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フリーマン

作者: 大下勇次

タイトルのように自由人になりたいですが無理ですね。

下手な文章ですが読んでみてください。

(1)

 ふと、みんながワイを正夫君と言いっていた頃の事を思い出した。

一日の過ぎる時間が早かった。眠るのがもったいなかった。学校のチャイムが心地よい胸の高鳴りを呼びおこした。夢中で笑えた。なにより友達がいた。

あの頃に戻りたい。中一になったワイはそう思いながら、見慣れた白い扉を開くと、教室中の空気が止まった。

クラスメイトはまるでエイリアンでも見るような目でワイを見てくる。

ワイはそれを感じて俯きながら、誰とも目を合わせないように、廊下側の前から5番目の自席に座った。

同時に黒板消しがワイの頭を直撃した。

「おい!唇の化け物!」

「いいかげん死ねよ!」

罵声や笑い声がワイの心を殴った。

いつもは俯いて耐えたが、今日は違った。

笑ってやった。満面の笑みで笑ってやったんだ。

「何、気持ち悪い唇で笑ってやがる!」

今度は本物のパンチがワイの右頬を殴った。

ワイは、殴った相手の顔を見て思った。

(誰やこいつ?)

クラスメイトのはずなのに、名前すら知らなかった。

相手もワイの唇の厚さ以外は、何も知らないはずだ。いや、唇の厚さすら知らない。

怒りが込み上げてきたワイは、拳を握りながら立ち上がり「おまえ!ワイの唇の厚さは何インチや!言うてみぃ!」そう言って殴り返したが、相手はそれを風のようにヒョイとかわした。

ワイは勢い余って前方へ吹っ飛び、教室の出入り口、5歩のところで前のめりに倒れた。

(チャーンス!)

ワイはそう思いこの場から逃げ出そうと、ダッシュで教室の出入り口を目指した。

次の瞬間、ワイは何かにつまずき、体が宙に浮くのを感じた。

と、足もとにあったはずの木目調の床が目の前に飛び込んできた。

ワイは、フクロを覚悟して床に伏せたまま頭を両手で抱えて目を閉じた。

ちょうどその時、ガラ!っと教室のドアが開き、無表情が売りのクラス担任の湯川とも子、通称{雪女}が教室へ入ってきた。

雪女の出現で、フクロを免れたワイは(助かった。)と思い、うつ伏せのまま雪女を見上げた。

無表情の雪女はロングヘアーを掻きあげながら、倒れているワイを、一重のつりあがった目で見下ろし、吐き捨てるように言った。

「何してんの正夫君?早く席につきなさい!」

ワイはゆっくり立ち上がり、誰とも目を合わさず自席へ戻った。

無表情の雪女は教卓に立ち、何故か顎をしゃくり上げながら偉そうに言った。

「今日は、皆さんに新しい友達を紹介します。安田未来さんです。いらっしゃい。」

引き戸が開く音がし、教室の名前も知らないクラスメイト達がざわついたが、ワイは興味が無かったので、自席の机の木目を見つめていると、少し鼻にかかった声で「安田未来です。よろしくお願いします。」という転校生定番の台詞を言っている声が聞こえた。

雪女は、人形の玩具が喋るような口調で「みんな仲良くしてあげてください。」とこれも転校生紹介の定番名台詞を言ったあと、「正夫君の隣の席が開いてるわね。そこに座って。」と予想外の台詞が聞こえた。

興味は無かったが、本能的にワイは顔を上げ転校生の方に視線を向けた。

(うわ!でか!)ワイの身長は173センチあり、中学1年生としては長身のほうであったが、彼女の身長はそれと同じくらいか越えていた。

この時、多分ワイは、目を見開いたマウンテンゴリラの様な顔をしていただろう。

転校生はワイの隣の席に座りながら言った。

「よろしくね、正夫君。私は未来。」

安田未来は、先生から一度聞いた名前を覚え、馴れ馴れしくワイの事を{正夫君}と言って真っ直ぐに見つめてきた。ワイはうっとうしいので無視した。

雪女が「では授業を始めます。」と言って、いつものように授業をはじめだした。

一時間目は数学だ。

雪女は数十分ブツブツと訳の分からない言葉を発した後、ワイに絡んできた。

「じゃぁ、正夫君!この問題を解いてみて。」

ワイはゆっくりと立ち上がりながら(毎度毎度、ブツブツとよう聞こえん声で授業しやがって!分かるか!)と思った。こんな時、友達が多い奴は隣の奴が小声で答えを教えてくれたりするものだがそんな奴はいない。こんな時はこう言うしかない。

(分かりません。)

これが一番の解決策だ。無駄に時間を費やさず、しかもクラスメイトの反感を無駄に買わずに済む。ワイは意を決し、口を開こうとした。

その時、隣から小声が聞こえてきた。

「X=28・Y=10」

安田未来だ。彼女の人懐っこい声とは裏腹な生気のない目を見て、ワイは得もしれない恐怖を覚えた。かかわり合いたくなかったので、無視してはっきり大きい声で言った。

「分かりません」

雪女はそれを聞いて獲物を見つけた鷹のように、つりあがった一重を更に目をつりあがらせて言った。

「何を聞いていたの?立ってなさい。」

こういう時の解決策は、なるべく何も考えないようにすることだ。

ワイは無心で黒板の方を向き、そのままカカシのように立って授業の終わりを待った。

十分後、ワイは立ったまま、何の役にも立たない授業の終了を告げるチャイムを聞いた。



休み時間が開始し{周り}はそれぞれの居場所でガヤガヤと騒ぎ始めた。友達がいないワイにとっては学校で一番嫌な時間だ。

(休み時間やいらん。この世から消えたらええんや。)と思いながら、いつものように自席で周りを見ないように、顔を机に伏せていると、聞きたくもない話し声が耳に入ってきた。

「私?私が前いた学校は全校生徒が十五人の小さな学校で来年廃校になるらしいの。」

耳障りな人懐っこい声の安田未来だ。どうやら、早くも友達ができて話をしているらしい。

クラスメイトの耳障りな声も聞こえた。

「もしお邪魔じゃなかったら、安田さん!今日みんなで遊びに行っていい?」

ワイは嫌な予感がした。

人懐っこい声で安田未来が、ワイの背中を揺すりながら言ってきた。

「じゃぁ、正夫君も来てよ!」

思った通りだ。空気の読めない安田成美が声をかけてきた。うっとうしいのでワイは反応せずに、そのまま机に顔を伏せ寝たふりをした。

クラスメイトの一人が言った。

「安田さん。この関西弁はほっとけって。じゃぁ、今日は昼までだから、学校終わって昼一時に安田家へ集合だ。ついでに安田さんの家でっていうのもなんか変だけど、歓迎会しようか?大丈夫?安田さん。」

「大丈夫だよ!大歓迎!」

ワイはホッとして机に顔を伏せたまま、休み時間終了のチャイムが鳴るのを待った。どうやら安田未来の登場で、しばらくは平穏な生活がおくれそうだ。



(2)




私の名前は安田未来。

転校してきたばかりの私の第一目標は、仲間をつくることだ。私にとってクラスで仲間を増やすことなど容易い。何故なら私には特殊な能力があるからだ。

それは{人間の考えを読む}という能力、つまり{読心術}だ。それも、インチキマジシャンや心理学ようにあやふやなものではなく、種も仕掛けもない、正確に考えを読む事が出来る。

人間は単純で、優しい言葉をかけると尻尾を振って飛びついてくるものだ。この{読心術}を使えば、簡単に人の信頼を勝ち取り仲間つくることができる。

しかし、それはあくまで第一目標にすぎない。私にとって仲間や信頼など何の意味ももたない。クラスメイトを支配し、忠実な{犬}にする事こそが世界平和連合から課せられた最終目標なのだから。

(まず、奴らの信頼を手っ取り早く集めるには、私自身がカリスマ的で絶対的存在になる必要がある。くだらないけどとりあえずは歓迎会とやらに参加するしかないようね。)

私はそう考え、まず完璧なもてなしでクラスメイトを歓迎することにした。

(まずは料理ね。こういう時はあまり高級すぎない料理がいいわね。そして、餓鬼が好きそうなちょっとつまめる料理。ポテトや鳥の空揚げなんかがいいか。それとアルコールも用意して。餓鬼だからゲームなんかも必要でしょうね。心が読めるからトークは問題ない。とりあえず今日は少し控えめに、そして{一緒にいて面白い娘}と思わせる事が必要ね。)

私は手早く計画通りに準備し、クラスメイト達が来るのを待った。一時の予定だったが5分遅れている。やはり餓鬼だ。{時間の遅れは命とりとなる事がある。人生を狂わしかねない。でも餓鬼は許される。餓鬼は何でも許されると思っている。}だから餓鬼を選んだ。そういう人間の方が支配しやすい。



更に十分後・・・ようやくクラスメイト達が到着した。私は玄関の扉を開きみんなを迎えた。

「いらっしゃい!みんな今日は来てくれてありがとう。どうぞ中へ入って!」

私は愛想笑いを浮かべながら、一人一人冷静に心を読んだ。まずリーダーもしくは一番気の強そうな人間を見つけ、とりいるのが仲間入りする手っ取り早い方法だ。しかし、決して媚びて軽く見られてはならない。また、ふてぶてしい態度で敵を作っても駄目だ。つかず離れずの状態・・・今日のところは、それが一番イイ距離であろう。

真っ先に敷居を跨いだ長身で目の鋭い奴を見て私は思った。

(こいつね。)

最初のターゲットを決定した。こいつがリーダーである確証は無かったが、喋り口調・立ち位置、何よりやたらとでしゃばってくるところからみるとほぼ間違いない。もし、リーダーでないとしても、今後使える人間だと思われる。奴等は4LDKのマンションに、それぞれ思い思いの場所へ座って、ガヤガヤと騒ぎ始めた。ターゲットはリビングの三人掛けのソファーの真ん中に座った。私はとりあえずターゲットの向かいのソファーに座り、ファーストコンタクトをとった。

「間違ってたらゴメンなさい。確か君の名前は・・・・大蔵勇くん・・・だったよね。」

「そうだぜ!よく覚えてたな!」

もちろん私は心を読みながら言ったのだが大蔵は満更でもない表情を見せた。ここで会話を終わらせては何の進歩もない。私はここで話を広げた。

「私、人の名前を覚えるの得意なんだ。試しに今日ここに来てる全員苗字と名前言ってみてよ。一度聞いただけで覚えてみせるよ。」

「ホントかよ!全員で十五人はいるぜ。」

私は静かに頷き「賭けてもいいよ。」と自信ありげに言ってみせた。

大蔵勇は意外にもこういうゲームは好きそうであった。彼は声を弾ませて言った。

「おもしれー!みんな賭けようぜ!俺は答えられない方に二千円だ!机の上へ現金を出した。」

大蔵勇を筆頭に次々と現金が置かれた。総勢十五人で一人二千円なので全額で三万円だ。中学生の餓鬼が持つには少し多い金額だ。

大蔵勇が偉そうに言った。

「これで全部だな?全員{答えられない}に賭けるんだな。」

まさにお山の大将だ。やはりリーダーは大蔵勇のようだ。

大蔵勇が満面の笑みで言った。

「これじゃぁ賭けにならないから、俺は{答えられる}方に賭けるぜ。」

リビングに隣接するキッチンの食卓用椅子に座っていたお調子者のピエロのような奴が笑いながら言った。

「はははは!マジかよ!大きく出たな!負けたら大損だぜ!」

私は大蔵勇の心を読んだ。初めから答えられるほうに賭けるつもりだったようだが、全く迷いが見られない。中々、高く買われているようだ。

大蔵勇が無邪気な表情でゆっくりと言った。

「安田、一度しか言わないからしっかり聞いてろよ。」

私は大きく頷いて見せた。

(まずは第一歩目ね。ここは万に一つも間違える訳にはいかない。)

大蔵勇がキッチンの方を向いて先程、笑いながら喋っていたお調子者のピエロを指さしながら言った。

「じゃぁ、この空気が読めない腹が減ったラクダみたいな顔をした男が大内寛太。」

大内寛太が笑いながらすかさず言った。

「ハハハハ!そりゃないだろ大蔵!せめて満腹のチンパンジーにしてくれよ。」

次に大蔵勇が大内寛太の向かいの食卓用椅子に座っている、小太りで神経質そうな奴を指差して言った。

「このチビの力士みたいなのが小野金治。」

私はすかさず小野金治の心を読んだ。こういう大人しくて神経質そうな奴はパーソナルスペースに触れると{キレる}事があるので、要注意人物として考えていたほうがいい。が、今は食卓の上に置かれている目の前の食い物の事しか頭にないらしい。

次に大蔵勇が指さしたのは、小野金治の右斜めの食卓用椅子に座っている、いかにも自信ありげな眼差しを持つ、細身で小柄な女を指さして言った。

「そこにいる気の強そうな茶髪の女が、木村佳代子だ。」

木村佳代子はどうやらこのグループで胸をときめかせる相手がいるようだ。その見た目とは裏腹に普通の中学一年生のようだった。

今度、大蔵勇は和室へ視線を向け、掘りコタツに座ってベラベラと話している、長身で日本人離れをした美人を指さし言った。

「そこでベラベラ喋ってるアメリカンな女がソニア・レイノルズ・伊藤。母親が・・・フランス人だったっけ?」

ソニアがいったん友達との会話を止め、不機嫌そうに言った。

「ドイツよ!」

大蔵勇が不機嫌なソニアをなだめる様に、掌を上げ言った。

「悪い!ドイツだ!ドイツ。」

怒りが収まらないソニアが大蔵勇に言った。

「ちょっと勇!安田さんは{一度名前を聞くだけで覚えられる。}って言ったのよ!御丁寧に私の母親の故郷まで言うのは反則よ!これから先は余計な事言わずに、名前だけ言いなさいよ!」

今度は大蔵勇が不機嫌そうに言った。

「分ったよ!そう怒るなよ!」

私は何故母方の故郷を間違えられたくらいで、これほどソニアが頭に血を上らせるのか不思議に思い、彼女の心を読んだ。

(くだらない。やっぱり餓鬼ね。)

理由は実にシンプルであった。大蔵勇とソニアは恋人同士で、恋人の母親の故郷も覚えていない大蔵勇にソニアは頭に血を上らせたという訳だった。私はお気楽な生活おくっている奴らに少しイラ立ちを感じながらも、二人に笑い顔を見せた。

それから・・・

大蔵勇はソニアとのイザコザの後、名字と名前以外、余計な事を言わなかった。

もちろんそれでも私には問題ない。心が読める上に私は一度聞いた事を覚えようと思えば覚えられる能力がるからだ。

そして、大蔵勇は全員の名前を言い終え、私の方を洋画の悪役ばりの見下した目で見てきた。その目は心の底で(もし万一の事があればただじゃおかない)そう言っている目であった。

「これで全員だ。安田。」

私は大蔵勇のドスのきいた声を聞いて、笑うのを堪えながら思った。

(じゃぁ、どうただじゃおかないか見せてもらおうかしら。)

私は、最初に呼ぶ人物を誰にするか少し迷ったが、シンプルに早目に味方につけておきたい奴から名前を呼んでいく事にした。

私がまず最初に選んだのはソニアだった。どうやら彼女は負けず嫌いでプライドが高く、指を差される事がしごく嫌いなようだったので、トゲのないような口調で、指は差さず視線だけを向けて言った。

「そこの奥でコタツに座っている、ローマの休日のヘップバーンに似てるドイツ人と日本人のハーフさんがソニア・レイノルズ・伊藤さん・・だったわよね。」

ソニアは不機嫌そうに「そうよ。」と言ってソッポを向いた。

大蔵勇がそれを見て笑って言った。

「そうよって、おまえヘップバーンは認めるのか?」

ソニアが今にも噛みつきそうな勢いで言った。

「うるさいわね!」

大蔵が目を丸くして「おー怖。」と言って口を噤んだ。

私はソニアが内心ヘップバーンを意識していた事。それを言われて悪い気はしていなかったがあんな態度をとった事。彼女の心を読んで全て承知だった。

作戦どうり、私に対して好印象をうけたようだ。

次に私は大内寛太を選んだ。大内寛太は大蔵勇が思っているように、ただ空気が読めずおどけてばかりいる男ではない。

(大内寛太、こいつは役に立つ。)私は大内寛太を指差して言った。

「そこにいる。お笑いの才能に溢れてる芸人さんが、大内寛太君ね。」

大内寛太は笑いながら言った。

「ハハハハ!芸人とは言ってくれるぜ!この{安田大サーカス}!」

私も嘘笑いを浮かべて言った。

「ハハハハ!大サーカスかぁ!でもあんなベタなジョークは恥ずかしくて言えないわ。寛ペイ!」

「寛ペイ?俺の事か?」

「えぇ、お笑い芸人の鏡でしょ?」

大内寛太は俺の表情を見て、一瞬考えた素振りをした。が・・私は大内寛太がどう出るか、大体の想像はついていた。

「ハハハハ!いいぜ!俺は今日から寛ペイだ!よろしく!」

私は笑顔を大内寛太に見せながら思った。

(やっぱりね、腹の底から笑っていない。でも、たいした奴ね。プライドを一瞬で捨てられる。そして、こいつは人一倍周りの空気を読み行動する。クラスのムードメーカーと言ったところね。早目に味方につけておく必要があるわ。)

次に私は小野金治を選んだ。理由は簡単だ。座り位置からして、大内寛太の最も心の許せる親しい友人の可能性が高い。大内寛太を味方にするには周りから固める道も作っておく必要がある。

私は小野金治を指差して言った。さっき大蔵勇は{チビの力士}と小野金治を私に紹介していたが、彼は快く思っていないようだ。もし、私が彼を{力士}扱いしてしまうとファーストコンタクトは失敗する。そこで私は慎重に当たり障りのないように言った。

「君が寛ペイの相方の、小野金治君ね。」

言った後、私はすかさず大内寛太と小野金治の心を読んだ。どうやら二人とも悪い気持ちはしていなようだ。

大内寛太が、タイミング良く笑いながら言った。

「まだ、芸人のくだり引っぱるのかよ!大サーカス!」

すると、全員がひと笑いした。

私は全員の笑い声が終わりはじめた頃、次の奴を指さして言った。

「それで、あなたが木村佳代子さんね。」

こいつを選んだ理由もやはり大内寛太と関係がある。木村佳代子の胸をときめかせる相手というのが大内寛太だったからだ。そして、大内寛太も木村佳代子に対して満更でもないらしい。これは心が読める私しか知らないこと。ホントの意味での大内寛太のキーマンは彼女かもしれない。

私が木村佳代子の名前を言った後、大蔵勇がイラついた表情で言った。

「安田!余計な事言わなくていいから次々いけよ!。」

ソニアが口を挟んだ。

「ちょっと!女の子にその言い方ないんじゃないの。」

どうやら大蔵勇は私があまりにゆっくりとしているので、途中で忘れやしまいかと心配になってきたらしい。

(やはりこいつは大した奴じゃないわね。簡単に引きずりおろせる。)

私はそう思いながら、顔では笑って言った。

「ゴメンなさい。ソニアちゃんいいのよ!じゃぁ、ここからは{まいて}いくわよ!」

私は大蔵が言ったとおりに余計な事は言わず、次々に苗字と名前を言い当てていった。

そうして、私が十四人目の苗字と名前を言った後、大蔵勇は満足したような表情で言った。

「スゲーじゃねぇか安田!賭けは俺の勝ちだな!この金は頂くぜ。」

この時、私の計画は慎重に全員の心を読みながら、会話術で大蔵勇が敵視されるよう仕向け、更に留めとして賭け金の半分を、全員への謝罪とでも言いながら、大蔵勇へ支払うことで、奴を孤立させ自分の味方を増やす作戦であった。

しかし、ソニアの一言が私の計画の流れを変えた。

「ちょっと待って!安田さんはまだ{あなた}の名前を言ってないわ。」

どうやらソニアが言う{あなた}というのは大蔵勇のことのようだ。私は少し二人の様子を窺うことにした。

大蔵勇は、もはやほとんど自分の手中に納めた掛け金を目の前に、ニヤニヤしながらソニアに言った。

「何言ってんだよソニア。このゲームは安田が俺の名前を言い当てた事で始まったんだぜ。」

「でも、その時は私達の賭けは成立していなかったわ。」

大蔵勇が溜息をつきながら言った。

「まったく・・・じゃぁ言ってやれよ。安田・・・。」

(バカね。目の前の事しか考えられていない。だからあなたは駄目なんだ。奴はもう既に孤立しているようね。)ソニアは恋人である大蔵勇を何故こんな形で裏切ったのか分からないが、{溜まりに溜まったもの}が二人を冷めさせていて、彼女は分かれる理由が欲しいようだった。

私はソニアに一口のり、惚けた素振りをしながら言った。

「大蔵・・・・大蔵・・・?あれ?何だったか忘れちゃったわ?」

大蔵勇は私のその演技めいた素振りに頭に血を上らせて言った。

「おまえ!マジで言ってんのか?」

私は両手を合わせて言った。

「ゴメン!さっきまで覚えてたんだけど!ゴメンなさい!」

大蔵勇は私の胸ぐらを掴み言った。

「てめぇ!」

思った通り大蔵勇は追いつめられると、相手が女性だろうと暴力で解決しようとするタイプの人間らしい。それを武器にクラスメイトのリーダーに君臨しているらしかった。しかし、周りの人間は大蔵勇の暴力にモノを言わせる、その人間性を快く思っていない。

(さぁ殴りなさい。でも女を殴ると高くつくわよ。)

私はそうする事で、あえて大蔵勇にゴングを鳴らさせ奴を悪者にする作戦にでた。

大蔵勇は大きなモーションで、私の顔面めがけて拳を振りかぶった。私は急所を避けて右頬を殴らせた。


ゴングは鳴った。


この作戦の条件はクラスメイト達が喧嘩を仲裁に来るその前に、大蔵勇を一発でのす事である。何故なら途中で喧嘩を止められると、後々、奴は仲間と一緒に私をイジメの対象にするか、何らかの報復をしてくるだろう。そうなるとやっかいだ。今この場で奴をのし、クラスメイト達に{大蔵勇は女より弱い}と証明しなければならない。今まで暴力にものを言わせリーダーに君臨していた大蔵勇が弱いとなれば、もはや周りの人間は奴の言うことを聞かなくなる。弱い大蔵勇に仲間を集められる力は無くなる。

(一発で決めるには顎を殴り脳震盪させる以外ないわね。)

私は瞬時に机の上にあったテレビのリモ―トコントロールを逆手に握り、その角を使って素早く大蔵の顎を殴った。

一瞬のことで、部屋にいた人間は状況を把握出来ずに、ただ状況に見とれていた。

大蔵勇は足をふらつかせながら、尚も私に殴りかかろうとしてきた。

(倒れなさい。)私はそう思い、大蔵勇をただ見守った。

ようやく大内寛太が動いた。

「おまえら!やめろよ!」と言いながら彼は私と大蔵勇の間に割って入った。

ドサッ!

鈍い音がした。私の勝利だ。大蔵勇がソファーへ座るようにして倒れた。

「大蔵!」私はそう言って、真っ先に倒れた大蔵勇の頭を抱えた。もちろん演技だ。

その次に後で見ていた木村佳代子が駆け寄って来て、慣れた手つきで大蔵勇の瞼を指で開き眼球を見て言った。

「心配しなくても大丈夫よ。頭は打ってない。軽い脳震盪よ。」

どうやら木村佳代子は医者の娘らしい。多少、医学知識があるようだ。

「そう。良かった・・・。」私はそう言って大蔵勇をそっとソファーへ寝かした。

そして、私は最後の詰めをするべく、全員に向かって言った。

「みんな・・今日はゴメン。せっかく集まってくれたのにこんな事になって。」

ソニアが無愛想な表情で大蔵の方を向いて言った。

「気にすること無いわ。悪いのはみんなこいつよ。女に手を上げるなんて、信じられない。」

しかし、ソニア自身も何度か大蔵勇に殴られているようで、心の底では胸の空く思いで彼を見ているようだった。

ここで大内寛太が口を挟んできた。

「でも、安田さんスゲーなぁあの大蔵を一撃でのすなんて。ホントに女か?」

私は大内寛太の言葉をよそに、沈んだ表情を見せ言った。

「実は私こう見えても空手習ってたことがあって、本当は素人に手はだしちゃいけないんだけど手が勝手に。」

大蔵勇のことを{素人}と言うことでヤツが暴力の世界でも、たいして強い男ではない事を強調した。

「でも・・ほんとゴメンね。大蔵くんも倒れちゃったし、賭けは無かった事にして。その代わりと言っちゃなんだけど、実は・・私の両親、今海外出張中で、家へ帰って来るの正月くらいなんだ。だから、一人暮らしと一緒で・・・・いつでも気兼ねなく遊びに来てよ!」

全員が顔を見合わせた。

心の中で私の言葉に全員が喜び勇んでいる声が聞こえてきた。

これで大蔵勇を孤立させ、一気に仲間を増やす事が出来た。しかも私はこの餓鬼達にとって、秘密の基地のようなものを提供してくれる大株主である。それだけでこいつ等は一目おくはず。

予想外の展開だったが、作戦は思った以上に功を奏し成功に終わった。

(これで私の地位は不動のものとなったわ。しかし、私が組織から受けた使命はまだこの先にある。)

















(3)




幸田善太郎の顔には深い年輪のような豊麗線があり、手の甲を指で摘まむと、弾力のない皮膚が摘ままれた形のまましばらく重力に抗して盛り上がる。疲れきった肉体と無精ひげは、まさに人生の終末期に立っている男の姿だった。ただ違った事は、その目だけは異様な男らしさと自信に満ち溢れていた。

町では変人と呼ばれようとも発明家を名乗り誇りを持つ幸田善太郎という男に、正夫は憧れと尊敬の念を抱いていた。



今日もワイは学校帰りに、海岸沿いに建つ幸田善太郎の家へ来ていた。

善太郎が奇妙な発明品のようなものを探りながら言った。

「やけに楽しそうだな正夫。今日は、学校でいい事でもあったのか?」

ワイは頭を横に振って言った。

「学校でええ事なんてひとつもないわ。ただ今日は変な転校生が来て、みんなそいつに夢中なんや。」

善太郎が作業の手を止め、眼尻に皺をよせニコッと笑って言った。

「そうか。で、お前はどうなんだ?友達になれそうか?」

ワイは頭を横に振って言った。

「ワイはあかんわ、べっぴんやけど何か目が無表情で好きになれん。」

善太郎が笑顔で頷きながら言った。

「何だ女の子か?そうか。じゃぁ、しょうがないな。」

ワイはそれを聞いて溜息をついて言った。

「しょうがないことないんや。悪いんはワイや。実は今日、そいつの家で歓迎会があって、本人に来てほしいって誘われたんやけど無視してしもたんや。」

善太郎が愛用のジッポで煙草に火を点けながら言った。

「無視したのか。そりゃお前が悪い。無視ってのは最悪だ。人を傷つける。」

ワイは頷いた。学校でいる時とは違って、善太郎の前だと素直になれた。

すると善太郎も笑顔で頷き言った。

「正夫。親友をつくれ。親友はいいぞ!友達なんて縁があればいくらでもつくれるが親友ってのは中々できるもんじゃない。親友をつくる為にはまず友達が必要だ。だからいっぱい友達をつくれよ。」

ワイは善太郎の言葉に目頭が熱くなるのを感じた。

善太郎は一瞬笑顔をワイに見せ煙草の火を消し、止めていた作業の手を動かし始めた。

ワイは善太郎の横顔を見ながら思わず聞いた。

「なぁ、善太郎。ワイはクラスで友達すらつくられへん。友達って何や?どうやってつくればええ?」

「そうだなぁ。友達ってのはそんなに深く考える必要はない。相手を認めて、ただお互い少しだけ許し合うだけでいい。」

「許し合う?」

「そう、許し合うんだ。そして、親友ってのは、どんなに裏切られても裏切っても許し合うことができるんだよ。」

「じゃぁ、ワイは幸田善太郎の親友や!何でも許せるわ。」

善太郎は微笑し作業の手を止め、眼尻に皺をよせながらこちらを向いて言った。

「正夫、今日もサーフィン行くか?波、ありそうたぞ」

ワイは大きく頷きながら「うん。」と言って、サーフボードが置いてある倉庫へ走った。そして、即行でウエットに着替えて、倉庫の隅に立てかけていたサーフボードを二つ両手に抱え善太郎に叫んだ。

「善太郎!サーフボード持って先に行っとくわ!」

「おー、車に気をつけるんじゃぞ。」

ワイは「うん!」と大きな声で返事をして胸を躍らせながら近くの海水浴場へ走った。



「あの子が現れなければ、ワシはこの町で随分寂しい思いをしていたに違いない。」と善太郎は呟きながら、窓越しに海へ向かって走る正夫の背中を見て、ふと幼い彼に出会った時の事を思い出した。

それはワシがふと自分の手でサーフボードを作りたいと思い立ち、庭でウレタンを削りだしていた時のことだ。

当時、小学三年生だった正夫は、黒いランドセルを背負い目を輝かせながら、何を作っているのかとワシに話しかけてきた。ワシは面喰いながらも「サーフボードをつくってるんだ。」と答えると、正夫は「スッゲー。ちょっと見学してもええ?」と言って、ちょうど門扉の前にある石の上に腰と下ろした。

ワシは面倒なので追い出そうとしたが、庭先で咲いていたシクラメンが心地よい春の風に吹かれるのを見て、そんな必要もないかと思いやめた。

それから、三日ほどで出来上がると思っていたが、こだわりはじめると、殊の外時間を必要とし、もう作業は一週間目に入ろうとしていた。その間、毎日のように正夫は門扉の前にある石に座り、じっとワシがサーフボードを作る姿を見ていた。

そんなある日、ワシが近所のホームセンターで買い物をした帰りの事だった。

普段、誰もいない小さな公園で少年達数人がワイワイと何やら言い合っている様子が見えた。おおかた些細なことで意地を張り合っている子供同士の喧嘩だろうと思い、素知らぬ顔で通り過ぎようと歩調を速めたときだった。一瞬、見覚えのある少年の顔が見えた。

正夫だった。

正夫が五人の少年達相手に、声変わりする前の声を精一杯に振り絞って言った。

「うるさいわ!善太郎のおっちゃんは変人でも馬鹿でもない!取り消せや!」

少年の一人が正夫の胸倉を掴み「関西弁!あんな馬鹿な変人と付き合うお前も変人だな。制裁してやる!」と言って正夫を殴った。

正夫は少年の顔に向かって唾を吐き殴り返し、掴みあいの喧嘩になった。

他の四人の少年達も参戦し、正夫を羽交い絞めにしてリンチを加えようとしていた。

ワシは手に持っていたホームセンターのレジ袋に穴を開け、それを覆面にして「こら!お前たち何してるんだ!」と叫びながら喧嘩の仲裁に入った。

少年達は、その異様な姿に恐れをなし、飛び跳ねるようにして公園から逃げ去った。

ワシはレジ袋の覆面を被ったまま正夫に「大丈夫か?」と訊ねた。

正夫がウンと頷いたので、ワシはレジ袋を被ったまま公園を走り去った。

あの時、ワシはレジ袋の下で涙を流していた。

そして、人を敬遠しながらも本当は寂しかった自分に気がついた。



善太郎はふと我に返り、また煙草に火を点けた。

そして、煙草を銜えたままゆっくりとウエットに着替え、正夫の後を追った。海岸に到着すると正夫は既に波乗りを始めていた。

あの時、レジ袋を被っていたのはワシだと正夫は気づいていたのだろうか?気になるところだが、ワシはこのまま聞かないでおこうと思っていた。何故なら世の中には気づかないほうが楽しい事があるからだ。

正夫が沖の方から手を振りながら叫んだ。

「善太郎!早よー!早よー!ええ波来よるわ!。」

ワシは砂浜に横たわっている正夫が担いできてくれたサーフボードを拾いあげ、大海原を眺めた後、サーフボードを海面に浮かべ沖に向かってゆっくりとパドリングした。

ワシは正夫の右隣にサーフボードをつけ、波待ちをする為にサーフボードに座った。

正夫が沖から押し寄せてくる波を見ながら言った。

「善太郎、ワイ友達いっぱいできるかいな?自信ないわ。」

ワシはその言葉に胸が重くなるのを感じ言った。

「正夫、ひょっとしてワシのせいで友達ができないんじゃないのか?ワシみたいな変人と付き合ってるからじゃないのか?」

正夫が細く切れ長い目を尖らせて言った。

「なに言うてんねん!善太郎が悪いわけない!なんでほんなこと言うんじゃ?!」

ワシは正夫がこう言ってくれるのを分かっていた。そういう自分を嫌悪し頭を横に振った。そして、取り繕うように言った。

「すまない。少し気になってな。」

 そんなワシを見て、正夫は気を回したのか、間髪入れず明るい口調で言った。

 「ほな、お詫びにウェイブでホットドックおごってや。」

 「あぁ、もちろん。よろこんでおごるよ。」と、ワシもわざとらしく明るい声をだしながら、何故こんな優しい子に友達ができないのか、世の中の不条理に懸念した。























(4)




あの歓迎会から数ヶ月後、私は読心術を使って順調にクラスメイトの信頼をかちとり、クラスの中心的な人物になっていた。そして、クラスメイト達はそんな私の事を、安田さんから未来と呼ぶように変わっていた。



二時間目が終了した後の十分休み、大内寛太が神妙な表情で声をかけてきた。

「未来・・・今日、家に遊びに行っていいか?ちょっと相談があるんだ。」

どうやら佳代子との事らしい。私は愛想笑いをうかべ言った。

「何よ。いつになく真剣ねぇ。佳代子の事?」

大内寛太は頭を掻きながら言った。

「知ってたのか?お前には、かなわないなぁ。」

私は大きく頷きながら言った。

「いいよ。いつでも遊びに来てって言ったじゃない。でも、金治君も一緒に連れてきてよ。二人っきりだと、もし佳代子に見られでもしたら誤解されるわよ。」

大内寛太が笑顔で言った。

「そうか。じゃぁ、一度家に帰って金治誘ってからすぐに行くよ。」

私は次のターゲットを大内寛太と決めた。



授業終了のチャイムが鳴り響いた。

私は真っ直ぐマンションへ帰って、大内寛太を待ちながら計画を考えていた。木村佳代子は大内寛太の事を気に入っている。少し私が手を貸せば二人は恋人同士になるだろう。

しかし、それでは大内寛太を{犬}にする事は出来ない。{犬}にする為にはきっかけが必要だ。奴はその場の空気を把握し、簡単にプライドを捨て去り、相手に取り入ることのできる男だ。暴力が全てだと思っている大蔵勇のように簡単にはいかない。

と、考えを巡らせていた時、インターフォンのベルが、繋がろうとしていた計画の糸を切った。

玄関のドアを開くと大蔵勇が買い物袋を持って立っていた。

私は吐き捨てる様に言った。

「言われたもの買ってきた?」

大蔵勇は無言で頷いた。

私は低い声で言った。

「ハイでしょ?」

大蔵勇は俯いて「ハイ」と言って買い物袋を差し出した。

私は乱暴に買い物袋を受け取って「そう。じゃぁ、これ駄賃。」と言って少し多目に金を手渡した。

大蔵勇は少し目を丸くして私の顔を見た。

私は低い声で無愛想に「何?いらないの?それ持ってさっさと帰りなさい!」と言って玄関のドアを閉じた。

私が金を与えたのはマインドコントロールより強力にする為である。ただ、痛めつけ恐怖を与えるだけではいずれ反旗を翻す。しかし、こうやって少しずつ飴を与えることで小さな恩義を俺に感じるようになる。そして、その恩義は恐怖の元締めである私への忠誠へと変化する。これは、とある監獄で実際に行われた研究で実証されている事だ。

しかも私は人の心を読む事ができる。大蔵勇が反旗を翻そうものなら直ぐに対応できる。奴は今、確実に{犬}になっていた。

私はマンションの三階のベランダで大蔵勇の背中を見ながら呟いた。

「次は大内寛太ね。」



プルルルル・・・と食卓の上に置いていた携帯電話の着信音が鳴った。恐らく寛太だろう。奴は俺のマンションへ来るとき、いつも律儀に連絡を入れてから来る。私は携帯電話を手に取り通話ボタンを押した。

「もしもし。寛太?」

「うん。もう近くまで来てるから。後・・・五分くらいで着く。」

「えぇ、分かった待ってる。」

私はそう言って携帯を素早く閉じ、大蔵に買ってこさせたコーラをコップヘ注ぎ、ジャンクフードを机の上へ並べ、それを少し食べてテレビの電源を入れた。奴は余計な気をまわすのでリラックスして話が出来るよう、落ち着ける空間を作った。その方が本音を引き出しやすい。


ピンポーン


インターフォンが鳴った。寛太だ。5分ピッタリで到着した。時間を正確に守り、親しい仲でも礼儀を弁えている。奴は一筋縄では行かないかもしれない。

私はそう思いながらも玄関のドアを開いた。

「いらっしゃい!寛太・金治君も。」

笑顔をみせ明るい声で出迎えた。

私はそのまま食卓の椅子へ座り、ジャンクフード片手にテレビを見る素振りをしながら寛太の心を読んだ。

(大内寛太・・・さぁ、お膳立ては十分しているはずよ。早く話を切り出しなさい。)

私はそう思いつつ、小野金治と一緒にジャンクフードをつまみながら、お笑い番組を見て笑う素振りをした。

しばらくすると大内寛太が話を切り出そうと声を出した。

「あのさ・・未来・・。」

と、その瞬間・・・ピンポーンとまたインターフォンが鳴った。

私は舌打ちしそうになった自分を抑えながら玄関へ足を向けた。そして、玄関のドアのノブに手をかけた時、一瞬たじろいた。

(ソニアと木村佳代子。まずいわね。)

ドアの向こうにいる二人の心の声を聞いた。どうやら大内寛太の事で、私のところへ相談に来たらしい。

(どうする。)

私の当初の計画は寛太の相談にのりながら奴の弱みを掴み、ゆっくりマインドコントロールし長期戦に持ち込む予定だった。

しかし、ここで二人を会わせてしまうと二人の心は一気に盛り上がってしまい、今日中にかたが付く可能性もある。そうなると大内寛太を{犬}にするせっかくのチャンスを棒に振る事になる。

(どうする。)

ピンポーンと二度目のインターフォンが鳴った。

キッチンにいた大内寛太が訝しそうな声で「どうした?未来」と言ってきた。幸いキッチンから玄関は見通せないので私の姿は見えなかった。

(どうする。)

私は頭の中で計画を練り直した。

ピンポン・ピンポーン

気の短いソニアがインターフォンを連打してきた。

(しょうがないわね・・・この手だけは使いたくなかったけど。)

私は意を決して玄関のドアを開いた。

ソニアの日本人離れした顔がドアの隙間から現れたと思うと、彼女はやさぐれた態度で言った。

「チャース!出るの遅いわよ未来!ちょっと、お邪魔―。」

その後ろから木村佳代子がはにかんで言った。

「急にゴメンね。お邪魔します。」

私は愛想笑いを浮かべながら言った。

「えぇ、けど今日は先客がいるの。」

ソニアが大きな目を更に見開きながら「えー誰誰?」と言って、ツカツカ先陣を切ってリビングへ向かっていった。

私はその後ろから「キッチンにいるよ。」と言ってソニアに続いた。

ソニアがオーバーなリアクションで言った。

「えー寛太と金治じゃないの。」

私はソニアと木村佳代子に見つからないよう、大内寛太に向かって両手を合わせ、話が出来なかった事を詫びた。

大内寛太は私のサインをキャッチし軽く頷いた。

ソニアが食卓に座っている大内寛太の向かいに座り言った。

「佳代子も座りなよ。」

大内寛太が笑いながら言った。

「座りなよって、未来の家だぜ。」

私は愛想笑いを浮かべて「いいよいいよ、気を使わないで。」と言いながら、リビングのテレビの前のソファーに座った。

木村佳代子がソニアの隣に無言で座った。

木村佳代子の心は、大内寛太が私の家へ来ていた事に嫉妬しているようであった。

一瞬、部屋に妙な空気が流れたが(バリバリ・・・)と小野金治が無言でジャンクフードを食べる音が空気を和ませた。

ソニアが最初に口を開いた。

「寛太。今回の模試どうだった?」

「最悪!俺、高校行けるかなぁ。」

ソニアが笑って言った。

「あんた口は上手いけど、勉強はからっきしね。」

木村佳代子が緊張しながら言った。

「未来はどうなの?」

大内寛太が口を挟んだ。

「こいつはスゲーよ。この前そっと覗いたら数学九十八点だったぜ。」

安田未来は会話が盛り上がるよう声を大きくして言った。

「寛太!見たの?まぐれよ!まぐれ!」

「まぐれでそんな点取れるかよ。」

ソニアは感心して言った。

「へえー未来、頭いいのね。」

・・・などと数分の間、くだらない会話を交わした。



そして、会話が一息ついた時、{計画}を実行する為に私は最初の罠を仕掛けた。

私は窓ガラスから見える空を見ながら言った。

「今日は天気ね。」

木村佳代子が言った。

「そうね。なんだか部屋の中でいるのがもったいないね。」

私はもう少し会話の流れを待った。

大内寛太が短い髪を掻き上げながら言った。

「じゃぁ、外行こうぜ!」

ソニアは突然の提案に訝しげな表情で言った。

「外って?どこ行くのよ?」

私は{計画}を実行できる、都合のよい場所に案内させる為に言った。

「眺めがよくて隠れ家的なとこがいい。私、転校してきたばかりだからよく分からないけど、寛太知ってる?」

「あぁ知ってるぜ!行こう!」

私は呑気な大内寛太の表情を見ながら思った。

(これで、成功ね。少なくとも今から起こる{事件}は私が「外へ行こう」と言った為に引き起こる{事件}ではなくなる。これで私の非は全く無くなった。)

そこで小野金治が口を挟んだ。

「俺、いい。ここでいるよ。」

大内寛太が「えぇ。マジかよ。」と言って説得したが意志は固いようで動こうとしなかった。

しょうがないので大内寛太・ソニア・木村佳代子・私の4人で行く事になった。

マンションを出発して数十分、ソニアが早くも飽き飽きした表情で言った。

「寛太!まだ?どこまで歩くの?」

大内寛太がさして気にもとめていない表情で「悪い悪いもうちょっとだ。ここだよここ!。」と言って指さしたその先は、近所にある小高い山の上だった。

ソニアは呆れた表情で言った。

「えー!ここに登るの?」

大内寛太は、渋るソニアの背中を押しながら言った。

「まぁまぁまぁ、そう言わずにせっかく来たんだからさ。もう後、十分位だからさ。」

私は山を見上げながら尋ねた。

「ここから道は一本?」

大内寛太は一瞬止まって言った。

「そうだけど。どうかしたか?」

「じゃぁ、先行っといて。携帯、マンションに忘れてきたみたいだから、取りに帰りたいの。ついでに買いだしに行ってくるから。何か、欲しい物ある?」

ソニアが間髪入れずに言った。

「私、コーラとポテチ。」

続いて木村佳代子が言った。

「私はジンジャーエール。」

最後に大内寛太が言った。

「悪い!じゃぁ俺はコーヒーでいいよ。」

私は愛想笑いをしながら「オッケー。じゃぁ後は適当に買ってくるね。」と言って、踵を返して手を振った。

最初の角を曲がった私は奴らが見えなくなるのを確認し、素早く携帯を開いた。

そして、{プログラム実行班}に連絡を入れた。

「こちらB十九。プランFを実行する。場所は・・・。」

私は正確に場所を伝えた後、ゆっくりと携帯を閉じてから、買い出しをする為にコンビニへ向かった。



大内寛太は木村佳代子を少し意識しながらも、意気揚々と歩きながら、手前の曲がり角を指差して言った。

「そこを曲がった所がゴールだ。」

ソニアが嬉しそうに「ほんと?」と言って走り始めた。

大内寛太と木村佳代子もソニアに続いて走った。

三人は曲がり角を同時に曲がった。

次の瞬間、山間部から見える広大な景色が三人の目に飛び込んできた。

木村佳代子が少女漫画の主人公のように瞳を輝かせながら声を漏らした。

「わぁー」

秘密の宝物を他人に打ち明けた大内寛太は、二人の評価が気になって照れくさそうに言った。

「どう?いい眺めだろ?」

ソニアが大きく頷き言った。

「中々、いい所ね。」

大内寛太は、嬉しそうに「気に入ってもらえて良かった。」と言ってから、近くにある室内展望台を指差して言った。

「あそこに行くと机も椅子もあって、落ち着けるんだ。あそこで未来が来るの待ってようか。」

ソニアと木村佳代子は顔を見合せて笑顔で頷いた。

大内寛太は先頭をきって、室内展望台に向かって歩きはじめた。

二分ほど歩き、先頭で到着した大内寛太は、室内展望台の重いドアをゆっくり押し開けて言った。

「さぁ、入った入った。いらっしゃーい。」

ソニアが笑顔で「何が入った入ったよ。自分の家みたいに。」と言いながら室内展望台の敷居を跨いだ。

木村佳代子もソニアの後から室内展望台に入って周りを見渡しながら言った。

「ほんとに、誰もいないのね。」

ソニアが展望台の周囲全体に張りめぐられた強化ガラスの一部を、指先で触りながら言った。

「すっごい!一面ガラスなのね。眺めもいいし、ほんとイイ場所ね。」

木村佳代子が外を眺めながら言った。

「なんでこんなイイ所、知ってるの?」

「あぁ、俺陸上部だろ。長距離走ってるんだけど、その練習で山登ってたら偶然見つけたんだ。」

木村佳代子が「ふーん」と頷いてから、強化ガラスの向こうの景色を眺めながら言った。

「ここから未来ちゃん見えないかなぁ?」

大内寛太は青い屋根の建物を指差して言った。

「あそこがコンビニだよ。多分あそこ行ってるんじゃないかなぁ。」

その時だった。(ガタン)とドアが開くような音がした。

ソニアが振り返り目を丸くして言った。

「誰か来たわよ。」

大内寛太は秘密の基地へ入ってきた数人の外国人を見て「ほんとだ。」と言って思った。

(人なんて見たこと無いのに。今日に限って、全くついてないなぁ。)

木村佳代子が子猫のような笑顔を見せ小声で言った。

「気にすること無いわよ。すぐ出ていくわよ。」

ソニアがそれを聞いて笑顔で言った。

「あら?優しいのね。」

入って来た外国人達は自国の言葉でワイワイとふざけ合っていた。

大内寛太は目を合わさない様に風景を眺めていた。ソニアも木村佳代子もそうしているようだった。

しばらくして一人の外国人が下品に笑いながら、ソニアに片言の日本語で話しかけて来た。

「僕たちと遊びませんか?」

ソニアが素っ気ない態度で言った。

「ごめんなさい。今、彼と待ち合せしているの。」

金髪の白人が馬鹿にしたように言った。

「ゴメンなさーい。彼とは何発しましたか?」

ソニアが「はぁ!」と眉間に皺をよせて言った。

金髪の白人がまた馬鹿にしたような態度で言った。

「じゃぁ、私の2番目のペットになりませんかぁ。」

{パン!}

甲高い音が室内展望台に鳴り響いた。ソニアが金髪男を平手打ちした音だった。

その瞬間、大内寛太の脳が危険を察知し、逃げろというサイレンを発し始めた。

大内寛太は素早くソニアの腕を掴み「佳代子行こう。」と言って展望台から脱出しようとした。が、殺気だった外国人達が行く手を阻んできた。

スキンヘッドのボスらしき白人が流暢な日本語で言った。

「おいおい。このまま帰れると思ってるのか?」

大内寛太はソニアと佳代子に「走れ!」と叫んで、ボスらしきスキンヘッドの男を力いっぱい蹴り飛ばした。

スキンヘッドの男が勢いよく吹っ飛んで、無造作にあった机の角で頭を打ちつけた。そしてそのまま動かなくなった。

外国人達はそれを見て、動揺したように自国の言葉を喋り合い、展望台を逃げるように去って行った。



安田未来は展望台の中の様子を窺いながら、強化ガラス扉を開く頃合いを見計らっていた。

寛太・ソニア・佳代子の三人は何もせずただ呆然と立ち尽くしていた。

医学知識のある木村佳代子が動く前に、私がこの強化ガラス扉を開き計画を進めないと、スキンヘッド男が死んでいない事が三人にばれてしまう。

しかし、あまりに早すぎても不自然だ。

私はそう考えギリギリまで待った。



そして数分後、三人が我にかえるその前に、ゆっくりと重い強化ガラスのドアを開いた。

三人は一斉に私の方を振り向いた。

どうやら怪しまれてはないようだ。

私はとりあえずわざとらしく叫んだ。

「どうしたの!何があったの?」

・・・ソニアがゆっくりと事のあらましを説明し始めた・・・

私はそれを聞く素振りを見せながらスキンヘッドの男の懐を探った。

そして、ソニアの説明が終わった後、私は重い表情で言った。

「まぁ、それだと正当防衛でしょうね。でも・・・・。」

私は懐にあった数枚のパスポートを三人に見せながら言った。

「こいつ、どうやらマフィアみたいなの。しかも幹部クラス。」

ソニアが眉を顰めて言った。

「何でそんな事が分かるの?」

私はソニアの質問にはっきりとは答えずに言った。

「まぁ、いろいろあってね。そんな事より問題はこの死体。警察に通報するのはまずいわ。」

大内寛太が木村佳代子と顔を見合せてからいった。

「どうしてだよ?」

私は淡々と言った。

「通報すれば私達の身元がわれる。そうすればマフィア達は確実に私達を復讐の的にする。そうなると逃げる術はないわ。」

ソニアは声を震わせながら言った。

「じゃ・・じゃぁ、どうすれば。」

どうやら育ちのいいソニアが一番同様しているようだった。

私は携帯電話をポケットから取り出しながら言った。

「大丈夫。私がどうにかする。あなた達は家へ帰って。」

そして、通話ボタンを押し携帯を耳にしながら今度は声を荒げて言った。

「聞こえなかったの!早く帰りなさい!。」

大内寛太・ソニア・木村佳代子の三人は顔を見合わせ逃げるようにドタバタと展望台から出て行った。

私は携帯を耳にしながら、三人が遠くへ行った事を確認し、スキンヘッドの男に声を掛けた。

「もういいわ。起きなさい。マイク。プランF成功よ。」

スキンヘッドの男がゆっくりと立ち上がった。




         (5)




 クラスにまともにワイと話してくれる奴など誰もいない。

(許す?許しあえる?そんな人間おれへん。)

ある日の学校帰り、ワイはそんなことを考え込みながら、サーフボード用のワックスを買う為に、駅前にある本田スポーツ店に立ち寄った。

二階建ての本田スポーツ店内は、一見整然と商品が立ち並び清潔さを装っているが、売れ行きの悪い商品はうっすらと埃を帯び、アレルギー持ちの客がうっかり手に取ると、鼻水やくしゃみが止まらなくなる。

ワイは一階の奥にあるサーフ用の商品が並ぶ場所へ足を運び、棚から夏用の溶けにくいワックス選び手に取りレジへ向かった。

店員は一人だけ、いつもは愛想のよいオバハンだが、ワイを見るなりあからさまに口角を下げ、悪役レスラーのような表情をする。この前、店内でイロバタ会議をしているところに偶然でくわしたのだが、どうやらワイが善太郎の家に出入りしていることが気に食わないらしい。クソみたいな理由だ。

ワイは無言でレジを済ましエントランスへ足を向けると、二階から騒ぎながら下りてくるアホ集団の声が聞こえた。名前は思い出せないがクラスメイトだった。むこうはワイの事を知っているようでニヤニヤとこっちを見て笑っている。ワイは目を逸らしエントランスを出た。

振り返るとワイの後に続くようにしてアホ集団が店を出るのが見えた。手には商品を持っていたがレジを通してないようだった。どうやらアホ集団ではなくクソ集団だったようだ。

レジは階段真下の一階の中央部にあり、二階の商品を持ってエントランスを出てもタイミングが良ければ店員には全く気づかれない。

ワイはクソみたいな店からクソ集団が万引きしたことなど、どうでもよかったので知らぬ顔をして家路についた。

クソみたいな店で購入したワックスを手に、心もち早い足どりで歩きながら、見て見ぬふりをしたワイもきっとクソなのだろうと思いつつ独り苦笑した。







(6)




 安田未来は眠る必要もなく、夢を見る事もなかった。

ただ、使命を果たすだけ。それだけだ。


 玉田踏一、通称{タマフミ}次のターゲットだ。

このクラスは大きく二つの派閥に分かれてる。一つはもちろん大蔵勇の暴力によって力を誇示していた武道派集団だ。これは、それを超える暴力みせつけ上層部の弱みを握ることにより支配することができた。

 もう一つの派閥とは、その団結力によって存在を誇示し、メンバーのほとんどがサッカー部で構成されている結束集団だ。

 この結束集団を{犬}にするためには、まず友情というくだらないもので結ばれた紐を解かなくてはならない。私は、信頼というあやふやで砕けやすく最も繊細な部分を崩し、一人づつ確実に{犬}を増やす計画を立てた。その最初のターゲットがが結束集団に属する{タマフミ}というわけだ。

 タマフミはサッカー部に所属していて、ポジションはキーパー。一年生なのでレギュラーではなかったが、同学年ではリーダー的な存在であった。正義感が強く、曲がったことが嫌いで仲間思いなので人望も厚く、一見非の打ちどころのない完璧なリーダーのようだ。

しかし、完璧なものほど脆いものである。私のシナリオではそれほど苦労せずに、この結束集団からタマフミを引き離す事ができるはずだ。

私は計画を進める為に、まず駅前にある本田スポーツ店にボイスチェンジャーを使って電話をかけた。このスポーツ店でサッカー部の部員のほとんどが、万引きを繰り返していることは読心術で分かっていた。もちろん曲がった事が嫌いなタマフミは、部員がそんなことをしている事など知る由もないようだ。

受話器の向こうで女店長が愛嬌のある声で{本田スポーツ店}を名のった。普段は愛想がいい女店長の分厚い仮面の下は、悪代官より金に依存する女で、金の為なら形振りを構わない。おそらく万引き犯を見つければ大事になることは間違いない。私は学校名を言ってからサッカー部の玉田踏一と名のり、クラスメイト数人の実名をあげ、万引きを警告した。女店長は電話の向こうで動揺し、声を引きつらせていたので玉田の名前を忘れられないよう、丁寧な口調でメモをとらせた。



次の日の朝授業が始まる前に、女店長が学校へ獲物を狙う蛇のような形相で、学校の校門をくぐるのがみえた。一時間目は突然自習になり、私が名前をあげた数名の万引き常習犯がそのまま職員室へ呼び出された。普通なら電話での警告だったのでニセ情報を疑い、店内の見張りを厳重警戒し現行犯で捕え学校へ連絡するものだが、どうやら金欲の強い店長は頭に血を上らせて学校へ乗り込んできたようだ。が、数時間後にあっさり帰ってしまった。

私が警告した数名の中に、森敦彦がいたからだ。森敦彦は日本で有数の薬剤を取り扱う株式会社の御曹子で、サッカー部ではタマフミの次に中心的な人物であった。おそらく女店長に大金を握らせて口を閉ざさせたのだろう。

私にとって敦彦がどうなろうが、そんなことはどちらでもいいことで問題は次のシナリオだ。タマフミが裏切り者としてまつりあげられるかどうか、ここがこのシナリオのターニングポイントである。

職員室に呼び出されていた森敦彦は帰ってくるなり、私の隣に座る正夫の胸倉を掴み腹部を膝で蹴りあげた。

万引き事件で、その時間は自習であった。教諭がいないので止める者もおらず、クラス中がその動向を見守った。

正夫は何のことか分からず蹴りあげられた腹部を抑え両膝をついた。

窓際と廊下側に座っていた生徒が隣のクラスに声が漏れないよう、まるでゴングでも鳴らすようにパタンと窓を閉めた。

敦彦は苦虫を奥歯で潰すような口調で言った。

「てめえだな。チクったの。」

どうやら、タマフミではなく正夫を疑っているようだ。このままでは、計画が失敗する。私はマズイことになったと思い、敦彦の心を探った。どうやら敦彦は一昨日、正夫に万引き現場を見られており、それが被害的な考えと一致し、彼が先生に告げ口をしたのだと勘違いしているらしい。本当に運の悪い奴だ。

正夫は両膝をついたまま眉間にしわを寄せ、満たされた聖人が物乞い憐れむような瞳で敦彦を見上げた。

敦彦は黙っている正夫に益々逆上し、顔面を靴の裏で蹴り「何黙ってんだよ!唇野郎!」と低い声で言った。

正夫は後方へ吹っ飛んだ。

一瞬のことで正夫の心中が読めなかったが、衝撃を分散させるため、わざと後方へ激しく吹っ飛んで見せたようにも見えた。

私は正夫がゆっくりと立ち上がる様子を窺いながら、言い訳をするのを待った。が、彼は許すとか許さないとか、理解できない事で頭の中がいっぱいで、その余地がない。おそらく極限まで追いつめられ、フラストレーションの行き場が無くなった心が、妄想という防衛反応を呼び起こしたのだろう。イジメられっ子によくある症状だ。どうやら先程、後方へわざと吹っ飛んで見せたように見えたのは気のせいだったらしい。そんな冷静な奴がこのような反応はしない、それにずっとイジメられているわけがない。

正夫は敦彦と向き合いながら、こんどはダウン寸前のボクサーのような無気力な瞳をして言った。

「証拠もないのによう人を殴れるなぁ。あかんわ、やっぱり、ワレみたいな奴ら許せんわ・・・・許せんわ・・・。」

マズイことになったと私は思い、この状況を打破するために練り直したシナリオを進行しようと、正夫と敦彦の間に割って入るようにして言った。

「ちょっとまって!敦彦。」

「なんだよ。」

「正夫はたぶんチクってないよ。」

敦彦は訝しげな表情をして「どうしてそんな事が言えるんだよ。」と言った。

「こいつにそんな度胸はないし、先生はこんな奴の言う事なんて信じない。それに、正夫!この五人の名前言ってみて。」と私は言って職員室に呼び出された五人を指差して言った。

正夫は俯いて「知らん・・・。」と掠れた声で言った。

私は敦彦に考える隙を与えないよう間髪いれずに言った。

「名前を知らない人間がチクれると思う?無理よ。」

「そんなの嘘言ってるのかもしれないじゃないかよ。」

私はこれ以上正夫を庇うとクラスメイトを敵に回してしまうと思い、彼の腹を全力で蹴りあげてた。そして、床にうつ伏せになった正夫の顔面を踏みつけながら言った。

「この馬鹿がそんな器用なことが出来るとは思えない。きっと犯人は他にいる。そして、陰でほくそ笑んでるわ。」

敦彦は一瞬考え込んだが、低能なガキ達は私の言葉を鵜呑みにしたようだ。が、怒りの納まらない敦彦は「じゃぁ、誰なんだよ!」と私に噛みつくように言ってきた。

私はもはや思う壺となっている敦彦に「分からない。でも、正義感が強い人間という事は明らかだわ。だってこんな事をしても何の得にもならないもの。そして、チクられてるのはクラスではサッカー部だけね。」と無茶苦茶な理論でタマフミ犯人を匂わせる事を言いった。どうやら疑う事を知らない純粋で低能なガキは、私の言葉を完全に真に受けているようだ。



数日後、タマフミはサッカー部を退部。私が止めを刺す必要はなかったようだ。

私の思惑通り、タマフミはチクった犯人に祭り上げられ、弁明はしたものの信用してもらえず、サッカー部全員からリンチにあったようだ。彼のプライドはズタズタに引き裂かれ、まるで世界が終ってしまったかのように気持ちを沈ませていた。

次の計画を進行する。

私がタマフミをターゲットに選んだ理由は、リーダーであったという他にもう一つあった。それはプライドの高さである。タマフミはプライドが高く、時には友人に嘘をついてまで自分の誇りを誇示し、良い人間に思わせようとしていた。

例えばタマフミは友人に、家では両親共働きで帰宅時間の遅い母親の代わりに、弟達の面倒を見ながら家事をしている為、日曜日も休む暇がないなどとクラスメートには言っているようだが、全くのでたらめだった。働いているのは父親のみ、家では弟達と一緒にのんびりと過ごしているようだ。小さな嘘だが、自分を良く思わせたいという浅はかな考えが窺える。


もしかすると私が手を下すまでもなく、タマフミはリーダーの座を下ろされていたのかもしれない。























(7)




昼休み、誰もいない校舎の屋上で、唇の分厚い少年が空を眺めていた。

(変わらんとな。けど今更・・・。)

ワイは流れる雲を見つめながら、善太郎の言葉を思い出し、自問自答を心の中で繰り返していた。

そんな時{ギィー}と、一カ所しかない屋上の重いドアが開く音がした。

ワイは反射的に物陰に隠れて音の方を覗いた。

(あいつは、確か・・・クラスメイトの大蔵勇!)イジめの筆頭格の大蔵勇の名前だけはなんとなく覚えていた。というか・・・最近やっと覚えた。

ワイは驚きのあまり、声を上げそうになった口を両手で抑え物陰に隠れた。

(何しに来たんや?あいつ!)

ワイは首を傾げながら、そっと物陰からまた覗いた。どうやら気づかれてないようだ。

大蔵勇は何やら思いつめた表情で、背の低い転落防止柵を跨いだ。

そして、ゆっくりと靴を脱いだ。

このところ大蔵勇が安田未来達のパシリのような事をしていて、日に日に暗い表情になっている事を知っていた。

ワイはある予感が胸をよぎった。

(自殺?)

ワイはそう思った瞬間、頭の線が切れた。

気がつけば物陰から飛び出し、大蔵勇の胸ぐらを掴み「俺の唇の厚さは何インチや!」と叫びながら、大蔵勇の顔面を何発も殴っていた。

大蔵勇は抵抗しなかった。

そして、ワイの手が止まった時、奴は暗い表情で言った。

「殺せよ・・・。」

ワイは怒りに震えながら「何が殺せや!お前は無抵抗のワイを何回殴ったんや?!死にたいんやったら勝手に死にくされ!」と言って大蔵勇の胸ぐらから手を離し、アホガと思いながら屋上の出入り口へ向かった。

そして、錆びたドアノブを強く握った時、幸田善太郎が言った事を思い出した。

(友達、許さなあかん。許さな・・・許さな・・・。)

ワイはドアノブから手を離し、振りかえって転落防止用の柵を素早く越えて、もう一度大蔵勇の胸ぐらを掴み言った。

「お前!何さまのつもりや!ワイのこと散々、イジメといて。いざ自分がその立場になったら逃げるんか!ワイは許さん!そんなん許さんぞ!」

素直に{許す}とは言えなかった。

しかし、ワイは大蔵勇の自殺を止める為、奴の胸ぐらを引っ張り、転落防止柵の内側へと引きずりこんだ。

大蔵勇は跪いて涙を流しながら言った。

「俺は、どうすりゃいいんだ。俺は・・・・たった独りだ・・・。」

ワイは大蔵勇の姿を見て、さっきまでの怒りが同情へと変わるのを感じながら言った。

「知るか。せやけど、ワイはなんぼ殴られてもあいつ等の言うこと聞けへん。絶対聞けへん。」

大蔵勇は震えながら膝を抱え俯いた。

丁度その時、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。

ワイは大蔵勇にそれ以上どう声を掛けていいか分からず、奴をそのままにして教室へ戻った。

そして、いつものように机の上に顔を伏せ先生が現れるのを待った。

しばらくして、先生が教室へ入って来る気配がした。

ワイは顔を上げ先生の顔を見た後、大蔵勇の席の方を見た。大蔵勇は自席へ座り無表情に深緑の黒板を見つめていた。



その日の放課後、安田未来はソニア・大内寛太・木村佳代子に声を掛け三人の心の動向を探った。

「みんな、今日暇?一緒に私の家で遊ばない?」

三人は首を縦に振ったが、心の底では得体の知れない私を恐れていた。

(作戦通りね。自分の意思に関係なく、否応なしに私の言うことを聞いている。後はこの反応を習慣化する事が出来れば、こいつ等を{犬}にする計画は成功する。)

私は満足した気持ちで、いつもの様に大蔵勇にも声を掛けた。

「大蔵。今日、私の家へジュースとジャンクフード買って来といて!いいわね。」

大蔵勇がゆっくり自席から立ち上がり「悪い。今日、忙しいんだ。」と言って教室を出ようとした。

予想外の大蔵勇の言葉に、私の脳のプログラムが答えを探そうと、反射的に奴の心中を探った。

大内寛太がいち早く空気を察知し、低い声で「おい!ちょっと待てよ!大蔵!どういうつもりだ!」と言いながら、奴の胸ぐらを掴み私の前へ跪かせた。

私は大蔵勇の髪を鷲掴みにし、奴の心中を探りながら耳元で呟くように言った。

「あんた、どういうつもり?」

大蔵勇の気持ちに恐怖はあったが、それを超える意志のようなものが心の奥にあった。

(どういう事、何かがこいつを動かしているの?)

その時、一瞬だけ大蔵勇の心の奥底が見えた。

同時に私は背後から何者かが飛び蹴りをくらわそうと近づいてくる気配を察知し、タイミングを見計らって体をかわした。

「今や!はよー来い!大蔵!」

隣席の正夫だった。

大蔵勇は一瞬怯んだが、正夫の後を追って全力で教室を飛び出した。

私は大内寛太が「何やってんだ!」と叫んで、二人の後を追おうと走りだそうとしたがそれをとめた。

大内寛太は足を止め「いいのか?」と言って訝しげな表情を見せた。

私は吐き捨てるように「えぇ。」と言いながら思った。

(まさか・・・正夫が・・・次のターゲットは決まったわね。)



ワイは校庭を全力で走り抜け、校門を飛び出した。振り返ると大蔵勇が後にいた。

大蔵勇はワイの顔を覗き込みながら言った。

「正夫、サンキュー助かったよ。」

サンキュー・・・そんな事をクラスメイトから言われたのは初めてだった。ワイはどう言っていいか分からず、無言のままその場を去った。

ワイは何故自分があんな事をしたのか分からず、半ば放心状態で道を歩いた。そして、気が付けばいつものように善太郎の家の前にいた。

ワイは善太郎の母家の隣にある倉庫のような研究所へ行き中を覗いた。彼は、いつものように奇妙な発明品を探っていた。

ワイは集中して作業している善太郎に聞こえるように大きな声で叫んだ。

「善太郎!サーフィンせんか?」

善太郎は目を丸くしてワイの方を見たかと思うと、直ぐにまた作業を始めた。

ワイは訝しく思ってもう一度大きな声で言った。

「善太郎!行かんのか?」

善太郎は作業をしながら言った。

「後ろにいるのは友達か?」

ワイはそう言われて首を傾げ「後ろ?」と言いながら振り向いた。

「大蔵やないか!どないしたんや!」

大蔵勇がバツの悪そうに言った。

「い、いや別に用はないんだけど。」

善太郎が淡々と作業をしながら言った。

「正夫。ワシは今日中にこれを仕上げなければならない。サーフボードは倉庫にあるから二人で行って来なさい。」

そんな事を言われても大蔵勇と何を話していいか分からない。ワイは逃げ出したい気持ちで「いやっ・・・ほんなこと・・。」と言葉を詰まらせながら善太郎を見た。親友は(逃げるのか?)と責めるような眼差しでワイを見ていた。

ワイは拳を握り、意を決し言った。

「行くか?大蔵」

大蔵勇は無表情に「あぁ。」と頷いた。

ワイは大蔵勇と目を合わせられず低い声で「じゃぁ、来いよ。」と言って、サーフボードの置いてある倉庫を目指した。

倉庫に到着したワイは淡々とウエットを倉庫から取り出し、それを大蔵の胸に押しつけ「これでサイズいけると思うけん、ここで着替えたらええわ。」

大蔵勇の方を見る事が出来なかったが無言で頷いたように思う。ワイも無言で着替えた。

そして、ワイと大蔵は言葉を交わさないまま、サーフボードを担ぎ海岸に到着した。

海岸は美しい波の音を奏でていた。

ワイはその音に合わせ、そっと詩を歌うように口を開いた。

「いい波やなぁ。」

大蔵勇が低い声で言った。

「俺、サーフィンしたことないんだ。どうするんだ?」

「簡単や。海へ入って波に乗ればええんや。ついて来ぃ。」

ワイはそう言って海へ入り、サーフボードに乗ってパドリングを始めた。

大蔵勇も見よう見真似で、サーフボードに乗ってついてきた。

ワイは大蔵勇が溺れないよう、足がつく浅瀬で波を指差し「あれや!あれ!のるで!」そう言ってテイクオフした。

大蔵勇も見よう見真似でテイクオフしようとしたが、もちろんそんな簡単に出来るものではなく波に巻き込まれた。彼は必死にもがいたすえ、波からひょこっと顔を上げた。

ワイはその滑稽な姿を見て思わず笑った。

大蔵勇もワイの方を見てつられて笑っていた。

「はははははは・・・・。」

言葉が訛っていても、心が通じ合ってなくても腹の底から笑う声は万国共通だった。

それからしばらく、ワイと大蔵勇は言葉こそ交わさなかったが、二人で夢中に波乗りをした。

二時間後、ワイは大蔵勇とコンタクトをとろうと話しかけた。

「しよったら、直ぐに上手ーなるわ。」

大蔵勇は柔らかい表情で頷いた。

ワイは精一杯の勇気を振り絞り言った。

「明日も来いよ。」

大蔵勇は突然真剣な表情で頭を横に振り言った。

「俺!俺、その前にお前に言わなきゃならない事があるんだ。」

ワイは何事かと思い目を丸くした。

大蔵勇はそんなワイをよそに口を開いた。

「正夫、今までごめん!」

「な・・何や急に・・・そんなんええわ。」

大蔵勇は大きく頭を横に振って言った。

「いや!聞いてくれ!正夫!俺は今までイジメられている奴の気持ちなんて考えた事もなかった。それどころかイジメなんてイジメられる奴が悪い!弱いからだ!それくらいに思っていた・・・でも・・・。」

ワイは言葉を詰まらせた大蔵勇を真っ直ぐ見て言った。

「でも・・何や?」

大蔵勇は小さく頭を横に振って言った。

「分らない・・・分からないよ・・・歴史は強い者が支配してきた。弱い者が虐げられ強い者が正義に・・・・安田未来は強い・・。」

ワイは大蔵勇の言葉に大きく頷いて言った。

「そうやな。お前の言う通りや。ほやからワイはお前より弱いや思った事ないし、安田より弱いや思うた事もない。だからワイはお前にも安田にもイジメられてない。ほやから気にすんな。また、遊ばんか。」

大蔵勇は小さく何度も頷いた。泣いているように見えたがワイは気付かない振りをした。










(8)




慎重な安田未来は次のターゲットである正夫の情報を集める為、授業中・休み時間・給食・・・あらゆる場面で正夫の心の中を覗いていた。

その日の放課後・・・・私はターゲットとコンタクトをとるべく、正夫の家路を先回りし、待ち伏せながら計画を考えていた。

(まず、正夫の心の支え・・・あの二人の信頼をくずし、奴を孤立させなけれは。)

そうこうしているうちに正夫が現れた。

正夫は私に気づき、顔を俯かせて道の端を歩いた。

私は「正夫!」と少し低い声で言った。

正夫は立ち止まり私の方を向いて言った。

「何や?」

私は色々考えたが、この話題を最初に口にした。

「あんた、サーフィンするらしいわね。」

正夫は訝しく思っていたが「あぁ。」と頷き、その場を足早に立ち去ろうとした。

私は正夫の気持ちを揺さぶるべく、更に攻撃を仕掛けた。

「うどん打ちは上手くなった?」

正夫は足を止め振り向いた。

「何やそれ?」

私は正夫を真っ直ぐ見て話を続けた。

「何でも{聞いてる}わ。あなたの事は。誕生日は9月9日、血液型はA型。市内の県立病院で生まれ、両親はあなたが7歳の時事故で死別。しばらく父親の実家で祖母と三人で暮らしていたが、あなたが9歳の時に父はうどんの修行をするために上京。現在は祖母と二人暮らし。将来の夢は父と、うどん屋を開くこと。趣味はサーフィン。腕は上級クラス。父に褒められたい一心で、ジュニア大会に参加し、上位に食い込むほどの実力。まだ{聞いてる}わ。成績は中の下で音楽・図工の才能は全くない。一方スポーツのほうは足は速い方だが、速く走るとまたクラスメイトにイジメられるので、なるべく目立たないスピードで走る。また、球技も同様になるべく目立たないように行動する。」

正夫の心は恐怖で覆いつくされていた。そして、奴はその場を逃げ出す様にその場を去って行った。

(これでいい・・・私は{聞いてる}というフレーズを2度ワザとらしく使った。奴が家に帰って落ち着いた時、断片的な記憶を辿り思うはず。私が言った事は、全て誰かから{聞いた}事だと。)



ワイは恐怖のあまり、街をフラフラと歩きながら自問自答していた。

(何や?何やあいつ!何で知っとるんや。ストーカーか?そういやあいつ{聞いた}とか言よったな。まさか・・・善太郎?大蔵?まさか!まさかな・・・。)

ワイはそう思いながらも気が付けば善太郎の家の方へ足を運んでいた。道中、安田未来に出会わないよう、遠回りだったが出来るだけ裏道を通った。

ワイは善太郎の家の玄関の前で棒立ちになり考えを巡らせていた。

(まさか・・・善太郎が安田未来に・・・まさかな。)

ワイは、善太郎の家の玄関のドアをゆっくり開こうとノブに手をかけた時、聞き覚えのある声が聞こえた。

「おじさん!ここドライバーで締めとけばいいの?」

「あぁ、ありがとう。助かるわい。」

安田未来と善太郎の声だった。ワイは扉を開かず耳を澄ませた。

「それにしても・・まったく・・正夫の奴も困ったもんじゃ。毎日毎日ここに来るんでワシもウンザリしてるんじゃ。どうにかならんものかのう。これじゃぁ研究に没頭できんわい。」

「そう言わないでおじさん。あの子、友達いないから仲良くしてあげて。」

それを聞いたワイは全身が抜け柄のようになるのを感じた。

(まさか・・・まさか・・・善太郎が・・・まさか・・・。)

ワイはその場を逃げるように去った。



安田未来は正夫が呆然と善太郎の家から出てくる姿を、物陰から独り鋭い目つきで見ながら「よし!もう響音器を外せ。プラン成功だ。次のプランへはいる!」と携帯で{プログラム実行班}に連絡をとった後呟いた。

「まず正夫の信頼する人間を全て無くし、心を衰弱させる。衰弱した心は安らぎを求める。たった一人、私があなたの味方になってあげるわ。」







(9)




次の日・・・ワイはなるべく昨日の事は考えないようにしながら、普段通り学校へ登校した。

ワイは教室へ入りいつもの席に座りながら大蔵勇を見た。大蔵勇は大内寛太と話しながらこっちを見ていた。

(考えるんが面倒や。何もかもどっちでもええわ。つまらんけん帰ろう。)

ワイはそう思い、教室を出ようと席を立った。

ちょうどその時、安田がムカつく目をして話しかけてきた。

「どうしたの正夫!元気無いじゃない。何かあった?」

ワイは返事をするのが面倒なので、無視して教室の扉を開いた。(さて、どこへ行こうか?)そう思いながら廊下をゆっくり歩いている時、また安田未来の声が聞こえた。

「正夫!どこ行くの?」

「・・・・」

「サボるの?私も付き合うわ。」

「・・・・」

ワイは無視して校舎を出て、校庭を横切り校門をでた。それでも安田未来は無言でワイの後をついて来る。

ワイは頭にきて安田未来の方を振り返り、殴ろうと拳を握った。

すると安田未来はそれを見破ったように、一歩後ろへ下がり、ムカつく目でこっちを見ていた。ワイは怒りを抑え、ある一つのあいまいな真実を歯を食いしばりながら聞いた。

「聞いたんか?善太郎からワイの事聞いたんか?」

安田未来はニヤつきながら言った。

「何の事?」

ワイは反射的に安田未来の胸ぐらを掴み言った。

「とぼけんな!殺すぞワレ!」

安田未来は相変わらずニヤつきながら言った。

「えぇ、あれ?聞いたわ何もかも。」

ワイの心はそれを聞いて、怒るでも悲しむでもなくただ虚しさを感じつつ、ゆっくりと安田未来の襟首から手を放した。

安田未来が襟首を両手で整えながら心無い声で淡々と言った。

「気にすることないわ。こんな事、長い人生の中じゃ、たいした事じゃないわよ。友達なら私がなってあげる。」

安田未来の最後の言葉を聞いて、ワイの意識はゆっくりとまどろみそのまま消失した・・・・・・・。



気がついたワイはまどろんだ意識のまま、見覚えのある天井をしばらく眺めていた。

(この天井・・・どこやったっけ?)

「気がついたか。正夫。」

煙草のヤニの臭いがワイの意識をはっきりさせた。

(善太郎?)

正夫は体を起こし声がする方を向いた。

善太郎だった。

善太郎は煙草を加えながら、奇妙な発明品をガチャガチャと探っていた。

「ワイ・・何でここにおるんや?」

善太郎は作業の手を止めて言った。

「なんじゃ?覚えておらんのか?お前が担いで来たんじゃぞ・・・その娘・・・」

ワイは善太郎の視線の先を見た。

安田未来だった。

安田未来は顔にアザを作り、ベッドに目を閉じて横たわっていた。

「大丈夫じゃ。知り合いの医者に来てもらって診てもらった。気を失ってるだけじゃそうじゃ。何があったんじゃ?」

ワイは頭を横に振って言った。

「分らん。覚えてないんや。ワイ夢遊病の気でもあるんかいな?なんで、こいつが青アザつけて寝とるんや?ワイが殴ったんか?」

善太郎が真っ直ぐワイの目を覗き込むように見てきた。

ワイはその目を見返して言った。

「善太郎・・・昨日、言うてた事ホンマか?ワイがココへ来るん迷惑やって。」

善太郎は首を傾げながら言った。

「ワシがいつそんなこと言った。突然、何を言っておる?」

「惚けんでもええわ。昨日、玄関のドア越しで聞いたんや。ずっとワイがここへ来るん迷惑やったって・・・そこで寝とる安田と話ししよったやろ。」

善太郎はまた首を傾げた。

「その話はおかしい。この娘に会うのは今日が初めてだ。それにワシは昨日、家に居なかった。何しろ昨日は東京で年に一回の物理科学者学会の講演会だったんだ。家へ帰ってきた時には日付が変わっておった。」

ワイも不思議に思い首を傾げたが、冷静に考えてみると善太郎がそんな事を言うはずもないし、安田未来が善太郎と知り合いであるはずもない。

(どういう事や?ほな、何でワイの事をあんだけ知っとったんや?ほんまにストーカーちゃうんか?)



ワイはこうなった経緯を、善太郎自身に話した。

善太郎は冷静な口調で淡々と言った。

「そうか・・・で、お前が知りたいのは、この少女が何故自身しか知らないお前の情報をどうやって集められたか?ということじゃな。その答えを導きだすには、3つほど仮説がたてられる。まず、一つ目だ。本当にお前の言うとおりストーカーである場合だ。そうなると盗聴や盗撮されている可能性もある。あるいはこの会話も。」

ワイはそれを聞いて生唾を呑み込んだ。

善太郎は話を続けた。

「二つ目はお前が疑った通り、ワシやお前の家族、周りにいる人間の誰かが情報を流している場合だ。そして、三つ目だが・・・・。」

「三つ目は?」

善太郎は首を横に振り言った。

「・・・・いや・・・これは違う。そんな事はない・・。」

ワイは善太郎の意味深な発言に聞き返さずにはいられなかった。

「なんや?三つ目って?言うてくれや。」

善太郎が鋭い目でワイを見て言った。

「ワシも知らなかったんじゃが、確かお前の話じゃイジメられるのが嫌で、徒競争や球技なんかで目立たないようにしてきたとか言っていたな。そんな事は、ワシはお前から聞いたことない。そこで三つ目なんじゃが・・この娘・・・人の心を読めるんじゃないか?・・・それも正確に・・・。」

「まっまさか~。」

「良く聞け!正夫、この娘は何故かお前の心の中でしか知らない葛藤を知っていた。それも正確に。」

「ほんな人間がおるか?まるでSFや超能力の世界やないか?」

「超能力か・・・そういう考え方もあるが・・・正夫、科学は日々進歩しているんじゃ。今や超能力以上の力がある。この娘は何らかの装置を使って、お前の心の中を読みとったのかもしれない。ワシの考えすぎかも知れぬが。」

「考えすぎや考えすぎ。ワイは一つ目のストーカと思うわ。」

と・・・ちょうどその時、安田未来が頭を押さえながら目を覚ました。彼女は周りを見渡し、ワイと善太郎の顔を見るなり突然起き上がった。頭を押さえながら玄関の方へ駈けだした。

ワイはそれを見て「安田!ちょっと待てや!」と言って後を追いかけた。

安田未来は開いていた玄関のドアを勢いよく閉め、ワイの行く手を遮った。

ワイは彼女の後を追おうと、急いでドアを開こうとした。

しかし、古い玄関のドアは、一度ノブを回しただけでは開かず、やっとの思いで開いた時には、安田未来の姿は影も形もなかった。

ワイは諦め、渋々元の部屋に戻って善太郎に言った。

「ワイちょっと家調べてみるわ。多分家に盗聴器かなんかあるんちゃうか?やっぱりストーカーやねんあいつ。」

善太郎は渋い顔で頷き「持ってけ。」と言って、小さな装置のような物をヒョイとワイの方へ投げてきた。

ワイはそれを受取り「なんや?これ?。」と尋ねた。

「それは盗聴器なんかに反応する機械だ。赤いボタンを押すと、半径1メートル以内に盗聴器があれば、ブザー音で知らせてくれる。」

ワイは装置の赤いボタンを確認して善太郎に「ありがとう。」と言って、駆け足で家路についた。


















     (10)




善太郎は、煙草をふかしながら正夫が見えなくなるのを確認し、目にしみる煙に眉をひそめた。

「これでいいんじゃな。」

安田未来がゆっくりと裏口から入ってきて言った。

「ええ・・・でも正夫がフリーマンの場合、組織の方針に従い抹消もやむえない場合もあります。」

ワシは煙草を大きく吸ってから言った。

「分っておる・・・フリーマンか・・・自由を求める者は、どんな手を使ってもマインドコントロールし{犬}に出来ない。つまり{争い}を引き起こすキーマンとなりうる可能性がある危険因子。」

安田未来が頷いて言った。

「えぇ。いくら博士の頼みでもこればかりは。」

「あぁ・・・我々には使命がある。どんな事をしても世界から{争い}をなくさなければならない。その為には世界中の人間の思想を一つにしなければならない。フリーマンは危険因子だ。危険因子は例え家族であっても抹消する。それをお前達にインプットしたのはワシ等じゃ。分かっているよ。」

安田未来が鋭い目で頷き言った。

「では計画を進めます。博士、あなたはこれから正夫を裏切る事となる。失礼ながら心を読ましてもらいましたが、恐らくあなたは正夫に対して冷静な判断が出来なくなる。あなたはこれ以上関わらない方がいい。」

ワシは煙草を深く吸ってから吐き出すように言った。

「舐められたもんじゃ。感情のない機械人形が・・・・こんな事でワシの信念が曲がるというのなら、ワシはお前等なんぞ生みだしはしない。」

安田未来は鋭い眼差しで、恐らくワシの心を読みながら頷いて言った。

「いいでしょう。では、作戦変更です。博士にも手伝っていただきます。」

ワシは黙って重く頷いた。

安田未来も頷いてから、携帯電話をポケットから取り出して計画の狼煙をあげるべく実行班と連絡をとった。

「湯川先生。着きましたか?・・・じゃぁ手筈通りにお願いします。」


(11)




ワイは善太郎からもらった機械を手に自宅の近くまで来ていた。

「安田の奴!なめんなよ!絶対正体を暴いたる。」

ワイはそう呟きながら、自宅までの最後の曲がり角を曲がった。

その時・・・「え!」と思わず目の前に飛び込んできた光景に声を漏らした。

クラスの担任の雪女こと{湯川とも子}がワイの家の玄関で立っていた。ちなみに最近名前を覚えた。

ワイは口を押さえながら道を引き返し、曲がり角の陰に隠れた。

(何やあいつ。何でおるんや!)

ワイは息を潜め、物陰から雪女の動きを観察した。

よく見ると雪女は、玄関で婆ちゃんと話しているようだった。婆ちゃんは申しわけない表情で、何度も雪女にお辞儀しながら何か謝っているようだった。

ワイは隠れていても仕様がないので、潔く出ていく事にした。

雪女がワイの姿を見つけ言った。

「あ。正夫君。」

「どしたんや。先生。」

「正夫君。今お婆ちゃんと話してたんだけど。」

と、いきなり婆ちゃんが、ワイの頭をどついた。

「痛っ!何すんや婆ちゃん。」

婆ちゃんが鬼のような形相で、ワイの顔に唾を飛ばしながら言った。

「何すんややない!お前、女の子どついたそうやないか。」

雪女が冷静な声でワイと婆ちゃんの間に入ってきた。

「お婆ちゃん。そう言わずに。」

婆ちゃんは先生にそう言われて、上げた手を渋々下ろした。

雪女はワイの方を向いて、学校では見せない上辺だけの穏やかな表情をみせ諭すような口調で言ってきた。

「正夫君、あなた安田未来さんを一方的に殴ったそうね。」

ワイはあの時の事を詳しく覚えてなかったが、恐らくそうなのだろうと思い頷いた。

雪女も頷き言った。

「じゃぁ、あなたには明日から学校で一ヶ月間合宿してもらいます。こういう場合自宅謹慎が普通なんだけど、我が校の校則で謹慎のかわり合宿という形がとられるの。」

「え?明日!」

ワイは突然の事で驚いた。ワイは何も問いただされず、弁解の余地もなく、このような処置をとられた。一瞬怒りで頭に血が上ったが、すぐにどう弁解しても女の子を一方的に殴った事は間違いないと思い渋々頷いた。































      (12)




次の日から雪女の指導の元、ワイの合宿が始まった。これから一ヶ月間、雪女の顔を朝から晩まで見なければならないと思うと気が遠くなった。雪女もおそらく同じ気持ちだろう。

合宿のスケジュールは学校の授業のかわりに個室で与えられた課題をし、定時の食事・就寝など規則正しい生活をする。なんでも、このような生活習慣を身につける事で、規則を守り社会性を身につけられるそうだ。

それから数日、合宿はの課題には息が詰まりそうだったが、それ以外は平穏な日々が続いていた。しかし、奴がまた現れた。安田未来・・・ワイの疫病神だ。

雪女が言うには、安田未来、自ら「仲直りの印に正夫くんと二人っきりで話がしたい。」と希望してきたらしいのだ。学校側としては特に止める理由もないので許可したらしい。

ワイはまるで犯罪者のように個室に導かれ安田未来と面会した。

ワイは安田未来と机を挟んで向かい合い座った。

雪女は「じゃぁ、安田さん私は隣の部屋でいるから。」といつもの冷たい口調で言って部屋を出て行った。

しばらく気まずい沈黙の後、ワイが先に口を開いた。

「殴った事。悪かったな。」

安田未来は感情なのない目をワイに向け言った。

「そんな事、気にすること無いわ。だって、あなたは私を殴ったりしてないもの。」

「え!」

「あの時、あなたを特殊な催眠ガスで気を失わさせ博士の家へ送ったの。そして、あなたは博士や湯川先生の言葉を鵜呑みにし、私を殴ったと勝手に思いこんだ。」

「・・・・。」ワイは頷く事もせず黙って話を聞いた。

「まだ、あなたは私の事をストーカーと思っているようね。でも、この人を見てもまだそう思えるかしら。博士!」

次の瞬間、白い引き戸がゆっくりと開き、ワイにとって最悪の現実が目の前に現れた。

「善太郎・・ま・・まさか・・・。」

善太郎はワイを見ながら、無言で安田未来の後に立った。

安田未来は真っ直ぐワイの方を向き、威圧的な口調で言った。

「ようやく現実が呑み込めてきたようね。でも、まだもう一つあなたにとって最悪の現実があるの。」

ワイは少し驚いたが、それほどショックでもない自分もいる事に気づいた。

「最悪?そんなことあれへん。最悪の瞬間はもう過ぎとる。あの時に。」

安田は馬鹿にしたように微笑し言った。

「母親の事を言っているの?でも、今から言う事はあなたのこれからの長い人生で起こる現実。」

ワイは意味が分からなかったので頭を傾げた。

そこでようやく善太郎が口を開いた。

「ここからはワシが説明しよう。正夫、知ってのとおりワシは町で変人発明家で通っておる。しかし、今から二十年前の事、ワシは世界平和連合の名のもとに3人の優秀な博士と共に、世界から争いを無くすという志しを掲げ、特殊な能力を持つアンドロイドを創りあげた。人の心を読める能力を持つアンドロイド。その一人がここにいる安田未来ことB十九だ。そしてワシ等は志しを元に、ある計画を進行する為に組織を作った。その計画が{マインド・ワン計画}つまり人類の思想を一つにし、世界から争いを無くす計画だ。」

「へぇーお前、ロボットなんや。ほんで心まで読めるんや。ごっついやんけ。でも、ほれがどしたんや?善太郎、それやったら最初っから言うてくれたらよかったのに。ワイも争いは嫌いや。」

「正夫、お前は何も分かっちゃいない。争いは何故起こるか?考えた事があるか?争いは人と人の考えの相違で引き起こるんだ。」

「考えの相違ってのはしょうがないんちゃうか?みんなちゃう人間や。ワイかて気に入らんもんは気に入らん。ワイはこいつ嫌いや。」

ワイは安田未来を指差して言った。

善太郎は頭を軽く横に振ってから、溜め息をつき話を続けた。

「しょうがないか・・・おまえだってイジメられていただろう。イジメはなぜ起こると思う?」

「そんなん分からんわ。分かってたらイジメられへんわ。」

「正夫、イジメも争いの一つなんだよ。でもな、全ての人間の思想が一つになればイジメはなくなるんだ。」

「アホやなぁ善太郎。発明は凄いけどアホや。そんなんでイジメが無くなるわけないやないか。」

「何故そう言える。」

「イジメはなんで起こるか知っとうか?イジメられた人間しか分からん思うけど、イジメは心の中の本能や。能力の低いもん・弱いもん・得体のしれんもんは排除するっていう人間の本能がそうさせるんや。せやからイジメをせんやつってのは本能に打ち勝てる強い人間なんや。思想は関係ない。」

安田未来が一息ついて言った。

「博士・・・やっぱり彼はフリーマンのようね・・・彼の言っていることは心の底からのものよ。寸分のブレも無い。」

「フリーマン?なんやそれ?」

善太郎が悲しそうな目で言った。

「正夫、最後の質問だ・・・世界平和連合にとってフリーマンは争いを起こす危険因子・・・我々の味方になって(マインド・ワン計画)に加担するか、この場で死ぬかだ。」

「死ぬって何やそれ!フリーマンって何や?」

「フリーマンとは何が起きてもマインドコントロールできない人種、つまり自分の自論でのみ行動する人間。お前が自分の意志で我々の仲間にならないのであれば、危険因子であるとみなし抹消しなければならない。」

「ちょっと待てや!抹消って!そんな人間なんぼでのおるんちゃうんか!」

安田未来がおもむろに懐からベレッタを取り出し、ワイに向かって構えながら口を開いた。

「そうよ、私達は、その全てを抹消してきたわ。あなたも仲間にならなければ抹消します。」

ワイはどこか逃げ道はないか周りを見渡した。

安田未来が冷たい声で言った。

「あなたの心は読めているわ。逃げようとしても無駄。それに大声をだしても無駄よ。学校教諭は全員我々の組織に属している。」

いつも冷静だった善太郎が叫んだ。

「正夫!あきらめろ!仲間になれ!」

「善太郎・・・間違っとる。あんたは間違っとる!そんな事しても争いはなくなれへん!」

その瞬間、安田未来の引き金にかけている人差し指が動くのが見えた。同時にワイは目の前の机を力いっぱいひっくり返し、夢中で安田未来に突進した。

バンバン!と二発銃声がしたが、どうやらワイには命中してないようだ。

ワイは死に物狂いで安田の腕を抑え込み、ベレッタを奪い取った。

次の瞬間・・・・、思いがけない方向から善太郎の蹴りが胸部に飛んできた。ガキっと脳の奥で響くような音がした。同時にワイの体は横に吹っ飛び、一瞬意識が飛びそうになった。

「ぜっ善太郎・・」

ワイは痛む胸を左手で押さえながら、本能的に銃を善太郎に向けて構えていた。

善太郎は悲しい瞳でワイを見ながら、無言で突っ立っていた。

ガタガタとワイは安田未来が体に覆いかぶさった机を動かす音を耳にした。ワイは危険を感じ、部屋の窓ガラスを割って中庭へ飛び出した。そして善太郎との思い出を胸に、死に物狂いで校門に向かって走った。



 校舎から離れて数分後、ワイは安田未来から奪ったベレッタを内ポケットに入れ、僅かな所持金を手に町の路地裏にあったブロックにゆっくりと腰を下ろした。

ブルルルル・ブルルルル

携帯のバイブの音がした。ワイは反射的に二つ折りの携帯を開き電話にでた。

いきなり、安田の耳障りな声が聞こえてきた。

「あなたはどこにも逃げられない。帰ってきなさい。さもないと彼の命は保証できないわ。」

聞き覚えのある声がした。

「正夫!来るな!こんな奴の言うこと聞くんじゃねぇぞ!」

大蔵勇の声だった。

「大蔵か?」

話を交わす暇もなく、すぐに胸の悪い安田未来の声が聞こえてきた。

「彼を助けたければ0時までに、学校の放送室まで来なさい。」

そのまま電話は切れた。

ワイは携帯の時間を見た。まだ、8時だった。

(ワイの居場所分からんかったみたいやな。あいつ一定の距離の人間しか心読めんみたいや。まだ4時間もある。あそこに行ったら、安田の弱点が何か分かるかもしれん。)

ワイは、携帯のGPS機能を警戒し、電源を切ってから善太郎の家を目指した。


















      (13)




善太郎は腕時計の針が九時を指すと同時に煙草に火を点けて、一息入れながら言った。

「B十九、正夫は来ると思うか?大蔵は正夫を虫けらのようにイジメてきた男だぞ。」

「来ますよ。正夫はやさしい人間です。友達を見捨てるようなことはしません。」

「やさしい?面白い事を言うな。お前にそんな事が分かるのか?」

「分かりませんが、私はこの三カ月の間、ずっと正夫の心を覗いてきました。正夫は他の人間とは何か違う・・・底知れない器の大きさを感じるんです。だから、正夫は来ますよ。例え人質が誰であっても。」

二人の話を隣で聞いていた正夫の担任の湯川とも子が口を挟んだ。

「正夫を買い被りすぎです。彼はフリーマンかもしれませんが、我々を脅かすような能力はありませんよ。クラスではクズ中のクズでした。もしここへ来ても何も出来ません。」

善太郎は大きく煙草を吸ってから「クズ・・・か・・」と呟き、湯川を殴りたい衝動を抑えた。




その頃、正夫は善太郎の家に到着し、盗聴器発見機を片手に研究室へ侵入していた。

どうやら、こっちのセキュリティーは手薄になっているらしかった。

(誰もおれへんようやな・・・)

ワイは奇妙な機械に触らないように注意しながら、電気スタンドの明かりを点け、まずデスクの上の研究資料の山をあさった。

ほどなくして資料の山の底に小さな金庫があるのを見つけた。

(完全にこれやな。さてカギは。)

カギはスタンドの引き出しを開くと簡単に見つかった。

金庫の中身は{マインド・ワン計画}の全貌が書かれた資料であった。どうやら正夫が通う第一学校は組織が作ったものらしく、安田未来の使命はクラスの人間をマインドコントロールし何でも言う事を聞く{犬}にする事らしかった。

ワイは難しい文字を飛ばしながらだったがある程度内容を理解しつつ、更に資料を読み進めていった。

そして、十二ページ目の用紙をめくったときだった。

「こ・・・これは!」ワイは思わぬ情報を見つけ声を漏らした。

「これならもしかしたら勝てるかもしれん。」ワイそう呟き携帯電話のカメラ機能で情報の一部分を写し善太郎の家を出ようとした。

その時、玄関の方で物音がするのを耳にした。ワイは急いで資料を金庫へ入れてカギを元の引き出しに戻し、電気スタンドを消してからベレッタを右手で持ち、そっと物陰へ隠れた。

聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「確か机の上に金庫があるって言ってたよなぁ。」

(あいつらは、いつも安田未来とつるんどった・・・確か・・大内寛太・・・それと木村・・佳代子・・それとあのハーフが・・確かソニアとか言う気の強い女や。何しよんやこんなとこで?)

ワイは息を潜めて、三人の動向を探った。

ソニアが鼻をつまみながら眉間に皺をよせて言った。

「きったないわねぇ。私、シックハウス症候群なのよね。」

木村佳代子も眉間に皺をよせてデスクを指差して言った。

「寛太、それじゃないの。」

山内寛太は軽い口調で「ホントだ!あったあった。多分これだ!」と言って、ワイがさっきまで触っていた金庫を両手で持ち上げた。

ソニアは目に涙を溜め、咳きこみながら言った。

「仕事、早く終わったからちょっと帰りにファミレスでも寄ってく?」

大内寛太は金庫を両手でしっかり持ち、のっぴきならない面持ちで言った。

「ばっ馬鹿!何言ってんだ。未来はすぐ帰って来いって言ってたぜ。殺されちまうぞ。」

木村佳代子も頷きながら「そうよ早く帰りましょ。」と言いながら、ちょうど金庫が入りそうな手提げをどこからか見つけ、寛太に手渡した。

寛太は急いで金庫を手提げに入れ「いくぞ!」とソニアの方を向いて言ってから、足早に研究室を出て行った。

ワイは三人が行った事を十分確認してから物陰から顔を出し思った。

(何や?何であいつら安田に、あんなにビビっとんや?仲良かったんとちゃうんか?)

携帯電話の時間を見ると、ちょうど十時にさしかかっていた。








(14)




ワイは善太郎の研究室にあった双眼鏡で、学校から1キロメートルほど離れたビルの屋上で校舎内の様子を探った。

「おるわおるわ・・・。」

ワイはそう呟き、校舎内にいる奴らの大体の人数と居場所を把握した。

(二十人はおるなぁ。それに一人一人、バットやら木刀やら武器持っとる。こりゃまともにいったら殺られるなぁ。まずは邪魔者にのいてもらうか。)

ワイはそう思い、二つ折りの携帯電話を開き電源をONにして、安田未来の携帯にリダイヤルした。

プルルルプルルル・・・・

5回ほど呼び出し音が鳴った後、また耳障りな声が聞こえた。

「もしもし。」

安田未来はそれ以上答えなかった。

ワイは時間がないので面倒な話はのけ、いきなり交渉にでた。

「安田か?今、近くのビルから校舎見たんやけど、いっぱい人がおるやないか。」

「あたりまえよ。それがどうかしたの?」

「それがどうかしたの?でないわ。ワイが行っても、そのままやったら大蔵助かれへんやないか。校舎でウロウロしとる奴のけてくれや。」

「あなた、状況が分かってないようだから言うけど、人質をとっているのは私達なの。来ないなら今すぐ大蔵を殺すわ。」

ここでワイは賭けをした。

「じゃぁワイは警察に行くしかないわ。」

「警察?言っとくけど警察なんて行っても何の意味もないわ。証拠は何一つ残さない・・・それくらいのこと博士なら簡単にやってのけるはずよ。」

「いや、ワイが言いたいんは警察に通報してから、ワイがお前らの何人か殺すって言よんや。ベレッタで・・・そしたらベレッタをどこから手に入れたか警察は調べるし、校舎の中もくまなく捜査されるやろうなぁ。なんせ殺人事件やけんなぁ。そうするとワイは警察に捕まるし殺せへんなぁ。」

「それで脅しているつもり?あなたにそんな度胸あるの?」

「無いわ。お前らみたいに罪もない人殺せんわ。ほやから学校も行けへん。そこ行ってもワイ無駄死にや。ベレッタ警察に渡して学校で人殺した言うて自首するわ。ほなさいなら。」

ワイはそう言って素早く通話を切った。

ワイが思うに世界平和連合は警察を動かすほどの大きな組織ではない。その証拠に町に逃げ出した十三歳の少年すら見付けられない。もし、警察を動かすほどの組織なら、ワイなんかすぐ見つけられるはずである。

(絶対、掛け返してくるはずや。)



2分後・・・やはり携帯の呼び出し音が鳴った。

ワイは三回ほど呼び出し音が鳴った後、通話ボタンを押した。

「もしもし。」

安田未来の声だ。

「何や?」

「分ったわ。あなたの言うとおりこれじゃ交渉にならないわね。交渉場所を変えるわ。場所は運動場。私達は全員、校舎側にいるわ。これでどう?」

「それがどしたんや?おまえ心読めるんやろ?全然状況変わっとらんやんけ。」

「私の心を読める距離は半径三十メートル程度よ。つまり運動場では、三十メートル以上の距離が保てる。どう?これで交渉になるでしょう?」

「そんなことワイに言うてええんか?」

「どうするの?これ以上は交渉に応じないわ。」

「・・・まあええわ・・・0時に運動場にやな。交渉成立や。」

ワイがそう言うやいなや、安田未来は通話を切った。

ワイはゆっくりと携帯を二つに畳みながら思った。

(三十メートル・・・ほんまに信用していいんか?しかし・・嘘、言よる様子でもなかったし・・・そんだけ自信がある言うことか・・・・・。)











(15)




安田未来は、もう交渉には応じないつもりで携帯の電源をオフにし、ゆっくりと灰色のオフィスチェアーに座った。

善太郎が禁煙の校長室で、煙草に火を点けながら言った。

「あんな事を言って大丈夫なのか?正夫を少し甘く見すぎてやしないか?」

「・・・・・。」

安田未来が黙っていると、湯川とも子が口を挟んできた。

「博士、考えすぎよ。あんなクズが何か出来る能力があるとは思えない。」

善太郎が湯川に向かって冷たい口調で言った。

「お前は黙って自分のするべき事をしていろ。全員に校舎前へ集合するよう伝えたのか?」

湯川は苦虫を噛み潰したような表情で「はい。」と言って頷き、自分のするべき事をするべく、校長室のドアから出て行った。

善太郎は安田未来の方を振り返り言った。

「B十九・・・いいか・・我々は負ける事は許されない。」

安田未来は頷き言った。

「分ってますよ、博士。」

時計は十一時四十五分を指していた。



腕時計がちょうど十一時四十五分を差した時、ワイは夜空を見上げながら何故こんなことをしているのかふと疑問に思った。

善太郎はあの時{いくら裏切られても許しあえるのが親友だ。}と言った。

でも、善太郎はワイを殺そうとしている。今は敵だ。敵だがワイはそんなに善太郎を恨んじゃいない。むしろ心から敬愛している。善太郎もそうなのだろうか?

そうであれば善太郎とワイは親友だ。

親友同士がなぜ争わなければならない。

やはり、思想の違いってやつなのか?それとも、善太郎の背後にある組織のしがらみってやつなのだろうか?

答えが出ないままワイは駅前に置いていた自転車を拝借し、時間に遅れないように一直線に学校に向かった。

「大蔵!待っとけよ!」

ワイは覚悟を決めそう一度叫んだ。

自転車の前輪が校門を越えると同時に、ベレッタを右手で構えながら、一直線に自転車を走らせた。

「正夫!止まりなさい!」

耳障りな安田未来の声だ。

ワイはベレッタを構えたまま自転車を降りた。

突然、運動場の照明が点いた。

ワイは校舎の前に安田未来・善太郎・湯川とも子・大蔵勇と他に数人のクラスメイトの姿を見つけた。距離は約五十メートル位ある。

大蔵勇は安田未来の前に膝まずき、体の前で両手に手錠をかけられていた。

ワイはそれを見て思った。

(勝てる・・・)

その時、ギーっと校門が閉じる音がした。想定内だが、どうやら騙されたようだ。

ワイは一応言った。

「約束が違うやないか。全員、校舎前に集めとくんやなかったんか?」

湯川とも子が馬鹿にしたような口調で叫んだ。

「だからあんたはクズなのよ。能力もないくせに私達に逆らおうとするから、こんな目に遭うのよ。」

ワイは苦笑いを浮かべながら(お前がそんな人間だからクラスにイジメがおこるんだ。)と思い、一瞬、湯川とも子の脳天をベレッタで打ち抜こうとしたが止めておくことにした。

安田未来がナイフを大蔵勇の首元へ押しつけ「ベレッタをこちらへ投げなさい!大蔵を殺すわよ!」と叫んだ。

ワイは「クソったれ。」と叫びながら、ワザと安田未来に向かってベレッタを力一杯投げた。

ベレッタは大蔵の目の前に落ちた。

安田未来は大蔵勇にベレッタを拾わせた。

(ここで安田以外の人間がベレッタを手にしたら作戦失敗や・・。)

ワイは二人の動きを祈るような気持ちで見つめた。

すると、安田未来はワイの思惑どおりベレッタを手にし、大蔵勇の頭へ向けて構えた。

ワイはそれを見て(勝てる!)そう思い一気に安田未来に向かって走った。

「大蔵!安田のベレッタを奪え!」

そこにいた全員がワイの動きに呆気にとられていた。

同時に(バタッ!)っという鈍い音が深夜の運動場に響いた。

安田未来が倒れる音だった。

大蔵勇も自分の後の異変に気づいて振り返った。

善太郎が吸っていた煙草を落とし「まっまさか!正夫!」と叫び、安田未来が握っているベレッタへ向かって走った。

しかし、安田未来の一番近くでいた大蔵勇が手錠をしたままであったが、ベレッタを先に手にし善太郎に向って構えて叫んだ。

「止まれ!」

善太郎は全く怯む様子もなく「ガキが!やってみろ!」とどすの利いた声で叫び、真っ直ぐ大蔵勇へ向かって走った。

善太郎は一瞬怯んだ大蔵勇を抑え、簡単にベレッタを奪った。

(パン・パン)と渇いた音が運動場に響いた。

大蔵勇が赤い血を流し、うつ伏せになって倒れていた。

数秒遅かった。

「大蔵!死ぬな!」ワイは叫んで大蔵勇を仰向けにした。

大蔵勇は口から血を流しながら、最後に少し笑って目を閉じた。ワイは初めて友達の為に涙を流した。

「すまない大蔵・・・すまない・・。」

そして・・・ワイが善太郎を振り返ろうとした瞬間・・・(パン!)とまた渇いた音がした。

今度はワイに銃弾が、めり込んだようだった。ワイは憎き安田未来を目の前にし、うつ伏せになって倒れた。

ワイは最後の力を振り絞って、安田未来の後頭部にある小さなボタンを押した。

善太郎がワイの後ろで呟いているのが聞こえた。

「まさか正夫・・・組織の幹部クラスの人間しか知らないB十九の停止番号を知っていたとは。」

煙草の匂いがした。

(どうやらワイの動きに気づいてないようだった。)

湯川とも子の声がした。

「停止番号と言いますと?」

「セキュリティーじゃよ。途中でアンドロイドのプログラムを変更する場合や簡単に我ら幹部の心が読めないように、ある数字を心で唱えている人間の心を読むと一度機能が停止し、プログラムと停止番号を再入力できる仕組みになっているんじゃ。」

「プログラム?」

「あぁ、それぞれのアンドロイドに与えられる(使命)のことじゃ・・・・・与えないとピクリとも動かない仕組みになっておる。また、その使命が全うされたときも、アンドロイドは機能が停止し別の使命を与えなければ再可動しない。まさか、それを正夫が知っていたとは。」



ワイは二人の会話をよそに停止番号を変え「安田未来・・・お前は自由や・・・最後まで思いのまま生きろ・・今までの事は水に流したるワイの親友・・。」と呟き、安田未来の後頭部のボタンをもう一度押し、プログラムを再入力した。


自由という使命を受けた安田未来は「正夫・・・・親友」と呟きながら立ち上がった。


最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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