。


「ご注文は」

「手合わせ」

「ご注文は」

「したい」

「ご注文は」

「なー」

「ひやかしならとっとと出てけ」

「やだ!」


 下町食堂アコルデの看板娘、フィーラとして客を出迎えた私に、駄犬ことハルセは入ってくるなり飛びかかってきた。反射で殴り、席に詰め込むと今度は机にだらんと凭れて仕事の邪魔をする始末。

 入ってきた瞬間、私を見つけて駆け寄ったハルセに隠れる間なんてなかった。


 言動からして、どうやら本当に私がどんな格好をしていようとハルセには判別がつくらしい。これは由々しき自体だ。

 他に客は数人いるが馴染みばかり。一向に注文を言わないハルセから離れると、可愛い顔に険を滲ませるティオに耳打ちする。


「ティオ」

「任せて。跡形無く消すから」

「後が面倒になるからダメ。変な行動しないか見張ってて」

「ちぇ」


 ティオは遠目でしかハルセを見たことがない。しかも、食人植物(ロロ)を頭に付けた状態が一度だけ。

 それでも普通の客ではないのはすぐ分かったようで、私よりも殺気立っていた。


「エン」

「困ったことになったね……」


 厨房に行くと、珍しくエンが椅子に座っていた。

 エンにはレイエンダの屋敷を訪れた際の事も報告し、当面買い物やバスラとしての外仕事を他に任せて様子見する予定で。

 さすがにアコルデまで乗り込んでくるのは、私にとってもエンにとっても予想外だった。


「ごめん」

「こうなっては仕方ない。フィーラ、君はどうしたい?」

「……出来れば手合わせしたくない。でも、」


 一度目と二度目はバスラとして会った。だけど、三度目は訳が違う。

 私情を挟んで今日に繋げてしまったのは完全なる私の失態だ。エン達に迷惑なんて掛けるよりは、望みを聞いて二度と会わないようにと提案する前に、エンに止められた。


「無理にすることはない。希望通りにしたからといって、大人しく引き下がる人物でもなさそうだからね」


 思えば、エンがハルセを見るのはこれが初めて。厨房から盗み見た印象は私と相違なくて、再び二人で溜息を吐いた。

 仮に手合わせしたとしても、どう決着つけるのが正解かわからない。全力を出せば勝てるけど、あちらが勝つまで再戦を申し込まれたら意味がない。引き分けも同じ。負けるのが一番いいのかもしれないが、手を抜いたのがバレるとふりだしに戻る気がする。


「しかし、彼が噂の……」


 滅多なことでは厨房から動かないエンが、興味深げにフロアを覗いた。

 悩んだ結果、エンにだけハルセが魔力を持っていないことを伝え、他の面子には伏せた。


「ふむ、やはり知られるのは避けたいね」


 誰にかと言うと、シュウにだ。

 シュウにとって命は軽い。命よりも人体に対する知的好奇心のほうが何よりも大切で、珍しい症例が現れると人体実験を始めるし、解剖を画策したりするのだ。私も過去に実験され、シュウに対する信頼は無いに等しい。

 そんなシュウがハルセの存在を知れば、確実に害を及ぼす。解剖とは行かずとも、顔見知りになろうとはするだろう。ハルセの後ろにミトロピア家がいると分かった今、下手に動かれては困る。


「オッタに連絡係を頼んで正解だったね」


 私が出られないのを理由に、シュウへの報告と忠告を頼んだ。

 元貴族のシュウなら、四大貴族相手に探りを入れる危険性がよく分かるはず。その上で好奇心に負けるのなら、私達では止められない。その為に最初から知らせないことを選んだ。


「気負うことはない。いつも通り接客しておいで」


 何かあればその時また考えよう、と頭を撫でるエンに頷く。

 フロアに戻るとハルセは机にうなだれて座っていた。何かしたら容赦しないとピリピリした雰囲気のティオも、ハルセが意外にも大人しくしているので手を出せないようだ。


「あ、おかえりー」


 お前の家かと聞きたくなるくらい店に馴染んでのんびりするハルセに、今日何度目かの溜息がこぼれた。


「結局なにも注文しない気?」

「さっきからそれ聞くけど、なんで?」

「なんでって、食堂だからでしょ」

「そうなのか!」

「こいつバカなの?」


 思わず怒鳴った私に、いつの間にか隣にきていたティオが戸惑っていた。

 店の入り口にも看板はあるし、ドアにも営業中かを知らせる板がかけられている。それに気付かなかったのなら、ここをどこだと思って入ってきたのかと聞きたくなる。


「そう、ここは食堂。つまり食事処よ。食べに来たんじゃないなら帰って」

「どーりで良い匂いしてると思った」


 けらけらと笑うハルセに悪気なんて一欠片も見えない。こういう直感で生きてる奴は、次に何をしでかすのかがわからないから手に負えない。

 食べ終えた客が一人、また一人と帰り、残りはハルセだけ。後片付けをティオに任せ、ハルセの向かいに腰掛ける。


「ねえ、どうしてここに来たの」


 聞きたいことは山ほどある。

 コップを両手で包む。暖かな日が増えてきた最近は、コップに氷をいれるようになった。その水の冷たさを肌で感じながら切り出した。


「次会ったら手合わせしようって言っただろ?」

「一方的にね。数日前もディソナンテに来てたけど、私がここにいるって知ってたってこと?」

「知ってたっていうか、この辺にいそうだなーって」

「……仕事は?」

「今日は休み!」


 橋の上で聞いたのと同じように一問一答を繰り返す。答えとは言い難い返答もあるが、おおよその意味合いは分かる。

 先日の未遂も、今日アコルデまで来たのも、とどのつまりは勘。仕事を放棄していないなら手合わせしても問題ないと言いたいようだけど、私からすれば問題大有り。出来るだけ手合わせから目をそらす形で話を続ける。


「門は? ここまで二つの門を通らないと来れないはずだけど」

「よくわかんねーけど、これ持ってたら行けるって」


 ごそごそと首元を漁って出てきたのは紐に通された小さな黒い板。通常、通行許可証は木で出来ているのに、その黒い板は光を反射していた。金属製なのだろうか。

 何やら文字が掘られているのだが、紐の長さ的に近付かないと見えない。


「見せてもらっても?」

「見せるのはいいけど、これ首から外れないんだよなー」

「?」


 仕方なく立ち上がり、板をうなじ側に寄せてもらう。触れて、その正体に目を見開いた。


「これ、魔石じゃない」


 魔石とは魔力を溜めることが出来る石のこと。産地や材質によって、属性との相性や溜められる魔力量が異なる。一般的に魔力の有無に関わらず、石そのものは魔石と呼ばれ、魔力を込めることを、魔の天虹(セージョヘマ)と言う。


 セージョヘマは貴賤問わず、幼い頃から誰もが学ぶ。

 貴族なら魔力コントロールの一環として。庶民でも親や学校、もしくは近しい大人に習う。庶民の子はちょっとした小遣い稼ぎとして作る事が多いが、貴族は特に高魔力保持者が多いため定期的に魔力を放出する必要がある。しかも、婚姻時に互いが作った魔石を用いた装飾を交換するしきたりがあるので、セージョヘマは必須の技術なのだ。もちろん庶民でも婚姻時のしきたりは変わらない。


 そうして作られた魔石は日常的に使用する馴染みのあるもの。けれど、石に魔力を込めるにはコツと集中力、そしてそれ相応の魔力が必要となる。だから、どんな子供でも積極的にセージョヘマの腕を磨く。


 私もシュウの診察を受ける時に必ず魔石を作らされる。体内を巡る魔力の流れと、精神的な乱れはセージョヘマに顕著に出るらしく、慣れた者の目には本人を見るよりわかりやすいそうだ。



「よく出来てる」


 黒い板には表にハルセの名前、裏にはミトロピア家の家紋が掘られていた。よく見れば悪用防止のためか紐にも魔力が込められているので、外せないのはこれが理由だろう。

 これでハルセの身分は保証され門は通り放題。しかも何か問題を起こせばミトロピアへ連絡が行くので回収も簡単。言わば首輪のようなもの。

 人道的にどうなのかとも思うが、リツの疲れた表情を思い出すと仕方がない気もする。


「……」


 この魔石に込められているのは水属性。それも高魔力保持者で、魔力の扱いに長けた人物。恐らくリツのお手製だろう。ミトロピア家では使用人に魔石を渡して、屋敷への立入りを選別しているのだろうか。だとしても、一人ひとりに渡すには手間がかかるし、高価過ぎる気がする。


「あそこで働き始めたのは最近? キッカケは?」


 もうこうなったら気になるもの片っ端から聞いてやろうと、次の質問を投げかける。

 さっきからエンらしき視線も刺さってくるのは、ハルセが気になるのと、他に客がいなくて暇だからだろう。ティオも掃除を終えて、少し離れたところに座って足をぶらつかせていた。


「それは、」


カーン、カーン!!


 ハルセが答えようとした矢先、けたたましい音が鳴り響いた。


「フィーラ!」

「ちょっと行ってくるから、この人と待ってて!」

「でも、」

「この音は何なんだ?」

「ちょっと失礼」


 一人状況についていけてないハルセの口に、懐の小瓶から取り出した紫の種を一粒押し込んだ。


「うぐっ!?」


 目を見開いて口を抑えるハルセを置いて、アコルデを飛び出す。


 心配せずとも、あれは多量摂取すれば毒にもなるが、少量ならただただ苦い薬。たまに徹夜明けのオッタに滋養強壮ドリンクとして渡したり、酒を飲みすぎたトヴォに渡したりしている。

 吐き気すら催す猛烈な苦味は、初めて味わった者は数日寝込む程だという。水を飲んでも、他のものを食べても誤魔化しようもない。オッタ用には他の材料と混ぜて味を調整しているし、本人が食べ慣れているので特に問題ない。ただ、何も知らずに口に入れたハルセには毒と変わらないかもしれない。


「フィーラちゃん!」

「トルトゥラさん!」


 慌ただしく撤退する市場の人達の間をすり抜けて来たのは、フエーゴの妻トルトゥラ。横には息子のハウラもいる。誘拐から戻って初めて話したが、元気そうでよかった。


「妖魔はあそこの角を曲がった所にいるわ!」

「ありがとう! 二人も早く隠れて!」


 町中に響く、けたたましい音は止んでいた。代わりに、怒声や指示する声が飛び交っている。

 あれは、町に妖魔が出た時に鳴らされる鐘の音。音が聞こえたら全員建物の中に隠れ、身の守りに徹する。

 手慣れた動作で商品を片付けていく人々を横目に見ながら、トルトゥラ達が教えてくれた場所へ向かう。すでに到着していた自警団の向こう、大きな塊がゆらりと動いた。


「いた!」


 そこには、人間の三倍はあろう黒い巨体を蠢かせる妖魔がいた。



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