犬と猫と神様と
「トーコが落ちてきた所が俺の所で良かった。サウラは気まぐれだから、入口から出てくる場所は一つじゃないんだ」
「そうなんだ……」
ハクについてきた判断は正しかったかもしれない。落下地点が変わるなら、あの場で待っていても、アーティとすぐには会えなかっただろう。それにしても、ハクは何故この洞窟にいたのか。穴の落下地点を変えるのは何かの魔法なのか。疑問は色々と浮かぶが、まずは先程から出てくる言葉の意味を尋ねることにした。
「そのサウラって何?人の名前?」
「知らないのか!?有名な神様じゃないか!」
そう言われても、異世界から来た私には全くの無名である。自分の事情を話すと長くなるので、まずは情報を得ることにした。
「サウラは運命を司る神で、いたずら好きで知られている。都には神々を祀る神殿があって、サウラの像もあるぞ。あまり似てないらしいが」
「へぇ……都って人里だよね?見たことあるの?」
まさか狼が町中をうろうろする世界なのだろうか?そうだとしたら、私は出歩けない。
「いや、行ったことすらないが、本人が言ってた」
「あ、良かった……って、本人?」
「サウラ」
「……神様の?」
「そうだ」
本当に不思議な世界だ。おかしな魔法使いがいて、狼と話ができるし、神様とも気軽に会える。何でも有りで感覚が麻痺してきたのか、あまり驚けない。
その時、私はふと思いついた。
「ねえ、その神様に私も会うことできる?」
「んー……サウラの気分次第だな。連れていってやろうか?」
「お願いします!」
そうだ、アーティは神様の洞窟だから、ここに連れてきたのかもしれない。魔法使いでも人を異世界に呼べるのだ。神様ならきっと、元の世界に戻してくれる!
そう思った私はもはや狼への警戒心はなく、意気揚々とハクについていった。
分かれ道が何度あっただろう?ハクとはぐれたら、間違いなく遭難する!
私は必死にハクにすがり付いて、無事に目的地へと到着することができた。
「ここでよくサウラが昼寝してるぞ」
「昼寝……」
そこは洞窟の中とは思えない空間だった。
洞窟の中なのに太陽のような光があり、草木や小さな滝まであったりする。これも神様の仕業なのだろうか?
「サウラは快適な環境のためなら、どんな場所でも改装してしまうんだ」
「改装のレベルじゃないよね?」
感心すべきか、呆れるべきか。どうもサウラというのは気ままな神様らしい。
「危ない!!」
その時、草影から何かが飛び出してきてハクを襲う。ハクは咄嗟に後ろに飛んで避けたが、先程まで立っていた地面には亀裂が入り、穴が空く。
「ちっ……野良犬め」
忌々しげに呟いたのは、ハク襲ったもの。黒豹だ。
「また猛獣!?」
「何すんだよ、ヘルゼ!」
どうやら知り合いらしいハクは、体勢を整えて睨みながら吠える。
「気安く名前を呼ぶな。性懲りもなくサウラの領域に足を踏み入れおって……」
ヘルゼと呼ばれた黒豹は、なおもハクに攻撃を加えるために跳躍しようと体勢を低くした。
黒豹は明らかにハクを傷つけるつもりだ。私は思わず口を出してしまった。
「待ってください!ハクは私を案内してくれただけなんです!私が神様に会いたいと言ったから……!」
「そなたはどうでもいい。問題はそのバカ犬だ」
ダメだ、やっぱり怖い。ハクと違って敵意むき出しだし、獰猛な目で唸ってるし。
しかし、聞く耳を持たなかった黒豹はぴくっと何かに反応を示したかと思うと、身体を起こし、姿勢を正した。
「どうしたんだ、ヘルゼ?」
「狼がやって来たので挨拶をしておりました」
嘘をつけ!排除しようとしてたでしょう!
そう否定するべきだったが、目の前に現れた人物に気を取られ、それどころではなかった。
長い赤毛に白い肌、つり上がり気味の目の色は金色。着物に似た白い衣装を纏った人物は、笑みを浮かべているが、近寄りがたいオーラを纏っている。
「よぅ、ハク!元気そうだな」
……と思ったら、ニカッと子どものような笑顔でハクに抱きついた。
もしかしなくても、この人が……?
「サウラ!そんなのに触ったら、ノミが移ります!」
「なんだ?ヘルゼもかまってほしいのか?ほら、こっちにおいで」
不満気に言った黒豹は素直に従って、ハクに抱きつく人物に擦り寄る。ハクも気持ち良さそうに撫でられている。私はその様子を呆気に取られて見ているしかなかった。
運命を司る神、サウラは動物マスターだった……。