偽りと真実
第一話 13の月
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そこは地球によく似た世界。
その名は「ラクマリ」。
この世界の古い言葉で、それは「問う者」を意味する。
誰に何を、誰が問うて居るのか、それはこの世界の誰にも解らない。
しかし、この世界の人間は間違いなく試されている。
そう、今この瞬間でさえも……。
「はっ…はっ…はっ……」
男は街中を走っていた。
太陽が傾き沈み始めた街中を後ろを振り返る事も無くひたすら前を目指して走り続けていた。
額には大粒の汗が光、黒の生地に白いラインが入ったジャージ上下一式は既に雨にでも打たれたかの様にずぶ濡れになっている。
普通なら木陰にでも入って休憩する所だろう。
しかし、男には止まれない理由があった。
ズゥッドン!!
「ちっ!もう追いついて来たか……」
突然後ろで起こった爆音に、男は振り向かないままにそう呟くと近くの路地裏に入り込む。
そこは酷く入り組んでいて普通ならまともに走ることは出来ないだろう。
しかしそれでも、男は器用に速度を落とさないままその路地裏を走って行く。
もう何度も通った事があるかの様な見事な走りだった。
「上手く撒けたか?」
路地裏を抜けた所で男はようやく後ろを振り向き後方を確認するが、走る脚は全く止めない。
後ろには抜けてきた路地裏があるだけで特に他のモノは見当たらなかった。
「何とか撒けたみたいだな。」
男はそこでようやく安堵の声を洩らし少しだけ速度を落とす。
「もうすぐ合流地点の筈だけど……」
誰かと待ち合わせしていたのだろう。
男は街の外に出ると辺りを見回し目的の人物を探す。
探すとは言っても、街の外は特に整備が行き届いていると言うことも無く荒れ果てていて、アメリカの様な岩と砂で出来た荒地が続いているだけで、特に建物らしい建物処か道路すら無い。
そんな環境なのだ、動く人影があれば直ぐに分かる。
・・・・
勿論、味方以外にも……
「アレイン!!こっちよ。早く!」
「遅いから冷や冷やしたぜ全く……」
「悪い、予想以上にしつこくってさ。」
男――アレインはそう言って近くで彼を待っていた仲間の元へ駆け寄って行く。
そこには一組の男女が白を基調としたオープンタイプのジープの様な乗り物に乗っていた。
此処で「様な」と表現したのはその乗り物が車とは明らかに異なるのに車と表現するしかない様な形状だからだ。
その乗り物にはタイヤが無く、宙に浮いていた。
そう、SF等でお決まりの空飛ぶ車である。
「それより早く出してくれ。こんな場所に居たらいつ奴等に見付かるか……」
「あーちょっと遅かったみたいだ……」
「え……?」
アレインが後ろを振り返ると、そこにはまるで獣のように歯を剥き出しにして此方を威嚇する人の群れがあった。
「集団」ではなく、それは正しく「群れ」と言えるだろう。
何故なら――
「グルオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ!!」
「やだねぇ……。言葉まで忘れて獣みたいになるなんてさ。」
獣――そう、今の彼らは正に獣なのだ。
本能のままに獲物を襲い喰らう野獣。
「でも、それだって13月が終わるまでだ。」
「そうね、だから早く逃げましょう。」
「アイアイサー。んじゃ、跳ばすぜ?」
そう言うやいなや、アレイン達を乗せた空飛ぶ車は爆発的な速さで加速し、瞬く間にその場から過ぎ去っていった。
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「ここまで来れば暫くは大丈夫だろ。人も住んでないような辺境だしな。」
時刻は既に午後5時を回り辺りが暗くなり始めた頃、三人を乗せた空飛ぶ車は大きな岩山の頂上に停まっていた。
「油断は禁物よソールド。狂戦士化した人間は何処に現れるか分らないんだから。」
「へいへい、分かったよアイン。」
ソールドと呼ばれた金髪の青年は運転しながら気の抜けた声で助手席に座る女性――アインに返答する。
当然、アインはソールドのそんな態度が気に入らない様ですぐさま彼の左頬を抓った。
勿論運転に影響が出ないよう軽くではあるが、ソールドはワザとらしく――
「ひでででで!!いふぁいいふぁい!!わるふぁった!わるふぁったよ!!」
とたいして痛くも無いくせにそんな風にふざけて痛がっている様に見せる。
それを見て、アレインは軽く笑いながら何故こんな事になったのかを考えていた。
――それはもう10年も前になる。
始め、人々は何が起きているのか分からなかった。
いや、分かれなかったと言うのが正解かも知れない。
何せ当時の技術では調べても何も分からなかったのだから。
原因を特定する事が出来ないままに、脅威は広がり続けた。
――狂戦士化症候群。
そう名付けられた謎の病が、突然世界に広がり始めたのだ。
その病は人の脳のリミッターを外し、理性を失わせ凶暴化させてしまう。
その最大の特徴は、凶暴化よりも寧ろ凶暴化するタイミングに有ると言える。
と言うのも患者は決まって13月の午後2時半から深夜の12時半までの10時間の間だけ凶暴になり、他の時間は普通に生活しているのだ。
・・・
そう、普通に、だ。
それは、極めて異常な事だと言えよう。
つまり患者は覚えていないのだ。
自分が凶暴化して人を襲っていた事等、記憶に欠片も残っていないのである。
しかし、記憶には無くても事実は残る。
故に、患者達は始めの頃隔離施設に監禁に近い形で隔離され検査を連日の様に受けた。
そしてある日、ある事が発覚したのだ。
それはとあるウイルスの発見だった。
通常ウイルスは宿主の細胞を使い増殖する。
その増殖が体に影響を与えるのが病なのだが、そのウイルスは違った。
まずウイルスは通常のウイルス同様宿主の細胞を使い増殖する。
しかしそれは体に影響が出ない範囲でありそれが原因で病に成る事は無い。
問題はウイルスの行動だ。
ウイルスは人の脳に潜み、ある物質を宿主の脳へ直接投与し続けると言う特性を持っていた。
その物質の名は「カドリニウム」。
そして更にそのウイルスを研究した結果、驚くべき事実が明らかになった。
ウイルスを構成する元素等は全て自然界には存在しない物だったのだ。
つまりこのウイルスは人によって作られた人造ウイルスだったのである。
そして生成する物質とその構成元素の数が777種類有る事から、ウイルスはこう名付けられた。
カドリニウム―777。
通称「K-3」と。
一体誰が、どうやって作り出したのか?
連日連夜各国のトップ達が話し合った。
そして、それぞれの国に残る文献から、そのウイルスは今から約500年前の時代、“失われた時代”(ロストエイジ)に作られた負の遺産である事が分かった。
そして現在の国々が巨大な壁で区切られているのは、そのウイルスが原因である事も分かったのだ。
この世界には現在大きく分けて三つの国がある。
森と水の国「シクラス」。
鉱山と機械の国「メルラマ」。
そして今アレイン達が住む国。
法と秩序の国「ナテノイ」。
現在彼らが居るのはナテノイの首都「マラハ」郊外である。
実は現在、ナテノイは滅亡寸前の状態にある。
それと言うのも、ナテノイは三国の中で最も狂戦士化症候群の患者が多いのだ。
その為、狂戦士化していない人々は隣国のシクラスへと亡命していった。
しかし、亡命はそう簡単には行かない。
と言うのもシクラスに入る為には当然幾つかの町や村を抜ける必要があるからだ。
しかも、前述した通り今この世界の国々は途方も無く巨大な壁で囲まれている。
だから自然とルートは限られて来る。
そしてアレイン達はその中でも最も安全と思われるルートを通りシクラスの首都「ルマリア」へと向かっている途中である。
「しっかし毎年13月になるとこれだもんな……。勘弁して欲しいぜ全く。」
「ま、あと32日の辛抱だって。皆でがんばろ?」
「それに、シクラスならナテノイよりは安全だろうしな。」
「だといいけど……」
ラクマリは1日は24時間と地球と一緒だが、1週間は9日あり1ヶ月は4週となっている。
そして1年は13ヶ月あり地球よりも1年の間隔が長い。
狂戦士化症候群の患者が凶暴化するのはこの13ヵ月目の13月の間で、この月が終われば、また皆普通の生活を送り始めるのである。
因みに季節は4つあり、
1月~4月が花(春に該当する季節)、
5月~8月が風(夏と秋の中間の様な季節)、
9月~12月が雪(冬に該当する季節)、
13月が星(1年で最も星が見え、命が芽吹き始める季節)
となる。
特徴的なのはそれぞれの季節に観える月の数があり決まっている所だ。
ラクマリには衛星――つまり月が4つある。
花の時期に見えるのは1つ。
風の時期なら2つ。
雪の時期は3つ。
そして星の時期は4つ。
「次に4つの月が揃うのは今から32日後の午後6時……。俺達がシクラスに着くのは早けりゃ明後日の午前9時か……」
「常に満ち欠けするそれぞれの月…それが揃うのが月の初めと月の終わりなんだよね。」
「けどよ、なんかおかしいよな……」
「?何がだよソールド。」
アレインはソールドの言葉に首を傾げる。
何がおかしいのかまるで見当が付かないといった表情だ。
実際何も思い付かないのだろう。
それはアインも同じらしく、不思議そうな視線をソールドに送っている。
「いや…だって月はこの星の周りをグルグル回ってるんだろ?一応人工衛星でそれは確認されてるし、間違いない筈だ。なのに、なんで月が見える数が季節毎に決まってるんだろうって、そう思ってさ。」
「「………!!」」
(確かに…考えてもみなかった……)
ソールドの話に、二人は衝撃を受けた。
これまでそれが当然だと思い、特に疑問にも思わなかった常識が、実は大きな矛盾を孕んで居たと言う事実は、二人にとって今までに無い衝撃となった。
「ソールド…実は天才だったの……?」
「おうよ!じゃなかったらもう死んでるっての。」
「うん、まあそれは置いておくとして。」
「置いとくのかよ!!」
ソールドの抗議の声を軽く流してアレインは話を続ける。
「ソールドの疑問は考えてみれば尤もなものだ。そうなると、ウイルスの脅威から守る為に作られたあの壁に何故天井が無いのか、何故壁に2km以上近付けないのかも分かるかも知れないな。」
(国は間違いなく何かを隠している……。それが何かまでは分からないが……)
「とにかく、まずは拠点を得ないとな。ルマリアに急ごう。」
「そうね。ゆっくり寝たいし。」
「了解。んじゃまた飛ばすとするか。俺も腹一杯飯食いたいし――って!!?」
「うわっ!!」
「きゃっ!?な、なに?」
突然の爆音と共に、凄まじい突風がアレイン達を襲った。
それにより周囲の砂が巻き上がりアレイン達の視界を遮る。
しかし、アレインは見た。
巻き上がる砂の隙間から微かにではあるが確かに見たのだ。
巨大な人型のロボットが、ルマリアへ飛んでいく姿を……。
「ぺっぺっ……。っんだよ今のは……!おかげで口ん中が砂だらけだぜ。」
「私もだよ……。髪まで砂まみれなんて最悪……。」
「ん?どうしたんだアレイン?そんなボーっとしちまって。」
「何か見たの?」
二人の呼びかけにも反応せずアレインはルマリアの方角を呆然と見つめ続けている。
まるで魂が抜けてしまったかの様だ。
「ちょっとアレイン!しっかりしなさい!!」
その様子を見かねたアインがアレインの肩を強引に揺さぶる。
暫くの間、アレインはアインに揺さぶられるがままガクンガクンと頭を揺らしていたが、流石に気が付いた様でアインの手を掴む。
「も、もう大丈夫だから。それ以上揺らさないでくれ……流石に気持ち悪くなってきた……。」
そう言って青ざめた顔を二人に向ける。
本当に気分が悪くなったらしい。
「ボケーっとしてるお前が悪いんだぜ?」
「そうだよ。何かずっとルマリアの方見て固まってたけど……何か見たの?見たなら何を見たのか話して。私達もルマリアに行くんだから知っておきたい。」