プロローグ
新連載開始です!よろしくお願いします。
燃えていた。
生まれてからずっと過ごしてきた、大きくて小さな世界。
凍えた私達の手や体を温め、湯気立つスープを作り、果てなく続く闇を照らしてくれる火。生活に寄り添う優しい火。
その火と目の前で燃え盛る、暴力的なまでに美しい炎が同じものに思えなくて、呆然と眺める。
ああ、炎とは赤ではなく橙色と黄色が混ざった色だったんだ。
ミシミシと不穏な音が聞こえたかと思えば、目の前に崩れた柱が倒れてきた。重厚な振動が身に伝わり、嫌でも建物の崩壊を悟らせた。
小さな足を吸い込む鮮やかで柔らかい絨毯も、傷をつけて怒られた緻密な意匠が施された扉や天井も、両親が大切にしていた先祖が集めた調度品の数々も、すべて炎に抱かれ同じ色に染まっている。
足が、体が、動かない。
ここにいれば死ぬと本能的に感じていた。だが、ここにはこれまでの人生の全てが詰まっていた。今去ってしまえば、二度と戻れない。
愛しい家族、微笑ましく見守ってくれる使用人達。
温かくて、優しい世界。
全て燃えて、跡形もなく灰へと変わっていく。
再び倒れた柱から爆ぜた炎の欠片が、ふわりと蝶々のように羽撃いた。
同時に伸びてきた炎が肌を舐める。熱気で上手く息が吸えない。僅かに吸い込めた空気には木や布、埃が燃える時の匂いがした。
「!」
その空気の中に微かに混ざった、肉の燃える匂いに口を抑えてしゃがみこんだ。
目の前で炎に巻かれた両親や親戚が瞼の裏で鮮やかに蘇る。ほんの数分前のことなのに、今もまだ悪い夢を見ていたかのように頭も心も受け入れられずにいた。
頬を流れるはずだった雫は、一瞬で蒸発した。
「どうして……っ」
ずっと続くと思っていた平穏がこんなにもあっさり崩れ去るなんて、一体誰が予期できただろう。喉が焼けて声が掠れる。声すらかき消す轟音の中、ピルルルと澄んだ音が聞こえた。
大きな鳥が、頭上を悠々と飛んでいた。
全身に炎を纏ったその鳥は、倒れる柱や崩れる天井の隙間を器用に縫ってくるくる旋回し、炎の中へと溶けては生まれを繰り返していた。
「あれが、」
掠れた声は、もう自分の耳にすら届かなかった。
ここで死ぬわけにはいかない。
力の入らない体を叱咤し、炎から遠ざかる。
大切な人も思い出も全て奪い去ったモノに、復讐を。
後に”レイエンダの災禍”と呼ばれるよう大火事は、アルマドゥラ国四大貴族と名高いレイエンダ家の屋敷、森、一族をぺろりと平らげた。
幼い姉弟のみを残して。