第11話 アイスブレイク
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます!
今回は都合の良い、創作だからこそできる展開に挑戦してみました。
それでは、どうぞ!
「えー……じゃあ、クラス委員長は新開。そんで副委員長は天草ってことでOK?」
週明け、午後の授業からクラス内での委員決めというある種のイベントが始まってから十数分、崇と和海、千春による熱烈な推薦により、見事、と言うべきか俺がクラス委員長にほぼ決定してしまったのを、長瀬先生から伝えられた。
かなりスムーズに他の役職も決まった為、これはいわゆる最終確認という奴だ。
ここで意外だったのが、それに同乗するかのように天草が副委員長に名乗り出た、ということ。彼女なりに考えての決断なのか、その真意は図りかねるがその行動には正直ありがたく思う。
副委員長は委員長と異なる性別と決まっているが、あいにく今のところクラス内で親しい女子生徒と言えそうなのは天草に近坂、それに何の因果か同じクラスとなってしまった雛埜宮と鷹頭ぐらいだろうか。雛埜宮と鷹頭は立場の関係もあり、委員も離さない方が良いと考えられる為、候補からは除外。近坂は非常に元気が良いが、何やら千春と同じ匂いがする為、却下。これから約半年は共に頑張っていく、と考えると誰でも良いが、それでも少しは親しい相手であれば早期から遠慮せずに済む。
加えて、天草の友達作ろう大作戦(千春命名)を計画している今、そしてできる限りは手伝うといった以上は彼女と同じ役職に就いた方が何かと動きやすいし、都合も良いだろう。まぁ……まだどうやってその作戦を成功させるかはイメージできていないが、ゆっくりやっていけば良いと思っている。
「わかりました。自分で良ければ、天草と頑張ってみます」
別に今更委員長という役職に嫌悪感も抱かないし、3人の推薦も重荷にはなっているが、これも自己の研鑽の一環として、そしてクラスをより良くする為に誠心誠意務めさせて貰うとしよう。
「え、そんなあっさり引き受けちゃうの!?」
そう俺にツッコミを入れたのは近坂 鈴奈。栗色の髪を編み込みアップで整えており、特徴的な大きな目を備えた――天草ほどではないものの――美少女である。将来の夢はアナウンサーであると自己紹介で述べていた彼女は確かに喋り上手であり、滑舌も良く、聞き取りやすい声をしている。
しかし問題はその性格。決して悪いという意味ではないが、実に溌剌としたお調子者、といったところだろうか。俺は千春や和海という人種と幼稚園から付き合ってきた為まだ耐性はあったものの、その勢いの良さには思わず圧倒されたほどである。
非常に友好的に話しかけてきてくれたのは良いのだが、正直、少し悪く言うとしつこい、という表現が適当かもしれない。越えてはいけない一線を守っているだけの節度は守っているが、逆に言えばそのギリギリ限界までは踏み込んでくる気質である。その思い切りの良さ、度胸は彼女の才能と呼べるものだろう。
「そこは『何で俺なんだよ!』って言って最初は全力で拒否する主人公の演技じゃないの!? その後に長瀬先生や他の皆の圧力で引き受けざるを得ない状況になって、とうとうヤケクソになって覚悟決めるっていうテンプレ的な流れは!?」
説明ご苦労だが、何を言っているかはさっぱりわからん。
「あー、鈴奈。大和にその手の王道テンプレ通用しねぇから。それって基本的に面倒臭がりで不幸体質とか持っちゃってる、巻き込まれ型の主人公の場合だろ? 私等、大和をあんな無責任な奴に育てた覚えはないからさ」
「誰が、俺を育てたって? 和海。俺はお前から有益な教育を受けた記憶は無いぞ」
そもそも俺は自分を主人公なんてヒーローとして考えていない。そりゃ確かに自分の人生を1つの物語として考えるならば、常に自分視点である俺は主人公なのかもしれないが、我こそは主人公である、などと自己中心的に考えて生きていくのは人道的にどうかと思う。
「まぁまぁ。でもよ、大和に任せとけば絶対楽だぜA組諸君。これは贔屓目無しで、経験談から俺達が保証する」
崇が立ち上がって教室内の全員に先の熱弁を補強するように俺の有用性を念押ししてくれた。
頭脳は壊滅的であるが、人を見る目は人並みにある奴だと俺も認めている。話術も近坂とまではいかないだろうが――話題の善し悪しは別として――上手い方だ。とはいえ、そこまで高く買ってくれているのはいささか恐縮ではあるが。
「何せクッソ真面目で人がやりたくねぇって嫌がることを進んでやっても何とも思わねぇし、それが玉にキズでもあんだけど、でも委員長なんてもうスッゲェ面倒臭いことやらせるならコイツが一番適任なんだよ! 絶対損はしねぇから!」
……褒められているのか、小馬鹿にされているのか、どっちとも取れる言い方でどうも良い気分とは言い難い。
「どーよ一之瀬! お前も良いと思うだろ?」
崇がある男子生徒の名を呼ぶ。彼は崇の方に振り向いて眼鏡を上げる。
「良いと思うよ。君達の熱弁はあまりよく理解できなかったけれど、少なくともこうして一定数の支持を得られるだけの人望と能力があると判断できるからね」
淡々と、起伏の無い声で言った。切り揃えられた黒の短髪、中肉中背の体型をした一之瀬 貴臣こそ、クラス委員長に相応しい資質を持ち合わせているのではないか、と俺は当初考えていた。冷静に物事を分析できる能力を持っていることは発言からでもわかるし、ある意味で自分が勝手に想像している委員長像に彼がぴったりだからだ。
和海や近坂の言葉に習うならば――彼がテンプレ通りの委員長であれば、ここで俺に『委員長はこの僕こそ相応しい!』と声高く俺に宣戦布告紛いな言葉を叩き付けるだろう。
しかし素晴らしいことに、この一之瀬は二次元世界で定番の悪役のような嫌な奴ではない。非常に現実主義者であり、自分の能力や限界もきちんと把握し、他者を認めてその上で発言できる――実に大人びた、賢い生徒だ。志月とはまた違った頭の良さを感じる。どうやら真にまともな人間でありそうで、これから仲良くなっていけそうな気がしてならない。
「ひゅうっ! お前ならそう言ってくれると思ったぜ! じゃあー、チューゴ! お前も大和、良いよな!?」
崇は真宮勢の中でも特に交友関係を広げており、もうクラス全員の名前と顔は一致できているようで、特に迷う素振りは見せずに友達となった男子生徒に声を掛けた。
チューゴ、というのは大賀島 忠吾のことで、その呼び名に当然彼は反応した。
「うん。そうだねぇ。須藤君がそう言っているならそれで良いと思うよ。新開君はきっちりしていそうだし、安心できるかなぁ」
何とものんびりとした口調だ。そこが彼の個性であり、憎めない魅力なのかもしれない。
彼の最大の特徴は何と言ってもそのふくよかな体型。横幅だけならあの善吉以上であり、その後ろ姿は力士を思わせる。短く坊主風にカットされた髪でオシャレには無縁だそうだが、変に飾り立てるよりは彼らしくて良いと言えるだろう。
頭の足りない連中からはデブだの何だのと罵られそうだが、腕を見る限りそれらを黙らせる筋力があるはずだ。
彼は自己紹介の際に田舎の農家の生まれだと言っており、幼い頃から農作業を手伝っていた経験もあるそうで、随分と鍛えられていることが窺える。
そしてそれを決して暴力に使わないだろう、と彼の性格で十二分に理解できた。
おっとりとした癒し要因が彼、大賀島 忠吾だ。今後A組のマスコットになるに違いない。
「よーし、もう良いよな! んじゃ大和は委員長として相応しいってことで」
「まぁ待ちなよ」
崇の締めの言葉は、彼の横から飛んできた制止によって阻まれた。
声の主はこれまたびっくりするくらいの美形。眉目秀麗という言葉をそのまま体現したかのような男子生徒。美しい動物の毛並と何ら遜色ない、艶のある黒髪を軽く掻きながら、同様に深い闇が詰まった色をした双眸は崇をしっかりと捉えていた。
勘解由小路――戦前はおろか、遥か昔から裏で日本を支えてきた陰陽道の宗家である、賀茂氏系の勘解由小路家。そして今では雛埜宮と並ぶ天華族の1つとして数えられており、その家の正統後継者である彼の名は勘解由小路 紫礼。
「須藤。君の意見はよくわかったが、いくら同意見の人間を並べても彼自身の有用性を僕はこの目で見ていない。僕はその意見も尊重するつもりだが、最終的には自分で判断したいんだ」
彼は決して、俺を貶めようとしているわけではないだろう。仮にも天華族。彼もまた典型的な嫌味を言う人間ではないはずだ。確証は無いが。
「この教室には勘解由小路と雛埜宮がいる。例えクラス委員長という学園の中での役職であっても、その中での立場は、僕達より上に立つことになるわけだ。決して君達を下に見ているわけではないが、少なくとも勘解由小路はあいにく無抵抗な従順が嫌いでね」
崇の話を真摯に受け止めつつも、家柄がそれを厳しく断じている。天華族という国家最大級の権力を持った一族の後継者がこの教室には2人もいる。それだけ強大なチカラを持った家に生まれた以上、どんな小さなことでさえ簡単に軍門に降るわけにはいかないのだろう。家柄が、生まれ持って付随してきた矜持が甘くすることを許さない。
つまり勘解由小路はこう言っているのだ――新開 大和がA組をまとめる人間に相応しいことを納得させて見せろ、と。
「あー、何でも良いが、穏便なやり方でな。生徒主体で決定するようにとは言われているから深くは突っ込まんが、荒事だけは勘弁してくれ」
雰囲気が崩れたのを感じ取れたのか、今までただ成り行きを見守っていた長瀬先生が口を出した。彼の言う通り、俺もここで勘解由小路と決闘なんてバトル漫画の展開みたいなことを始めたりするつもりは一切無く、あくまで穏便に、俺がクラス委員長を務めるに足るという証拠を勘解由小路に見せればいい。
だが――どうやって?
ここで高橋先輩のようなカリスマ性があれば話は別だが、俺にはそんなものを持ち合わせていないし、彼女のように万人に愛される要素は見当たらない。
新開 大和に人を惹き付ける武器は無い。ではどうすれば、クラス委員長として勘解由小路を納得させられる?
崇のように様々な話題でクラスを1つにまとめるか。駄目だ、流石にそこまでのトーク能力は無いし、近坂という上位互換もいる為、きっと付け焼刃では続かない。
千春や志月のように趣味や知識を存分に披露して、感心を集めるか。いいや、俺には趣味らしい趣味なんて無いし、ああまで熱く語ることができる言葉も無い。
善吉や和海、戦のように自らの身体、身体能力や技術で注目を集めるか。無理だ。俺は善吉ほど筋骨隆々な体格ではないし、和海のように手先が器用でスポーツ万能というわけでもなく、また戦みたいに男か女か、見る異性によって抱く性別が変わるほどの中性的な美形ではない。
大和という1人の男に在るのは1つ――“神開一新流”のみだ。しかしこれこそ不可能。殺人拳なんて荒事は長瀬先生が見逃さないだろうし、何より、まるで見せびらかしているようで気に食わない。どんな辱めにあったとしても、この選択肢だけは未来永劫絶対に有り得ない。
マズい……どうするか。自分の不徳の致すところで自らの首を絞めているとは、何とも情けない。自分はこんなにも、何も無い人間だったのか。
八方塞がりの状況をどう打開するか――云々と考えていた時に、隣で誰かが近付いてきた。
「し、新開君……」
心配そうに俺を見つめるのは、天草。彼女もまた副委員長に立候補した身。となれば俺と同じ状況であるに違いない。加えて彼女には、このクラスに溶け込めていない、馴染めていないというデメリットが付随している。その美貌をもってしても、実は俺以上に苦しい立場かもしれない。
ん? デメリット……?
閃いた。電気が脳内に伝うような衝撃。これなら、上手くいけば今抱えた問題を一気に2つも解決できるかもしれない。
俺は何も無い人間か? いいや、まだだ。まだ、俺には残っている人がいる。
「天草!」
「え?」
そう、俺にはこの天草 桜花がいるのだ。
助けると言った。フォローすると言った。自分が可能な限り、全力で彼女を見捨てず孤独から救うと己の矜持に誓った。それを今、果たそう。
俺は天草の手を取り、教壇の前にまで引っ張って行く。
「へっ? ちょ、ちょっと」
何やら言いたげだが、今はそれに付き合っている時間も惜しく、聞き入れるのは後にすることにした。
「長瀬先生、この後って授業とか入っていますか?」
「ん? あぁ……元々今日は午後からA組の“血戦武装”の受け渡し予定日だったんだが、諸々の事情で来週に延期になったってのはさっき言ったよな。んで、この委員決めも前倒しにして行っているし、実を言うとこの後には授業も組まれていない」
それがどうかしたか、と長瀬先生は付け足す。どうも何も、この後にもう予定が入っていないのであればこの試みはより確実なものとなる。
「アイスブレイクをしよう」
● ●
皆が目を丸くしている。それも当然か。いきなりの展開に易々とついて来れる方が凄い。
「大和ぉ? アイス砕いてどうすんだよ。アイスは食べるもんだろ?」
「和海、そっちの食べる方のアイスじゃなくて……アイスブレイクってのは、初対面の人同士が共同で作業する時に、その緊張を上手く解きほぐす、一種のゲームみたいなものだよ。初対面の人に対する不安や緊張を氷に例え、それを溶かしたり、壊したりして余計な物を取り払おうってわけ」
コイツは生き字引か何かか。ともあれ、俺に代わって説明してくれたのは非常に助かった。
「志月の言った通りだ。まずはこのA組のまだ残っている邪魔な緊張とやらを一切壊して、より強い団結力を結べるようにしたい。とは言っても、単純にこれから皆で遊ぶだけなんだけどな。これが上手く成功すれば、俺はA組のクラス委員長として相応しいと認めてもらえるかもしれない。というわけで、今は俺が軽く仕切らせて貰う」
遊ぶだけ、という単語に反応し、教室内では歓喜の声が上がった。このクラスならば皆協力してくれるだろう。
「要するに、レクリエーションっつーことだな!」
崇が目を輝かせながら尋ねてくる。その通り、と頷くとより一層その輝きは増したように思えた。
「じゃあ! じゃあじゃあ! 俺ツイスターゲームしたい! 勿論男女合同で!」
この手の催し物で発言力を発揮するのは崇だとわかりきっている。何せ脳の8割方が遊ぶことで埋め尽くされており、それだけにこのアイスブレイクを成功させる要因でもあるのだ……アイディアが豊富という意味で、その案が全て健全なものであるとは限らないが。
「あからさま過ぎて投げる言葉がねぇよ」
「っせーな黙ってろ善吉! どうよ他の諸君!?」
ツイスターゲームというのは確か、非常に肉体的接触の多いゲームだ。詳しいルールはおぼろげだが、身体が絡み合うような内容だった気がする。崇のことだから何かしら卑猥な妄想が先立っての提案なのだろうが、そういった問題を解決することができれば簡単に熱中できるだろうし、何より言語活動が活発になって自然と全員が打ち解ける可能性は高い。身体が接触するというのも、距離を縮める手段でもある。
「一考する価値はあるかもな」
「うおおおっ!? や、大和どうした! 頭イカレたか!?」
「お前が提案したんだろう。ただ男女合同は色々と難しいし、かといって別々にしては意味が無い。しかし、こうした問題点は残っているがアイスブレイクとしての理には適っているぞ。それを無下に扱うほど俺は鬼畜外道じゃない」
まるで俺の存在を確認するかのように、崇は目をパチパチと頻りに瞬きを行っている。その三文芝居に付き合っている暇は無い。
「俺が司会進行しよう。天草は皆の意見を黒板にまとめてくれ。まずはツイスターゲーム。発案者は須藤 崇」
「あ……う、うんっ」
天草は呆けていた頭を整理して、指示された通りに白チョークを手に取って文字を書き始めた。
彼女が実行に移ったのを見て、皆の方に顔を向け直す。
「さぁ、他に意見は無いか? 委員決めで1日が終わるなんて勿体無さ過ぎるぞ。長瀬先生からも正式に許可が下りているわけだし、こういう時は存分に遊ぼう。皆でコレしたい、とか無いか? あるいは既出の意見に対して自分はこうしたい、でも何でも良いぞ」
正確にはそんな許可を貰った覚えなど無いが、そこはそれ、ノリという奴だ。長瀬先生の方から感じる視線を無視して皆の挙手を促した。
ちらほらと手が上がり始める。崇はまだアイディアが尽きていないのか、必死に自分をアピールするかの如く手を高く上げているが、しばらくは放って置こう。
もうすぐ午後1時半。通常授業の終了は大体午後4時半くらいだ。3時間ほどたっぷり遊べるのだから、いくつかのゲームを採用しておくと飽きが来ないし、メリハリも付いて良いのではないだろうか。
このまま上手く事が運んでくれると凄く助かる。今のこの雰囲気を作り出せたのも奇跡のようなモノだろう。A組という連中が単純に良い人が多いのかもしれないが。
何せ事の発端でもある勘解由小路でさえ先程から挙手しているのだ。良い性格してるよコイツ。
ともあれ、これで少しは天草もこのクラスに馴染めると幸いだ。
そう考え、ちらりと天草の横顔を見る。徐々にテンポが速くなっていくゲームの提案を俺が伝える度に笑顔で反応して、それらを丁寧に書き記している。
実はこれもアイスブレイクの1つだったのさ――後で天草にこう格好付けておこうか。ドン引きされるかもしれないが、らしくない言動をしたくなるくらいに俺は、彼女の笑顔が教室で見られたことが何よりも嬉しかった。
● ●
崇が喚いたものの、結局ツイスターゲームは女子の反対意見が多く、かつそれらの殆どがもっともな意見ばかりであった為却下された。
そうして意見の交換が数多く為され、自己紹介の延長線にある内容も取り入れたり、教室内だけではなく体育館に移動してのゲームも考えられ、最終的にアイスブレイクで行うゲームは3つに絞られた。
1つは制限時間内でペアの相手の良いところを褒めあげる、というもの。関わりの少ない、話したことの無い人が相手の場合は良いところはわからない為、とにかく褒める。第一印象を語ったりなど、そこはその人の話術次第。褒める褒められるというのは存在を認められることであり、緊張もほぐれやすいはず、という意見の元に進み、これが何と大成功。
特に天草には男女問わず多くのクラスメイトがこのゲームに託け容姿を中心に褒めちぎる、という予想以上の成果が上がった。普段から近寄りがたい高嶺の花のような印象を持たれていた分、その反動が大きかったようだ。
天草も天草で、嬉しさのあまり1人1人丁寧に対応しているものだから、一向に彼女の周りには人が途絶えなかった。彼女の方からも話しかけることができていたし、このゲームで確かな手応えは掴めたと思って良いだろう。天草が知らず知らずの内に作り上げていた、A組との壁は案外早く、簡単に取り壊すことができそうだ。
そして次に行ったゲームは人間知恵の輪、という有名なチーム対抗ゲーム。10人程度のチームで手を繋いで円を作り、他のチームから1人、その円にやって来る。その繋いだ手をほどかずに、グループ内の人間を潜らせたり、手の上に跨がせたりして滅茶苦茶に絡ませる。そして一定時間立った後、それらを見て覚える役であった1人は自分のグループに戻り複雑になった人の輪を、手を離さないように身体を動かして元に戻す指示を出していき、一番早く元に戻ったグループの勝ち、と特に工夫も加えず、ルールも定番のものとした。
ツイスターゲーム程ではないだろうが、これも十分手を繋いだりしており身体的な接触もある。崇は両手が塞がるから楽しみが3割減した、などと呟いていたが、聞こえないフリをしておいた。
そして、今まで仏頂面を決め込んでいた戦もようやく重い腰を上げたのか、不機嫌そうな顔をしながらも和海達に引っ張られるようにして参加していたことに驚きを隠せなかった。それが顔にも出ていたのだろう、彼女に見つかり思い切り腹を殴られたが、その痛みに勝るくらいの予想外の出来事だった。
彼女もまた、天草に見習って変わろうとしているのだろうか。以前の戦であれば颯爽と逃げ出していたはずである。最低限ながらもコミュニケーションを取りつつ、柔軟な身体を発揮して注目を集めている彼女の姿は何だか微笑ましいものがあった。
最後の締めはドッジボール。場所は長瀬先生を通し確保し、体育館の使用許可も下りた。部活が始まるまではA組に使用権がある。アイスブレイクという要素を取り入れたルールとなっており、ボールを人に当てた場合、ボールを投げた人が当たった人の名前を言わなければならない、というもの。そこで言えなかったり間違ったりしてしまうと無効になってしまうのだ。一見簡単そうであるが、名前というのは重要であるし、今日のゲームの締めとしては最適のルールと言えるだろう。
今ここに白熱したゲームが展開されるに違いない。そう誰もが思わせる、最初の一投が風を切って放たれた。
「須藤 崇」
顔面に叩き込まれ身悶えしている崇を視認してから、その名を呼んだのは戦。初投が顔面狙いとはいかにも彼女らしいと言えるが……。
「戦、顔面は無効だぞ」
しかし、両方の友人として流石に見逃せん。主審をしている天草も唖然としていたが、すぐに我に返り笛を鳴らしてセーフを告げた。
ていうか何だあの速度。何とか目で追えたが、あれを受け止めろと言われても自信は無い。代用とはいえバレーボールであんな速球を出せるものなのか、それとも戦の肩が凄まじいだけなのか。
「ッチ」
結構本気の舌打ちが聞こえた。彼女なりにこのドッジボールを楽しんでいる証拠だろう。
「ふむ……須藤、いきなりやられたのはだらしないにも程があるが、よくボールを自陣に残した。お前の死は無駄にはしないぞ」
須藤はまだ死んじゃいないぞ、とボールを掴んだ鷹頭に言おうとしたが、彼女の投球によって遮られてしまった。
戦ほどではないにしろ、流石は雛埜宮のボディーガード、といったところか。男並みかそれ以上の肩力を駆使して、戦に向かって速球を投げかけた。
それを戦は、受け止めはしなかった。片手で上に弾き上げる。勢いを失くしたボールはそのまま戦の手に落ち、ようやく受け止められた。
確かにルール上では一度弾いても床に落とさずに受け止めさえすればセーフとなるだろう。地域によっては狙って行えば反則かもしれないが、今この場においてそんな細かいルールは自由を狭める上、必要無い。
そもそも、こんな芸当をやってのけるなんて考えもつかない。
「鷹頭……だったか」
ボールを両手で弄びながら、戦は実に穏やかな声色で赤髪の彼女の存在を確かめる。
「いくら鷹でも、戦場を飛び回ってちゃあ……流れ弾で墜落するだけだ」
そう静かに、しかし明らかに怒気を孕んだ言葉――互いの名字で遊んだ――を発し、間髪入れずに彼女目掛けて剛速球を放った。
よくも俺にボールを投げたな。その意気や良し。殺してやる。
戦場ヶ崎 戦はきっとこのようなことを考えているに違いない。だから表情には出さずとも怒れている。その争い好きな性格は名前という呪いによるものだと彼女はかつて言った。そして、お前と同じだ、とも言った。
今、まさに戦いが始まったのである。白熱のような、泥沼のような、とにかく互いに譲れないから彼女達は他のチームメイトが青ざめるくらいにヒートアップしているのだ。
ヒートアップといえば、片面で行われていたゲームもそうだ。
「ッらぁ!!」
これこそ剛腕が為せる力技。勢い良く、最早効果音でも付けたくなるくらいの重い球が順調に相手コートの人数を減らしていた。
まるで砲弾――善吉という超重量の戦車から繰り出されるそれは、猛威を奮いつつもとうとう1人の手によって見事受け止められた。
「い、痛いなぁ……」
こういう時に限って血が騒ぐ、とか言って性格が豹変したりは全然していない大賀島もまた、善吉と同じ重さを有する者。彼の体型、筋肉量ならば善吉と拮抗できるということは想像に難くない。
「面白ぇ……!」
久々に全力を出せそうだ、とばかりに腕を、指を、全身をゴキゴキと鳴らし、反撃を迎え撃つ体勢に入った。
何というスポ根モノなのか。人によっては燃える状況なのかもしれないが、残念ながら俺には少々熱苦しいので、どうぞ全力で楽しんでください。
そうして千春の逃げ回る俊敏な動きで笑ったり、和海の反則――ボールが迫ってきたらつい足で蹴ってしまう癖――で呆れながらも楽しんでいると、隣に勘解由小路がやってきた。同じチームとして、何か作戦でも伝えに来てくれたのだろうか。
「……最初、君を馬鹿だと思ったよ。底無しの馬鹿だ、と」
いきなり暴言を吐かれたが、不思議と悪い意味を込めた言葉ではないと思えた。
「理由は、まぁある程度見当つくが」
「確かに僕はクラス委員長として相応しいかどうか、それを自分の目で確かめたいとは言ったよ。しかし君は、突然アイスブレイクなどと言い出した。長瀬先生が理解ある教師で良かったね。普通はこのようなこと、できやしない」
「今この現状は、できている。できなきゃそれは長瀬先生じゃなく、俺の運が無かったってことだよ」
「そうだね。君は実に運が良い。それも強運だ。こんな都合の良い、でき過ぎた展開を見事作り上げ、結束力を高めると同時に天草 桜花の孤独すら癒してみせた」
それは流石に聞き間違いか、と思った。天草の友達作ろう大作戦は真宮の7人と本人しか知らないはずである。
「彼女は今日まで、何か壁みたいなものがあってね。僕はそう積極性があるわけではないし、かといってナンパ気質があるわけではないから、そう易々と彼女に話しかけてどうこうしようなんて思いもしなかった。何より、君達が彼女にちょくちょく話しかけていたから、彼女はそれで良いんだと、満足しているんだと思っていたよ」
でも、と勘解由小路は言葉を繋げる。
「僕は今日、初めて天草 桜花という女子生徒を見た気がする。あんな素敵な笑顔ができる、魅力ある人だったとはね」
「それ、もう一度天草に聞かせてやってくれよ。多分爆発する」
冗談交じりにそう言うと、勘解由小路も自分の言ったことに多少なりとも気恥ずかしさを感じてきたのか、頬の赤らみを誤魔化すように指で掻いた。
「何はともあれ、これで天草も良い学園生活を送れると嬉しい。その確信が持てただけでも、これを半ば強制的に提案して実行した甲斐があったってもんだ。クラスの皆も、よく俺なんかに信じてここまでついて来てくれたと思うよ」
「だから、君は病的に運が良い。そして友人にも恵まれている。気付いていたと思うけど、白石、彼は君の影で支えるようにフォローを怠らなかった」
水分補給と言っては冷水器から水を運んで来てくれ、またチーム分けといった状況でも率先して動いてくれた彼の功労は計りしれない。彼がいてくれたからこそ、このアイスブレイクは成立したと言っても過言ではないのだ。
「それに相良と司馬、そして須藤。この3人はとにかく盛り上げる役に徹していた。それが功を奏したのか、全体の雰囲気を良くすることに繋がった。一見バカ騒ぎお祭り騒ぎと思われがちだが、計算してやっていると考えると恐ろしいね」
千春ならそれくらいの計算はしていそうだが、崇はそんな小難しいことなど一切考えていなかっただろう。ただ楽しいから遊ぶ。それに尽きる。和海は和海で、空気に敏感だ。雰囲気作りに努めたのだろう。
とはいえ、勘解由小路がこうして評価してくれているのだ。それをわざわざ俺がアイツ等のことを解説する必要は無い。友人として誇らしく、甘んじて受け入れよう。
「真田と戦場ヶ崎は今でこそ脚光を浴びて活躍しているが、彼等はそういうのは得意ではないと自覚しているからこそ、あえて最初は何もしなかった。そう、何もしない。それこそが君への最大のフォローだと思えたよ」
勘解由小路の言う通り、善吉と戦は一筋縄ではいかないところがある。人と異なっているから、それを最大限に活用できる時期まで自らを隠し、耐えた。
身の程を弁えている――というべきか。彼等は、確かに少しばかり特殊なのだ。
「しかし彼等は、君が主導したからこそ動いたんだろう。各々ができる限りの最善を尽くし、それが有機的に組み合わさって、結果が成功だ。そういう意味では、このアイスブレイクは君と彼等が作り出したんだと考えられる」
「それは――どうだろうな」
「仮に君じゃなかったら、そりゃ何人かは手伝いもしただろうけど、きっと瓦解していたよ。だから――君はクラス委員長に相応しい」
勘解由小路が俺を認めてくれた。その事実で、ようやく今日の肩の荷は完全に下りたと言える。
「でもそれは、君の主導によってこの結果を見たからだ。君達の連携は素晴らしいものだったけれど……君個人で見れば、クラス委員長という上に立つ者としては下の下だね。これは天草にも言えることだけど」
俺の安堵した表情に反応したのか、お決まりのような厳しいお言葉がすぐさま飛んで来た。
「こう言っては何だけれど、カリスマ性が無いのかもしれない。支配力というか、人も盲目的に従えさせるだけの魅力というか。とにかくリーダーには必要なものだ。ただ――」
「ただ?」
「――統制力はあるね、不思議と。戦争下では人柄的にも相まって、君を上官になることを望む部下は多いんじゃないかな」
それは……何とも恐縮だ。部下から望まれる上官はきっと善い人だから。俺がその善い人であれば良いなとは思う。
「僕だってそうさ。カリスマ性ってのを持ってる人間は大体遠いんだ。人を狂信させてコキ使われるより、近くにいる理解ある上官と共に頑張っていく方が生き残る確率はきっと高いだろうしね」
そこで俺はふと、高橋先輩を思い出した。彼女こそ魔性の女。老若男女、否、人間という枠を破って生物全てを酔わせる超常的な資質。絶対的な、言葉にできないカリスマ性を有した、王に足る人物。
彼女と俺は、やはり遠いのだろうか――。
「だから、君はクラス委員長だ。いや、もう誰もがそう思っているだろうし、代わりなんて認めないだろう。A組の委員長は新開 大和。そして副委員長は天草 桜花。これは最早確定事項だよ」
勘解由小路は満足げに言い切った。その黒い瞳はとても澄んでいる。
それにしても、この勘解由小路 紫礼。非常に状況を把握する能力というか、見る力がある。一之瀬とはまた違ったタイプの、客観視できる人間なのだろうか。
「何というか、勘解由小路、お前は凄く良い奴なんだな」
「今更かい? まさか……僕を典型的でよくある嫌味な貴族キャラと思ってたんじゃないだろうね」
「正直言うと、第一印象は」
というかお前、その手の話がわかる人間なのか。千春と和海、そして特に近坂には気を付けておけよ。あれよあれよという間に引き込まれてしまうぞ、きっと。
「心外だな。天華族ほどならば、性格だって基本的には良いと思うよ。本当の意味で、育ちが良いからね。ほら雛埜宮とか見なよ。アレ、蚊を叩き殺すどころか話しかけて友達になりそうなくらいじゃないか」
そんなメルヘン思考をしていたならば金を貸してくれとは頼みそうにないとは思うが、これは彼女によって他言無用と念を押されている為、反論はしなかった。
「天華族は友好的な人間が殆どだと考えて良いよ。例外はあるだろうけど……別に君達は知る必要は無いか、あくまで、厄介な大人達の問題だ」
やや含みのある、しかし今のこの場においては必要無いとばかりに、勘解由小路は言葉を切った。ここは、こちらから話題を変える必要があるだろう。
「とはいえ、最初に口を挟んできた時には吃驚したんだ。まさか『僕の方がクラス委員長に相応しいはずだ』とか言い出しかねない雰囲気だったからさ」
そこであえて考えなかった、もし勘解由小路を納得させられなかった場合にはどうしていたのかを尋ねてみることにした。
「もしかして、本当になるつもりだったか? 俺が駄目だった時とか」
勘解由小路はそれを聞いて苦笑を浮かべた。
「いや、そこまでは考えていなかったかな。でも多分、君をクラス委員長にしておいて心中はちっとも認めなかっただろうし、こうして腹を割って話したりはしなかっただろうね」
それは、最悪な結末だな。真にお飾り役職ということになる。
「それに僕はクラス委員長にはなれないよ。偉そうなことを言った後で申し訳ないけどね」
「何でだ? 勘解由小路家って家柄を除いても俺はお前か一之瀬が適任かと思ってたけどな」
「嬉しいけどね。それなら一之瀬に譲るよ。天華族がその手の役職に就くと、色々と面倒なのさ」
勘解由小路の言葉に合点がいった。なるほど、確かに天華族という権力者が学園内でも上位の役職――それこそ生徒会長といった生徒内での最高役職――に就くということはどうしたって支配的になってしまう。位置が高ければ高いほど、その家柄というその人の良さや個性を希薄にする附属物が邪魔をするのだ。恐れ、平伏す光景が目に浮かぶ。
「……例え下の下でも、そんなお前に認められたんだ。お前に、いやA組全員に恥をかかせないように誠心誠意、尽力させて貰うよ」
「その通り。それで良い」
そうして、俺達はしばらく無言でゲームを眺めていた。俺が統制し、皆で結束し、作り上げたこの瞬間、この光景は何物にも代え難い、価値のある思い出になるはずだと信じて――ああ、こういうのを男の友情という奴なのだろう。崇や志月、善吉とはまた異なった形だが、案外悪くない。
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天草 桜花は幸せの絶頂。彼女の心はとても満ちている。彼女の周りにはもう、人がたくさんいるから。彼女は自分だけの存在ではなくなったから。その彼女に、カゲリは嫉妬した。
『何故だ』
信じられない。彼女に友達ができるのか? このまま愛を知っていくのか?
『嫌だよ、そんなの』
認めない。だって言ったじゃないか。桜花、君は僕だけを見るって言ったじゃないか。僕だけが友達なんだろう? 僕だけが君の恋人で、人生の伴侶なんだろう?
『裏切ったな、桜花。君はその魅力で、その肉体で、その美貌で、男はおろか女すら誑かせて蕩けさせるつもりか』
これは素晴らしい裏切りだ。君は僕を苛めて楽しいのだろうね。そうして男を知って、股を簡単に開いて僕に捧げてくれると約束した唯一の証を失うんだろうね。嗚呼――酷い裏切りだァ。
『桜花、桜花……僕の愛しき最愛の戀人。君の心は常に憂い、壊れそうで可憐だった。嗚呼――君はなんて美しいんだ。なんて可愛らしいんだ。なんて、極上なんだ』
濡れる。彼女のことを思うだけで僕は暴発してしまう。それだけに君が魅力的だから――僕のカゲリは深く強く、特濃となる。
ソレはカゲリ。桜花の心に潜む、今は彼女すら存在を認知していない人外の欲。ただ彼女を愛し、犯し、蹂躙して愉しみ嗤う為だけに――それを彼女の為だと信じて疑わず――彼女の心を病ませ続ける。
故に、カゲリは決して見逃さない。天草 桜花は絶望がとてもよく似合うのだ。その顔に絶望をぶっかけて、滅茶苦茶に汚したくて堪らない。その豊満な身体にこの愛を刻み込み、他の男では決して満足できないように開発したくて堪らない。
『桜花、桜花、桜花ァァアア!!』
愛しているよ桜花。君は僕だけを見ていれば良い。僕だけを愛していれば良い。僕はずっと、君だけを見てきたのだから――契約に従えよォ。
彼女の心を犯していく。今日は特別に滅茶苦茶にしてあげよう。淫らに悶え狂う君の心を僕の脳裏だけに焼き付けよう。これは愛ある罰――調教だ。
天草 桜花は今、とても幸せだ。何故なら今までに無いくらいに人に満たされている。それをカゲリは許さない。天草 桜花に至高にして極上の絶望を。
※賀茂氏系の勘解由小路家は戦国時代には断絶したとされていますが、この作品では公的に表舞台から消しただけで存続している設定です。
第11話、どうだったでしょうか。何ともご都合主義が好みそうな、和気藹々としたクラスの雰囲気を感じ取って頂ければ、と思います。
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それでは、また第12話でお会いできることを祈りつつ、締めさせて頂きます。
本当にありがとうございました!