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10、食人植物

 鉄柱から鉄柱へ飛び移り、船へと近づく。

 船を覗き込めるほど近くまで来ると、ようやく状況がわかった。


「今回申請された積荷は装飾品と食料だったはずだ。何故、関係のない女子供が乗っている!」

「知らねえ! 俺達は荷は積んであるから運べって言われただけだ!」

「そうか。おい、全員連れて行け」

「関係ねえっつってんだろ!!」


 検問員と乗組員が揉める近くで、数人の女子供が怯えたように身を寄せ合っていた。検問員の引き連れた護衛達がひとり残らずどこかへ連れて行く。

 気付かれないよう船の上に飛び乗り、盗聴用の青い種を仕込めないか様子を窺う。


「大人しくしろ」

「!」


 不意に背後から口を塞がれ、体に回った腕に自由を奪われる。

 無意識に反撃しそうになり、慌ててやめる。ここで騒いで検問員達にバレる訳には行かない。

 じろりと斜め上を睨むと、同じように睨み返された。


「仕返し。種なら仕込んだ、行くぞ」


 口を挟む余地無く、私を解放したオッタが先を行く。

 先程まで私がいた橋は、ようやく霧が薄まってきたものの人がまだ多くいる。別の橋に行く道には、連行される乗組員と誘拐された人達を囲むように検問員がいて掻い潜るのは難しそうだ。


「仕方ない、そこの橋を使おう」


 検問員の手伝いに加わったのも数名いるが、残りは赤ずきんを探しに奔走している。ここで様子見している間に、ミトロピア領だけでなく王都にも警備が増えるのは避けたい。


「あいつらは?」

「分からない。でも、こちらの動向は伝わってるはず」

「なら、さっきのとこに戻れなくても問題ないな」

「オッタ、二手に分かれて注意を引こう」


 走り回る警備の目を掻い潜り、鉄柱の上に上る。

 今はまだ気付かれていないが、橋を渡り切るまでに気付かれる可能性がある。そうなった場合にと提案する私に、オッタが振り返る。


「正直に言え」


 オッタとの付き合いは長い。

 私の隠したいことをオッタが見抜くように、下手に誤魔化してオッタにへそを曲げられたら面倒なことも知っている。


「……多分、またさっきの奴が来ると思う」

「お前、まさか話したのか!?」

「会話にはならなかったけどね。面倒な奴だってことは分かった」


 まともに聞き出せたのは名前。後は独特な思考回路と、強い者が好きで何故か手合わせにこだわっていることくらい。


「お前なあ!」

「詳しいことは報告の時に」

「ちっ。さっきの件もきっちり報告するからな!」


 まだケルピーを使った人間パチンコの件を根に持っていたらしい。

 どうせどちらも報告しないといけない。瞬間湯沸かし器は冷めるまで放っておけばいいが、他のメンバーのほうが地味に厄介だ。


 橋を渡り切るまであと少し。


 今の所ハルセはいない。止めようとしていた人達に連れ帰られたのかもしれない。むしろ、そうであれ。


「よし、このまま行くぞ」


 最後の鉄柱から建物の影に移動し、辺りを探る。

 警備は増えたが、逆にそのせいで統率が上手くいっていないように見える。オッタの地属性と、私の木属性を駆使して死角を見つけては進むを繰り返す。


「多いな」


 王都に近づくにつれ、警備の数が増えていく。さっきまでミトロピアの警備のほうが多かったけど、ここまで来ると王都の警備隊も増えて半々と言ったところだろう。 

 ティオ達と別れたのは、ミトロピア領に入る手前。王都の端にある建物の屋上。シユーを連れて門越えは厳しいから、王都にいるのは間違いない。


「オッタ」

「二手に分かれる案なら却下な」

「……じゃあどうするの」


 言う前に策を封じられ、ついトゲが混じる。そんな私を振り返ったオッタは、いやに良い笑顔を浮かべている。


「あれ、やろうぜ」


 親指でオッタが指したのは、道が集まって広場のようになっている場所。もちろん、警備がうようよいる。だからこその提案に、私もつい口角があがる。

 藍色の種が入った小瓶を取り出し、種をオッタにひと粒ずつ渡す。手の平程の大きさの土に詰めては丸め、仕上げに少し水分を含ませると準備完了だ。


「せーのっ」


 掛け声に合わせて、団子を広場に向かって投げる。


「うわ!?」

「泥団子? 子供の悪戯か?」

「大人しく出てきなさい!」


 飛来物の正体が泥団子と知り、勝手に勘違いする警備達。

 そう、これは私とオッタがまだ子供の頃に作った作戦の一つ。子供の悪戯だと思えば、投げた相手にも投げられたモノにも警戒心が薄らぐ。その隙に土と水から養分を得た種から、ぴょこんと葉が顔を出した。


「……は?」


 泥団子から育ったとは思えないほど立派に育ち、背丈は警備達と対して変わらない。そして先端に出来た蕾がふわりとほころび、大輪を咲かせた。

 夜を凝縮したような透き通る藍色の花弁が幾重にも重なり、中心には月を思わせる雌しべ。幻想的な花は風でゆるやかに揺れたかと思えば、唖然と見上げる警備に近づき――ぱくりと食べた。


「え、」


 仲間の頭が美しい花にすっぽり覆われた異様な光景を、残りの警備が口を開けたまま見つめていた。


「うわああ!?」

「おい、やめろ! 離せ!」


 我に返った警備の行動は二通りに分かれた。

 叫びながら植物から逃げようとする者と、食べられた仲間を助けようとする者。こういう時、その人の本質が見えて面白い。


「――っ!?」


 自分可愛さに一目散に逃げようとした警備の目の前には、花畑が広がっていた。うようよと動く大輪に、男の絶叫が冴え渡った。


「綺麗なのに」

「これでまた仲間が増えたな」


 警備達を恐怖のどん底に突き落としている花は、昔オッタの”歩く花は存在するか”という疑問から作ったものだ。

 蓮という植物を元に花は大きく、根はしっかりしていて自立出来るよう改良した。更に動くものに反応する習性をつけてみたら、なんとびっくり。食人植物の出来上がり。

 お披露目の時にオッタも齧り付かれ、花恐怖症になった。今は克服したらしいが、何故か思い出したように仲間を増やそうとする。ロロという可愛い名も付けたのに、呼んでくれる人はいない。


「今の隙に行こう」


 他の警備だけでなく、騒ぎを聞きつけた近隣住民が様子を見に来る可能性もある。

 ちなみに食人植物と言ったが、本当に食べたりはしない。近くで動くものを甘噛みするだけ。つまり、動けば動くほど咀嚼回数が増える。

 味わい尽くされない内に気付けるといいね、と他人事のようにその場を去った。

 混乱に乗じて門を越え、王都に戻った。

 ミトロピアに人手を貸していたはずなのに、夜警の数が減ったようには感じない。気を抜かずに屋根の上を進む。他の建物の屋根に視線を巡らせば、妖精が多く集まっている場所を見つけた。


「ティオ」

「フィーラ! よかった無事で」

「俺には何も言うことねぇのか、ああ?」

「空の旅、楽しかった?」

「うっせ!」


 シユーを抱きしめる形で座っていたティオと無事合流できた。自分から言葉を欲しておきながら、言い包められている。雑にシユーを持ち上げるオッタを手伝い、背に乗せる。


「ん」

「シユー?」


 フードを被せようと手を伸ばすと、シユーが身じろぎした。

 うっすら開いた瞳が虚空を見つめる。また寝るかと思えばもぞもぞと動くシユーに、オッタと目を合わせて一度下ろす。


「危ないよ」


 ふらふらと屋根の端へと向かうシユーの手をティオが握る。

 下を覗き込むシユーに倣って全員で屋根から顔を出し、見たことを後悔した。


「うわあ」

「おい、あれ……」

「……」


 そこには私が作った食人植物(ロロ)に頭を齧られ、両手にも食人植物(ロロ)を握りしめたまま猛スピードで駆けていく一人の男。聞こえる笑い声は幻聴だと思いたい。

 無言で頭を抑える私に、オッタも気付いたのか引き攣った表情を浮かべている。


「帰ろう。一刻も早く」

「え、もしかして噂の男ってアレ?」

「あとで全部話すから」


 一刻も早く安心できる場所に行きたい。

 無表情でオッタをしゃがませるとシユーを乗せ、早く早くと帰路を急かした。



 * * *



「以上」

「わかった。みんなお疲れ様」


 アコルデに戻った私達は、エンに起こったことを報告した。

 当初の目的だった誘拐も未遂に防げたものの、ミトロピアに一任した形だから再度確認が必要なこと。同様にセクエストロ家についてもミトロピアか王宮から沙汰があるだろう。

 ハルセに関しては、明日私がフェムに報告兼ねて相談しに行くことで落ち着いた。


「君達も休んでおいで」


 シユーは先に寝かせてある。ティオも着く頃には半分寝ていたので帰した。

 エンの言葉で解散となり、オッタは大欠伸をしながら二階へと上がる。近いとは言え、帰るのが面倒になったのだろう。


「エン。明日、一日いなくてもいい?」

「いつもの場所かな」

「うん」


 任務も一段落し、エンからの許可も取った。

 気が抜けたのか一気に眠気が襲ってきた。目をこする私にくすりと笑い、頭を撫でてくる。もう子供じゃないのに。


「夕飯までには帰ってくるんだよ」

「はあい」


 程よい距離が心地良くて、笑い返して部屋に戻った。

 窓際の机、棚。たくさん並べられた植物に、室内は土と植物の匂いで溢れている。嗅ぎ慣れた匂い、ベッドの柔らかさ、気心の知れた人しかいない場所。


「ただいま」


 ほっと息を吐いて、寝支度を整えるとようやく体を休めた。


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