結局、あなたは誰なんですか?
ようやく洞窟から出た私は、暗闇に慣れてしまった目をしばたかせる。
「やれやれ。本当に迷路だったね。助かったよ、ハクくん」
「これも何かの縁だからな。気にするな!」
ハクは本当に良い子だなぁ、とほのぼのしていると、私達から少し遅れて鳥も出てきた。もはや体力の限界のようで、飛び上がって少し飛んでは落ち、また少し飛んでは落ちを繰り返していた。
無事に出られたことだし、いい加減許してあげよう。そう思って桃子は鳥に近づき、荷物を持ち上げる。
「桃子?」
「もう充分働いてくれたし、放してあげてもいいんじゃないかな、と思って……」
不思議そうに見るアーティにそう言うと、鳥は私の肩に停まって、「そうだそうだ」と声を上げる。しかし、鳥は直ぐ様、アーティによって振り落とされた。
「調子に乗るな」
「すっ……すんません」
一瞬、アーティがものすごく怖かった。普段より声が低いし、侮蔑の目で鳥を見下ろしてるし……。
すぐにいつもの飄々とした表情に戻ったアーティは、私から荷物を取り上げた。
「桃子がそう言うんじゃ、しょうがない。美味しくなさそうだし、解放してあげよっか」
「まだ食べる気だったんですか!?」
アーティの許しを得た鳥は、逃げるように飛び去っていった。
「なんだ、元気じゃないか」
アーティは遠くなった鳥の後ろ姿を見ながら呟く。本当に動けなくなる限界までこき使うつもりだったのだろう。鳥としては、最後の力を振り絞って飛び立ったように見える。本当に、襲った人間が悪かったとしか言い様がない。
「ハク、いろいろとありがとう」
「何かあれば頼ってくれ。俺がなんとかしてやるから!」
見た目は狼で、言っていることは男前なのに、尻尾を振りながら嬉しそうに言う姿が可愛くて仕方がない。私が思わず、ぎゅっと抱きしめると、ハクは更に大きく尻尾を振って頬擦りしてくれた。ちょっとちくちくしたけれど、思いの外毛並みのいいハクを撫で回した後、私達は彼と別れ、洞窟を後にした。
あいかわらず杖の一振りで野性動物を蹴散らすアーティの後に付いて、途中の森の中に置いてきた馬の所まで辿り着いた。馬は他の動物に襲われないよう作った結界に守られ、川の傍で大人しく待っていた。
「お待たせ、お馬くん。ちょっと荷物が増えたけど、また乗せてもらうよ」
アーティはそう言って、まずは私を乗せようと、膝から抱えて私を持ち上げた。
「ようやく見つけた」
背後から声をかけられ、アーティは私を抱えたまま振り返る。
すると、木の影から軍服と思われる格好をした男女二人組が現れる。
一人は焦げ茶色の髪と目をした凛々しい顔立ちの少年で、もう一人はミルクティー色のショートボブと赤い目をした活発そうな少女だ。二人共、私やアーティと同年代ぐらいだろう。
「方々探したぞ、レイノルド」
「あらら~。見つかっちゃった」
憎々しげに言う少年に対し、アーティは平然とした様子で答える。
“レイノルド”とはアーティのことだろう。“アーティ”は偽名なのだろうか?この少年達やアーティは何者なんだ?
抱えられたまま思考を巡らせる私に目を向けた少年は、呆れたように溜め息を吐く。
「お前が少女を連れているという情報を聞いた時は、まさかと思ったが……ついに人体実験を始めたか」
「いや、研究費用のために人身売買かも……」
「君達、ひどいねぇ」
「あなた、他の人にも人格破綻者の烙印を押されているんですね」
「桃子まで?」
少女や私にまで言われ、アーティはさすがに釈然としないのか、眉根を寄せながら、私を地に下ろした。
「それで?わざわざ探しに来るってことは、何かあったの?」
「お前……それが突如行方をくらました奴の言うことか!?」
「ちゃんと置き手紙したよ。しばらくどこかに籠りますって」
「そういう問題じゃないだろ!そもそも、お前は……!」
少年がアーティに対して説教を始めた。アーティは真面目に聞いているのかいないのか、時々適当に返事をするだけで、後は黙っていつもの感情の読めない顔をしていた。
状況が全く読めない私がそんな二人のやり取りをぽかんとして見ていると、少女が私に近づいてきた。
「お嬢さん、いくつか質問してもよろしいですか?」
「……私も聞きたいことが、たくさんあります」
「申し遅れました。私は、ミリア・ティボルト。あちらは、ヨシュア・タイラーです」
「トウコ・フジタです。」
アーティから、この国ではファースト、ミドル、ファミリーの順に名乗ると聞いていたので、私もそれに倣って名を告げる。
「あなたは彼とはどういう関係ですか?」
「どう、と言われましても……そもそもあの人は何者なんですか?」
少女の言う彼、アーティに目をやりながら、質問を質問で返す。当の本人はまだ少年から説教を受けている。
「……彼のことをご存知ないんですか?」
「異世界の研究をしている魔法使いで、本人曰くおちゃめな16歳ということぐらいしか……」
「まさか……」
私が言うと、少女は険しい表情になり、右の太股に装着していた拳銃を手に取る。それをアーティと少年の方に向けると、躊躇うことなくそれぞれに発砲した。
「うわっ!?」
少年はすんでのところで身を屈めて弾をかわし、アーティは軽く後ろに飛んで避けていた。
「いきなり何をするんだ、ティボルト!?」
「あんたはぐだぐだ長すぎる」
「何をぅ!?」
少女は少年を見下ろしながらきっぱり言うと、アーティに銃口を向け直す。
「アティール、あんた……やらかしたわね」
「……てへっ」
「“てへっ”じゃない!」
少女はもう一発発砲するが、アーティはひらりと身をかわす。余裕綽々のアーティに諦めたのか、少女は舌打ちをしながら銃を下ろした。そこに起き上がった少年が詰め寄る。
「おい、どうしたんだ?」
「あの馬鹿、この人を異世界から呼んだのよ」
「何だと!?」
一方の私は、すぐ目の前での発砲に驚き、硬直してしまっていた。
今、撃った?拳銃ってあんなに平然と撃てるの?え、何これ?刑事ドラマ?
「大丈夫、桃子?」
混乱する私に、いつの間にか隣に立っていたアーティが声をかけた。はっと我にかえった私は、彼を問い詰める。
「何なんですか、この状況!?あなた、何者なんですか!?説明してください!」
「まあまあ、落ち着いて」
胸ぐらを掴まんばかりの勢いの私に対し、答える気があるのかないのか、アーティはあいかわらずのマイペースで宥めてくる。
……この変人、どうしてくれよう?
「トーコさん」
私が一発平手を打とうか思案しているところへ、少年らが並んで歩み寄ってきた。
「申し訳ありませんが、王宮までご同行願えませんか?」
「アティール、あんたは強制連行ね」
少年は私に丁寧な笑顔で、少女はアーティに冷たい目をして告げた。
私についての口調は任意という感じだったが、拒否権はないようで、私はアーティと共に強制連行されることになった。