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聯合艦隊 戀讃之辞  作者: 鋼田 和
01.新開 大和という男
15/18

第14話 柔い三文芝居

 ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます!

 お気に入り登録、2件もして頂きました! 凄く嬉しいです!! ありがとうございます!

 今回もまた随分と都合の良い展開かもしれません。個人的に完成度はまだまだ、といったところですが、わりかし気に入っている話でもあります。

 それでは、どうぞ!

「ん。起きたか」

 白い正方形が隙間なく敷き詰められている――これは、天井だろう。声がした方を反射的にちらりと見る。

 白衣を身に(まと)った淀峰 麗子が壁にもたれ掛かるようにして、こちらを窺っていた。

「淀峰……所長」

「私はわかるか。なら、自分の名前を言ってみろ」

 質問の意味がよくわからないが、今は従うことにしよう。

「俺は――新開 大和、です」

「よし。意識・記憶に問題は無さそうだ。まぁ一応、念の為に後で精密検査を行うが」

 淀峰所長は俺の答えに頷き、手に持っていた書類にペンを走らせた。

 精密検査? 俺は何か問題でもあったのか?

 疑問だらけを頭の中で回していると、ふと右腕に若干の違和感を覚え、視線をそちらに向けた。

「――――ッ」

 そこにあったのは自分の右腕――の形をした“何か”だった。見たことの無い金色の帯が巻かれているものの、それは確かに穢れ一切無い、綺麗な黒色。その色を見て、ようやく俺の意識が現実に浮上してきた。

「俺はッ!」

 横になっていた身体を跳ね起こし、自分の身に起こった事態について再起動したばかりの頭を更に回転させていく。

「俺は、一体――武装を具現化しようとして、それで」

「そう、新開。お前は具現化しようとして、そのような結果になっている。意識もはっきりとしたようだから、単刀直入に言おう」

 彼女は手を止めて速足で俺の傍まで歩み寄り、その右腕を掴んで自分の下へと引き寄せた。

「これがお前の“血戦武装”だ。勿論、具現化を拒絶された形であるがね」

 彼女は淡々と、現在起こっている事実だけを吐いた。

「拒絶?」

「そうだ。お前は今、現在進行形で正常な武装具現化を断られている。いくらお前がこの武装の名を呼ぼうとも、決してこの武装はお前には応えない」

「なっ――」

 それでは、俺は“血戦武装”は扱えないということか?

「早まるな。ちなみに後で聞かれても面倒だから先に言っておく。武装の代替は無い。というか不可能だ。確かに武装を交換したというケースはあるが、それも一度、“血戦武装”との繋がり(リンク)を断ち切らなければならない上、非常に時間が掛かる。学生相手に推奨はできない。いや、そもそもお前の場合はその断ち切ることすら不可能なんだ。見ての通り、お前の武装は右腕に侵蝕してしまっている。繋がり(リンク)を断ち切るというならば右腕の切除は不可欠だ。が、そんなことを私はしたくない」

 相手の相槌、意見、余計な口挟みは一切許さないとばかりに彼女は早口でまくし立ててくる。

「そして打開策は見つかっていない。現状は絶望的だということも先に言っておく」

 何故それを先に言った。後々に知る事実なのだろうが、今の精神にはよろしくない。

 彼女の言うことをまとめると、つまり俺は現状武装化できない人間だということだ。というよりも具現化に失敗した落ちこぼれ、という表現の方が正しいか。

「治す方法も……今探してくれているんですよね」

「当たり前だ。私の可愛い武装をこんな無骨な腕の形にされたままで堪るものか。全力全速で解決してやるから、指を(くわ)えて待っとれ」

 そのような幼児退行するつもりは毛頭無いが、期待して待つことにしよう。

「わかりました。よろしくお願いします」

 その反応に、彼女は少しだけ驚いたような表情を見せた。

「……随分と落ち着いているな」

 普通はもう少し戸惑うものかと思ったが、と彼女は付け加えた。

 確かにこの状況は良い風向きではない。正直俺もどうすればいいのか全く見当もつかないし、今すぐここから飛び出してどこかに走り去りたい気分もある。

 それらは自己を保つ為の、一種の現実逃避。自分を壊さない為に行う防衛機能だ。人として当たり前のこと。狼狽えたり、戸惑ったりすることは決して恥ずべきことではないとわかっているつもりだ。

 そういった行動は良くないという意見が多々見られる。現実逃避すればみっともないだの、自暴自棄は美しくないだの――確かにこれらの防衛機能は普段使われない方が良いに決まっている。

 しかし、全てが悪いというわけではないだろう。そういう行動こそ、人間臭さを感じさせる。生の実感、というべきだろうか。生きているからこその特権だと俺は思っている。

 つまり、俺はその防衛機能に否定的な感情を持っていない。自己を守る為ならば致し方なしだ。

 ――しかし、彼女は俺にはそれが見られないと言う。ああ、俺も同意見だ。この状況に驚いてはいるものの、確かに絶望的だと理解できてはいるものの、俺はその現実を受け入れて納得してしまうのだから。

 それがちっとも偉いとは思わない。きっと褒められたモノではない。それでも、俺は自分で選んだ道に『どうしてこんなことになった』なんて弱音を吐くわけにはいかないのだ。自分の選んだ道に疑問を感じても、それを貫き歩き続けるしかないのだ。何より――。

「人間、苦難を乗り越えた方が強くなれると聞きますし、そこは俺も否定しません」

 ――絶望から浮上してこそ、その名を冠す武装を扱うに相応しいと思うのだ。

「はっ――減らず口を」

 その返答に彼女は少し表情を曇らせて、しかしすぐに口角を吊り上げて三日月状を作り上げた。

「まぁ良い。それより聞きたいことがあるんだ。武装が定着してから、何かおかしなことは無かったか? 例えば、名前や情報が開示されにくかった、とか」

 俺が定着してから具現化するまでの流れの間で何か問題があったのではないか、淀峰所長は真っ先にそこを疑ったようだ。

「おかしなこと……あ」

 未だに寝ている記憶を何とか掘り起こし、異常を見つけ出した。

「あの、武装が定着した際に、普通はその武装の名前と『取扱説明書』のような、武装についての情報が自然と理解できるんですよね?」

「ん? ああ――その通りだ。言い換えれば武装を魂に定着させるということは、お前というパソコンに“血戦武装”というソフトをダウンロードするようなものでな。名前と『取扱説明書』はそれを開く為のパスワードだと思っていい」

「俺、その『取扱説明書』がどうしても頭に浮かんでこなかったんです。名前の方がすぐに理解できたのに」

 目は見開かれ、口は閉じることなく、彼女は力を失ったように手に持っていた書類を床に落とした。

 それを拾い集めようと身体を動かすと、そんなことはどうでもいいとばかりに怒声が飛んできた。

「貴様――ッ! 何故それを先に言わない!」

 今にも首を絞めて来そうな剣幕で叱責を込めた言葉を投げた。

「そりゃ片方のパスワードしか理解できていなかったら拒絶もされるだろうよ! ……いやしかし……そんなことが有り得るのか?」

 淀峰所長は俺から顔を逸らし、ブツブツと独り言のように考えをまとめ始める。

「名前と『取扱説明書』はワンセットだ。どちらかだけが浮上するなんてことは……おい、新開」

「え? あ、はい」

「今も、それがわからないか? 名前だけか?」

「……はい。どんな武装か、全くわかりません。形状とか特性とか、頭の中で勝手に浮かんでくるものなんですよね?」

「ああ。そして決して忘れることは無い。魂に刻み込んだも同然だからだ。となると――定着の段階でバグでも生じたか?」

 沈黙が続いた。彼女は考えを言葉に出すことを止めたのか、先程から黙ったままで動かない。

 彼女が長考している間、なるべく彼女を刺激させないようにと静かに書類を拾い集めていると、彼女はその口を開いた。

「注射器で打った際、何か異常は無かったか?」

「その時点では……何も。その後すぐに、皆と同じように気分が悪くなったので」

 あれ――そうだったか? 何か、悪い夢を見たような――いや、気のせいか。

「そうか……わかった。とにかくその異常があったのは確かなようだし、その辺りを突き詰めていくか」

 ふぅ、と彼女は深い溜め息を吐いた。

 皆の前で言えなかったとはいえ、彼女には申し訳ないことをしたと思う。自分があの時言い出せていたのならば、このような状況にならずに済んだかもしれない――もう過ぎ去ったことであるし、悔やんでも仕方が無いのだが。

「その、すみません」

 それでも、謝罪の言葉を述べておくべきだと判断した。曲がりなりにも彼女に迷惑を掛けたことには変わりないのだから。

「何故お前が謝る?」

 しかし、返ってきた彼女の反応は予想外に冷たかった。

「ろくに武装を理解できずに具現化しようとしたことか? ああ、それは確かに愚かだな。だが、それは私の責任でもある。あの場で調子に乗ってお前を選んでしまったのは、どうしようもなく私の落ち度だよ。加えて製造者としてお前の異変に気付くべきだった」

「それは」

 それは――いくら何でも無理がある。

 俺は具現化した、この現状に嘆いていない。自分で選んだ道だから、必ずどうにかしてみせる。しかし、彼女はいわば被害者だろう。

「悪いがそこは譲らん。何か勘違いしているようだから言っておこうか。例えば“血戦武装”で犯罪行為を及んだなどの責任は、勿論取らんよ。それは製造者には関係ないからな。だが、その前の段階――“血戦武装”を製造する、その過程に起こった問題に関しては私に全責任がある」

「でも俺は」

「聞け、新開。お前が正しく“血戦武装”を具現化できるまで、落ち度は私にあると思え。これは決定事項であり、そしてこの話は終わりだ」

 拾い上げていた種類を俺の手からふんだくるようにして取り返し、俺の返事を待たずして次の言葉を並べていった。 

「だから謝るな。そんなことするぐらいなら、とっとと具現化を成功させてくれ。お前が私に少しでも申し訳ない、などという感情を持っていたとするならば、それが何よりの罪滅ぼしだと思うがね」

「――――」

 彼女は、実に正論なのかもしれない。俺の間違いを認めた上で、自分のミスを決して許さない、ある種の徹底主義者だ。

「そろそろ検査の時間だ。来い」

 そう言って彼女は俺に背を向けてドアへと歩き出した。俺もベッドから立ち上がり、一度伸びをする。平衡感覚も異常は見られなく、足取りもしっかりしている。

 彼女の言う通りだろう――謝る暇があるならば、その時間を、その労力を今目下の問題解決に使え。彼女はきっと発破を掛けてくれたのだろう。その好意を無為にしてはいけない。具現化を成功することこそ、彼女に対する最大の返礼とも言える。

 一番の変化でもある黒色化した右腕を眺める。明らかな異物感は拭えないが、痛みは全く感じていない。おそらくこの帯がその痛みを鎮めてくれているのだろう。通常通り指や関節を曲げることができることから、外見以外は自分の腕と何ら変わらないと考えられる。利き腕でもあるこの手が日常生活に支障が出るまでのダメージを負っていないと確認できて、ひとまずは安心した。

 大変なのはこれからだろうが――そう易しくないだろう未来を少しばかり予想しながら、彼女の後を追った。

 

 

  ●  ●

 

 

「……というわけで、検査結果はこの通り。何とも言えない健康体だったよ」

 放課後、見舞いにやって来てくれた真宮6名と天草に、新開 大和は大丈夫だったという事実を伝えた。

「テメェ! ブッ殺すぞ!」

 しかしいきなり戦に鳩尾(みぞおち)を殴られるという返し。何がどうなればそうなる。

「センちゃん。殺っちゃって」

「千春、ちょ、あんまり戦を焚き付けるな。コイツ結構本気だ」

 掴みかかってきた腕に抗おうと掴んでみたが、一向に離れる気配が無い。その細い腕のどこにそんな筋力があるんだ、と思ったが彼女はもう“血戦武装”の効果で以前の彼女ではなくなっているのだ。筋力も段違いに上がっているに違いない。

 それに何とか抗えているということは、どうやら検査でも確認できたように、俺にも武装定着における2つの効果が表れているようだ。

「つーか何で右腕がそんな格好良いことになってんだよ! うわ真っ黒!」

 中二病要素とか言い出したらリアルファイトかましてもいいんだぞ崇。俺は正直それぐらい元気だ。

「センさん、まぁこれくらいで許してあげようよ。良かったじゃん、身体の方に異常は無くてさ」

 志月が戦を何とか引き剥がす。若干抵抗はしていたが、彼女も渋々それに従った。

「とはいえ、こっちは全く解決の兆しが見られないんだけどな」

 俺は金の帯で巻かれた黒い腕を皆に見せた。

「大和、それってやっぱり、アレなのか」

 善吉が重そうに聞いてくる。彼等も事前に少しは説明を受けているのだろうか。

「ああ、これが俺の“血戦武装”らしい。俺もてっきり“武装融合型”かと勘違いしていたんだが、淀峰所長が言うには俺の武装は“武装具現型”で造ったらしいから、有り得ないんだと」

「んな説明が聞きたいんじゃねーよ馬鹿! おま、それ治んのかよ! なぁ!」

 目を真っ赤に腫らした和海が善吉を押しのけて飛び出してきて、掠れた声で問い詰めてきた。

「わからん。まぁ、淀峰所長に期待しよう。あの人なら解決策を出してくれるさ……ってかお前、何だよ泣くなよ」

 今まで後ろの方で大人しくしていたと思ったら、おそらく何を言えば良いのか考えて溜めていたのだろう。爆発したみたいに怒号の攻めで言葉を並べて俺に叩き付ける。

「うるっせぇよボケ! こちとらめっっっちゃ心配したんだぞコラ! おま、おまおま、お前があんな声出して痛がるとか知らねぇんだよ見たことねぇんだよ私は! 死んだかと思っちまったじゃんか!」

「人を勝手に殺してくれるなよ」

「わぁぁあああ!! 千春ゥ、コイツ生きてるよぉぉお! クソ大和が生きてるよぉぉおおお!」

 涙を滲ませながら和海は千春の腰に抱きついて顔を摺り寄せる。それを千春は快く迎え入れ、和海の頭を撫でていた。

「よしよし。大和君ってばもう……ほずみぃはずっと泣いてたんだよ! 『アイツ絶対に死んだって! マジ死んだって!』って。でも生きてるからセンちゃんに殺して貰おうと思って」

 お前等は俺に生きてて欲しいのか、死んでて欲しいのかどっちなんだ。

「大和君はやっぱりゾンビなのかな? ほら、その右腕も黒いし」

「お前の中のゾンビの定義がよくわからん……」

 指を額に付け、溜め息を吐く。千春も和海も平常運転で何よりだ。

「ま、まぁまぁ。こうして新開君も元気そうなんだし、ひとまずは良かったということで、ね」

 暴走化し始めている数名を宥めるように天草が鎮静化を試みる。

 その言葉でようやく、皆は俺の状態の良さを認めた。和海は未だに調べるように――俺が痩せ我慢していないか――睨んでいるが。

「そうだね。武装のことは置いておいて、大和が生きてて良かったじゃん、和海」

 志月も便乗し、未だに千春に抱き着いてすすり泣いている和海を慰めるように肩を叩く。

「そりゃそうだけどさ……つーか、まずそれ動くのか!? 風呂は! 飯食う時どうすんだよ!」

 また飛び出すようにして近寄ってきた。忙しい奴だよ本当。

 昔からそうだ。いつもは馬鹿やっていてもある程度の冷静さを持ち合わせている、強気な女。しかし予想以上の大事になるとこうして慌てたり狼狽えたりして、途端に弱気になってしまう……いや、昔より少しは成長しているか。

 淀峰所長が言うには、俺を気絶させた後に和海は殴りかかろうとした戦を止める側に回ったらしい。昔の和海ならそのまま戦を止めるなんてせずに、ただ茫然と立ち尽くしていたか、戦と共に俺に駆け寄るぐらいに冷静さを失っていただろう。

 コイツ等――特に和海――は俺が痛がる姿なんて見たことが無いのだ。だからこうして俺がしっかりと生きていることを確認するように心配し始める。こういった状態の俺に慣れていない、と言うのが妥当だろうか。事実、去年の夏の出来事も和海は泣き喚いて、俺が目を覚ましたことでようやく治まったようだし。とにかく、彼女を安心させるべきだろう。

「見ての通り、普通に動く。この帯は取ったらまた痛み出すらしいから取れないが、まぁ風呂は何とかする」

 変化した右腕を前に差し出し、和海によく見えるよう五指を動かす。比較の為に、無事な左腕も横に並べて動かしてやると、ようやく彼女は安心できたのか――俯きがちに肩を落とした。張り詰めていた気が抜けた証拠だろう。

「あ、俺は風呂とかそういう手伝いするのは勘弁な」

 そこで余計なことに、崇が真っ先に断りを入れてきた。いくつかの会話をすっ飛ばしているようだが、そんな展開には至らない。

「誰もお前に頼まん。というかこれぐらいは自力でやるさ」

 流石にそこまで甘えるほど俺は弱っていないしな。

「あ、桜花ちゃんが手伝うってさっき言ってたよ?」

 千春が投下した爆弾発言にその被害に遭った天草が反応しないわけがなく――。

「ぶばっ! ちょ、千春!? 私そんなこと言ってないわよ!」

 ――当然、彼女は全力で否定した。

「あれ? じゃあ『お口にアーン』だったっけ?」

「それも言ってない!」

「おんやぁ? 大和君、顔赤くしちゃって実は満更でもないですかな?」

 一応片手で顔を覆い隠していたが、こういう時ばかりは目ざとい崇に紅潮を見つけられてしまう。

 いや、まぁ、その……俺も男だ。女に風呂の手伝いなんて、例え嘘でも言われたらそりゃあ想像しないと失礼に当たるだろう。

「ちょ、ちょっと! 何考えてるのよ! 止めなさい!」

「わ、わかったわかった! てかお前さっき言ったことと今やってることが真逆だぞ!」

「時間は進んでるのよ!」

 宥める役回りの天草が今にも掴みかかって来そうな剣幕で迫って来ている。すると女性陣が桜花を鼓舞し始めた。

「やったれ桜花ァ!」

「そーれそれそれそーれそれー!」

「あっ! センさんは駄目だって!」

 無言で殴り掛かってくる戦を志月が何とか押し止めるが、彼の制止では役不足と時間不足。俺が天草に気を取られている隙に何発か貰ってしまった。

 嗚呼――結局この流れになるのか。まぁ、そっちの方がありがたいわけだが……。

「痛っ! ちょっとお前等、ベッド壊れる!」

 全員でベッドに負担を与えるように押しかけてくるなよ。

「ひゃぁうっ! だ、誰よ触ったの! 新開君ね!」

「俺じゃねぇよ! 位置的に無理だろ!」

「あ、これ高橋先輩が蕩けるのもわかるわ。桜花ってば柔らけぇ~」

 和海もこの元の雰囲気でようやく素を取り戻したのか、景気づけとばかりに天草の、自己主張の強い身体を(まさぐ)っている。

「ひぃっ! ほっ、和海ってば! そ、そこは……!」

「男子の目に毒なモンを見せるなお前等!」

 これ以上元気になっても困るだけ……いや俺は何を考えてるんだ。

「大和は大変だねぇ」

 などと呑気に言っている志月が無性に腹が立ったので、コイツも巻き込んでやる。ついでに逃げようとしている善吉も逃がさない。

「痛い痛い! セン違う! 俺じゃねぇだろ! 大和はあっち、あっち!」

 見れば戦は崇を羽交い絞めにしていた。ああ、もうどうにでもなれよ。思い切り暴れてしまえ。これぐらいが俺等には丁度良いだろう。

 しかし――。

「お前等良い加減にしとけよ、騒がし過ぎるわぁーッ!!」

 ――ドアが思い切り開かれ、目を三角にしたような鬼の形相の淀峰所長の一喝で部屋は凍ったように静まり返った。その後の説教が非常に長引いたのは言うまでもない。

 

 

  ●  ●

 

 

 この場所も地下に位置している為、当然窓も無く外の景色が全くわからないのだが、時間的にはすっかり夕暮れ時だろう。軽く2時間は正座しっ放しだったのだ。

「いやぁ~、すっごい怒られちゃったね」

「千春が余計なこと言わなきゃ、もっと早く済んだんだぞ。てか当然のように床に正座させやがったあの人。足痛ぇよ」

 和海と千春が足を擦りながら懲りずに愚痴り始める。ああ、お前ら2人が余計に淀峰所長に口答えしなけりゃもっともっと早く済んだんだ。

「あっ、そうだ大和」

 崇が思い出したように鞄をまさぐり、(しわ)になった1枚のプリントを俺に寄越してきた。

「お前な……プリントはファイルに入れるなり何なりしろっていつも言ってるだろ……えーと、“血戦武装”の諸注意、か」

 何やら最初に長い文面がびっしりと並んでいたが、より良い学園生活を送る為にだのと定型的な内容だったので軽く読んで飛ばす。その下、中央付近に大きく四角で囲まれた文章に着目した。

 

 1.寮内での“血戦武装”の使用を原則的に禁ず。

 2.“血戦武装”の無許可使用及びそれに伴う戦闘行為を禁ず。

 3.“血戦武装”の非正規改造行為を禁ず。

 4.“血戦武装”の無断譲渡、及び売却を固く禁ず。

 5.“血戦武装”を用いた、あらゆる犯罪行為、破壊行為を固く禁ず。

 

 ……確かに“血戦武装”は兵器。それを学園の全員が持っているのだからこのような禁則が出るのは当たり前だろう。

 まだ続いていたが、とりあえず大まかな内容はわかった。細部は後で目を通しておこう。

「あー、その規則じゃなくて、その下。一番下」

 俺の目の動きを見て崇が気付いたのか、自分が伝えたかった部分を指差す。

「何々……『今年度入学した新1年生は今月末に動作確認試験を行う予定です』と。ああ……なるほど」

 動作確認試験、どういうものかはわからないが名称からして“血戦武装”を実際に具現化して異常が無いか確かめる、といった趣旨であると考えられる。

「つまり、この試験までに俺は具現化できるようにならないといけないわけだ」

 今月末といったら、あと1週間と少ししか時間が無い。何とも急な話だ――と愚痴りたくもなったが、考えてみれば俺が異常なのであって、新入生全員からしてみればこの日程は妥当であろう。俺の都合で愚痴るわけにはいかない。

「そういうこと。まぁ……ぶっちゃけるとさ、俺等はお前の“血戦武装”に何が起こったかわからねぇ。つーかその、何だ? 拒絶とか侵蝕とか、聞いてて頭が痛くなった」

「だろうな」

 いつになく崇が真剣な眼差しをしているものだから、つい苦笑気味に返してしまう。こういう時の崇はきちんと相手を見て物を言える。いつもはふざけているものの、決して真面目さが無いわけではないのだ。

「だからよ、少なくとも俺はお前を励ますしかできねぇ。武装の具現化で、何か力にはなれねぇよ。俺、基本馬鹿だし」

 ああ、お前は馬鹿だな。でも良い奴だよ。励ましてくれるだけでも十分だ。俺は心からそう思ってる。

「お前が毎日毎日飽きもせず努力してんのは、俺等が一番知ってんだ。だから、きっとお前なら具現化できるって信じてる」

「――ああ」

「だから! とっとと具現化して、この試験一緒に受けようぜ。何せこの試験、聞くところによるとクラス内で戦闘するらしいしよ」

「戦闘?」

「つまりィ!」

 首を傾げた俺を見て我慢ならなくなったのか、嬉々とした声と破顔で戦が詰め寄ってきた。

「合法的に、盛大に、ギャラリーの面前で! 俺はお前をブッ潰せるんだよ!」

 そう大きく言い放つ。よくよく嬉しそうな顔を見れば、目はキラキラと輝いているようだ。

「詳しくはまた告知されるらしいけど、A組の中で対戦し合うらしいよ。それで、センさんがこんなにテンションが上がってるんだよね」

 それは何とも……だが理は適っている。元はと言えば“血戦武装”は戦闘用兵器。戦闘行為で動作確認をするのが普通というか、当然なのだ。

「俺はお前と戦いたい。ていうかお前以外俺と勝負できる奴がいねぇ。次第点で善吉だが、俺はこんな筋肉達磨と()り合う趣味はねぇよ」

 初めて顔を合わせた時は殺してやる、なんて吠えまくってた奴が、随分と丸くなったな――いや、違う。戦場ヶ崎 戦は決してその鋭利な殺意を毎日磨き上げている。

「だーかーらァ、崇の言う通り、お前は早く具現化に成功させろよ」

 まぁ、戦が俺と戦いたい理由はわかる。というかコイツは当初そういった目的で俺等とツルみ始めたのだから。

 戦場ヶ崎 戦は新開 大和を殺したくて堪らない――それが彼女の友情の証。親友を超えた、稚拙で深淵な殺し合いの中で生まれた、酷く濁った関係。

「ちょっと待ったセン! お前はお預けだろ。私も今回は大和と久々に喧嘩したい。私の武装でコイツを一泡吹かす!」

 戦の独壇場とも言える戦闘――しかし、大和の対戦候補に和海も参加を表明した。

 大和と武装をぶつけ合わせて戦いたい。それは和海の本心だった。生来決して野蛮な性格ではないものの、彼女には闘争心というモノが内在している。

 そして彼女にとって大和は掛け替えの無い大切な親友の1人。各々の魂が絆で繋がり、結ばれている最高の関係。そんな奴の初戦は自分が飾りたいのだ。

「あ! それなら私も入る! 大和君にはゲームでいっつも勝ってるけど、生身では一度も勝ててないもんね。勉強でも運動でも――あ、バレンタインのチョコの数はいつも勝ってたっけ」

 同様の理由で千春も便乗する。先制攻撃と言わんばかりに彼女は長いツインテールの毛束を大和の顔面に何度も叩き付ける。

「何だよこの流れ……俺ァもう御免だぞ――と言いたいところなんだけどな。悪ィ大和、俺も負けっぱなしは嫌いなんだよ」

 その光景を見て呆気に取られていた善吉だったが、彼もまたその体格に見合う攻撃性を有した人間。かつて大和と盛大な喧嘩を経て今の関係を築いた彼には、その恩返しがしたいのだ。その為に、こうして至極本音が混ざった三文芝居を打っている。

「ちょいちょい! 俺が言い出したことなんだから俺が先だろうが! 大和、俺と勝負しろよ! お前に世話になってるお礼参りだコラ!」

 そして提案者の崇が叫ぶ。仲間外れを嫌う彼にとって、このような一大イベントは大和がいなくては始まらない。大和がいてこそ、楽しそうなイベントがより楽しくなる。

 須藤 崇は楽しいことが大好きだ。嫌いな勉学も、親友達と囲まれて駄弁りながら行えば楽しい。だから授業は寝ても、テスト前の勉強会では居眠りをしない。

 楽しさ至上主義――皆と自分が楽しく、面白く遊べるならばどんな芝居も真剣に取り組む。

「あ、天草、これはどういう……」

「あ、私も新開とは戦いたい。武装を持っている同士なら、その妙な体術も少しは対抗できると思うし。私、貴方に死合で勝ちたいわ」

 お前は本当にわかりやすいなっ! 地味に夏のこと根に持ってるってよくわかる!

「あ、じゃあ僕は審判とかその手の役割に徹するよ。僕の武装じゃ、多分大和には勝てる見込みがなさそうだし」

「ちゃっかり楽なポジションを確保するな志月。何でコイツ等がこうなってるのか説明してくれ」

 大体は予想できている。コイツ等はきっと俺が寝ている間に口裏合わせて、試験を口実に俺の元気を出させようとしているのだろう。無闇に心配するのは性に合わず、新開 大和に今、何をしてやれるのか――考えた結果、俺を焚き付けるような言葉ばかりを並べている。俺と戦いたい――こんな台詞、本気にしているのは戦くらいだ。何ともコイツ等らしい、不器用な芝居だよ。

「え? 別に何も無いよ。だってこの人達、この試験を試験として捉えてなくて、単純にイベントだって思ってるんだから」

 ――ああ、確定した。お前等からしてみれば、“血戦武装”の試験は遊ぶイベント的な催しだと、そう思っているわけか。そのイベントに俺も参加しろ、と。

 その思考回路、その考え、良し。

「よく言った崇。あぁ、確かに楽しそうだ」

 戦以外が本気ではないことはよく理解しているが、裏を返せば俺は遠慮なくリアルファイトをかませる絶好の理由を得たということ。これは男児として血沸き肉躍る。特に天草。俺も一端の武人だから、次の死合も俺が勝つ。

「でも、大和君が本当に間に合うか、だよねぇ」

 彼等の芝居を逸脱した台詞が、千春によって大和を更に燃え上がらせた。台本無視の彼女に対し、慌てて和海はその口を塞ぐ。

「ばっ! 余計なプレッシャー与えんなって! 千春、お前お口チャック!」

「もがっ! ひょふみぃ、ふぃひゃひ~」

 ……ほう? 余計なプレッシャーで俺が潰れると?

「そうなったらそうなったら、だ。指咥えて眺めてる大和とか傑作だろ」

 しかし千春の発言を起爆剤とばかりに戦がその流れに乗っかった。当然、空気の読める志月も従う。

「センさん、それナイスアイディア。僕ビデオカメラ持ってくよ」

「良いなァ志月。それ撮影して玄一郎さんに送ろうぜ」

 ……ほうほう? 大した宣戦布告じゃないか。

「おお、何かそれって大和に勝つより爽快じゃね? 俺等が楽しんでるのを見て悔しそうにしてる大和、うっわすっげぇレアじゃん」

 指をパチン、と鳴らして崇は口を三日月状に吊り上げる。

「そんな大和、見たくねぇけど見てみてぇ……」

 具現化できずに悔しがる大和でも想像しようとしたのか、しかしそれを現実であって欲しくない。でも見たい……善吉の心はそんな矛盾でせめぎ合う。

 皆の様子を見て、和海はとうとう諦めたのだろう。溜め息を吐いて千春の口を解放し、せめて自分だけでも、と出口付近に足を床に滑らせながら後ずさる。

「え? ちょ、ちょっと皆……?」

 しかしこれほど流されやすい、変則的な集団に属したことが無い天草はそういった反応はできなかった。当初崇が考えた台本とは展開も違うし、何より今は蛇足部分。真面目な彼女には混乱しか招かないだろう。

「――ああ、なるほどな。俺が成功しようが失敗しようが、どっちに転んでもお前等は美味しいってわけだ」

 よし、よぅくわかった。俺を差し置いてお前等は存分に楽しむだと? 冗談じゃない。

「そういえば、俺はお前等といつも一緒だったな。何をやるにしても全部同じことをやっていた」

 そしてその輪の中心は俺だったはずだ。驕り無しに、俺だったはずだぞ。それだけの重要人物をお前等、何て扱いをするつもりだ。

「お前等も成長したな。俺を除け者にするようになるとは、随分と生意気に育ったもんだ」

 ああ、どうしてかニヤつきが止まらない。それは皆、同じ。

 コイツ等はコイツ等なりに精一杯の発破を掛けているつもりなんだろう。間違い無く俺がいて欲しいに違いないのだ。しかし予想外の展開で――今まで殆ど無かったと言っても過言ではない――俺がいない遊びも新鮮で面白そうだ、と天草を除く全員が思ってしまったに違いない。

 そう深読みしても良いはず。だってコイツ等は最高の友人だから。そして俺等が築いたこの輪に、天草ももっと深く加わってくれれば更に最高だ。お前も俺を除け者にするぐらいに、この流れにノれるくらいに今を楽しんで欲しい。

「上等だ。後悔するなよ。俺はやればできる子なんだからな」

 俺の武装で、全員その根性を叩き直してやる。覚悟しておけよ――俺は絶対に具現化してやるからな。

 これは真剣な遊び。俺が具現化できようができまいが、絶対に恨みっこ無しの勝負だ――。


 第14話、いかがでしたでしょうか。お楽しみ頂けたならば、幸いです。

 次回から大和の奮闘が始まります。そろそろ、全員の“血戦武装”がお披露目できるかもしれませんね!

 よろしければ、お気に入り登録・感想・評価・レビュー等をして頂けると感極まって感謝の気持ちをラップに乗せてブレイクダンスします。

 

 それと、4月になりましたのでこの作品も全体的に見直していこうと考えております。具体的な改稿事項を以下にまとめました。

・全体的に行間を空け、読みやすく変更。×

・数字を漢数字に統一中。×

・第2話の天草と大和の食い違いシーンを変更。○

・天草の大和の呼び方「新開」→「新開君」に全面的に変更。△

・第2話、第4話での“神開一新流”の記述を変更・追加。中国武術の要素を組み込みました。△

・第9話での天草、大和の面談に台詞追加。○

・第10話での大和と天草の会話に台詞追加。○

・第11話での文章追加。(最終部分)○

 ×はまだ行えていない状態。△は実行中、あるいは実行確認が完全に確認できていない状態。○は完了した状態。となっています。

 ×、△は今後も続いていきます。また、改稿事項追加もあると思います。

 何かと改稿が多い作品となる(もしくはもうなっている)かもしれませんが、どうか温かい目で見守ってください。

 

 次回更新は1週間前後を予定しています。少し遅くなるかもしれませんが、また第15話でお会いできることを信じて締めさせて頂きます。

 本当にありがとうございました!

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