運命塔の管理者
即席小説です。過度な期待をしないで下さい。不可解なストーリーになっています。また、この世界観について行ける方は注意深く読んでみて下さい。
カチッ。カチッ……。
歯車が回っていた。しかしそれは一つだけではない。何十、何百もの様々な形をした歯車が金属の触れあう甲高い音を立てて歯を噛み合わせている。錆びることもなく、止まることも知らずにずっと。
歯車には歯の下に一つ一つ文字が刻まれていた。そして文字は“普通”の歯車にはないことが書かれている。そして噛み合うときに、触れた目盛り部分の文字だけが水色に光っていた。
事故|崩落|落雷|転落|転倒|刺傷|凍傷……。
そしてそれに噛み合う小さな歯車には……
死|軽傷|重傷|中傷、
更に小さな歯車に噛み合う大きな歯車には……
顔|右→|左←|左胸|右胸|首|右↓|左↓|……。
と刻まれて回っている。まだまだ歯車はそれだけに限らず幾つも存在するが、数が多過ぎるのでここでは省略することにしよう。これはあくまで一例だ。それに加え、歯車だからといって順番通りには回らない。ときに歯車が外れて無理矢理に、噛み合う目盛りを修正することもある。
この歯車が示すもの。それは森羅万象全ての事象に於ける形あるものの運命を表していた。歯車同士が噛み合ったとき、世界では実際にその事象が必ず起きる。何時、何処で、何が、どうなるのか……それがこの歯車達によって示され、実行されている。
この歯車達のある世界は、普通の世界ではない。時間や異世界からも隔離された一種の空間だった。周囲を真っ暗な空と灰色の雲に囲まれた、生きる……死ぬという定義も曖昧な……歪んだ世界。
そして歯車達は集約されることによってある一つの建物を形成している。盤があり、文字があり、針がある……時計塔だった。その全貌を冷たい白銀に輝かせ、固い拒絶を示すような……。
しかし、これは断じて時計塔ではない。先述の通り運命を指し示す為の時計の形をした塔だ。即ち盤も本来の時計の機能を持たない。本当の名前は……運命塔と“定義”されている。
また、この塔は地面に建ってはいない。いや、そもそもこの世界に地面などない。風で揺れることもなく虚空の一点に浮かんでいた。そして空の下にはあらゆるものを飲み込むような、不気味な程にどす黒い穴が空いている。ここはそんな世界だった。
そんな世界に……この運命塔の中に……一人の少女がいた。無慈悲に刻まれてゆく運命の歯車に囲まれて……。
少女の身長は140cm程度。髪は水色ロングストレート。服装は全身青紫色のローブ。両肩から下に向かって二本線の帯が伸び、その中にちょっとした幾何学的な文字が刺繍されていた。文字の色は金色で線は胸の前で交差し、ちょうどXみたいに服の端で線が終わっている。
彼女は運命塔の中間部分で重い歯車の音を耳にしながら、目の前のせわしなく移り変わり何十段にも及ぶソラリー式の表示を、ただその黄色い瞳でじっと眺めていた。
荒杉 理性|死亡|20:14:03:18:22:57:19:35:N:139:E|交通事故|思考停止|トラック|速度超過|焦燥|………|error 96m0ls|
羽越 彩美|軽傷|20:14:03:18:22:57:20:62:S:123:E|転倒|士気高揚|床|表面湿気|管理不足|………。
鉛筆-HB|中傷|20:14:03:18:22:57:20:77:N:157:W|転落|0|加越 風間|疲労|長期的労働|………。
「7:8を5:4へ。1:0を2:4へ修正。24-3は65-7に変更。実行はAfter0.5」
少女はその幼い声で不可解な命令を発する。すると歯車の回転が一瞬にして止まり、一つのギアが支えから外れて浮いたまま、90度横回転して別のギアと噛み合う。別の所でもギアが外れてその場で回転、目盛りが調整される。ギア自体が別のものに変えられるものもある。そして変更が終わると紫電を発しながら歯車はまた動き始めた。
少女が発したこの命令は事象の修正。本来ならば起きないようなこと、大半はエラーの際に発動される。これにより管理する世界に於ける歪みを直しているのだ。歯車の座標を変え、噛み合う歯車を変え、そして歯車自体を他のものと変える。それだけで世界の運命は操作されていた。
彼女は何度も修正を繰り返し行っている。修正した結果どのようなことが起こるのか、何も考えず躊躇いもなく。淡々と動き続ける歯車に命令をする。まるで感情を持たない冷たい機械のように。
ここは運命を司る運命塔。ならば彼女はこの塔の管理者だった。
彼女は人間ではない。元々はこの塔を構成する、目の前の歯車と同じ存在だった。ならば何故人の姿を象っているのか?
――それは少女自身の司る歯車の役割に他ならない。彼女の歯車が示すものとはリセット。世界自体が崩壊したとき、又はその危機に瀕したときに“基本”は発動する。全ての起こる事象よりも最優先され、崩壊の原因である根源を始めからなかったことにする。いわば時間を巻き戻す歯車だった。
この歯車は普通の場合、このサイクルには当てはまらない。だからこそ使われない間は管理者として人の姿を象り、こうしてバグの修正を行っているのだ。そして本来の自身の役割が巡ってきた際には、このサイクル達の中へ無条件に割り込めるように。
その方法で長い間、運命塔は管理されてきた。だが、あるときを境にこの管理者たる少女に変化が起こっていた。
少女はエラーの修正が終わると巨大な表示機全体から目を離し、ある一つの場所に視線を向けた。距離が遠かったのか、トコトコと持ち場を離れて近付き更にはっきりと見ようとする。
少女が見つめているもの。それは先述の表示の左側、ある段の透明な一枚のガラス板だった。因みにガラスは表示の一段一段に配置され、映像を投影し全ての事象がリアルタイムに目撃出来るようになっている。
そのガラスはある人間の姿を投影していた。何処かの街の歩道を歩く一人の少年。背は160cm程度。髪は黒単髪ストレート。冬の黒い制服を着込み、首には青いマフラーをしながら生徒カバンを肩に掛けている。容姿からして高校生のようだった。
少女はこの少年だけを以前から時間に余裕がある度、この段の表示のみ固定して観察している。理由は自身でも分からない。少なくとも歯車が起こしたエラーではない。
歯車は役割を遂行する為にだけに存在し、回転すればその通りに回る。それ以外に何かを持つことは必要ない。だがこの少年を観察していくにつれ、彼女という歯車には人間らしい……感情が芽生え始めていた。
今彼女が発しているのは、自発的な……その歯車としての機能にはない、興味という感情だった。いや、それだけでは収まらない。
彼女は……興味以外に彼にある特別な感情を抱いていた。ただし自身ではその感情を言葉に出来ず、歯車にかける命令のような言葉で補っている。
「非命令。現場直行。命令交換。接触。事象修正。存在存続。同行永続……error List Over」
言葉にすればキリがない。命令としての範疇を越えてしまう為にエラーが出た為、少女は途中で言葉を切る。自身がエラーを起こしてどうする?そんな声が内に響き、彼女は激しく頭を振る。
読者に分かりやすく言えば、彼女には心が芽生えそして……ガラスに映る少年に好意を抱いていた。先程の命令とは即ち欲求。自身の希望でもある。
しかし彼女は歯車であり、この塔の管理者。そんな欲求など叶う筈もなかった。ただ、ガラス越しに流れゆく運命を眺めるしかない。だが……。
「あっ……!!」
少女は右に固定していた表示機が突然、パタパタと動き始めたことに気付き声を上げる。今まで彼に何も起こらなかった為、この段は真っ黒に塗り潰されていたのだが……。
少女は嫌な予感がした。だが彼女は動く表示の行く末を見守るしか出来ない。そして運命は無慈悲に表示される。
湯沢 蒼瑠|死亡|20:14:03:18:23:59:59:37:N:139:E|交通事故|回避不可|普通自動車|速度超過|飲酒運転|………。
「……っ!!」
死亡。その意味の重さを人間基準で彼女は知らないが、無慈悲に数々の運命を見詰めてきた経験から理解は出来る。つまりは形を失うこと。存在が自分の管理する世界から永久に消滅してしまうことを示していた。
もうこの画面には表示されなくなる。管理しながら彼を見守ることも……出来なくなってしまう。
「駄目……!!」
その運命を突き付けられ、少女は悲痛に叫ぶ。今まで命令に従ってきたことを、また生まれて始めて定められた運命を拒否した。無慈悲に決めてきた運命を受け入れることが、出来なくなっていた。
「10:1を2:9へ。4:0を1:1に修正。0-0から99-9を管理者権限にて変更。実行はAfter0.0001!!」
少女は即座に躊躇いもなく命令を発した。エラーなどない状態で。命令などなしに自身の意志だけで。彼女はたった一人の少年を助ける為だけに運命をねじ曲げてしまった。それは運命を司る運命塔としての最大の禁忌であり、最大のエラーだった。
「リセット実行」
少女がそう呟いた瞬間、世界の運命は少しずつズレ始めた。そして同時に彼女の姿は運命塔から消失してしまった。
何処へ消えたのか、運命を司る歯車は語らない。
続きは一応あります。
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