優しい嘘を吐くこと
小川の近くの大きな木の陰で居眠りをしていたのは、アルトフールのリーダーのマナだった。おかっぱ頭で袴を着た16歳ほどの少女に見えるが、彼女の本当の年齢は367歳。不老長寿のため、16歳の時からその見た目は変わっていない。傍には可愛らしいピンク色の小さなじょうろとシャベルと何も入っていない布袋があった。
モンシロチョウがひらひらとマナに近付いて彼女の鼻に止まると、彼女はゆっくりと目を覚ました。鼻の上のそれを見るが、彼女にはあまりに近距離過ぎて何なのか良く分からなかった。だが、すぐにひらひらと飛んで行ったのでモンシロチョウであることをマナは認識することが出来た。
しばらくしてマナはのそのそと動き始めた。地面に目を遣りながら、木の周辺をウロウロする。1か月前に何かの種を植えたのだが、どこに埋めたのか忘れてしまったようだ。彼女にしてはせわしなくうろうろし続ける。
すると、そこへアルトフールの最年少である金髪で浅黒い肌を持つ青年クルガがやって来た。
「マナ、どうしたの?」
クルガの声を耳にすると、マナはぴたりと立ち止った。そして、クルガの方へ顔を向けて、彼の姿を認識すると、ゆっくりと口を開いた。
「種が、見つからないの。1か月前に植えたのに。」
「種?」
クルガ青年は周りを見渡した。マナの力になろうと思い、種が埋められたであろう箇所を探す。
だが、問題はすぐに解決した。マナの足元だけ土の色が違っているのを見つけたからだ。
「マナ、もしかして、そこに植えたんじゃない?」
にこにこしながら、クルガはマナの足元を指差した。マナは顔を下に向けると、一歩下がってしゃがんで土を撫でた。
「… 死んでない?」
「ん?」
マナの声は小さいので聞き取りにくい。クルガはマナの傍に近付こうと、傍にしゃがんで耳を傾ける。
「死んでない?」
クルガは驚いた様子でマナを見つめた。マナの表情はいつもと変わらない。だが緑色の瞳の奥はいたって真摯であった。
「大丈夫だよ。生きてる。ほら、ここに手を置いてごらん。」
クルガはマナの手を取り、地面に手のひらを当て大地の鼓動を聴かせる。土はほんのり湿っていた。
「分からない…。感じることが出来ない。」
それはクルガも同じだった。地面に手を置いただけで、中の状態が分かるなんて不思議な技は持ち合わせてはいない。マナならば、何かを感じ取ることが出来るかなと思ってやってみたが、そうではなかった。生きる時間を忘れてしまった彼女には分かるはずのない試みだったのだ。クルガは逆に彼女を悲しませてしまったような気がして、悲しい気持ちになった。
「もう死んだんだ。」
マナはそう一言だけ呟くと、マナは立ち上がって、シャベルを取りに行った。
そして、色の変わった土を再び掘り返す。掘り返された土からは白い毛におおわれた種が現れた。種にはカビが生えていた。マナは水をあげ過ぎたのかもしれない。しかし、マナはそれに気付かないのか土を掘り返し続ける。
クルガはそれを止めることが出来なかった。あの種にはカビが生えていてもうダメだったが、もしかすると、土の中で種は生きていたのかもしれないのに。なぜそんなことをするのか、疑問を抱いたというのにクルガは彼女の行為をただ眺めているだけだった。
多くの死を見送って来た彼女には、希望を見出すことが出来なかったのだろう。どうであれ最後にあるのは死。絶望的な結果論ばかりが先行する彼女には可能性なんて見出せない。彼女にとってすべての結果は死であるのかもしれない。
その時、マナは土を掘り返すのを止めた。
「何してるの?それはもう死んだんだよ。」
クルガが土の周りを石で囲んでいるのを見て、マナは不思議に思ったのだ。
せっせと石を並べるクルガは、優しい笑顔を向けながらマナに言う。
「まだ生きてるよ。諦めないで。次はもう二度と踏まないように、こうやって周りを石で囲んで目立たせておこう。」
もう、この種が芽吹くことはないだろうことはクルガは知っていた。だが、それでも、マナに希望を抱いて欲しかった。
マナは、クルガが土の周りを石で囲む様子を興味深そうにじっと見つめていた。
「花が咲くのが、楽しみだね。」
相変わらず無表情ではあるが、ほんのわずかに期待を込めてマナが言った。
そうして、数日後、石の囲いを作っただけの花壇から芽が出て来た。
「生きてた。」
と、マナは呟くと、そのまま家に帰った。そして、掃除をしていたクルガに報告した。
「あのね、生きてたの。芽が出て来た。」
あまりにも唐突だったのでハッシュは一瞬なんのことか良く分からなかったが、すぐに何のことか察することが出来た。
あの種は確実にダメになった。
だけど、クルガはマナに希望を見出す喜びを感じてほしくて、マナに隠れてこっそり新しい種を植えかえた。そして、水をあげ過ぎないように、水の与え方もレクチャーした。
「良かったね。」
と、クルガが微笑みながら言うと、マナはこくりと頷いた。
「いつかきれいな花を咲かせると良いと思う。」