第8話 淀みの祝詞
今更ながら、前書き・後書きの正しい使い方? を理解しました。
第8話も相変わらず調子に乗っておりますが、どうかお楽しみ頂けると幸いです。
それでは、どうぞ!
入学式が厳粛に執り行われ、無事に何事も無く終了した。会場となった体育館は新入生と保護者が全員余裕を持って入ることができるくらいに広く、明星館の巨大さを改めて知ることになった。
保護者には別の説明があるとのことで移動が促され、新入生と学園関係者数名のみが体育館に残ることになった途端に、彼女は舞台に姿を現した。
「新入生諸君、そのまま静聴しろ」
乱暴にマイクを手に取り、静寂を切り裂く声が体育館にスピーカーを通して反響した。
「私がこの明星館学園での“戦略破壊・血戦武装”製造における最高責任者だ。所長という立場なんだが……まぁ細かい役職名は置いておこう。少なくとも今、この場においてその名は必要無い」
見た目は完全に少女。黒の着物を身に着けた、小学生くらいの背丈をした彼女は足元まである長い黒髪を舞わせながら、颯爽と演台の上に乗り上げる。入学式が終了したとはいえ、何という横暴な素行なのか。
「お前達が今知るべきは、淀峰 麗子という私の名前と、“戦略破壊・血戦武装”についてだ」
しかし、誰も咎めない。さも当然かのように、淀峰 麗子の存在を認めている。
「だがその前に、少しばかり語ろうか。こう見えても、私は長寿でね。豊臣秀吉が生まれた時にはもう私は絶頂期に入っていたな。徳川家康をこの目で見たこともあるし、坂本竜馬とも話をしたこともある。ああ、伊藤博文とは旧知の仲でもあった」
何を世迷い事を、と新入生の誰もが共通する心中を、淀峰は当然知っている。目の前にずらりと並ぶ多くの少年少女の顏は唖然としており、呆けた面を見せ付けているからだ。
その見聞の狭さを、無知さを淀峰は許す。自分のような超存在を今知った子供が殆どに違いなく、故にこれから知っていけば良いのだ。この学園には、年齢詐称の化物が蔓延っていることを。淀峰 麗子という日本が生んだ規格外の化物のことを。
「要するに私は婆、という奴なんだ。今の時代に即して言うならば、ロリババア、という奴か? 後者はともあれ、前者の呼び方で呼んだ糞ガキは皆例外なくブッ殺すから、肝に銘じておけ」
当然、年齢は武器となる。しかしそれを蔑称で表現することは決して許さない。
外見からして皺1つ無い、若々しい肉体だろうよ。
「年功序列で実力至上主義というものさ。そぅら見ろ。こんなふざけた姿勢で演説をしていても、仙道学園長は全く怒らないし解雇なんて処分もできやしない。むしろ笑っているだろう?」
自信たっぷりに彼女が指差す先には、確かに仙道 喜美学園長が小さく笑っていた。
「何故なら私は彼女より年上で、かつ必要とされているからだ。“戦略破壊・血戦武装”は私がいないと造れない。造れなかった」
まるで自分がいなければ今の世の中は生まれていない――傲慢極まりない態度でのその言葉は、何故か重く、説得力を内包したものであった。
「そういえば、今は女が強い時代。一部の女共が阿呆みたいに踊り狂って世論を、社会を変えた。男女平等? おいおい、笑わせるなよ。そんな西洋の腑抜けた考え方などこの国には未来永劫合わんのだ」
急に話が飛ぶ。しかもその内容はその一部の女性どころか、男女平等を実現しようと真剣に取り組んでいる人からも非難を浴びそうな、全否定であった。
しかし学園側の関係者は、学園長というトップの位置にいる仙道 喜美ですら何も咎めないし、まるでいつものことのように平時の顔で彼女の話に耳を傾けている。
「今まで虐げられてきた女共が、虐げてきた奴等と同等になることを望むか? 有り得ない。本音は上に立ちたいんだ。今度は女が男を飼い慣らしたいんだよ」
人間とはそういう生き物だ。やられたらやり返す。それが本能であり、抗えない衝動である。
それは絶対不変。決して違いない真理。誰もが否定できない運命。悠久の時を生きてきた彼女だからこそ繰り出せる言葉である。
「女尊男卑がしたくて堪らない。でもそれだと社会は見向きもしてくれない。だから男女平等、という上辺だけの名前を振りかざして、見事この国を腐らせた」
彼女はこの国を憂いている。長くこの国を見てきた。合戦、暗殺、権力争いという名の内輪揉めがいくつも始まっては終わり、また始まって……最後には外国に目を付けて、逆に負けてしまった、哀れな国だ。
戦争が終わった――そうすれば今度は平和ボケか。女性解放だの何だのと、さも自分達は正しいと運動を続ける女性達を、彼女は強く嫌悪した。
「私はそんな女をな――害虫と呼んでいる。別に新入生の女子生徒諸君に言っているわけではないよ。だが忠告はしておこう」
うら若き少女達をあのような人間にしてはならない。淀峰 麗子が女であるが故に、経験浅い少女達に贈る言葉だ。
「女なら、男を立てろ。そうすれば男だって女を立ててくれるさ。いずれ閨でも何でも、そうなってくる」
隷属しろとは言わない。しかし支配しろとも言わない。隷属されたり支配されたりするような弱い女ならば尚更だ。そんな二極しかできないような、つまらない女になってくれるな。
「そして次に男だ。貴様等、簡単に下剋上されてくれるなよ」
今の時代を変えたのは女性。今は女性が強い世の中。しかしその女性達が勢い付いたのは、男に原因がある。
「はっきり言う。今の時代は優男だの眉目秀麗だのと流行っているらしいが、私はそんな軟弱者は嫌いだ。女に媚びへつらって、そんなに好感度を上げてどうするつもりだ? なぁ、おい……今話題のハーレムでも築くのか?」
嫌いなのだ。簡単に尻尾を振りまく屑のような男が。まだ女を支配していた時代の方が骨もあったし、今ほど脆弱な精神は持ち合わせていなかった。
「それに惚れたりときめいたりする女もどうかとは思うが、そこはそれ。人によって好みも異なるだろうし、私の意見を強く押し付けるつもりは無い」
流行にはどうやったって逆らえない。それは淀峰 麗子でも例外ではない。流れを逆行することは、異端だと見なされる悲しい世の中だ。彼女は心底嘆いた。人間は異質なモノを排他しなければ気が済まない。共存などしたくないのだろう。
「それでもだ、強くあれよ大和漢共。女に舐められるな。せめて、常に格好でもつけておくぐらいはしておけよ。ヘラヘラと弱いですよアピールなんぞしてんじゃねぇ」
口調が徐々に荒々しくなる。それでも、彼女は言葉を切らない。
「女を支配していた時のようになれとは言わん。強さを無闇に誇示して飾り立てる必要は一切ない。己の強さに酔いしれ、見せつけるような自慰行為など言語道断、迷惑極まりない。だがらといって自らを必要以下にまで貶めて、女に隷属することは許さん。男ならば女を虜にでもしてみせろ。それができないならば性転換や転生とかいった現実逃避に耽るんだな」
吐き捨てるように言い切った。これもまた、女だからこそ言える言葉だろう。女だからこそ、今の男の酷い弱体化が悔しくて堪らない。平和は素晴らしい。しかし、必ずこのような堕落した、愚図のような人間が出てきては感染していく。世の中の認知も変わっていく。さもそれが素晴らしく良いように――ああ、気持ち悪いな。
「男と女はどうも噛み合わん。だから男女平等など有り得ない。きっと実現できるわぁ~、なんて甘い幻想は抱かない方が良い」
それを踏まえて、平等は日本では実現できないと主張する。歴史がそれを主張してきた。人間が真に平等であるのは、生と死があるということだけなのだから。
「……さて、それでは本題に入ろうか」
突拍子の無い彼女の前説は終わった。何故彼女がわざわざ前説を行ったか、そしてこのような意見が分かれそうな危ない内容を語ったのか――長い付き合いとなる仙道 喜美には少しだけ理解できていた。
彼女は多くを知っている。何故ならそれは見てきたから。触ってきたから。感じてきたから。自身の持てる全ての諸感覚を駆使して、歴史を知り続けてきた。
故に彼女は語る。語らずにはいられない。彼女のような超存在は何時だって何処だって、その立場にいるのが定石だ。その暗黙のルールに、彼女も当然従う。上辺で、従ってやっている。
「先も言ったが、私は“戦略破壊・血戦武装”……以降は“血戦武装”と略す。これを造る立場であり、そして私の仕事でもあり、生き甲斐でもある」
淀峰 麗子こそ“血戦武装”の第一人者。彼女は日本の武装化、否、それに止まらず世界の武装化を促した、ある意味で世界を変えた人間だ。
しかし彼女にとって“そんなこと”はどうでも良い。彼女は造り手だ。ただ造り、それを研究してより良いモノを目指す。その先にあるものが何かは、彼女にしかわからない。
「新入生諸君は見たことがある者もいるかもしれんな。“血戦武装”は『魂と、血と繋がった武装兵器』――そう習ってきたはずだ。それに間違いはない。ではどう造るのか」
彼女の声は徐々に熱を帯びていく。誰でも好きなことや熱中できることを語り出すと止まらなくなるはずだ。彼女も例外ではなく、人間外れた彼女の人間臭さが窺える。
「簡単だ。1人1人の血を貰う。要は採血して、その血を武装に用いる。血には魂の情報も入っているんでね」
血液はその生物を構成する体液に他ならない。血が無くては生きられないのだ。人間が生きる為に重要なモノほど、武装はその所有者と深く繋がる。故に最も安易で安全に得られ、材料としやすい血液なのだ。
「材料は主に2つだ。1つは諸君等個人の血。そして武装のベースとなるモノ。これは動物の毛だろうが牙だろうが、虫だろうが機械だろうが、個人に適合するのならば何でもいい。数ある材料の中から、その生徒に最も適合率が高い材料を用いる。魂に合った、まさに君達だけの武装兵器だ。この工程は、武装製作の大部分を占めていると言っても過言ではないのだよ」
人間には生来、根源となるモノがある。いわば魂の形であり、ある意味でその人を想起させる、イメージのようなモノ。それはその人に必ず、少なからずの影響を与え、時には人生を左右させる。
猫であれば、猫らしい性格に。花であれば花らしく淑やか、あるいは派手な人物に。鉄であれば、鉄のような精神の持ち主、あるいは身体が丈夫に。
「まぁ、ここら辺の小難しいことは私達が行う。新入生諸君はただ私に血を黙って差し出して、どんな武装の形にしたいか、とか異性間交流の経験談とか、他愛も無いお話するだけでいい。いつの間にか勝手に出来上がって、君達の一部となって帰ってくるさ」
つまりは血を武装として強化して、返すのだ。自身の血が使われているから“血戦武装”は念じればいつでも出現させることが可能であるし、自身が強くなれば合わせて武装も強くなる。装甲も厚くなり、病気などにも耐性を得られる。
「そう、新入生諸君は非常に強大な強さを手にする。ある意味、ようやく世界の平均に立てたと言っても良いだろう。その強さに溺れて、間違った道を選択するなよ。戦略なんぞ練る必要も無いくらいの力を持つのが“血戦武装”だ」
簡単に、血を提供するだけで人間として強くなれる。彼女の言う通り、戦場に大量に投入すればあっという間に戦況を優位に立たせる、規格外の力を放つだろう。
「『相互確証破壊』という概念を知っているか。核を用いた戦略の際に出る概念のことだ。核兵器を保有していて、かつ対立している両国……仮にA国とB国としようか。A国がB国に対して核兵器を使用した場合には、A国がそれを衛星やレーダー等で事後的に察知して、先に手を出したB国に報復として核兵器による攻撃を行うんだ」
しかし生みの親でもある淀峰はそのような目的で“血戦武装”を造り出したわけではない。戦争の為の兵士を生み出そうなどと考えた愚か者は、彼女が一人残らず例外無く殺してきた。
「そうなると、“一方が核兵器を使えば最終的に双方が必ず破滅する”という結果が出来上がる。『相互確証破壊』とはこういう結果を予想しておいて、互いに核兵器の使用を躊躇わせることをねらいとしているのだよ。前提条件として、A国は“どのようにして敵の先制攻撃で自国を破壊されずに攻撃するか”があるがね」
戦争はもう御免だ。何もかも死に、何もかも失った。
ふざけるな。ふざけるな。今の平和は犠牲の上で成り立った平和。しかし平和はそうしなければ生まれない。
だから第二次世界大戦は必要無かった。何故勝てると思った……日露戦争での日本海海戦で、バルチック艦隊を一方的に蹂躙できたことが後々に余計な自信を与えたか。
「では今の話を、核兵器を“血戦武装”に置き換えてくれ。規模は違えど、立派な『相互確証破壊』が成立するだろう? 何が言いたいかというと、“血戦武装”という力の使い方を見失うな、ということだ」
日本は戦争してはいけない。かろうじて保たれた今の平和を崩すわけにはいかない。故に若い彼等に警鐘を鳴らす。
「武装学園では訓練として“血戦武装”を保持する生徒同士で戦闘行為をある程度推奨しているし、実際に行事や授業でも取り入れられている。あくまで訓練としてならば、別に戦うことは構わん。私も動作確認や調整もしたいから、むしろどんどん戦って貰いたい。だがな」
嗚呼、なんて可愛い子達か。こんなに愛らしい少年少女を、人間兵器という人道踏み外した道程の先に向かわせて堪るものか。
「人殺しの道具じゃない、ということだけは覚えておけ。最悪、この話を寝ていて聞いていなくてもこれだけは覚えて寮の部屋に帰れ。私は貴様等を殺人者にする為に“血戦武装”を造り、与えているわけじゃない」
地獄を生み出す武装兵器こそ“血戦武装”――そう非難されたこともある。それを否定するつもりは無いし、よくぞ言ったと褒めてやりたい。平和ボケした人間の中でも、まともな発言をしてくれるものだ。
だが私はそれでもあの兵器を生み出さなければならなかった。そうでなければ、日本は生き残れない。日本が生んだ狂気は迫っているのだ。深棲の悪神を、崇神を、腐神を、八百万の裏の塵芥を率いて“奴”は必ず現界する。“奴”にかの希望の鋼鉄と同様の未来を。深海にもう一度叩き落し、二度と浮上して来られないように滅殺しなければ、日本に希望は無い。あるのは地獄という戦争のみ。
彼女は知っている。“彼”は今も見ている、と。
「……何はともあれ、新入生諸君はようやく“血戦武装”を得ることができるんだ。それは素直に喜べ。私も嬉しい」
暗くなった考えを心奥の深くに隠す。せっかくの門出に、彼等を祝福しなければどうしようもない。
「おめでとう。諸君は“血戦武装”を手にして初めて、一人前の人間となるんだよ。Happy birthday」
それは精一杯の祝詞。まるで我が子の生誕を心から祝うように、優しく言い終えた。
「ああ、そうだ。これは完全に蛇足であるが、期待を持たせるようなことを言っておこう――今年に入って、非常に面白い素材を見つけてなぁ。適合した生徒は……幸運に思え。私の興味対象になれることを」
演台から降り立ち、舞台から退場する際中に、彼女は思い出したように付け加えて、今度こそ姿を消した。
● ●
貼り出されたクラス分けの紙を見て、自分の名前がA組に記されていることを確認した。その前後には本当に他6人の名前が並んでおり、仙道学園長の権力の使い方の小ささを実感する。加えて、天草 桜花の名前も上部に表示されており、これも学園長の差し金ではないかと疑ってしまった。何かこう、都合良過ぎやしないだろうか。
何はともあれ、今日の予定はこの後の各教室に集合して担任の紹介、連絡事項等で終わるはずだ。指定の集合時間までは少しばかり余裕もあるが、そうそう寄り道はするものではない。さっさと教室向かってしまおう。
そう、思った矢先のことであった。
「ごっ入学ぅ、おっめでとーごっざいマース!! らぶりーらぶりぃ大和きゅん!」
非常に聞き覚えのある、懐かしくて絶望的な予感をさせる声が振動と共にやってきた。
「おわっ!?」
床が迫る、と言うより自分が前のめりに倒れているのだろう、と冷静に自分の状況を把握して、自分の腰にやって来た力に受け身を取り、そのまま身を任せた。
「おや? 以前は踏ん張って私との身体言語を堪能していたというのに、今回は一方的に攻められたいという意思の表れで簡単に押し倒されてくれたのかな? おお、大和きゅんはMっ気があったか!」
「何をぬかしとるんだこの人は」
戦が俺の上に圧し掛かった人を引き剥がしたのか、身体に乗っていた重みは取れた。
「おうっ。そのまま抱っこしてくれると嬉しいなセンちゃん」
「悪いがUMAを抱く勇気は無い」
「おや、私をUMAと言うかい。それはちーちゃんだってば!」
「私は先輩みたいに変態じゃないですしぃ?」
千春は自分のことを簡単に棚に上げて、まるで勝ち誇ったかのような表情と声色で言い放つ。何一つ勝ててないと言う現実からは逃避しているが。
「どっちもどっちだろ……あの、高橋先輩。いつも言っていますが、死角からの忍び足で突進と抱き付きは止めてください」
立ち上がり、直撃した腰回りを確かめるようにグキグキ、と音を鳴らした。
「とか言っちゃってぇ~。年上女性に触られるなんて喜ばしいことでしょお~?」
甘ったるい声を出しながら、目の前の女性は腰をくねらせてチラチラとこちらの顔色を窺ってくる。
高橋 涼香。呉上水中学校にて俺達の1つ上に先輩に当たる人で、かつ俺の前任――生徒会長でもあった、正真正銘の怪物。
彼女の呉上水での功績は数多く、正直言って枚挙に暇がないほどだ。彼女が何もかも、生徒の清らかで救済されるべき要望を通して実現させてみせたのである。
生徒会長! カッターシャツの中に着るシャツを白以外の色もOKにして欲しいです!
そうだね! はい、派手な柄じゃなければ黒でも青でも大丈夫って許可貰ったよ!
生徒会長! 靴下は経済的に厳しいので私服でも使えるように白以外の色もOKにして欲しいです!
わかったよ! はい、これも派手じゃなければ大丈夫! やったね!
生徒会長! 熱中症対策の為、学内に自動販売機を設置して欲しいです!
それは必要だね! はい、これで部活も頑張ってね! でも、飲み過ぎは注意だよ?
生徒会長! バレンタインにチョコ持込み可にして欲しいです!
全力。それ全力。乙女の恋路と友情を邪魔する校則なんて捻じ曲げちゃうよ! 恋は正義!
脚色無しで、思い付くだけでも両手を超える。彼女は学校側を納得させてみせる交渉術、それを支える高いカリスマ性を有していた。
故に彼女ほど支持された生徒会長はいない。彼女ほど全校生徒、全教職員から愛された生徒会長はいない。彼女ほど有能な生徒会長はいない。彼女ほど、変質者で変態気質な女学生は見たことが無い。
「あ、何その目! わかった! 私で変なこと考えているでしょ! 知ってるんだぞ~見えているんだぞ~大和きゅんの心は私の物なんだから、全てまるっとお見通しなんだから!」
左右に長く広がった水色の髪を両手に掴んで振り回すその姿は一部の人間からしてみれば愛らしいようだが、その発言は頭がおかしいとしか思えない。
俺が何時、何処で、どうやって彼女に心を売り渡したのか、詳しく問い詰めたいところであるが、どうせ上手く躱されるだけなので、無駄だと諦めておく。
「ていうかさー高橋先輩、なんて呼び方止めてって言ったじゃん大和きゅん。私のことは愛妻、もしくは俺の嫁、家内のどれかで呼んでってばぁ。君を呉上水の入学式で見つけた時から言ってるよね? ね?」
はっは。なら俺のことも大和きゅん、なーんてふざけた呼び名ではなくて素直に新開君で通してくださいよ高橋先輩。ってかそれ全部呼び名だと俺は先輩と結婚してることになってるじゃねぇか丁重にお断りします。
「どうもっス、涼香先輩。相変わらず元気っすね」
「……うわ! 崇が本当にいるよ!」
「うわって何なんスか! うわって!」
「お前が明星館に受かると思ってなかったんだろ」
暗黙の一言を善吉が言ってしまう。勿論、本気で言っているわけではなく、冗談の範囲、からかっているだけである。崇はその手のポジションとして定着しているのだから、仕方が無いことだろう。
「俺だって必死にやったわ! あんだけ勉強したの初めてだわ!」
「はいはい。頑張ったんだね~偉い偉い。ほれ、頭撫でてあげるから少し屈め」
にこやかな笑顔で崇を容易く手懐けるのも、彼女の持つ、魅力に似たカリスマなのだろうか。ついでに善吉の頭も撫でようとするが、こっちは身長差が30cm強もある為、無理矢理に姿勢を低くするよう腕を下に引っ張っている。何がしたいのだろうか。
「いやぁ、満足! 善吉、まーた大きくなってない? 今身長どんくらい?」
「今度身体測定あるんでそん時にわかると思うんスけど、最後に測った時は197だったかな」
「デカ! 1年生のくせに!」
高橋先輩の発言は完全にズレたものであるが、確かに高校生の平均、いや日本人の平均をズバ抜けているだろう。それでも、まだまだ彼も成長中ということがよくわかる。
「え、ちょ、志月ちゃんはどんくらい!?」
「僕ですか? 確か186cmだったと」
「発育良過ぎィ!!」
そしてそれは――身長的には善吉には劣るものの――志月にも言えることである。彼ら2人は性格的にも目立ちたがらないが、この身長ではどうしたって注目を集めてしまうだろう。事実、今も通る新入生の視線が上を向いていることが多い。
「明星館は部活動も盛んだから、捕まらないように気を着けたまえよ」
そして志月にも無理矢理、と言うより最早力ずくで頭を撫でに掛かる。本当に何がしたいんだこの人。
「そういえば涼香先輩。こんな所で何してるんスか? 今日は入学式だから、学園内にいるのは新入生だけじゃ」
「おお和海! 私の抱き枕ちゃん懐かしいわぁ~。今日は私の部屋に泊まっていって? ね?」
「先輩は暑苦しいので勘弁っスよ。てか抱き付かないで」
「ほれ! これだよこの肉質! センちゃんにもちーちゃんにも足りないのはこれなんだよ! あぁ~癒されるぅ~」
本人は癒し成分補給と称しているが、その実態はただのセクハラである。手つきがいやらしく和海の身体中を動き回る。
「ちょっ! 先輩! 他の生徒見てるから!」
このやり取りも懐かしいものである。
和海は何度もこの高橋によるセクハラ行為を受けているものの、一向に慣れる気配は無く、赤面をしては彼女を振り払おうとしている。
「いいじゃねぇの……見せつけてやろうよ……」
「何でそこだけイケボで返すんですか」
ようやく高橋を引き剥がし、高橋と距離を取る和海。その時、和海に非常に良い案が――もとい自分に代わる生贄が――雷鳴の如く脳内に轟いた。
「せっ、先輩! 高橋先輩! 私より肉付き良い女の子、いますよ!」
「ほほう? セクハ……じゃなかった、抱き枕マイスターの私のお眼鏡に適うおんにゃのこが存在すると? 処女じゃないとヤダだよ」
汚く涎を垂らしながら下卑た笑いを浮かべつつ、最後に爆弾発言を投下してくれた高橋先輩であるが、それに怯む和海ではなかった。確信があったからである。自分の直感という、ここぞとばかりに信頼してしまう勘が。
「あの子! 絶対先輩気に入るだろうなぁ!」
和海が指差す。その先にいた人物は……。
何も知らずにこちらに近付いてきている天草 桜花であった。彼女も同じ目的地である教室に向かっているのだろうか。大和達にも気付いていないようで、手に持っている紙を見つめている。
確かに肉付き、という点で考えるならば天草は極上の部類だろう。何と言っても明星館を制服である金の装飾を施された黒のブレザーとカッターシャツをはち切れんばかりに押し上げるほどの特大ボリュームを誇り、それでいて見事な曲線を作り出している胸を持っている。姿勢はやや前屈みで、猫背にして少しでも目立たなくしようとしているが、無駄な努力だろう。歩く振動で僅かに揺れているのがどうしても視線を集めてしまう。
それに対し、腰辺りはきちんとくびれができている等、引き締まっているように見えた。そしてスカートから窺える太腿も健康的で、かつ高橋先輩の好物とされているニーソックスを着用としている。
すなわち、高橋 涼香という凶暴な肉食モンスターに、超高級霜降り肉を餌として与えるようなものに他ならない。
「……あの子は」
高橋先輩の本気が出る――誰もがそう身構える。唯一、大和は天草を逃がすことも考えたが、あの高橋の本気相手にどう彼女を助けるべきか、真剣に葛藤していた。
目が輝いている。これ以上無い餌――天草からしてみれば迷惑以外の何物でもないが――を献上されて、さぁどこから食そうかと目移りしているようにも取れる。
しかし、彼女を中心に渦巻いていた良からぬ雰囲気は忽然と沈み、消え去った。高橋はバツが悪そうに近寄ってくる天草から目を逸らす。
「い、いや……あの子はレベル高過ぎ」
生贄を捧げる作戦が失敗した和海の顔は絶望に染まる。
「う、う、嘘じゃん……!?」
完全敗北。高橋 涼香という変態、もとい愛すべき先輩をまだ測りかねていたという自らの不足を痛感する。
「私、あの子のおっぱいに顔埋めたら窒息死しそうだし……」
「そんなどうでもいい理由で!?」
「私にとっては死活問題だよ!? おっぱいは和海くらいが丁度良いの!」
そう言って高橋は和海の胸に顔を埋めて横に振るように動かす。
「あ! コラ!」
「ぐへへ、良いお尻してますのう、ふひひ」
ついでに手の位置は和海のスカートを捲り上げ、パンツ越しに尻を鷲掴みにしている。少々過激かもしれないが、このレベルならばまだ呉上水の時では日常茶飯事であった。
和海は先輩を逮捕しても良いくらいにセクハラを受け続けているが、それでも不仲に発展したことは無い。これも彼女の持つ魅力のせいだろうか。
「っだー! 止めろよバカ! アホ! ド変態!」
この無益なバトルを、特に顔見知りが行っているとなれば流石に天草も無視はできず、こちらの騒がしさに気付いて歩み寄ってきた。
「あ、天草」
「ど、どうも……相良さんは一体何をしているの……?」
2人の攻防を横目で見て、どう反応すればいいかわからない、と訴えかけてくるような視線を投げ掛けてきた。
「UMA退治」
間髪入れずに戦が非常に的確(?)な表現をしてくれた。未確認動物にしては随分と知名度が高く、目撃情報も多数過ぎるが。まぁ得体の知れない、という点では十分にUMA認定が出るだろう。
「セクハラに絶対屈しない女主人公の役?」
「それ最終的に負けちゃう奴だよ……」
千春のボケにもきちんとツッコミを入れてあげるのが志月の優しさだが、それは少なくとも今この場において不適切に違いないのでそれ以上話題を広めないでくれると助かる。
「冷静に言ってないで助けろよ! 特に桜花! テメェ、私の代わりに身代わりになれってーの!」
和海はまとわりつく高橋を天草の方にぶん投げる。
「ひゃあっ!」
和海の身体を好き放題に触っていた毒手が天草の方へと移り、急に襲われる彼女は驚声を上げた。瞬間に表情は火照り、赤く染まっていく。
「え、えーと……ど、どなたでしょうか……」
声を震わしながら、高橋を刺激しない程度の抵抗を行うが、肝心の高橋はまるで夢心地のように蕩けた表情で天草の身体を堪能している。ここまで無言な彼女は珍しい。それだけに天草は凄まじいということだろうか。何がとは言わん。
異性としては目の保養なんだが……これはあまりにも……刺激が。
「そろそろ目の毒だから、止めとけよ」
すると、周囲の視線を気にしたのか、自分が真にイラついたのか。戦は天草から一向に離れようとしない高橋の制服の襟足を掴んで力任せに引き剥がした。
「あん。強引」
アンタの方がずっと強引でした。
ともあれ、戦のおかげで天草は助かった。男性陣にもこれ以上は確かに目に悪かっただろう……いや、良かったのか? 待て待て、とにかく倫理的には駄目だ。
「わ、崇が鼻血出してる。おーい生きてるぅー?」
蹲っている崇は千春と志月に任せるとして、ようやく解放され、涙で目を潤ませている天草の元へと和海と共に駆け寄った。
「だ、大丈夫か天草……? 悪いな、アレは一応先輩なんだ」
しかし天草は首を勢い良く横に振る。全く大丈夫ではないらしい。
「桜花悪ぃ。まさかあの人があんな一心不乱になるまでの破壊力とは……えーと、誇っていいと思う! 流石は桜花!」
「フォローになってないわよバカーッ!!」
目を三角にして、羞恥心を激怒に変えて和海の肩を思い切り揺さぶる。怒っているのだろうが、泣いているようにも見える。感情の起伏が激しいというか、色々と忙しい人だ。
「ていうか助けなさいよ! 何じぃーっと見てんのよ! 変態!」
何故か俺まで怒られてしまう羽目に。同様に肩を掴まれ、首が千切れてしまいそうなくらいに強く大きく揺さぶられてしまった。とんだとばっちりである。
「あ、チャイム」
善吉の声で、誰もが我に返る。次のチャイムが鳴るまで確か数分しかないはず。それまでに教室に到着しなければ、初日早々から遅刻扱いとなってしまう。
「あー! 私行かなきゃ!」
高橋が正気になり、慌てふためくように制服の乱れを整える。
「それじゃまた今度ね! ひゃ~ヤバいヤバい! また怒られるよぅ~」
あっという間に歩き去って行ってしまった。廊下を走らないように努力する姿は彼女らしかったが、今はそんな感情に浸っている場合ではない。
「と、とりあえず、教室に行こうっ!」
未だ肩を掴んだままの天草の手を下ろし、全員に急ぐように促す。
いきなり8人揃って仲良く遅刻なんて本当に洒落にならん。台風のような先輩と遭遇してしまったせいで余計な時間を食ってしまった。
あの人はまるで中学校時代から変わっていない。それは素直に嬉しかったが、もう少し再会は後でも良かったのではないだろうか……天草と再会した時に言っていた彼女の考えが、少しわかったような気がする。
いかがだったでしょうか。楽しんで頂けたでしょうか。
男女平等に関して取り扱いましたが、あくまで1つの考え方として理解して頂ければ、と。
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