旅は道連れ 世は無情
セジュは元々流れ者が始めた傭兵集団だった。それが、段々と大きくなり、次世代が増えていったことで安寧の地を求め、西の広野に腰を落ち着けた。当初は何もない土地だった。しかし、屈強な猛者達が多く、これまでの雇われ傭兵に加え、狩りや農作業、工芸、付近の未開の地の開拓を行って、今では立派な国となったのだ。
そんなセジュの第三王子マオレクが率いる使節団がサザールの国境を越えた時だった。白いロングコートに、フードを目深に被った長身の男が、馬車の行く手に立ち塞がった。
「何者だ!?」
「セジュ国のマオレク王子とお見受けする。私と共に来ていただこう」
護衛の問いかけに、男は機械に通したような低い声で答えた。男が手を上げて合図を送ると、馬車の周りに同じ白いコートを着た男の仲間がぞろぞろと現れた。
セジュの者は皆、屈強な傭兵だ。使節団員達は、不気味なコートの集団に、怯むことなく立ち向かっていった。マオレクはその様子を馬車の中から見守っていた。彼らが負けるとは思わないが、万一のことを考え、臨戦態勢を取らなければ……。
マオレクが壁に立て掛けている剣に伸ばした手は、別の誰かの手に掴まれた。
「マオレク様、こちらへ!お逃げください!」
「ナディ?いや、しかし……」
それは、メイドのナディだった。彼女は戦闘には参加せず、マオレクの傍に控えていたのだ。マオレクはメイドの不可解な行動に戸惑っている内に、彼女に手を引かれ、馬車の外に飛び出していた。
背後に戦闘の音を聞きながら、暗い森の中を走らされる。
「止まれ、ナディ!僕は……!」
「!!……マオレク様!?」
ナディが立ち止まった瞬間、マオレクの足下の地面が青白い光を放つ。
そこでマオレクの記憶は途切れ、気がつくと、ジュリアと一緒に森の中に倒れていたのだった──
マオレク王子の話を聞いた私は、アーティに別室へ連れ出された。ハク達はマオレク王子の傍に置いていかれることを嫌がっていたが、なんとか宥めてミリアさんに預けてきた。王子はよっぽど好きらしく、相変わらず熱い視線を彼らに向けていた。きっと今も、ヨシュアさん達が時間稼ぎに世間話をしてもまるで聞かずに、ハク達だけを見つめているだろう。
アーティと共にやって来たのは、いくつかある寝室の一つで、昨夜、ジークさんと覆面さん達が使っていた部屋だ。中に入ると、覆面さん達が待機していて、二枚の姿見を用意していた。
「殿下、マスター。勇者殿がいらっしゃいました」
覆面さんの……たしかダンさんという人の方が鏡に声をかけると、それぞれの鏡に、セイヤ様とコンラートさんが映し出される。
『……話は、アーティが繋いだままにしていた通信機から聞かせてもらった』
鏡に映ったセイヤ様は、少し疲れているように見える。
『それにしても、ハプニングが重なるねぇ』
『勇者様がイタズラ好きな神様に好かれてるせいじゃないですか?』
心なしか楽しそうなコンラートさんの横からひょっこり顔を出した王女の言葉で、私の脳裏にサウラの姿が過った。
「冗談に聞こえませんよ。それじゃまるで、桃子が悪いみたいじゃないですか」
『でも、勇者様に加護を与えた神様ならありえますよ?』
私も本気でサウラがこの連続するハプニングを呼び込んでいるんじゃないかと思えてきた。
『とにかく、マオレク王子は国賓だ。しっかり警護をしつつ、勇者作戦も遂行しろ』
「まだやるんですか!?」
このハプニングでは、さすがに勇者作戦は中止かと思いきや、セイヤ様はやる気だった。
「他の方の保護や賊の方はどうします?」
『元々国境近くの町まで迎えに行くべく、叔父上が人員を用意されていたから、既に向かっていただいた。本来は国境を越える前に町で待機するべしだったのだが、向こうが予定より大分早く来てしまったのだ。近くにいたなら、襲撃時にすぐ救援に行けたやもしれんな……』
「もしかしたら、その辺りも仕組まれたかもしれませんね」
『そうかもしれんが、今はとにかく……トーコ。お前には悪いが、マオレク王子と同行し、勇者の務めを果たしてもらう』
アーティから私へ視線を移したセイヤ様は、異論は認めないといった様子だった。
たしかに、セイヤ様が大変なのはわかるが、マオレク王子を連れて勇者をやるというのは、正直荷が重い。まさか他国の王子に偽勇者のことを話せるわけもなく、マオレク王子の目があるところではずっと勇者を演じ続けなくてはならなくなる。加えて、王子は何者かに狙われていて、いつ襲撃されてもおかしくない状況にある。もしもの時は、アーティ達がいるとは言え、対応しきれないかもしれない。そして何より、マオレク王子は「動物大好き!人間?興味ない」という変人だ。……一緒にいて耐えきれる自信がない。
『まあ、アーティ達がなんとかするから、そんなに気負うな』
「……王子には、どう説明するんですか?」
私が怪訝な表情でいると、アーティがぽんっと私の頭を優しく叩いた。
「大丈夫だよ、桃子」
アーティがそう言うと、安心してしまうから、不思議だ。
まだ納得していないながらも頷くところを、何故かニヤニヤと笑いながらセイヤ様達に見守られていることに私は気づいていなかった。
「コンちゃん大魔王にサザールの王女が拐われているので、先にこちらを救出します。そこには、魔王に操られているサザールの軍人達がいますので、彼らを解放し、護衛に加わってもらい、王子を万全の体制で王宮までお連れします」
リビングに戻ったアーティは、マオレク王子に一気に説明した。
何も知らない人が聞けば疑問が浮かびそうなものだが……。
「勇者だから、そんなに動物達に慕われているんですね!」
納得しちゃった。何故に“だから”なのかわからない。
マオレク王子は部屋に入った瞬間、ハク達に飛び付かれた私を尊敬の眼差しで見つめるのだった。




