覚悟を決めて
『――ってなわけで、桃子は無事です』
朝一番の定期連絡で、アーティは桃子と接触したと言ってきた。彼は問題児だが、優秀な部下でもある。桃子もこちらの意図を汲んで動いてくれているようで、セイヤは彼らの働きぶりに満足して微笑む。
「よくやった。引き続き、捜索を続けろ」
『なあ、そっちは何も掴めてないのか?早くトーコを開放してやれよ』
傍でアーティの報告を聞いていたハクが割り込んできた。彼はロンと違って誰の従者でもない。勇者にされた桃子を心配して王宮までついてきたのだ。今回の誘拐も、王族の思惑に関係なく、ただ友だちを助けるために動いているのだ。セイヤとて、彼女には申し訳ないと思うが、もう少し付き合ってもらわなければいけない。悲しい大人の事情だ。
「セイヤくん。確保したよ」
ハクへの返答に困っていると、マリースが執務室に入ってきた。
『セイヤ様……姉さんまで使ったんですか?』
アーティの表情は変わらないが、セイヤには彼が怒っているのがわかった。とは言え、彼女が動いた方が効率的なことも理解しているので、そこまでの怒りではない。
「マリースにはちゃんと後で詫びと礼をする。もちろん、トーコにも」
セイヤがそう言えば、アーティがそれ以上言及することはなかった。
「随分早かったな」
「協力者がいたからね。今、お祖父様が見ててくれてるよ」
『お祖父様まで使ったんですか?』
「私じゃないぞ」
セイヤはジョージには今回の件を依頼していない。おそらく、孫娘が動いたので、自主的に協力してくれたのだろう。それもある意味、セイヤの思惑通りだった。
「さて……材料は揃ったようだし、叔父上に発破をかけるとするか。お前達はそのまま待機してろ」
セイヤはアーティ達に指示して、報告用の手鏡を閉じた。そして部屋から出るためにマリースの横を通る際、彼女の耳元で呟く。
「すまない。助かったぞ、マリース」
「いってらっしゃい。トーコちゃんをよろしくね」
手を振るマリースに頷いて、セイヤは自室を後にした。
チンピラ達に誘拐された私は馬車に押し込められ、どこかに運ばれていた。荷物を搬送するためのもののようで、椅子がなく、私は固い床に座っていた。車の中には私だけで、チンピラ達は行者席やそれぞれの馬に乗っている。ガタガタと揺れる車内で、私はなんとか逃げようともがいてみたが、しっかり縛られた手足の縄はびくともしない。私は諦めて体力を温存することにして、チンピラ達の会話に聞き耳を立てていた。
「それにしても、勇者なんか誘拐してどうするんだ?」
「売るに決まってんだろ。こけにされた腹いせだ。異世界人だっつったら高く売れるしな」
誘拐の次は人身売買か……。なんとなく予想がついただけに、私はチンピラの発言にあまり驚きがなかった。ただ、早く逃げなければ、という焦りが募る。周りを見渡しても、車の中には何もない。私が身に付けているもので使えそうなものは護りの石くらいだ。それもいつ能力を発揮してくれるかわからない。私は溜め息を吐いて項垂れた。そこで目に入ったのは、コンラートさんに渡されていて履いているブーツだった。本当に、マリースさんに貰ったブーツとよく似ている。マリースさんから貰ったものであれば、靴先から刃が飛び出す仕組みになっている。このブーツもそうならいいのにと思いながら、私はなんとなく踵を擦りあわせた。仕掛けを作動させるには、こうするのだ。
すると、カチッと音がして、靴先から刃が飛び出した。
「……え?」
驚いた私は、まさかと思い、ブーツを色々な角度から見てみる。縛られた状態なので見れないところもあったが、あのブーツと同じ位置に仕掛けがあった。こんなブーツがそうそうあるとは思えない。
――もしかして、これは私が王宮に置いてきたブーツ?
あの日、女王に王宮に連れていかれた時、私はマリースさん直伝の色々仕込んだドレスとブーツだった。それらはパーティのために着替えさせられた時、そのまま王宮に置いてきたのだ。
何故そのブーツがここにあるのか……様々な疑惑が浮かぶが、ひとまず私は腕を刃先に持っていき、怪我をしないよう慎重に縄を切った。それから足の縄をほどき、そっと出入り口に近づいた。隙間から外を伺う。幸い、傍についているチンピラはいないようで、すぐ目の前は隠れられそうな茂みの多い森だった。速度もゆっくりで、足元もしっかりしてそうだ。
このままチンピラ達に連れていかれたら、何をされるかわからない。コンラートさん達よりずっと危険だろう。怖いけど、これを逃したらチャンスはないかもしれない。
私はゆっくり深呼吸すると、意を決して馬車から飛び降りた。




