進むっきゃない
「なあなあ、トーコ。前の時みたいにサウラの護り石が何か力を貸してくれんじゃねぇか?」
それは、衝撃的な言葉だった──やっぱり、冷静さを欠いたら、正常な判断は出来ませんね。
気がついたら飛ばされていたその場所がどこなのかわからず、ミリアさんが持っていた通信機も通じない状態で、「さあ、どうしようか?」と膝を付き合わせた私達は、ハクの言葉に、はっと気づかされた。
「……石ってなんだい、ハク?」
マオレク王子だけは首を傾げて問いかけた。
ちなみに脱走しかけた蛇さんは、ミリアさんが気づいて声を上げ、直ぐ様王子が捕まえた。「ダメじゃないか、ジュリア!知らない土地で勝手に出歩いちゃ……迷子になるでしょ?」と言って、蛇のおでこにキスをして……。あまーいけど、こわーい。
「トーコは、運命の神・サウラから護り石を貰ったんだ。それが、前にトーコが困った時、不思議な力を発揮したんだ」
「へぇ……勇者に与えられた加護ってことか」
とは言うものの、自由自在に力を発揮してくれるものではない。突拍子のない力の発動は、サウラ本人のように気まぐれだ。
「神様、サウラ様……どうか力を貸してください」
私は胸元の石をぎゅっと固く握って祈った。しかし、しばらく待っても護りの石は、なんの反応も示さなかった。
『──そう簡単に神頼みしてもらっちゃ困るな。自分の力で可能な限り頑張るよいこのところにしか、サウラ様は力を貸しません』
ハクの脳裏に浮かび上がったサウラが、悪戯っぽい笑みを浮かべて告げた。
『そうそう、あの常識はずれの魔法使いがかけてた簡易召喚魔法は、強大な分、一回きりしか使えないみたいだぞ。あいつもそう簡単に助けに来ないから、まあ、今その場にいる連中で何とかしてみな』
ハクの脳内に直接話しかけてきたサウラの言葉をそのまま伝えられた私は、がくっと膝の力が抜けて地面に突っ伏した。
こんな、張りぼて勇者にどうしろと……?
「とりあえず、我々をここへ移動させた何者かがいるはずです。じっとしていては、その者の思うつぼでしょう。とは言え、ここがどこかわからない以上、移動は危険が伴います」
ミリアさんが私達を見渡して、悔しそうに眉根を寄せ、唇を噛んだ。
「……正直、私一人で皆様を護り抜く自信はありません」
「大丈夫だよ、ミリアちゃん。私も戦うから」
「私も!役に立たないかもしれないけど……足を引っ張らないようにします!」
マリースさんがそっとミリアさんの手を取り、私は自分に言い聞かせる意味を込め、力強く宣言した。ミリアさんも、きっと他の人も不測の事態に不安いっぱいのはずだ。アーティがいないからと恐れてばかりいてはいけないのだ。
「ま、君がそこまで気負わなくてもいいんじゃない?」
まさか、マオレク王子が人を心配して声をかけるとは思わなくて、私は彼を凝視してしまった。ミリアさん達も驚いたように彼を見ている。
「僕だってそれなりに戦えるよ。それに、この中で人型の男は僕だけだしね。女性を守るのは男の役目だよ。ちゃんと君を守るからね、ジュリア」
マオレク王子は淡々と告げた後、最後だけは甘く囁くように言って、首に巻き付けているジュリアの額に口付けた。お伽噺の王子様のような行動だが、いかんせん、相手は蛇だ。女性陣はときめくどころか、ドン引きだ。
「と、とにかく、辺りを捜索しながら、移動しましょう!」
いち早く立ち直ったミリアさんの号令で、私達は森へ入っていくことにした。
──神よ、これはなんの試練ですか?
「子どもは可愛いが、どうしても妻を取られたという思いにかられる」
「わかる~。特に息子ね。同じ男だからかなぁ?娘は可愛いよ。お嫁になんてやりたくない!」
「ああ、マリースは可愛い。タリスによく似ている」
「ていうか、似すぎだよね?可愛いけど……僕としては、嫁似の娘も欲しかったんだよね。けど、次生まれたのは息子だったからさ。もう、嫁取られた感、半端ないわけ」
「私は、お前がそうだったぞ」
「……まあ、なんだかんだ、アティールも可愛い可愛い我が子なんだけど」
「ああ、愛する妻と子ども、孫がいて私は幸せだ」
「家族に危害を加える奴は、生まれてきたことを後悔させてやりたくなるよね?」
「当然だ」
──物騒な会話をする親子の元へ、何故、自分は「お嬢様行方不明」の知らせをもたらさなければならないのだろう?
セイヤの命を受け、宰相の執務室へ報告に来た部下は、扉の前で硬直していた。部屋の中には、宰相のジョージだけでなく、その息子・ユーリもいるようで、二人で家族について熱く語っていた。間が悪いことに、報告内容は、勇者に同行している宰相の孫娘であるマリースが、その勇者と共に行方不明になってしまったという知らせがあった、というものだった。家族に深い愛情を注いでいる様子の二人にこのような報告をすれば、もしかしたら、先程の会話の中にあったように、生まれてきたことを後悔させられるのではないだろうか?自分が悪いわけではないのに、部下はそんな恐怖心を抱き、体が入室を拒んでしまっていた。
「……で?君は、いつまでそこにいるの?」
──気づかれていた!?
セイヤの部下は、中からユーリに声をかけられ、逃げ場がないと悟る。元々、セイヤに命じられた時点で、自分には進む以外の選択肢なんてなかったのだ。部下は、震える手を必死に抑え、宰相の執務室の扉を開いた──
森の中は不気味な程静かで、私達が生い茂る草の上を歩く足音しか聞こえない。
「動物の気配すら感じない……」
マオレク王子が辺りを見渡してポツリと呟く。私は恐怖を紛らすため、腕に抱えたミィをぎゅっと抱き締める。それと同時に、ミィが突然大きな声で鳴き出した。
「みゃああああ!!」
「どっ……どうしたの、ミィ!?」
慌ててミィを宥めようとしていた私は、ふっと自分に影がかかって、顔を上げた。
「トーコ!」
──ハクが私の方へ駆け出すのと、私に剣が降り下ろされるのは同時だった。




