第2話 期せぬ邂逅
日課、というものは継続力がモノを言う。少なくとも、俺はそう考えている。要は初日の意気込みを、初日の新鮮さをどれだけ長く維持できるか。この域を超えると、ようやく日課、習慣として確立される。1日のルーティンワークとしてこなせるようになれば、晴れて胸を張ることができる。
自分をどれだけ客観的に見ても、この継続力に関しての評価は褒められて良い段階であろう。それこそ物心付く頃には既にこの物静かな、やや小さめの道場に朝早くから立っていたのだから。
午前6時に起床。運動着に着替え、そのまま庭に位置する道場へと向かう。その後は祖父と、ただひたすら、およそ一般的な日常において全く必要の無い、平和性の欠片など微塵にも無い技術を叩き込まれていた。それを少なくとも10数年、一度も休むこと無く、来る日も来る日も続けてきたことは、本当に我ながら、よくやっていると思える。
祖父はこの時間においてのみ、酷く厳格である。一切の甘えを排除し、一切の情けを失った修羅の如く、可愛い孫として愛している大和を鍛え上げんとしているのだ。何を目指し、新開 大和という男をどうしたいのか、祖父自身の口からはこう語られていた。
『真実、強くなくては男として生まれた意味が無い』
すなわち、新開家の男として生まれた以上、必然的にこの一日の日課は宿命付けられていたのである。何とも理不尽な――しかし新開大和という男からしてみれば本当にありがたい宿命であった。
幼い男子ならば誰もが夢見る理想の自分。否、男という生物であるならば生涯に渡り渇望するに違いない極限に辿り着くには、この新開家というのが最も近道であると大和は信じて疑わない。
では、その日課とは何か。何てことは無い。単に祖父と孫の一騎打ちで格闘するのみ。勿論、始めた頃は手取り足取り習った後に徹底的に叩きのめされていたが、最近では精神統一の正座と準備運動を終えてから、すぐさま戦闘に移行するようになって、その戦闘とやらも中々どうして、様らしくなってきたのではないか。少しは成長もしたということであろう。
空手? いいや、そんな格好良いモノではない。
柔道? いいや、そんな綺麗なモノではない。
合気道? いいや、そんな素晴らしいモノではない。
相撲? いいや、そんな熱中できるモノではない。
違うのだ。そもそもそんな、スポーツ化した平和的な現代武道とは全く次元の異なるモノである。
端的に言うと、格闘術。ただし、用途は極めて物騒――殺人拳である。一子相伝の“神開一新流”という流派らしいが、実際は祖父がステゴロと軍事戦闘術、そして中国武術での内家拳などといった技術、特性を自分なりに改良した混合戦闘術であり、決まった型も特に無い。最早、流派と呼ぶことができるのかすら怪しいこの拳は、しかし確かに常人程度なら……いやもしかするとその道の達人ですら殺すことができる程の暴性を有していた。
そんな時代錯誤な――少し前なら虐待として非難轟々の――軍隊の訓練とも言うべき日課を、新開大和は喜んで取り組んできた。祖父の拳打で血反吐を垂らし、道場を汚したこともある。初手でもあった祖父の蹴撃で道場の端から端まで吹き飛ばされて、そのまま気絶したこともある。それでも彼は、その痛みを糧にして、唯一つ――強くなる為に、嬉々として自身向上に明け暮れてきた。自分でも異常だと思えたが、それに気付いていないはずは無いのだが、心身共に強くなる実感を得ていく内に、今更狂気だからと止めるわけにはいかなかった。まるで麻薬――自分が強くなることに溺れている。
本日の締め、正座による精神統一を終え、大和は目を開いた。
「……ありがとうございました」
目の前に、同様に正座していた祖父、新開 玄一郎に向けて、決まり口上でもある御礼の言葉を述べた。
「ありがとうございました」
齢九十六歳、しかし大和のような若者相手すらも圧倒するほどの逞しい体躯の持ち主もまた、静かに感謝を返す。
「大和。お前、寝たのか」
しかし重苦しい口調は一変、普段通りの陽気な口で、孫の身を案じる。
「三十分ほど。まだ俺の部屋で崇達が勉強やってる」
「おいおい徹夜か。まぁ若い時は結構な無茶をしたって構わん。強姦・殺人・未成年での飲酒・喫煙・その他諸々……そういう頭が腐った連中がやることをしなけりゃ、儂は許す」
言っていることは非常に理解できるが、殺人拳を孫に叩き教えている張本人が殺人を規制するのも、何ともおかしい話である。
「相も変わらず、豪胆な祖父さんだよ、ホント」
目の前に本人がいるにもかかわらず大和は呟く。
「だってそうだろうがよ。俺がお前らぐらいの歳の頃は、時代が時代だったからなぁ。酷いもんだったぜ。特に戦後がな、もう面倒臭くてなぁ」
そう、彼はあの第二次世界大戦の経験者である。が、この性格故か、あまり過去の話を聞いても実にはなりそうにないものばかりで、特に聞いたことも無い。戦時中に軍属していたらしいが、そんな年齢でもないだろうし、酔っ払っていた時に話していたことである為、信憑性は疑わしい。
ただ、軍の格闘術を織り交ぜて(これもまた、真偽は保留とする)“神開一新流”を編み出したということもあり、真実なのかもしれない。
とにかく、この新開 玄一郎は荒事好きな、全く死ぬ気配の無い、化物である。
「お前らくらいは、平和に生きとけって話だわな」
しかしこの人物は、孫に殺人拳を教えておきながら、平和に生きろと言う。その矛盾の理由を大和は十分に理解している。
人を殺す為に、この“神開一新流”を教えているわけではない。
あくまでも自己の研鑽。究極に己の為。新開 大和という男を形成する1つの手段。その延長線として自己防衛目的での使用。
故に大和は、人を殺せる技術と実力を持ちながら、それを殺人に、徒に暴力を振るったことは一度も無く、今後の生涯においても、彼の矜持がそれを許さないだろう。
己の信念を貫く為。決して悪意を持って戦うのではなく、矜持を研ぎ澄ます為。それは祖父である新開 玄一郎でも同じことであった。……少なくとも、この平和な現代においては。
「大和君。玄一郎先生。朝ご飯ができたので、戻ってきてくださいね。皆ももう、下りてきてますよ」
道場の戸が開き、2人にとって見慣れた女性が顔を出して呼び掛ける。長倉 幸はこの祖父と孫の2人暮らしである新開家にとって欠かせない存在であった。
「おお、幸。すまんな。行くぞ大和」
お隣さん兼家政婦のようなものとして、新開家と家族ぐるみの付き合いがある。詳しくは知らないが、何でも祖父さんは幸さんの両親と非常に仲が良く、幼い頃の幸さんの面倒も見たことがあるらしい。それが今現在、俺の代まで長い関係を続けているようだ。
とにかく、男2人の家庭には何ともありがたい人である。今日に至っては、本来無関係でもある崇達の分の朝ご飯まで作ってくれているようで、本当に頭が上がらない。自分の家族の分もあるだろうに……。
「今日の食卓は賑やかになりそうだ。結構、結構」
賑やかで済めば良いが……確かに、大人数でご飯を食べるというのは新鮮であるし、楽しみではあるのだが。
少し溜め息を吐いて、俺も祖父さんの後を追った。
● ●
「久しぶりにこうも多いと、やっぱり壮観だなぁ」
長倉 俊樹は早計12人の長く連なった食卓を見て、味噌汁の湯気で曇ったメガネを拭きながら呟く。その人数分だけ朝食を作り上げた自分の妻も凄い。
「俊樹さん、すみません」
本当に申し訳なく思っている。朝は静かに食べたいという人もいるのだろうし。
「いやいや大和君。ご飯を食べる時は多ければ多い程楽しいからね」
楽しい、か……この光景を見てて楽しいと思えるのは、やはり大人の余裕というものか。流石、一家を支える父親である。
「ちょ、崇。醤油取って。アンタの目の前にある奴。目玉焼きにかけたい」
「ほずみぃってば醤油派!? がーん……!!」
「俺と千春は未来永劫ソース派を貫く。敵に醤油を取れとは何事だァ!」
「ほら和海。醤油」
「おう志月、さんきゅ。その、何々派っての止めろよもう。個人でいいじゃん。朝からソースは重いだろ」
「お前等女はいつでも重い日があるほげぇっ!!」
「黙って食え。口は喋る為じゃなく咀嚼する為に使え」
例の如く、騒がしい食卓である。これが戦場というものなのだろうか。祖父さんに至っては既に日本酒を飲んでいる始末。
「幸さん。こんな馬鹿を含めて、俺達の分まで朝食を用意してくれて、本当にありがとうございます」
崇の背中を思い切り叩いた戦は、再度、幸に深々と頭を下げる。和海以上に男勝りではあるが、つくづく礼儀正しい奴であると、その光景を横目に見て大和は思う。目上に対しては、それ相応の礼儀を払うのが彼女である。
「いいのよそんなかしこまらなくたって。あっ、善吉君。足りなかったらおかわりもあるからね。あっ! 志乃! 人参もちゃんと食べること!」
幸さんはよく目が行き届く人であり、自分の娘だからといって多くは甘やかさない厳しさもある。物静かな夫である俊樹さんとも夫婦仲は良好で、この理想の家族は新開家にとって大切な存在であった。
「大和にぃ! にんじん食って!」
志乃、と呼ばれた、自分の横に座る小学5年生の女の子、長倉 志乃は俺の意思を聞く前に茹でられた人参を皿に移動させた。
「志乃。昨日はブロッコリー食べてやっただろ。好き嫌いせず、ちゃんと食べろ」
「何かお父さんみたいなこと言ってる。大和にぃってば老けた? しょうがないなぁ……ねぇ璃乃。にんじん食う?」
そう言って箸で摘んだ人参を母親の膝の上に乗った赤ん坊の口元に近付ける。
「璃乃はまだ哺乳瓶だってば!」
先程注意された母親に再度注意を受け、志乃はしぶしぶ、人参をかじり始めた。
「あれ? そういえば幸さん。雪乃は?」
食卓を見渡して、和海はあと1人、長倉家の長女の名を呼ぶ。
「ああ、あの子は今日練習試合だから、朝早くに学校行っちゃったわ。これから皆も学校行くんでしょう?」
「ええ、まあ。崇と和海と千春と善吉が補習食らったので」
「ちょっと大和君! 何で全員言うのかな? 私は抜いてもいいんだよ?」
「正直、言うのを躊躇ったのは善吉くらいだ」
千春のよくわからない、ツッコミとはかけ離れたボケを軽くスルーして、箸を置く。
「ごちそう様でした」
「お粗末様でした」
これも最早慣例と化した受け答えである。
「お前ら、早く食って制服に着替えろよ」
「マジか。えっ、もうそんな時間!?」
まぁ、家から学校まではそう遠くないからもう少しくらいゆっくりしても構わないが。
「ああ、そうだ大和君。悪いんだけれど、学校に行くのなら雪乃にお弁当渡してくれない? あの子、今日忘れて行っちゃったのよ」
彼女が忘れ物とは珍しい。しかし1人だけお昼抜きというのも可哀想だ。
「わかりました。いいですよ」
「おっ! ならついでに試合見ていこうぜ!」
「その前に崇はテストだな」
補習が決定してから、今日まで真面目に補習を受けてきた4人。いや俺と志月と戦で何とかして受けさせてきて、担任の先生にもお願いし、今日のテストの結果で補習を短縮してもらえることになった。
要は上手く行けば今日が補習最終日となる。その為に、あれだけ徹夜で勉強したのであるが、正直見込みは善吉くらいしかないだろう。補習短縮なんて特例はそうそう認められないことから、求められる結果のハードルも高い。
だが、別に心配はしていない。正直、崇も千春も和海も、勿論善吉も、上から目線であるが頭は悪くはない。そもそもコイツ等は毎年こんな感じである。その度に乗り越えてきた。今回もどうせ大丈夫だろう。
「あああ、もう思い出させんなよぉぉ! 数式なんてもう覚えたくねぇよぉぉぉ!」
「えーと、光合成はぁ……えっとぉ」
「あー駄目だこれ。英単語どっか飛んだわこれ」
……大丈夫だろう。きっと。
「お前等大変だなぁ。儂ァ勉強なんてしたことねぇぞ」
日本酒が注がれたコップを飲み干し、苦しむ3人向けて同情のような、しかし勝ち誇ったような顔をする玄一郎。その顔は一体何だろうか。
「玄一郎先生の場合は、生きてきた時代が時代だからなぁ」
俊樹さんが苦笑する。
「そろそろ食べ終わって、着替え始めろよ。遅刻したら洒落にならんぞ」
とにかく、我が校でもある呉条水中学校へと向かおう。やれるだけのことはやったのだから、腹を括って覚悟を決めてもらうしかない。
● ●
商店街を抜けて、坂を少し上った所に、真宮市の中にある中学校の1つ、呉条水中学校がある。戦前から創立された、古き良き学校であり、愛すべき母校でもある。
今はそうでもないが、昔は文武両道で格式高い学校であったらしい。武道に力を入れており、体育も剣道を始め、柔道や空手、果ては相撲まで行うほどである。また、ここ近年では剣道部と野球部が成果を上げている。
俺達は世話になっている長倉家の長女、長倉 雪乃に昼の弁当を届けて、ついでにその剣道部に属している彼女の応援でもして、補習テスト組の帰りを待つつもりであった。
――しかし、どうしてこうなっている?
「竹刀を持つのは、初めて?」
家の道場にあるのは木刀のみであるから、竹刀を持つのは、まぁ初めてではある。というか防具が重い。そして暑い。こんなのを着ていて、身を守るも無いだろうに。昔の武士こそ鎧を着けていたとはいえ、こんな重装備ではなかったはずだ。幕末の剣士なら尚更であったと思う。
「審判、早く始めてくれ」
嗚呼、何でこんな展開になっている。おかしいだろう。常識的に考えて。
● ●
「あっ、大和先輩。それにセンちゃん先輩と志月先輩も」
補習テスト組を教室まで送った後、剣道の試合をしているという体育館へと向かっていると、剣道着を付けた、目当ての女子生徒を見つけることができた。
長倉 雪乃は中学2年生。お転婆気質のある二女の志乃とは異なり、典型的な長女らしい、しっかり者ではあるが、性格的にはやや内向的であり、少々気が弱い。それでも、剣道部で実力を高めている、努力家の面もある。
「ああ、雪乃。これ、幸さんから。珍しく忘れ物だぞ」
「わ! そうでした……本当にありがとうございます!」
雪乃は気恥ずかしそうに頭を下げてから、弁当を受け取る。
「ところで、何でここに?」
練習試合というのなら、もうとっくに始まっていてもおかしくはない。しかし彼女は剣道着を着けているものの、試合場である体育館の外にいるのだ。
「ああ、練習試合は昼過ぎからなんです。それまでは合同練習で、今は休憩中でして」
「一日もやるんだ! 暑いのに凄いなぁ……熱中症には気を付けてね。剣道の防具って夏は苦しいんでしょ?」
志月の励ましに、雪乃は笑顔で返す。
「はい! でも今日は張り切らないといけないんですよ!」
「何でだ? 顧問に勝ったら奢ってもらうとかか?」
「違いますよセンちゃん先輩。実は今日の対戦相手、あの靖道第一中学なんです!」
……はて? 聞いたことがない。どこの学校だろうか。
大和と戦は顔を見合わせる。が、戦も同じ意見のようだ。
「確か、剣道の全国常連の強豪校だよね。女子の方に滅茶苦茶強い人、いるんじゃなかったっけ?」
だから、何でお前はそう物知りなんだ。しかもその知識は専門外だろう。
志月曰く、ネットサーフィンしていれば勝手に身に付くらしい。ネットの力って凄い。
「そうです! その滅茶苦茶強い人もちゃんといるんですよ! 中1から個人戦で全国優勝してる人で、私もさっき色々と教えてもらったんです!」
それは何とも、強そうである。化物だろうか。
熱を帯びていく声を出す雪乃も珍しいが、これはこれで良い刺激で、良い成長だろう。
「良かったら、見ていきますか? 動きがもう、本当に綺麗で仕方ないですし――特に大和先輩は、本場の剣道を見た方が良いと思います」
「ああ! それは確かに言えてるね。雪乃ちゃん流石!」
「あれは酷いからな。あの玄一郎さんの孫ということを考えれば、当然かもしれんが」
「放って置けよ」
確かに祖父さんとの日課で木刀を用いた時もあるが、別に剣道を知らんというわけではない。単純に俺と合わないだけだ。
「――まぁ、見学はしていくか。どうせ崇達を待つからな」
「じゃあ、ご案内しますね。まだ休憩始まったばかりですから、少し退屈かもしれませんが」
そうして体育館に連れられて行く。どちらにせよ、崇達とは体育館で落ち合う予定だったので、暇潰しにはなるだろう。
体育館の戸は開いていた。流石にこの真夏日和、閉め切っての部活動は心身共に悪影響である。
「あれ、新開。戦場ヶ崎と白石もいるな。登校日でもないのに何で制服なんか着てるんだ? 生徒会か?」
大和達が顔を出して体育館を覗いていると、呉条水中学の剣道部顧問が気付いた。彼は3年の国語教諭でもある。
「いえ、補習の付き添いと、今日練習試合するっていうので観戦に」
「あー、須藤達は補習だったな。お前等本当、仲が良いよなぁ。まぁ観戦なら2階に上がって見てけよ。練習試合、午後からだけど。ついでに相手、超強豪校だけど」
「それは雪乃……長倉からも聞きました。ところで何で、そんな超強豪校がウチと練習試合を?」
「ああ、俺と向こうの顧問が知り合いでな。まぁ、ほら。あるじゃん。ゲームでも漫画でも、主人公のいる典型的な弱小校が全国優勝の強豪校と対戦するシーン。アレやってみたかった」
「自分の学校を弱小校と卑下しないでください」
そんな展開、現実からしてみれば堪ったものではないだろう。よく相手もそれでOKしたものだ。
「じゃーいっちょ、アイツ等の気合入れてやるか。おーい呉条水の諸君、注目ー!」
何だ。この顧問、何を考えている。嫌な予感がする。
「我等が呉条水の生徒会長がこのピンチに駆けつけてくれたぞ! 気合出して頑張れ!!」
「俺の肩書きでやる気が出るわけではないでしょうが……」
顧問はあろうことか俺を指差して、体育館を大声で響かせた。
そう、俺、新開 大和は僭越ながらもこの呉条水中学校の生徒会長をやらせてもらっている。ちなみに戦場ヶ崎 戦は書記、白石 志月は副会長である。ついでに絶賛補習テスト中の相良 和海も副会長。司馬 千春は会計。崇と善吉は定員故に入ってはいないものの、よく手伝いに来てくれる。
だが、生徒会長なんてものはただの飾りであり、生徒達の要望を教師に伝えて話し合い、実現できるよう努力を続けている――なんて素晴らしいドラマは演じていない。前任の生徒会長が大方のそれを成し遂げてしまい、俺の代では特にやることが無くなってしまったのである。
俺が生徒会長になれたのも、たまたま当時の生徒会長に目を付けられて副会長に(半ば強制的に)され、それを引き継いだだけである。呉上水では生徒会長のみ立候補制、選挙となっているが、前任の生徒会長からの推薦(滅多に通らないものらしいが)だと、それが無効となって自動的に就任するという何とも横暴なシステムが採用されていて、要するに俺はただのお飾り会長であるということだ。一応、信任投票というものがあるものの、そこはどこの中学でもあるだろう、『誰でもいい』が見事に発揮され、信任となってしまった。副会長2名、書記と会計の選出を会長に一任するとのことで、喜んで身内だけで固めさせて頂いた。せめてもの、幼稚な反抗心というものである。
まぁ生徒会長ということで、確かに全校生徒に知名度はあるものの、だからといって人気があるわけではない。そんな漫画みたいな展開は有り得ない。
故に、俺をダシに使った顧問の振るい掛けにも、流石の部員達も反応に戸惑っている。休憩中で他校と交流を取っていた靖道第一の方も、言わずもがな。
「大和先輩……わ、私は頑張ろうって気になりましたよ!」
雪乃の精一杯の気遣いがよくわかる。戦と志月も同情の目を向けてきて、胸に突き刺さって逆に辛い。すると
「ねぇ、生徒会長、やってるの?」
1人の女子生徒が――剣道着からして相手方、靖道第一の部員が話しかけてきた。
今は後ろにポニーテールのように1束に纏められているが、綺麗で艶のある長い黒髪だとわかる。端整な小顔に大きくぱっちりと開いた目に黒い瞳。誰がどう見ても美少女の部類に分けられる、パーツ全てが整った少女。テレビ画面から飛び出してきたような、アイドル顔負けの彼女は、確かに俺に向けて質問した。
何だこれは。異次元からの来訪者か? その手の分野は志月だろう。
「私も生徒会に参加しているから、色々と話を聞きたいのだけれど」
しかもこの顏で生徒会に参加していると。先の考えは撤回しよう。漫画みたいな展開は確かにあるかもしれない。
「別に大したことはしてないさ。朝の挨拶運動とか、どこでもやってるだろ」
戦が代弁してくれる。悲しいが、現呉上水中学生徒会は他校に披露できるほどのことは成し遂げていないし、参考にすらできないだろう。前生徒会の武勇伝なら、いくらでも言えるが。
「そうなの? でもそういうのって、大切なことだと思うわ。よく言うじゃない」
「確かにそうだな。地道な努力が実を結ぶって考え方は好きだ」
ほう、話がわかる美少女じゃないか。
「せ、先輩方っ。天草さんですよ! さっき言った、滅茶苦茶強い人です!」
ほう――この少女が。顔も良くて、人望も(多分)あって、その上剣道も強いってか。本当、生まれてくる次元を間違えているな。
「天草 桜花です。ええと――長倉さん? 滅茶苦茶強いだなんて、照れるわ」
これが全国の女子中学剣士の中の頂点に立つ女性。しかし中々どうして、くだけた笑顔を見せる。気の強い性格なのだろうが、間違った天才によくある性悪というわけではなさそうで、少し安心する。
「だ、だってそうじゃないですか! 特に去年の全国決勝戦なんて、相手に何もさせずに完封勝ちなんて、凄過ぎます!」
「あれは運が良かっただけで」
成功した人間は大抵、そういった言葉を使う。実際は自力の努力を積み重ねた筈なのに、随分と謙遜してくれるものだ。
「あ……もう休憩終わりみたいね。ねぇ、今日は観戦していくんでしょ?」
「ああ、まぁ、そうだけれど」
「そう。ならお昼休みにでも、またお話を聞かせて貰おうかしら」
俺も男である。美少女とお話なんて最高だ。にこやかに肯定の返事を返すと、軽い笑顔を見せて練習に戻って行った。
彼女が振り向いた瞬間にドスの利いた声で戦が鼻の下伸ばしてんじゃねぇ、と俺の脇腹を小突いてきたが、お前等みたいな自称乙女だの自称妖精だの、正真正銘の男女に囲まれた俺の立場になってみろ。あれは素晴らしい清涼剤だ。
「あっ、私も行きますね。それじゃあ」
そう言い残し、雪乃も防具を身に付けて練習に参加していく。
「じゃあ、上がるか」
「そうだね。それにしても天草さん、雰囲気が違うというか、流石って感じだったよ」
志月は自前のハンカチで汗を拭き取る。その汗はこの暑さ故か、それとも彼女独特の雰囲気に呑まれていたからか。
確かに、彼女には普通の女性とは異なる空気を持ち合わせていた。少なくとも、この呉条水にはいないタイプだ。向こうからフランク気味に話しかけてきたから良かったものの、自分達の方から声を掛けろと言われると少々抵抗がある。下心一切抜きにしても、彼女には別次元の存在に見えてしまうだろう。これが高嶺の花という奴なのだろうか。
「確かに、志月の言う通りだな。和海と千春も、あれぐらいの器量は持てって話だ」
それは戦、お前にも言えることだぞ――なんて口に出したらどこを殴られるかわかったものではないので、黙っておく。
「それに凄く優しそうだったし。大和、あの人に剣道教えて貰ったら?」
優しそうなのは全面的に認めるが、最後の一言が余計だな。
「待て。何でそうなる。俺は別に剣道を習うつもりは無いぞ」
戦、何を笑っているんだ。
「せっかく毎朝頑張ってるんだから、少しは欲を出しても良いと思うんだけどな」
志月は俺の悪癖を知っている上で、俺が武道をやればきっと有段者になれると信じて疑わないのだろう。俺もそれだけの自信はあるが、同時に悪癖が直る自信も無い。
「悪いが女に教えて貰う気は無い。話にならん」
そう、俺は少なくとも男女の観点で、体格差やその他諸々の問題を挙げたつもりだった。何より仮に天草が教える立場になったとして、俺の悪癖で苦悶する彼女を見たくないからだ。
勿論、反省はしている。後悔もしている。自分の言葉足らず、勘違いを招く幼稚な言語表現のせいで、一人の女性の闘志に火を点けたことを、悔やんでいるとも。
「女だったら駄目なの?」
この一連の会話が聞こえていたのか、頭部を含めて防具を身に付けた、天草がまたしても近付いてきた。声色は先程とは打って変わって、ややキツくなっている。
「いや、違う。そういう意味じゃない」
「私は決して、女が男より劣っているとは思わない。それは剣道でも同じこと」
「ああ、それは大いに賛同できる。男尊女尊が好きだ」
男尊女卑は嫌だ。かといって女尊男卑も嫌だ。男女平等? いや無理があるだろう。
「そう。なら剣で示して」
「……はい?」
「男である貴方は、女である私とは話にならないんでしょ? だからハンデで、私の土俵でもある、剣道で勝負。もし私に勝てたら、貴方の発言は認めてあげる」
「いや、超理論過ぎて理解不能だ。俺は剣道なんて体育の授業でしかやったことないぞ」
剣道の真似事なら経験あるが。
「でも、貴方は話にならん、って言ったじゃない。それって、女性軽視よね」
「勘違いが甚だしいにも程がある。俺は、そんな女性を軽視している訳じゃなくて、単純に倫理的な問題で」
「倫理的問題?」
「俺に、剣道の試合をしろって? しかも女性相手? 御免だねそういうの」
「何で? 私が逆の立場だったら遠慮なく男性を叩くけど」
「それは女性だからできることで、できる思考であってだな……」
「つまり女の子相手には暴力を振るえないと。それ、凄い軽視なんだけど」
あああ、どんどん機嫌が悪くなるのが雰囲気で感じ取れる。靖道の顧問も仲間も彼女の性格を把握しているのか、やれやれといった具合で仲裁を諦めているようだ。
「軽視というか……ああ、まずその凝り固まった観念は捨てよう。聞くがお前は、守る対象を傷つけるか?」
「え?」
「だから、そういうことだって。俺は、男は女を守る存在だって考えている。勿論状況によるけど、究極的に基本はそう。そもそも、特に敵意も無い女を叩けって方が、無理があるだろう」
『真実、強くなくては男として生まれた意味が無い』――女を、この手で守れるように。
「……よくわかったわ」
「理解してくれたか。誤解させた上に練習まで中断させて、本当に悪かっ」
「お昼休みに、下りて来なさい。その曲がった考え、流石に尊重しかねる。全女性を代表して、私が貴方を成敗してあげるわ」
何一つ、理解などしてくれていなかった――!
そう言って、天草 桜花は何事も無かったかのように練習に戻って行く。
マズい、ヤバい。初対面の女性を怒らせるつもりなんて一切無かったというのに……!
「はっは! 大和ォ、お前最後辺りは自分で墓穴掘ってたぞ、おい」
「いやぁ~……流石は玄一郎さんの孫というか……昨今の女性にその大和の考えは通用しないよ」
「生まれる時代間違えたんじゃねぇの? 戦時の古臭い思考だろそれ。流石は童貞、女を扱い方を知らん」
戦はとうとう腹を抱えて笑い出す。その端正な美形が崩れるほどに、彼女にとっても傑作な展開なのだろう。
「うーん、大和が女性差別してるわけじゃないってのはわかるんだけどね。適材適所ってことでしょ、要は。『女は男を支え、男は女を支える』……悪いことじゃないけど、今のは表現が、ね」
「お前は変なところで不器用だからな。まぁいいじゃねーか。俺は楽しませてもらうぜ」
余計なことを言いだした女が笑いながら何かを言っている。ああ、お前はもっと慎ましくなれ。
今からこの場を離れたい気持ちで満たされる。しかしそれは逃げること。それは戦略的でも無い敵前逃亡であり、男として恥ずべきことである。新開 大和という男の矜持が、その選択肢を許さず、逃亡という逃亡の全ての可能性を徹底的に破壊する。
何故、こんな無茶苦茶な展開になってしまったのか――。
● ●
本当に、もっと言葉を選べただろうと自分を悔いる。しかし自分の発言に反省も後悔もすれど、その信念は決して曲げないし、その点に関しては全く反省も後悔もしていない。
別にこの余興のような試合に勝とうが負けようが、自分の思考は決して変わらないのだ。
女が社会に出るなとか、働くなとかは考えていない。それはそれで有りであるし、男の3歩後ろを歩け、なんて域まで女性を下に見ていない。それぐらい慎ましい方が(好み的にも)良いことは確かであるが。
男が上だとか、女が上だとか、そういう上下関係の関係ではなくて、もっと前、生物として性別を分かたれた以上は男と女は違うわけで。種として、生命を育む女を大切に扱うのは男の本能的な思考であるはずだ。
そして別に、俺は女性に対して攻撃できないフェミニストを気取っているわけではない。いきなり互いのことを何も知らない女性と竹刀で打ち合うことになって、戸惑わない奴がいるだろうか。俺だって覚悟を決めれば、やむを得ない場合は女性に対してでも攻撃はするが、今回はどう覚悟すれば良いのか。教えてくれ偉い人。
とにかく、俺が彼女に伝えたかったことというのは、男という生物である以上、女とは違うということだ。どちらかが優れているかとか、劣っているかという話ではなくて、守り守られ、支え支えられ――そういう関係でありたいと考えているってことだ。
この思考――確かに時代錯誤な、歪んだ思考だとは思える。でも、真実突き詰めればそうだろう。女を守れるくらい、男は強くなくてはならないのだから。この際、女に理解されなくても構わないとも思っている。
少し見方を変えれば、自分の力を、強さを誇示したいが為に女を用いている、と思われてしまいそうだが、そんなやましい気持ちは持ってないつもりだ。
「えーと……じゃあ、始め!」
よく状況が飲み込めていない呉上水の部員が、ようやく試合開始の合図を告げた。しかし、いきなり相手は突っ込んでこない。流石は全国優勝経験者……当たり前なのかもしれないが。
残念ながら、俺は剣道というものがよくわからない。竹刀で打ち合って、声を出して有効打を得る……何て当然の知識くらいしか知らないのである。体育の授業では素振りと簡単な動作ぐらいで、こんな実践は受けていない。別に受けていたからといって、この状況がひっくり返るとは思えないが。
相手の竹刀がゆらゆらと動く。いつ大声を上げて有効打を叩き込んで来るかわからない、この緊迫感が不思議と発汗を助長させている。
「大和~! ほら竹刀振れって! 振れ!」
「崇! 大和君は集中してるんだよ! 一撃に狙いを澄ませているに違いない!」
「い~や、案外ビビってるかもよぉ? つぅか、大和が防具被ってんのが意外とウケる。写メとって玄一郎さんに見せようぜ」
外野がうるさい。午前中にテストを終えた4人と合流したはいいものの、俺を心配するどころか祭り騒ぎのように盛り上がっている。武道に雑音は不要だろう。というか和海、その撮った写メ、後で何が何でも消してやるからな。
「仲が良いのね」
態勢を崩さないまま、せっかくの綺麗な表情がわからない防具ごしから、声が聞こえてくる。
「まぁ、最高の友人だとは思ってるよ」
そう言って、彼は全く打ち込む素振りを見せない。いくら初心者といえども、面・胴・小手・突きの打突くらいは見様見真似でやろうと思えばやれるはずである。
よくわからない男……正直、さっきの彼の考えも理解に苦しかった。凝り固まっているのは、そっちじゃない。
天草 桜花は思案する。一撃で決めてしまおう、と。初心者である彼にとって、最も寛大な処置である。
女性が、守られる存在だと? 男からはそう見えても、女性からしてみれば侮蔑にしか過ぎない。
しかし、この新開とかいう生徒会長は、恐らく現代において珍しい、とにかく何でもかんでも女性に対して友好的な態度を取る優男ではなく、またそんな軟弱な思考は持ち合わせていない。
彼はきっと、必要に迫られれば女性を叩くことができる人間だ。無闇に暴行する危険な男、という意味ではない。
亭主関白――とまではいかないけれど、そういう風に、非常に良く言えば女を大切に愛する男であると言える。彼の必死の弁論で読み取れたのは、そこまで。
性悪というわけではないのだろう。ああして友達にも好かれているのだから、決して悪い人ではないはず。
でも、私も譲れないの――この一撃で、少しは勉強しなさい。女だって、強いということを。
「ッ!」
体育館を震わせる、女にしては男顔負けの声量で、天草 桜花は間合いを一瞬にして詰め、女子中学生の頂点に立つ打突を放った。
そう、天草 桜花は頂点である。現代武道での剣道という、格式高い“スポーツ”において。
故に彼女は知らない。少しだけ裕福な一般家庭に生まれた彼女は、戦場で生き抜く術を、知らない。
彼女は知らなかったのだ。相対するのは剣道の初心者――しかし“神開一新流”を受け継ぐ、極めて戦争を意識した戦闘術を身に付けた男である。
殺し合いをしてきた彼と、スポーツを打ち込んできた彼女。根本から異なる2人の対戦は、2つの結果をもたらした。
「はっ、反則です! 新開会長、反則ですよそれ!」
この体育館という場において、全員が唖然と呆けている。否、正確には6名は予想できていて、ほら見てみろ、としたり顔でその結果を楽しんでいた。
何をされたのか、桜花にはよく見えていた。しかしそれは自分が今まで行ってきた剣道人生で、一度たりとも見たことが無い――例え初心者でもやらないであろうことを、この男はいとも簡単に、涼しくやってのけた。
何てことはない、単純なカウンター。振り下ろされる竹刀に対し、身体を少し捻らせて、そのまま勢いを手助けするように竹刀の背を押す。タイミングが合えば勢いと押す力が加算され、態勢を少しばかり崩す。その際に、相手の面に目掛けて小さく小突いただけ。
竹刀を触るなどという反則も甚だしい行為を、平然とやってのけた彼に対して、桜花は怒りが湧いてこない。あまりにも反則過ぎて、怒る気が失せているのかもしれない。しかし、どういうわけか、彼女は勝った心地がしなかった。
相手の反則負けで勝ったからか。違う。
竹刀を止めるだけなら、初めから反則負けするつもりなら、竹刀を掴むだけでよかったはずだ。しかし彼はわざわざ竹刀の背を押した。刃物の模造である竹刀だが、掴んでも問題無い形状である。
まさか……真剣のつもりで?
竹刀を真剣に置き換えて先の試合を再現してみると、確かに切り裂ける刀身を掴むより、背面にある安全な峰を押した方が自らを傷つけないで済む。
スポーツである剣道において、全く余計な、無駄な配慮である。そもそも、有り得ない。
「悪く思うなよ」
防具を脱いで、元の制服姿に着替える新開 大和は口を開く。
「俺はどうしたってスポーツの武道はできない。反射的に動いてしまって、それの殆どは反則になって負けるから」
“神開一新流”を受け継ぎ、体得した代償は、全ての現代武道において合わない、というものであった。武道に力を入れている呉上水において、彼が部活動に入部していないのはその為でもある。
とかく、今の現代武道は反則が多い――新開 玄一郎はそう嘆いた。その考えは、大和にとっても同じであり、そもそも彼にとっては“神開一新流”が全てであった為、他の武道にはあまり目を向かなかったというのもある。
「あと、俺は別に全ての女性からちやほやされようとは思ってないから、お前に嫌われる覚悟で言うぞ」
「……何よ」
「試合にはお前が勝った。でも死合では俺の勝ち。俺は誤解させるような表現をしたことを謝る。だからお前も、俺みたいな古臭くて固い思考の持ち主の存在も見逃してくれよ」
要は手打ち。この譲歩で、どうにか納得してくれと言うのである。
いくら来年には武装化する立場だからといって、この現代において死合ですって? 時代錯誤な侍にも程がある。タイムスリップしてきた武士?
「いや~、笑わせてもらったよ。えーと、天草さん? だっけ?」
和海を筆頭に、6人が集まってくる。
「何かウチの大和が変なこと言ったみたいで、悪かったね。コイツ、本当に不器用でさぁ」
「ああそうだよ、不器用だよ。何だ和海、お前は俺の保護者か?」
「はーい、反則負けした卑怯な大和君は黙ってようねー?」
千春が大和の口を塞ぎ、崇と善吉と志月でもがく大和を連れて行く。
「要するにさぁ、アイツ、女の子は守るんだ! って勝手に思ってる奴なんだよ。別に私等、守ってぇ~ん、だなんて頼んでないのになぁ?」
「は、はぁ」
このテンションの高さの理由がわからないまま、桜花は曖昧に言葉を返す。
「でもさ、逆に考えてみようよ。好きな人とか、女の子を守れない男って、ぶっちゃけどうよ? 有り?」
質問の意味もよくわからない。ポカンとした表情が防具の隙間から見て取れたのか、和海は補足する。
「いや、体裁とかどーでもいいからさ。本音言っちゃってみ? あ、もう思うだけでもいいや、この際ね」
それは、勿論……。
「ね、無いっしょ、普通。どんだけ顔が良かろうが、どんだけ性格が良かろうが、どんだけ運動ができようが、どんだけ頭が良かろうが、いざという時に自分を、女を守れない男ってさ、もう雑魚じゃん? 男、失格じゃん?」
「そ、それは……」
少し言い過ぎなのでは。しかし和海はそんな桜花の意思など知らず、どんどん話を進めていく。まるで、聞いて欲しいかのように。知って欲しいかのように。
「つまり、そういうこと。新開 大和はそういう男だってことだよ。どうしようもなく、強い男になりたいんだよ」
一度言葉を切って、呼吸を入れる。合間を取って、口を開いた。
「女を馬鹿にしたり下に見たりする糞野郎じゃないことは確かだからさ。今回は大目に見てやってくれよ? なっ?」
少なくとも、彼の友人とはいえ、女性である彼女がそう言っている。それだけで、新開 大和がどういう人間なのかが、少しだけわかった気がした。
「……わかったわ。私も、熱くなり過ぎたわよ。彼に、その、謝っておいて。あと、その、彼女にも」
「おう! いや~、ありがとう、助かるわぁ。まぁ、後で私達がしっかり大和をシメとくからさ。これでこの件は終わりにして、後は観戦を楽しませてもらうとしますか。全国最強の女子中学生の腕前、ちゃんとした剣道で見せてくれよな!」
そう言って、キラキラとした笑顔を見せた彼女は仲間の元へと戻って行った。彼女を追って見れば、新開という姓の彼は女性陣に思い切り蹴られている。当然、金髪の彼女も意気揚々と加わって行った。
「新開 大和……か」
今の時代に本当に稀有な、絶滅危惧種の男。