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その作品の名は「夢の形」。

作者: おむらいす

 貴方はご存知でしょうか。『夢の図書館』というものを。人々に捨てられた夢が貯蔵されていき、それが一般に公開される施設。

 知っている貴方はきっと当館を利用なさっているお客様ですね。いつもご利用ありがとうございます。

  知らなかった貴方はこれから当館に出会うかもしれません。

『夢の図書館』はある条件を満たすと貴方の『夢』に現れます。

 一つは、『貴方が大きな夢を持つ事』。

 もう一つは、『それを捨ててしまう事』。

 言わば、貴方の夢そのものが入場券となるのです。自分の夢を捨て、人の夢を貪る。堕落に堕ちた人間の最高の娯楽でございます。

 どうやらまた。夢が一つ追加されたようです。お客様がお見えになりますので私はこれで失礼いたします。素敵な堕落、怠惰、退廃的なひと時をお楽しみ下さい。



 今日、私は大学を辞めてきた。「◯△◇美術大学」日本でも有数の天才たちを産んだ、名のある名門校だ。

 私が退学の申請をした時の教師の顔ときたらまた傑作だった。一切の悲しみなどその顔には無く、何処か微笑んでいるようにも見えた。笑える話だ。才能の無い人間をいつか処分したいとでも考えていたのだろう。

 まあ過ぎた話だ。今更戻れるものでもない。

私は沈みそうな気持ちを、意地でも浮かせようと躍起しながら帰路を歩いていた。

 現時刻は午後4時。コンビニで求人雑誌を頂き帰宅した。

 自宅へ戻ると、私の夢の残骸が散らばっていた。授業や趣味で扱った様々な道具達。今ではもうゴミにしか見えない。明日全て燃やしてしまおうと思い一纏めにする。

 夕食を食べ、テレビを見て、自慰行為をし、シャワーを浴びて眠りにつく。

 快楽に溺れることは出来なくて、モヤモヤした気持ちが晴れずに眠りについたのだ。


 気づいたら私は扉の前に立っていた。見覚えの無い扉だった。後ろを振り向くと一切の闇が広がっていて、私が立っている場所と目前の扉以外は認識できなかった。途端に恐怖が迫る。

 仕方なく扉を開ける。重い気持ちは、扉を重く感じさせた。

 扉の先は図書館のように見えた。

「ようこそ、夢の図書館へ。こちらへどうぞ」

 扉を開けてすぐに近くにあるカウンターから声がかかる。言われた通りに私はカウンターへ向かう。

「こんにちは。すみませんここは一体」

「はい。ここは夢の図書館。その名の通り夢の閲覧が可能とされている図書館でございます。私は当館のオーナーのアルバトロス。アルバとお呼びください」

 名は外国人のそれであった。確かにそう思えば男の顔つきは日本人離れしている程に整っている気がする。しかし、完全にそうとは思わせない曖昧な感じだ。

「では、当館のご説明をさせて頂きます。お客様、夢をお持ちでしょうか」

 夢。私は芸術家を目指していた。憧れたのは小学校五年の頃。学校の行事で美術館を訪れた際、目に止まった一つの絵画。知っている画家が描いたものでも無いし、その作風も普通の物であった。

 タイトルは『花の声』。パステルカラーの絵の具で花を散らせているだけのなんて事のない絵画だ。その平凡さ、普通さに私は憧れを感じた。

 現に私は、奇抜性のある作風は嫌いだ。まさに天才の発想というやつには虫唾が走る。

 そんな私だからこそ、この平凡さに心惹かれた。そして、その道を歩んでいた。しかし、既に私の心にはその夢のカケラすら残されていなかった。

 だから、私は答える。

「夢などもうありません」

 アルバトロスは驚いた様子はなかった。さもそれが当然のような顔つきで微笑む。

「ええ。存じております。しかし、貴女様はまだ夢を所持していますよ。右のポケットをご確認ください」

 言われて右ポケットを漁る。すると一本の筆が現れた。私の悪い癖だ。使った筆を専用のケースに仕舞わずに、右ポケットに入れてしまう。しかし、いつも使っていた筆だったから分かるが少しの重みを感じた。

「これが私の夢っていうの? 確かに夢を叶える為に使った物だけど」

「はい。それこそが貴女様の夢でございます。こちらへ」

 アルバトロスは手を差し出す。この筆を渡せという事らしい。戸惑いはなかった。その『夢』を私はアルバトロスに渡す。渡す瞬間に腕を掴まれた。

 俯いていた私は驚いて顔を上げる。顔を上げるとアルバトロスの顔が映るのだがその顔はまさに真剣そのものだ。

「本当に『夢』を放棄して宜しいのですね。棄てた『夢』は貴女の元へは二度と戻っては来ません。貴女は貴女を棄てる覚悟がございますか」

「別にこんなもの、私が棄てられないわけないでしょ。こんなのただの筆じゃない」

「いいえ。『夢』でございます。貴女様の大切な『夢』」

 アルバトロスが私の腕から手を離す。そして筆を握る。

「では、こちらに渡して下さい。貴女様の大切にしていた『夢』をこちらに渡して下さい」

 後は私が筆から手を離せば終わる話。

 終わる話なのだが、私の手は筆を、私の心は夢を離そうとはしてくれない。

「どうしましたかお客様。渡していただけなければ当館は利用出来ませんが」

 アルバトロスの問いかけは分かっているのだが、私はまだ夢を棄てきれていなかった。

「こんな時だから言うんだけどさ。私、いつもこの筆で絵を描いてた。筆ってさすごく難しいんだ。私の思い通りには動いてくれないし、私の望んだものをこの子は見せてくれない。でもさ、この筆が良かったんだ。ううん。この筆じゃなきゃダメだった。小学生の頃、少ないお小遣いを必死に貯めて、初めて買った筆。買った当時は勿体なくて使えなかったけれど、大学に入って、夢を本格的に目指してから使い始めた」

「ええ」

 アルバトロスの相槌が心地よく聞こえた。心地よく聞こえたと同時に私の『夢』からアルバトロスは手を離していた。

「ごめんなさい。アルバトロス。私やっぱりこの子を棄てることなんて出来ません。私はまだこの子と夢を続けたい」

「はい。貴女様が望むのならそうするべきだと私は思います。入って来た扉を開けて下さい。ここは貴女のような美しい人がいて良い場所ではありません」

「ありがとう。この場所が夢を棄てる時に現れるのだったとしたら、もう貴方の顔を合わせることはないと思う。さようなら」

 私は振り向き扉に向かう。右ポケットに『夢』をしまい。

「ご利用ありがとうございました。またのご来館を、いえもうご来館なさらないことを祈ります」

 重かった扉はもう重くは感じなかった。扉を開くと視界に広がるのは一切の闇。

 だからなんだ。闇が続いていても道はあるはずだ。いつだって手探りで進んで来たのだから、ポケットのこの子と共に。

 私は再び闇の中を進んで行った。ポケットの中の筆が私を導いてくれると信じて。


 

 目を覚ます。急いでポケットに手を伸ばす。夢はまだ私の元を離れてくれていなかった。

 何の夢を見ていたのかは忘れてしまったが、不思議と二度と見ることがないと確信できた。

 今日は何を描こう。せっかく学校辞めたのだ。私は私を縛るものなどない。この道具たちだって縛られるのは嫌だろう。纏めた道具たちの紐を解く。次に描く作品のタイトルは……。



「あんた。バカじゃないの? なんでお客さんを返しちゃったわけ? あんな上質な夢なんてそうそう無いわよ」

 背の低い。それでいて幼い容姿をしているのに、態度だけは巨大な女性が俺に問う。

 彼女の名はフィオレンティーナ。もちろん偽名だ。

「はい。すみません」

 俺は深々と頭を下げる。俺が頭を『深々』と下げても彼女の頭部を下回ることはない。

「いや、謝って欲しいわけじゃなくてさ。理由を聞きたいわけよ。それにあんたの成績にだって響くわよ?」

 もちろん知っての行い。知っててなお、あの綺麗な心を穢したくは無かった。

「ほら、あの常連さんも新作を早く入荷しろなんて騒いでいたわよ。ほんと、あれが人間の汚点。正しく業の塊よね」

 そうだ。人の棄てた夢を貪るなど、怠惰の権化だ。その浅ましさのおかげで俺たちの商売も繁盛してるとなると、俺たちも相当の浅ましさとは思う。

「ところで先輩。俺、バイト辞めます」

「そう。あんたも人間に感化されちゃったのね。まあ好きにしなさい。私たちはどうせここに戻って来ることになるんだし」

 先輩はあっさりしていた。きっと何度もこういう者を見てきたのだろう。

「ただ一つ、気をつけなさい。あんたが思っているほど人間は綺麗な心なんて持ってはいない。さっきの娘だっていつか自分のキャンパスを黒で塗りつぶすかもしれない。それが分かってて行くのならば私は止めないわ」

「ありがとう。先輩」

 俺もあの娘のように扉を開く。まだ扉を重く感じたけど気になるほどじゃない。

 翼を広げて変身を解く。地面に爪が刺さる感覚を久し振りに味わった。今、心が踊っている感覚を知れた気がした。

 もっともあの娘は人間であったから心を持つが、この者たちにある心など紛い物に過ぎない。彼らは異形の民。決して夢など持つことは出来ない。悲しい末路を今日も彼らを襲う。

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