不思議な洞窟
落ちている間に気絶していた私は、パラパラと降ってきた小石の音で目を覚ました。
「……アーティ!?」
がばっと起き上がった私はキョロキョロと辺りを見渡すが、彼の姿はなく、暗い洞窟が広がっているだけだった。
「そんな……」
ただでさえ何もわからない異世界なのに、頼みのアーティとはぐれ、謎の洞窟に一人ぼっちなんて……。それまで堪えていた不安が一気に襲ってくる。気がついたら涙が溢れていて、誰も見ていないのに膝を抱えて顔を伏せた。
怖い……助けて、お母さん!
「お前、腹でも減ってるのか?」
すぐ近くから声がして、私ははっと顔を上げる。
目の前には、光を放つ銀色の狼……。
「ひっ……!?」
食べられると思った私は、声にならない悲鳴を上げて卒倒してしまった。
一方、早々に鳥を退治して捕らえたアーティは、洞窟の入口付近を調べていた。
見た目では道が続いているように見えるが、杖で叩いてみようとしても地面がない。桃子はここを真っ逆さまに落ちてしまった。
「……ねえ、鳥」
アーティは気絶している鳥を杖で叩き起こす。目覚めた鳥はすっかり恐怖を抱いていて、押さえつけられていても抵抗することがなかった。
「君のせいで桃子を見失ったじゃないか。捜すの手伝ってもらうよ?」
表情は変わらないのに、有無を言わせぬ迫力で鳥を従わせたアーティは、その足に捕まり、ゆっくりと穴の中を下降していった。
「お、目が覚めたか?」
私が再び目を覚ました時、やっぱりそこには狼がいて……。
「ひっ……!?」
今度は気を失わなかったものの、私は急いで後退る。しかしすぐそこは壁で、逃げようがない。私は無我夢中で、アーティに持たされた剣を抜いて振り回す。
「来ないで!!あっち行って!!」
「待て待て!落ち着け、食ったりしないから!」
そう狼の口から発せられて、私は動きを止めた。
……この狼、さっきから喋ってる?
「俺はハクだ!お前は?」
「と……桃子」
「トーコか!お前、入口から落ちてきたんだろ?ケガはないか?」
狼ことハクは私の周りを回って身体を調べる。私はその間もびくびくと怯えながら、剣を握りしめていた。
「うん、大丈夫そうだな!」
ハクは確認を終えると、ニカッと笑顔を見せる。
狼も笑うのか。それに、この狼は私を心配してくれている……。
そう思うと次第に警戒心が薄れ、私はゆっくりと剣を下ろした。
「……ねえ、狼さん」
「ハクだって!」
「ハク……ここは一体どこなの?」
私が名前で呼ぶと、ハクのしっぽが大きく揺れた。狼を怖いと思うのに、私はその可愛らしい仕草にキュンとしてしまった。
「ここはサウラの洞窟だ。迷路みたいになってるから、侵入した奴は二度と出られないぞ!」
「可愛くしっぽを振りながら、とんでもないこと言わないでぇ!!」
私の目から、止まっていた涙が溢れ出す。
「大丈夫だ!トーコは俺がちゃんと外に出してやる!」
ハクはそう言って、奥へと歩き出す。薄暗い洞窟で、銀色の光はまるで道標のようだ。
「ほら!大丈夫だから、来いよ!」
ここで待っていればアーティが迎えに来てくれるかもしれない。でもこんな暗闇で、一人ぼっちで、来ないかもしれない迎えを待つなんて耐えられない。
私は銀色の狼を追って駆け出した。
ようやく地に足を付けたアーティは呪文を唱え、杖の先に光を灯し、辺りを見渡した。何もない、ただの暗い洞窟に見えた。ところが……。
「勘弁してくれよ、お兄さん。サイズ的に重量オーバーだって……まじきつい。それに、俺ら暗い所ダメだってのに、無理矢理連れてきて……あだっ!?」
アーティは杖で鳥の頭を叩いた。
「おやおや」
「“おやおや”じゃねぇよ!ちゃんと運んでやったのに、なんで叩くんだよ!」
「どうやらこの洞窟では動物とも話ができるようだね」
「……え?」
鳥とは表情がないものだと思っていたが、こうして言葉が通じると実に感情豊かだとわかる。アーティはただ感心していただけだが、鳥は怒らせてしまったと思ったのか、慌てて弁明する。
「ち……違うんですよ、お兄さん!この乱暴な口調は生まれつきで、別にあんたが憎くてやってるわけじゃ……」
「そんなことより、早く行くよ。鳥目ならさっき魔法をかけといたから、よく見えるでしょ?」
アーティはさっさと洞窟の奥へと歩み出す。鳥はいつの間にと驚きながら、アーティと先程降りてきた穴を見比べた。目がよく見えて、アーティと少し距離がある今なら逃げられるかもしれない。鳥がぐっと翼に力を込めた瞬間――
「とっとと来る」
暴君魔法使いが背後に立っていた。
鳥は心の中で涙を浮かべながら、アーティの後をついていった。