さあ、冒険に出発だ!
私はいつ元の世界に戻れるかわからないので、アーティから稔くんに連絡をとってもらうことにした。
アーティは趣味で異世界の研究をしていて、いつか色んな世界を旅するのが夢だと言う。そうして異世界にメッセージを発信する術を開発し、たまたま言語が似ていた私が住む世界の日本でやりとりをする友人を作っていった。
「大概の人は、僕が異世界の人だと言っても信じないけど、杉山くんはすぐ信じてくれたよ」
「純真で素直な子なんです」
単純すぎるとも言うが、人を信じられるのは彼の良いところだ。
アーティは本棚の中から大きな分厚い本を取り出す。椅子に戻って、膝の上でそれを開くが、そこには何もかかれてなかった。
「……なんですか、これ?」
「メールボックスってやつかな?」
そう言ってアーティは、一緒に持ってきた羽ペンで、白紙の本に文字を書き出す。
“お隣のお姉さんは預かった”
「誘拐みたいな書き出しやめてください!更に心配かけます!」
「件名くらいくだけてこうかと……」
「いいから、ちゃんと説明してください!」
結局件名は訂正しなかったものの、アーティは私が異世界にいることとその経緯を真面目に書いた。
「これをどうやって、稔くんに送るんですか?」
「ここには電気がないけど、魔法があるからね。魔力で回線に繋ぐんだ」
そう言って、アーティが文章に手を翳すと、黒インクで書いた文字が緑色に変化した。
「これで送信完了。返信を受けると、自動的に次のページに表示されるよ。ちなみに、メールは次の日には消えてさっきみたいな白紙の本に戻るから、過去のメールを表示したい時は暗号を書くんだ。」
「へぇ……おもしろい」
「今はメールのやりとりしかできないけど、いずれは液晶みたいなものを作って、映像の送受信やホームページの閲覧ができるようにしたいと思ってる」
淡々と話す彼だが、その表情は僅かに緩み、楽しそうに見える。ただの変な人だと思っていたが、こうして夢を語る様子は、ただの純粋な少年に見える。
「あ、返信だ」
アーティがページをめくると、言ってた通り、自動的に文字が浮かんできた。
“マジで!?トーコちゃん、うらやましい!了解。おばちゃんにうまいこと言っとく。てか、オレも行きてぇ!”
稔くんはあっさり状況を飲み込んでくれたようだ。うらやましいとか、行きたいとか、あまり深刻に考えていないようだが……。
「呼んであげる?」
「やめてください。帰れるかどうかわからないのに、これ以上被害者を出さないでください」
「あ、僕を疑ってるね」
私が真面目に返すと、アーティは顔を上げて、真っ直ぐ私を見つめた。
「文章を送信できるんだ。君を向こうへ送ることも不可能じゃない。すぐには無理だけど、絶対帰してあげるよ」
顔は綺麗な彼が、真面目に自信満々に言うものだから、私は不覚にもドキドキしてしまう。変人だとわかっているのに……。
「でも、異世界のこと研究したいしな……二、三十年こっちにいない?」
「とっととうちに帰せ!!」
やっぱりいくら顔が良くても、中身が残念すぎる。
はたして、無事に帰れるのか……むしろ帰してもらえるのだろうか?
不安すぎる現実に、私は溜め息を吐いて項垂れた。
「桃子、出掛けるから支度して」
私が異世界に連れてこられた翌日の早朝――
寝室のベッドで眠っていた私は、短いノックの後、返事も待たずに入ってきたアーティに起こされた。
この建物は最初に連れてこられた地下室とそれに続く書斎、後は寝室とリビングの小さなロッジだった。昨日は異世界の説明を受けている内に夜になり、意外と紳士的なアーティは、寝室を私に譲り、自身は書斎で寝ることにした。
「……返事を待たなきゃ、ノックの意味ないですよ」
寝起きで怒る元気もない私は、やんわりと注意しながら起き上がった。着替えなんてないので、昨日連れてこられたボレロとスカートのままだから、あまり休めた気がしない。そこへ、アーティがこの世界の服一式を差し出す。
「これに着替えて。すぐに出るよ」
「着替えてって……どこに行くんですか?」
「あの後、徹夜で調べて、使えそうなものを見つけたから捕りに行くんだよ。善は急げって言うでしょ?外で待ってるから早くね」
アーティは言いたいことだけ言って出ていった。
仕方なく私は寝ぼけ眼を擦りながらベッドから降りることにした。昨日はものすごく疲れたのでまだ眠くて仕方なかったが、アーティに渡された服を広げた瞬間、一気に覚醒した。
「アーティさん!!」
「呼び捨てでいいよ」
ドアを蹴破る勢いで開いて出てきた私を、アーティはしれっとした顔で迎える。
「何なんですか、このロールプレイングゲームみたいな服は!?」
私に用意された服は、緑色のロングTシャツとキュロット、ブーツにマント、額あて、更には大きな剣というものだった。
「似合ってるよ。サイズもぴったりだね」
あいかわらず飄々としているアーティはローブで身を包み、大きなとんがり帽子を被っていて、パーティーの魔法使いという感じだ。
「君の世界で冒険といったらこのスタイルなんでしょ?」
「メル友に影響されすぎです!」
私は額あてとマントを脱ぎ捨て、剣をアーティに突き返す。
「剣は使えなくても、とりあえず持っておきなよ。護身用に」
「……危ない所に行くんですか?」
「………」
「………」
アーティは無言のままポンっと私の頭を優しく叩くと、自分の帽子を脱いで歩き出す。
「ちょっ……何か言ってくださいよ!!」
「さあ、冒険に出発だ!」
「そうじゃなくて!!」
さっさと歩いていくアーティの後を、私は慌てて追いかけるのだった。