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手紙  作者: 甲池 幸
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13/15

日記

ちょっとだけ汚れた白い壁。闇に紛れるような黒い屋根。7年も帰らなかった実家の隣にある洸の家をまじまじと見上げた。


「行こうか」


片瀬に手を引かれて、チャイムまで歩く。今日、何度片瀬に手を引かれたんだろう。1人では勇気の出ない場面で、片瀬はいつも手を引いてくれた。その事がありがたい反面、洸に似ていて、胸が痛む。片瀬がチャイムに指を伸ばして、そっと押す。


「はーい」


懐かしい洸の姉である心さんのの声が、インターホンから聞こえてくる。何度も、何度も、聞いたその声に胸がいっぱいになって涙が溢れそうになる。


「久しぶり、夏恋ちゃん、片瀬くん」


心さんはちょっとしわの増えた優しい笑顔で微笑むと、私と片瀬を招き入れた。


「夏恋ちゃんは、洸の部屋行ってらっしゃい

今日の目的地なんでしょう?」


玄関からすぐの扉を開けたところにあるリビングに入ってすぐ、ハリのある声でそう言われて、はっとする。この人は全部知っている。洸がどうして死んだのかも、私がどうしてここに来たのかも。


「はい」


目を見て、頷く。静かに心さんの目に涙が溜まった。


リビングを抜けたところにある階段を登って、階段を上がって1番手前にある洸の部屋を目指す。ドアノブを回すと、私がよく来ていた時とほとんど変わらない洸の部屋が、そこにあった。変わっているのは、机の上に紺色の分厚いノートがあることくらいだ。


きっと、このノートが、洸の日記。


私は大きく深呼吸をすると、ノートを開いた。


『4月5日

今日は高校の入学式。クラスは、夏恋と一緒。

嬉しかった。今年も、また夏恋と1年過ごせることに感謝しかない。』


『7月3日

明日から宿泊研修がある。

日中回る班は夏恋と一緒。可愛い夏恋が見れるはず。一気に楽しみになった』


『8月15日

今日は花火大会だった。

帰り道にやっと、夏恋に告白できた。OKもらえた時は泣くかと思ったけど、夏恋が泣いてたから泣かなかった。ほんと、夏恋は泣き虫。

俺が笑わせたい』


『9月27日

今日は学祭だった。

夏恋が、メイドさんの格好しててすごい可愛かった。写真を影からたくさん撮った。家宝にしようと思う。』


可愛いなんて、直接言ってくれなかったくせに。

こんなにも、思われていたんだと知って涙があふれる。右上がりの大好きな字が、涙で滲んでいく。私の名前がない日のない日記。毎日毎日、飽きもせず、私との思い出だけが書いてある。喧嘩した日も、風邪で会えなかった日も。


私はパラパラとページをめくった。


今、読まなければならない所までページを進める。


『4月4日

今日は高2の始業式』


まだ、もう少し先。

また、ページをパラパラとめくる。


『11月4日

夏恋に別れようって言われた。

なんでなのか分からなくて、とりあえず混乱してるから、もう寝る。』


『11月6日

夏恋が病気だと知った。

母さんが死んだのと同じ、白血病。

夏恋も死んじゃうんだろうか。

失うのは、怖い』


やっぱり、怖かったんじゃない。

強がらないで教えてくれればよかったのに。


『12月25日

クリスマスを病院で過ごしたのは初めてだった。

夏恋と一緒に居られてよかった。

夏恋の経過は順調らしい』


この頃はまだ、洸が死ぬような予兆はない。

私はまた、ページをパラパラと飛ばした。


『4月9日

俺の前に、天使となる悪魔が現れた。

そいつに夏恋が死ぬって言われた。

本当かどうかはわからないけれど、本当だったら嫌だ』


『4月10日

そいつは、俺に契約を持ちかけてきた。』


次の一文が目に入ってその意味を理解した時、私は膝から崩れ落ちた。


『夏恋と俺の寿命を交換してくれるらしい』


バサリと、音を立てて手に持っていた日記帳が床に落ちる。洸が、死んだのは私のせいだった。あまりにも衝撃的な事実に、涙が止まらない。滲んでいく文字を目でなぞると、文章にはあとから付け足された一文があった。


『このページを読んだら、DVDを再生すること』


私はその指示通りに、洸の部屋にあるテレビの電源をつける。洸とここで何度も映画を見たから操作はお手の物だ。再生ボタンを押すと、ちょっと気恥ずかしそうにこっちを見ている洸がいた。


「久しぶり、夏恋」

ビデオで撮っているからか、いつもより高めの声。でも、聞きなれたその愛おしい声にまた涙が溢れて、画面映る洸がどんどん滲んでいく。


「俺、すげえ迷った。

姉ちゃんも、夏希も、俺が守るって母さんと約束したのに、夏恋を助けるために死んでいいのかってさ。」


「私のためになんて死なないでよ」


「でも、夏恋がいない未来を俺はうまく生きる自信がなかった。ごめんな、辛かったろ。この7年。ずっと」


みっともなく嗚咽をあげながら、泣きじゃくる。画面の中の洸は優しく微笑むと、言葉を続けた。


「ごめんな、俺のわがままですげえ傷つけた。

俺が、夏恋のいない未来が嫌なのと一緒で、夏恋も俺がいない未来なんて望んでなかっただろ」


「どっから来るのよ、その自信は」


画面に向かってツッコミを入れる。もちろん返事はない。その事が苦しかった。


「夏恋が俺のこと大好きだから」


後ろから、声が、聞こえて振り返る。


懐かしくて愛おしいその姿が、そこに、あった。


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