ピロローグ
彼女は不思議な目をしていた。
色が茶色いとか、くっきり二重だとか、黒目が大きいとか、そういう事を言っているのではない。
彼女の目は、悲しみと絶望と喜びと好奇心と……色々が混ざっていて俺には彼女の心情が読み取れなかった。だけど、強くて美しい目をしている事は確かだった。俺はその目に恋をした。
「お腹……痛いの?」
俺の口から自然と言葉が出てきた。
だって、人通りの少ない道端でうずくまっていたから。誰だって、体調が悪いのかと思うだろう。
「ううん。夕日を見てるの。」
俺は初めて彼女の声を聞いた。彼女の声は、思ったより低くて落ち着いていた。
「夕日?」
「うん。夕日を見るとね、今日が終わっていくなぁって思うの。今日も一日生きられたんだなぁって、幸せになるの。」
彼女は少し微笑みながらそう言った。
これが俺と彼女の出会い。茜色の世界に包まれた名前も知らない彼女に俺は恋をした。もう二度と出会えないだろう。だけど、それでもよかった。この恋は絶対に叶わないって心のどこかで分かっていたから。
「じゃあ……」
俺はそう言ってその場を後にした。
そろそろ帰らないと源ちゃんに怒られる。今日の夕飯は一緒に食べるって言っちゃったから。今日の夕飯はなんだろう。寒くなってきたから、鍋とか食べたいなぁ。
10メートルぐらい歩いてから後ろを振り返ると、彼女はまだしゃがんでいた。きっとこの夕日が落ちるまでここに居続けるのだろう……。
でも、俺はそろそろ帰らなくちゃ。だって源ちゃんに怒られちゃうから。