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悩むだけでは始まらない

自分のクラスで過ごす時間が、こんなに苦痛なものだと思いもしなかった。早く、自主学習の時間にならないだろうか?


私とアーティが転入した特科は、個々の特性を活かすため、自主学習の時間が、一日に一時間以上設けられている。その時間はクラス単位で動く必要はなく、学園の敷地内であれば、どこで学習してもいいのだ。

つまり、学園内を探索する絶好のチャンス。


そして、私にとっては、救いの時間である。

何故なら……。


「ねえ、聞きました?あの留学生、セジュの王子様とも親しげにしていたんですって」

「まあ!レイノルド様のみならず、王子様にも馴れ馴れしくしているなんて!」

「図々しく、はしたない方ですわねぇ」


ご令嬢方の大きな陰口が聞こえる。少人数の特科でも複数いらっしゃるから、徒党を組んで遠巻きに私を攻めてくる。いとこだと言っているのに、この扱いだ。赤の他人と知られれば、どうなることやら……女子、恐い。

その他の女子と男子は関わりたくないからか、私を空気扱いだし……。

友達なんて、出来そうにない……あれ?涙で視界がぼやける。


「よしよし、桃子」


それもこれも、ぴったり私にくっついて頭を撫でてくるアーティのせいだ。彼が構うせいなのだが、弱っている今の私は抵抗せず、されるがまま。素直に甘えさせてもらっている。

それがますます、ご令嬢方の目をつり上がらせているのだが……。

ハク達がいればそっちに甘えるが、関係のない授業では、動物を教室に入れてはいけないことになっているので、仕方がない。


そういうわけで、私は自主学習の時間を待ち遠しく思っていた。



「アティール、いるかい?」


始業前のホームルームが終わると、またしても、騒がれるくらいの美形──クリスさんが現れた。男子までざわついて、教室中が浮き足立っている。

「あ、良かった。トーコさんもいる」

そして、私に向けられる敵意のこめられた視線。

さっきまで無視していた女子や男子のものまで含まれている。


……ダメだ、このクラスに私の居場所はない。

私は、そう悟ったのだった。



「どうしたんですか、クリス兄さん。わざわざ一年生のクラスまで来て」

周りのことは無視して、アーティはそのままクリスさんと話し始めた。私もクラスメイトのことは忘れて、会話に集中することにする。

「昨日、マリースからの伝言を忘れてたから。“フローラちゃんが夢でもいいから、お二人にお会いしたいですぅって言ってたよ”って」

クリスさんは真顔のまま、マリースさんとフローラ王女の声真似をやってのけた。……ちょっと不気味。

「あー……僕、昨日は寝てないです」

「……私は、夢でお会いできました」

私はあの疲れる夢を思い出す。












「──セイヤ様!それに、コンラートさんと……!?」




──フローラ王女が私の夢に引き入れたのは、セイヤ様とコンラートさん、彼らに引き摺られているジュネとナディだった。

私の夢なのに、別の意識が五人も入ってくるなんて……きっと、現実の私はうなされていることだろう。


「どういうことですか?人の夢の中までぞろぞろと……捕まえた敵まで引き連れて……」


現実でいろいろあった後の安眠妨害で、私の機嫌は下降していっている。セイヤ様相手でも、つい、険のある言い方をしてしまった。

「すまんな。こうして夢を伝うのが、盗聴の危険がなくて確実だからな」

「何も私の夢でなくても……」

「お前の夢が一番入りやすかったんだ。そう怒るな。ついでに、後で愚痴を聞いてやるから。どうせ、アーティ絡みでいろいろ溜まっているんだろう?」

セイヤ様は本当に申し訳ない気持ちがあるからか、優しく微笑んで説明してくれる。……セイヤ様といい、アーティといい、夢の中だったら、ちょっとまともな人になるのは何故だろう?

「さて、本題に入るぞ。このジュネとナディがお前に話したいことがあるそうだ。」

セイヤ様に押されて、ジュネとナディが私の前に出てくる。二人とも、神妙な顔をしている。

「……おい」

「は……はいっ!?」

ジュネに見上げるように睨みつけられて、私はびくっと体を震わせた。

「トーコくんが怖がっているじゃないか」

「またお仕置きされたいのか?」

コンラートさんとセイヤ様の笑顔の脅しで、ジュネはすぐに俯けていた顔を上げて、睨むのをやめてくれた。

「お……お前!本当に学園に乗り込んだのか!?ひぃ様に危害を加えないんだろうな!?」

「ひぃ様に近づけば、あの方が動き出すわよ!ひぃ様のこと、ちゃんと護ってくれるでしょうね!?」

ナディまでジュネに続いて詰め寄ってくる。ひぃ様とは、学園にいるという謎の存在のことだろうか?

二人の必死な様子に戸惑って、私はセイヤ様へ目をやった。セイヤ様は真顔で頷く。……話を合わせろ、ということらしい。

「……はい、大丈夫です。ちゃんと護ります」

ひぃ様やあの方が何者なのかは知らないが、セイヤ様が情報を吐く代わりに、ひぃ様の保護を条件としたのだろう。話を合わせるなら、そう答えるのが正解だ。

それに、二人がこんなに必死になる存在だ。危険があるのなら、護らなければ。………私ではそんな力はないけれど、多分、アーティなら、何があっても護りぬいてくれる。

「……なら、ひぃ様に会うためのヒントをあげるわ」

ナディとジュネは私の返事に納得したのか、近寄りすぎた距離を離し、姿勢を正した。


「私がひぃ様と会えたのは、私にとっては本当に偶然。奇跡に近いわ」

「お前達は、あの学園の生徒だったな?」

「ああ。ナディは普通科、俺は武術系の特科を卒業している。ひぃ様と会うまでは、俺達に接点はなかった」

セイヤ様の問いに、ジュネは素直に答える。……何故、私の夢の中で尋問を始めるんですか?

「あの方達、ひぃ様を護ってくれると確証を持てるまで話さない、と頑なだったんですよぉ。あのお兄様の尋問に」

私の疑問が伝わったのか、フローラ王女が説明してくれる。

「だから、お兄様はこうして、勇者様に直接約束させたんです。それに、この方が手間も省けて、情報漏洩の心配もない。一石二鳥、三鳥ですぅ」

「そうですか……」

それほどまで彼らが必死に護りたいひぃ様とは一体何者なんだろう?疑問は大きくなるばかりだ。

「ひぃ様と会うには、きっと、ひぃ様自身が望まないとダメ。そのためには、ひぃ様の目に留まらないと。学園内のいくつかの特定の場所で、彼女の目についたら、部屋の入口が現れて招かれる。私の場合、図書館の一番奥。あまり人が近づかない、古い本棚だったわ」

「何者なんだ?その、ひぃ様とは。その部屋に何があるんだ」

セイヤ様の問いに、ジュネは今度は首を横に振る。

「ひぃ様が何者なにか、俺達の口からは言えない。そういう契約をしてしまった」

「契約……魔法で物理的に語れないようになっているのかい?」

ジュネはコンラートさんに向かって頷く。

「今回の依頼主及びひぃ様の詳細は言えなくなっている」

「実は、今も結構キツいのよ。これ以上話すのは無理かもしれないわ」

そういうナディの顔は真っ青で、胸元を押さえている。ジュネもそんな彼女の背を擦っているが、顔色が悪い。

「ひぃ様が何者なのかは言えない。けど、ひぃ様はずっとあそこに閉じ込められて、助けを求めている。そんなひぃ様を縛りつけようとする存在がいっ……!?」

「ナディ!無茶するな!」

「なるほどな。どうやら、そのひぃ様が今回の出来事の鍵のようだ……ナディ、もう話さなくていいぞ」

セイヤ様はしゃがみこんで、苦しむナディに目線を合わせた。

「お前がひぃ様とやらを大切に思っていることはよくわかった。だからと言って、誘拐未遂や襲撃の件に対する扱いは変わらんがな」

「……こっちだって、仕事とひぃ様の件は別よ。そうじゃなかったら、話すもんですか」

顔面蒼白になりながら、睨み付けてくるナディを前に、セイヤ様は楽しげに笑みを浮かべる。

「さすがのプロ意識だな。そういうのは、嫌いじゃない」

「……私からも聞いていいですか?」

このまま、話が終わりそうなので、私はおずおずと声をかけた。みんなの視線が一斉に向けられる。……喋りにくい。けど、どうしても気になる。


「あなた達にとって、ひぃ様はどういう存在なんですか?」


プロ意識を曲げて、苦痛に耐えながら、ひぃ様の保護を願う理由を──




















「──詳細は、アーティに伝えてあります。クリスさんにも、後でお伝えしますね」

アーティとは起きてすぐに合流して、彼の部屋で話せたが、こんな人の多い所ではクリスさんに説明できない。

「じゃあ、昼休みに生徒会室においで。ミリア嬢やマオレク殿下も連れて」

「一人増えてもいいですか?」

「もちろん」

アーティが言う一人とは、稔くんのことだ。ヒランの養護施設出身の奨学生と、サザールの貴族の留学生が最初から繋がりを持っているのはおかしいので、あえて名前を上げないようだ。

稔くんといえば、彼を保護してくれた諜報員とまだ会っていなかったことを思い出す。一度、ちゃんとお礼とお詫びをしなければならないなぁ……。

やることがいっばいあるのが、今は救いだ。


「サティーユ様まで親しくされているなんて……!」

「なんてうらやま……身の程知らず!」


クラスメイトの視線が痛い。この苦痛を紛らわすためには、忙しくしていた方がいいのだ。

……あれ?視界がぼやけてきた?


「どっ……どうしたの、トーコさん!?」

「……大丈夫だよ、桃子。今、黙らせてくるから」

「余計なことをしないでください!」


涙目の私に気づいたアーティが、表情はそのままで不穏な空気を醸し出すので、私は慌てて引き留める。


アーティが本気で暴走する前に、早くこの潜入捜査を終えよう。

私は、そう決意を新たにするのだった。


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