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聯合艦隊 戀讃之辞  作者: 鋼田 和
01.新開 大和という男
4/18

第3話 平和を崩す害音

「うおっ! また決まった!」

 崇が身を乗り出して、驚声を上げた。

 急いで近くのコンビニで昼食を購入し、体育館の2階にて観戦を始めてから1時間は経過した頃、またもや天草 桜花の打突が呉上水の大将に叩き込まれた。

 まるで歯が立たない……決して呉上水の選手が弱いというわけではないというのは素人目でもわかるものの、剣道の実力で考えるならば、確かに天草 桜花の力は中学生レベルから抜きん出ていた。

「すっごいねぇ~」

 千春も食い入るように見ていて、感心していた。

「あんなのがさっき大和と対戦してたのかよ……反則だけどよ」

「反則だからなぁ。そりゃ無事だって」

「反則チート野郎」

「黙ってろ馬鹿者共」

 好き勝手言ってくれる仲間に対し、最早何も言い訳をする気にもなれない大和だったが、彼も身を出して、下で剣道着を脱いで汗を拭いている彼女を見る。

「まぁ、善吉の言う通り……もうあんな化物とは御免だな。さっきのも、正直よくカウンターできたと思う」

「え? カウンターじゃなくて反則でしょ?」

「志月、悪ノリは止めろ。ついでにそろそろ、反則ネタで俺を虐めるのも止めてくれ」

 俺だってしたくてしたわけじゃない。反則行為は基本的に嫌いだ。だが、あの化物相手では致し方なし。むしろ、妥協の落としどころとしては最高だっただろう。彼女のような人間相手ならば、あれで黙らせた方が良い。後々に響きそうであるが、どうせ他校の人間である。同学年らしいが、進学先、つまり同じ武装学園となる確率も低い。もし同じ学園であっても、更に出会う確率も低いと予想できる為、大して心配はしていない。フラグになりそうだが、そんなに人生は狭く、厳しく、甘くできていないだろう。

「しかし……凄いな」

今まで黙っていた戦が、ようやく口を開いた。珍しく、あの戦が全くの他人を褒めている。

「そりゃあ、1年の時から全国優勝しているくらいだからなぁ」

 しかし大和の同調に対して、戦は首を横に振って返した。

「いや、それも確かにそうだが、そうじゃなくてな……」

「わっかるよ~センちゃん。私はわかる。今なら遺伝子を呪っても許されるはず」

「あれ、本当に中学生かよ……年相応の発育って何なんだろ」

 何やら女性陣が溜め息交じりに桜花を羨望の目を向けている。と言っても正確には、和海と千春だけであり、戦は特にそのような視線ではない。

「アレってやっぱり天然だよね……食べてるものが違うとか」

「いや千春の場合は遺伝子じゃね? アンタのお母さんもそうじゃん」

「何でウチのお父さん、お母さんを選んだかなぁぁ!? もっと欲張っても良かったじゃん!?」

「それだとアンタが生まれてないってば」

「天然かどうかは切って開いてみればわかるだろ。さっくりしてやるか」

「セン、馬鹿。本当に馬鹿。アンタが言っちゃ駄目だって」

 よくわからない話題で女性陣が盛り上がっている中、対する男性陣も天草の話となっていた。

「天草、マジやべぇな。わ、また揺れた。モデルとかやってんのかな」

「二次元みたいだね。でも僕はそっちの属性の気は無いからなぁ」

「何というか、大変だろうな。男とかウザったく寄って来るんじゃねぇの」

「そこであの華麗な剣術だって善吉! 絶対何人か叩きのめしてるって。わお魔性の女!」

「意味がわからん」

 ああ、俺も意味がわからん。こっちもこっちで何の話をしとるんだ。別に盛り上がることは悪いことではないが、話題の種が理解できないと反応に困る。

「善吉ィ、お前って奴は……まぁいいや。大和が手本を見せてくれるって。なっ? 大和?」

「じゃあ男を代表して、大和君に聞いてみようよ! ねぇ大和君!?」

 左右、千春と崇の両方から回答を求められてしまった。どう回答するのが最適解であるか、と思案するも、そもそも何を求められているのか、何の話なのかさっぱりわかっていないのだから、沈黙のみが過ぎてゆく。

「大和君……」

「大和……お前……」

 両者どころか全員が憐みの目を向けてくる。

「い、いや違う! 話を聞いてなかったわけじゃない! ただ……」

「お前、賢者かよ」

 戦のツッコミの意味もまたよく理解できないが、何故か胸に突き刺さる。

「というか、玉無し?」

「ばっ! 千春ストレート過ぎるって!」

 思い切り侮辱された気がする。

「大和……まさか、いや、止めろよ、俺も善吉も志月も、その気は無いからな。同性愛は好きじゃねぇ」

 お前は何の話をしている。

「だからお前、女にモテねぇんだよ」

 そりゃあ一度も告白されたこともないが、何でその話に繋がる!?

「えーとね、大和。天草さんの胸が、すっごく大きいって皆は言ってるんだよ」

 胸? そういえばさっきは防具で体がよくわからなかったが、今はそれを脱いでいる。

 言われて注目してみれば、確かに巨大だ。目を見張るほどの爆乳と言っても過言ではない。どうして今まで気付かなかったのか、というぐらい、これでもかとその存在を強調していて、しかも上という視点から、谷間がよく見える。なるほど、これほど大きい胸の話であるならば、先の流れも、話の内容の理解も簡単である。

「大き過ぎて、肩が凝りそうだな」

「黙って観戦してなさいよバカじゃないの!!」

 地獄耳でなくても聞こえるくらいに盛り上がっていた彼等の話に、桜花はとうとう堪忍袋の緒が切れて、自らの――隠しきれないと知りつつも――胸を手で必死に覆い、怒声を浴びせる。先程から堪えていたその端整な顔は真っ赤に紅潮し、そして多少の涙を浮かべながら竹刀を床に振り下ろし、羞恥心を隠すように音を鳴らした。

 

 

  ●  ●

 

 

「おお! 雪乃ちゃん勝った!」

「さっすが雪乃! よくやった!」

 彼等に黙って観戦する、ということは不可能に近いだろう。しかし可愛がっている後輩の為に応援することは決して悪くないはずである。剣道の試合とは厳格なモノであり、こうしてわいわいと外野が騒ぎ立てるのはよろしくないだろう。だが、自校の呉上水はともかく、相手の靖道もどういうわけか大目に見てくれている。やはり強豪校というのは懐も深いのだろうか。

「そういえば崇、和海、千春、善吉。補習のテストはどうだったんだ? 結果はまだだろうけど……出来は?」

「志月の作ったテストの方が難しいくらいだったぜ。まぁ、なんとかなったよ」

 善吉が真っ先に答える。正直、彼が補習を受けることになったことが不思議なくらいであり、こうしてきちんと勉強さえすれば結果を持ち帰ってくる奴である。

 さて、先の元気を失い、黙り込んでいる3人は何故こっちの顔を見ないのか。

「い、いや……善吉ほどじゃないけど、その私もできたっていうか」

 和海は急にモジモジしながら、らしくない態度を取り始める。

「えと、ちゃんと答案は全部埋めたし、ふざけていないし」

 千春、それは最低限の努力で、当たり前のことだ。

「寝てない! 俺、よくやった!」

 よくやった、のハードルが低過ぎるだろう!

「……まぁ、補習免除にならんでもそれはそれでいいか。少し早い受験勉強だと思って、な」

「こいつらの場合はもっと早くねぇと平均には追い付かねぇだろ」

 戦のトドメの一言で、完全に意気消沈してしまう3人を励ますように、志月が口を開く。

「でもさ、やっぱりこの7人で同じ武装学園に行きたいよね。今少しだけ頑張った方が、その確率はグッと高くなるってことで」

 人数集中を避ける為、近年では武装学園の数を増やそうという動きもあるらしい。余りにも成績が悪いと、他の学園で再受験を進める学園もあると聞く……そんなことで、この繋がりをバラバラにされてしまっては元も子もない。

「志月の言う通りだ。今回のテスト、結果が良かったらそれで良し。駄目でも良し。俺等も付き合うさ」

「何事もプラス思考だよ、ね」

 志月と2人で、落ち込みつつあった3人を励ます。その甲斐があってか、徐々に元気に、もとい調子に乗り出してきた。

「そうだよね! もしかしたら満点かもだし!」

「あー、私多分いけたわ。多分大丈夫だわ」

「そうと決まれば打ち上げじゃあ!」

 何という切り替わりの速さ。もとい、都合の良い解釈思考は尊敬にも値する。

「朝までゲーム大会な。大和ん家、今日も大丈夫だよな?」

「徹夜で勉強したってのに、よくやるぜ……」

 善吉の言う通り、彼等は寝ていないはずなのにこの元気っぷりは何なのだろうか。人間、3日くらいなら寝なくても平気だろうが、あまり若い時からそのような癖をつけるのはよくない。

 しかし、だからといって夜まで寝ておく、というのもどうかと思う。それでは昼夜逆転してしまい、ライフサイクルが乱れてしまう。まぁ崇なら、遊んでいれば途中で寝るなんてことは無いだろうが。

「俺の家は別に構わないが、そうなるとまた幸さんにお願いしないとな……お前等も、後で家に連絡しておけよ。あと、流石に着替え持ってこい」

 そう言って、俺は幸さんに夕食の追加願いのメールを送る。どんなに急な頼み事でも、嫌な顔せず受け入れてくれる彼女、そして長倉家はありがたい存在だ。

「じゃー皆、一旦は家に帰るかぁ? 私、家から菓子貰ってくるよ」

 和海の家は、祖母が真宮市で最早数少ない駄菓子屋を営んでおり、最近の少子化からか、祖母が寛容なのか、余った菓子をこうして集まる際に和海に渡すのである。

「よし、なら……」

 その時、制服のズボンポケットに入れ直していたスマートフォンが振動し始めた。

 幸さんからの返信メールだろうか、と取り出して画面を見てみると、着信であり、しかも相手先は『自宅(新開玄一郎)』と表記された電話番号であった。

「祖父さんからだ……何かあったか?」

 酒を買って来いとかいう内容であったなら即切りであるが、ともかく今は出ることにする。

「悪い……はい、大和です。祖父さん? どうした?」

『おう、大和。今、どこにいる?』

「今は学校にいる。剣道部の試合を見てるよ」

『そうか。それ、抜けて来られるか』

「そりゃあ抜けて来れるけど……何かあったのか?」

『んー、ちょっとな。お前にお客さんだ』

「お客さん?」

 玄一郎の客なら昔からたまに来るが、俺個人では滅多に無い。

『そうだ。もし今帰ってこれるなら、そうしてくれると助かるんだが』

「え?」

『そのお客さんな、お前が帰ってくるまで待つって言ってんだよ。そんなの悪いし、失礼だろ? それに儂、居心地悪ぃ』

 その最後の発言の方がずっと失礼である。

「わかった……じゃあ今から帰るよ。なるべく急ぐ」

『悪いな。頼む。あぁ、あと酒切らしていたから、途中で』

 じゃあ、と言葉を締めて、最後まで聞かない内に通話終了をタッチする。未成年での飲酒を許さないと言っておきながら、未成年に買わせようとするとは、何という矛盾なのか。

「玄一郎さん、何だって?」

「ああ、何でも俺に客が来てるらしい。待たせるのも悪いし、とりあえず一度帰る」

「それならもう俺等も帰っとくか。雪乃ちゃんの勇姿は結構見れたしな」

「そうだね。また後で連絡を取り合って、大和の家に集合しようか」

 確かに、俺個人に対しての客ならば、この大人数で帰って来ても、相手も困るだろうし他の6人だって暇をするかもしれない。それなら一旦解散してから、また集まる方が効率も良いと考えられるだろう。

「一応、雪乃には一声かけておくか」

 案内を、というか観戦を促してくれたのは彼女だ。流石に黙って帰る、というのは忍びない。合間を見て、声をかけることにしよう。

 それにしても、俺に客とは一体誰なのだろうか。同学年の友人であるならば、メールや電話で事足りる。わざわざ家にまで来るほどの、ということなのか。

 

 

  ●  ●

 

 

 皆と校門で分かれ、早足で家に向かう。玄関の戸を開けると、確かに見慣れない靴が存在感を放っていた。無骨な、男物ばかりの靴が点在している玄関に、一際目立つ、女性物のシンプルなヒール。お客さんというのはどうやら女性であるらしい。

「おお大和! 早かったな。ほれ手洗いとうがいをしてこい。居間で待ってもらっておるぞ」

「そう急かすなって。今行くから」

 とはいえ、手洗いうがいは抜かりなく行わなければ、万が一風邪でも引かないよう、こうした小さなことから予防をしておくことが大切である。

 一通り終わらせた後、お客さんとやらがいる居間へと向かい、その襖に手をかけた。

「失礼します。お待たせしました。 新開 大和です」

 相手の透き通った声――その返事が聞こえると、部屋に入り、客を視認した。

 ブロンドにゆるやかなウェーブがかかった髪。大きな翡翠色の目。容姿そのものは20代後半を思わせるが、その独特な雰囲気は外見に釣り合わない、大人びた――それこそ玄一郎のソレに近いものを持ち合わせていた。

 そう相手のことを観察し、対面に向かい合うように自分も座る。

「ごめんなさいね。急にお訪ねしちゃって。本当は前もってお伝えするはずだったのだけれど、少し手違いで」

 非常に落ち着いた話し方をする人だ。ゆっくりと聞き取りやすいが、しかし遅過ぎるというわけでもない。とても、聞き取りやすい。

「ああ、申し遅れました。私は仙道 喜美(せんどうきみ)といいます。新東京武装学園都市、明星館(みょうじょうかん)学園で学園長をしています」

 その名前は、この真宮という地方都市には全くの別世界である東京の、唯一にして日本最大、かつ最古の学園都市の中心である。武装学園には特に学習内容や活動といった制限や差は無いが、知名度に関してみればその明星館学園が断トツであり、その名は世界にも轟かせている――いわば“人類武装化計画”の最先端の学園と言えるだろう。そこで学園長という、非常に地位の高い偉い方が、このような一端の男に何の用であるのか。

「……それで、俺に何か?」

「はい、新開 大和君。来年度、明星館に入学する気はありませんか?」

 何とも爆弾発言をしてくれたものである。俺が、明星館に?

「え、と。明星館って、推薦枠とか、ありましたっけ」

 そんな話は担任から聞いたことも無いが。

「いいえ。武装学園は全員分け隔てなく、試験と面接を受けて貰い、特に問題が無ければ入学です。あくまで今回、こうしてお訪ねさせてもらったのは私個人の判断ですよ」

 だとすれば、ますますわからない。何故、この新開 大和を選んだのか。

「何で自分なのか……そう顔に書いてありますよ。そうですね……一番の要因としては、貴方が新開 玄一郎の孫、だからでしょうか」

「祖父を知っているんですか?」

 というかあのジジイはそんな凄い人と知り合いだったのか?

「あら、玄一郎はそう仰らなかったんですか? 玄一郎とは旧知の仲でして」

 ちょっと待て。齢90を超えているあの祖父さんを呼び捨てにしているばかりか、旧知の仲とまで言い切っている。もしかすると、この人は見かけに反してとんでもなく高齢なのではないだろうか。

 しかし、今目の前にいる女性はどう見ても若い、見積もっても三十路前の美人である。

 というより、あの祖父さんを呼び捨てにできる人間がいるとは思わなかった。

 俺の驚きの連続がやはり隠しきれていなかったのか、顔で読み取ることができたのであろう、仙道 喜美は微笑を浮かべて、祖父さんが出したお茶を手に取り、少し啜った。

「玄一郎……君のお祖父さんには、色々とお世話になったのですよ。そして聞けば、そのお孫さん、つまり君が来年武装学園に入学できる年齢だという」

 突然、軽く首を横に振り、自らを戒めるように彼女は言葉に一呼吸を入れた。

「単刀直入に言いましょう。我が明星館学園に、君が欲しいのです。あの“神開一新流”を扱える人間は、是非とも我が校で武装化を行って貰いたい」

 なるほど……そういうことか。

 戦略破壊の武装を扱う人間の素の状態が良いほど、それに合わせて武装の研究も進む。

 酷い例えであるが、以前見たテレビ番組で評論家がこう揶揄していた――『武装学園は巨大な実験場。そこでの生徒達は実験動物(モルモット)同然である』と。

 それが“人類武装化計画”の最先端である明星館学園であるならば、尚更である。

 武術や格闘技をやっている人間は好まれる――何故なら、人を攻撃することに慣れているから。武装化での訓練では、対人戦もあると聞く。

 その点を踏まえれば、時代錯誤で非平和的な戦闘術である“神開一新流”は学園側も魅力的であろう。教授した人間や扱う本人がそれを望んでいないとはいえ、その本質、目的は相手を殺すことにある。そんな暴力的な技術を持った人間は、今の時代では非常に貴重な存在だ。

「君の知らない、多くの戦闘術もあります。しかし、私はやはりあの新開 玄一郎が生み出した“神開一新流”がどうしても欲しい」

 つまり、彼女はこの技術を欲しがっている。学園の為に、“人類武装化計画”の為に、この殺人拳を欲している。

 確かに、近接戦闘において“神開一新流”に勝るものは無いかもしれない。その実感を、俺はこれまでに何度も得たことがあるから。

 この戦闘術は他者に向けて使うものである。相手を徹底的に叩きのめす武器である。そこは否定しないし、別にこの技術を悪用や無意味な乱用をしなければ、武装化の訓練でも用いてもいいと考えている。だが、それを披露して勝ち誇りたい、などという自慰行為を目的とするわけではない。自らを強くする為に。己を鍛える為に。祖父以外の相手にどれだけ通用するのか、試してみたいという野心を満たす為に。

 そう考えるならば、別にどこの武装学園でも構わない。この誘いに乗っても、当然構わない。これはあくまで口約束であり、ここでOKを出してもそのまま明星館に試験も受けずに入学できるというわけではない。

 進学先については、この夏休みで7人の仲間内で決めようと考えていた。彼等なら、明星館学園に行こうと提案すれば、おそらく乗っかってくるだろう。入学の為の努力も、きっとするに違いない。なんせ華の都の東京。そこに浮かぶ巨大な人工島で形成された学園都市という新しい環境は、彼等にとっても、勿論自分にとっても十分に魅力的過ぎる。

「……友達がいます」

「友達?」

「はい。それも、6人。とても大切で、おそらく一生で最高の友達です」

「それはそれは……とても素晴らしいことですね」

 喜美はにこやかに笑い返す。いきなりの告白に、その内容に決して小馬鹿にしているわけでも、嘲笑しているわけでもない。ただ感心しているのだ。少しも恥ずかしげも無く、友達を最高だと言える少年のことを。

「できれば彼等と同じ学園に入学したいです。このお誘いは非常に嬉しいんですが、彼等と相談してから決めたいと思います」

 あの6人と、いつかは離れなければならないかもしれない。しかし今は、せめて学園までは共にいたい。これは俺個人の勝手な願いで、甘えだ。放って置けないし、放って置かれたくない。

「なるほど……」

 学園の長たる彼女は、少し温くなったお茶を再度啜り、その少年の青い意思を汲み取る。その熱意を決して無下にはしないし、したくない。友人と共に、明星館に来てくれるなら、とても嬉しいことであるし喜ばしいことだ。

 ああ、それはそうだろう。長く連れ添ってきた友人とは、なるべくなら離れ離れになりたくないと、誰だって思うだろう。まだ生まれて十数年、それぐらいの甘さは、青臭さはあったっていいはずだし、それが普通だ。

 故に、残念だ。かの新開 玄一郎の孫にしては、何とも平凡で、平和な少年である。時代が時代であるから、仕方ないのかもしれない。環境に、人間関係に恵まれ過ぎていたのかもしれない。玄一郎とは、まるで違う。“神開一新流”を体得していても、その精神が同等の高みへと追い付いていないのだ。

 友達、それは本当に大切なものであるし、大事にすべきものだ。しかしそれでは、そんな“足手まとい”を愛しているようでは、君はその渇望に飢えたまま、死んでいく。私はそんな君にさせたいわけではない。その渇望は満たされるべきなんだ。そうでなければ――。

「君の意見は、よくわかります。勿論私は強制できないし、それは君の自由よ。ただ、老婆心で1つだけ、言わせて貰うわね」

「……はい」

「どうせなら、その友達との総意ではなく、貴方の本音を聞きたかったわ。だから、今度会う時は本音を言って頂戴」

「……本音、ですか?」

「そう、本音。実質、明星館が他の学園とは別格であることは君も知っているはず。なるべく差を出さないように技術の交流や均一化は図っているけれど、いつだって最新は明星館。そこでの武装化は、君にとって一番の近道であるはずよ。当然、それを君が気付いていないわけがない」

 彼女もまた、化物の類か。大和には少なくともそう思えた。初対面である自分を、まるで生まれた時から――いいや生まれる前から知っているかのように、心奥を見透かしているかのように、淡々と言葉を繋げた。

「明星館に入学すれば君は“強くなれる”に違いない。どこの学園よりも、ずっと早く、ずっと高く。私はそれが聞きたかったのよ。でも君は仲間と共に歩む――ええ、確かにそれも本音よね。それでも、私は自分を大切にした言葉を聞きたかった」

 それは神託であり、悪魔の囁き。新開 大和の燻った渇望を激しく湧き上がらせる呼び水の如く。

「君は、本当に強くなりたいのかしら?」

 彼女は厳しい声色で、弱い少年に言い放った。

 

 

  ●  ●

 

 

 強い、とは何だ。腕力があることか。頭脳が優れていることか。多大なる権力を持っていることか。金があることか。数多くの女性を虜にすることか。敵兵を躊躇なく殺せることか。愛する人を、守れることか。

 どれも正解だろう。強さというものに正解が無いのだから。

 この中で、新開 大和が目指す強さが含まれているかは、全く別の話であるが。

「悪いな」

 不意に襖が開き、玄一郎が顔を出した。

「大和、学校の、担任の先生から電話だぞ」

「あら、それは大変ね。すぐに出ないと……ごめんなさいね大和君。決して、君を軽く見ているわけではないのよ」

 玄一郎が咄嗟に吐いた嘘……というわけではなく、本当に電話があるようだ。

「いえ、大丈夫です。また戻って来ますので……」

「いいえ、それこそ大丈夫よ。私個人の、何の効力も無いただの口約束のような勧誘だけれど、君の人生を左右する選択肢を与えたことは確か。そんな重大なことを、こんな10数分で決められても、それはそれで問題だわ」

「それは……」

「今は悩んでいて頂戴。私はしばらく、真宮市に滞在するつもり。後で玄一郎に名刺を渡しておくから、答えが決まったら連絡して。どちらにせよ、私は君の本心を聞きたいだけだから……この後は、そうね。久しぶりに玄一郎と昔話に浸ろうかしら」

「儂は御免だが……」

「黙りなさい。大和君? 早く出ないと」

 何だこの展開は、と呆気に取られていたものの、促されるまま、俺は受話器へと向かった。

「もしもし、新開です」

『おお、新開。悪いな夏休み中に』

 最近は聞いていなかった、我がクラスの担任の声は、少し慌てているようであった。

「大丈夫ですよ。それで、どうかしたんですか?」

『そうそう。実は生徒会の引き継ぎで、ちょっと説明とか、資料の受け渡しとかがあってな……悪いんだが、いつ学校に来られる?』

 ああ、生徒会関係か。

「急いでいるようでしたら、今から学校に向かいます。他の役員も呼びますか?」

『ああ、それは助かる! いや、生徒会長だけでいいんだよ。お前だけで申し訳ないんだが』

「いえ。じゃあ、すぐに行きますので。職員室でいいんですよね?」

『そうそう。ありがとうな。また後で』

 担任が通話を切るのを確認してから、受話器を静かに置いた。

 今から祖父と、仙道 喜美とは昔話をすると言っていた。なら俺があの場に戻る必要はないだろう。それに、少し外に出たい。

「祖父さん。用事できたから、学校に戻る!」

 部屋に入らないで済むよう、祖父に届くよう少し声を張り上げて、出掛けることを伝えた。

「おう! 気を付けてな! あんまり遅くなんなよ!」

 相手も同様に返してきた。最早彼女と祖父の関係を問い詰めまい。別段、そんなやましい関係ではないはずだろうし。

 

 

  ●  ●

 

 

零二(れいじ)君に、似ていますね」

 再度注がれたお茶を受けとりながら、先程家を出た少年の顔を思い出す。

「勿論玄一郎、貴方の面影もあるけれど。同じ歳だった当時の貴方よりは男前なのかしら」

「やかましい。ウチの嫁さんが美人で、零二がたまたま美形で、その嫁さんも随分と可愛らしくて大和がああなったんだ。儂は悪くない」

「ふふっ。別に貴方を責めているわけではありませんよ。貴方だって、今でも十分に魅力的です」

「アンタに言われても嬉しくないのぅ」

 玄一郎は苦笑しながら、大和が座っていた場所へと座る。自分の分のお茶を注いで、一気に飲み干した。

「で、何の用だ。儂は隠居生活を楽しんでいたんだが」

「大和君の勧誘ですよ。ついでに貴方との再会を懐かしもうかと」

「あんまり大和を虐めんなよ。儂の孫だぞ」

「そうね。真面目で、良い少年だと思うわ。零二君もそうだった」

「じゃあ忠告を変えよう。あんまり大和を焚き付けるなよ」

「焚き付ける?」

 喜美は小首を傾げた。すっとぼけているように、少し口元を歪ませて。

「孫だから、という贔屓目を度外視しても、大和はお前の期待以上だ。何せ、“あの人”と同じことを言っていて、同じ信念を持っていて、同じ願いを持っている」

 彼の心中では、自分の孫を別の誰かと重ね合わせていた。そしてそれは、彼女も同様である。

「だけれど、彼と違って、大和君はとても弱い」

「そりゃあな。だけどこれから強くなる」

「その自信は、どこから?」

 喜美は玄一郎を見据える。彼には学は無い。しかし決して愚かではない。何も考え無しで断言はしない男である。

「簡単だ。儂の孫だから」

 親バカ、もとい祖父バカ、ここに極まれり。しかし玄一郎は自信満々の笑みを喜美に見せる。

「それに、あの“不沈艦”の名を付けた。名は体を表すと言ってな。だから、アイツは沈まん。何があっても浮上するぞ」

 “不沈艦”――それは全くの嘘である。日本国内でもその存在は機密とされた戦艦『大和』は、実にあっけなく、敵の集中攻撃を受けて沈没した。

 しかし、この男はそんな『大和』を“不沈艦”と呼ぶ。実に誇らしげに、愛する孫の名を呼ぶ。

 そう、彼にとって『大和』とは、沈んでも沈んでも、何度でも復活して、前進することを決して止めない不朽不滅の希望戦艦なのだ。

「名付けたのは、貴方ですか?」

「いいや、零二だよ。儂は三が入った名前にしようとしたんだが、そう考えるとキリが無いからな。アイツの息子だから、任せた」

 とうとう我慢ならなくなったのか、喜美は声を少し上げて、笑った。

 嗚呼、何てこの新開というのはここまで“彼”と関係があるのか。血の繋がりなど無いはずだ。玄一郎のみが“彼”と関わりがあるだけで、後は全くの皆無――酷い神の悪戯にも程がある。

「何か儂、おかしいこと言ったか?」

 玄一郎の戸惑いの声を、喜美は手を軽く上げて制止を促す。

「いえ、ごめんなさい。本当に、貴方達が面白くて」

 そして恐ろしくて。楽しくて。

 首を傾げている玄一郎に何でもないと伝えながら、彼女は内心、もう一度期待し始めていた。

 やはり、新開 大和は明星館に欲しい――。

 

 

  ●  ●

 

 

 家と学校の往復は少しばかり、30分の睡眠しか取っていない身としては(こた)える。その原因の大部分を占めるのが、この酷暑。もう夕方に近付きつつあるというのに、蝉の声は鳴り止まず、当然蒸し暑さも自重をしない。

 汗が垂れ落ちる。少し髪を切るタイミングを間違えたか、自身の黒髪でここまで暑く感じると邪魔とさえ思えてくる。

 そうこう考えている間にも学校へと辿り着き、中に入って職員室へと向かった。

「失礼します。3年1組の、新開 大和です」

「おお、新開。早かったな」

 担任の名前と用件を言うまでが定型である。しかし俺の姿に気付いた担任がすぐに駆けつけて、数人の教職員がいる職員室の中へと引き入れてくれた。この独特な緊張感はもう慣れたものだ。

「電話でも言ったんだが、生徒会の引き継ぎでな……まず前任の生徒会長としてスピーチがあるんだが」

 窓側に位置する担任の机の横で、説明を受けていた、その時だった。

 とても、嫌な音。何かを引っ掻いたような、それが何十倍にも膨れ上がった音が、外から流れ響いた。

「な、何だ!?」

 当然、職員室はざわつき、事態の把握を行う。

 しかし、それっきり何も聞こえない。一旦沈黙が置かれたところで、混乱させる第2波が耳を(つんざ)いた。

「きゃあぁぁぁぁー!!!」

 それは確かに、女子生徒の声。こちらも外から聞こえ、大和は窓から運動場、そして体育館を見た。

 体育館から、生徒が飛び出している。まるで何かに怯え、逃げているかのように。

 次に、職員室の扉が勢いよく開かれた。

「た、助けて下さい!」

 呉上水の生徒、剣道着を身に付けてはいるが、防具は身に付けていなかった。

「ど、どうした!? 何があった!?」

「し、試合中に、いきなりっ、へ、変な化物がで、出てきて」

 化物、だと?

「さ、最初は全然動かなかったんですけど……少ししたら動き出して……そうしたら、いきなり暴れ始めて」

 また、あの音が響いた。職員室から体育館までの距離を考えると、1回目の轟音以前から、その化物とやらは暴れ出していたと考えられる。

「おいおい……どうなってる? と、とりあえず、警察に連絡しよう。それまでは、教職員の方で“武装化”して……」

「部活動を行っている生徒の避難を第一優先として……」

 逃げている生徒達を呆けながら見ていると、見知った顔がいないことに気付く。

「……雪乃ッ!」

 家族同然の後輩が見当たらないことで、ようやくこの状況に、多くの人が危険に晒されているという、現実離れした実感が沸き上がり、勝手に身体が動き出す。

「おっ、おい! 新開! 何やっている戻れ!」

 担任の制止に耳を貸さず、廊下に出る。

 校則なんぞ知らん。体裁なんぞ知らん。この非常時に、そんなものを守る余裕を持てるほど、俺は大人ではない。

 とにかく全力で廊下を走り始める。

 3度目の軋音。酷く痛い。自分が体育館に辿り着くまでに全員無事で逃げ切っていることを祈るばかりだが――。


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