早く助けてください
「じゃあ、僕はそろそろ起きるよ。いろいろやることがあるし」
私の話を聞き終えたアーティは、そう言って立ち上がる。
「……もう行っちゃうんですか?」
敵地に一人で残されるのはやっぱり不安で心細く、私はついアーティの服の裾を掴んでしまった。するとアーティは、ふわりと微笑み、私の頭を撫でる。
「セイヤ様の指示が出たら、すぐに助けるから、もう少し待っててね」
普段あまり表情を変えない美少年の笑顔は効果抜群だ。しかも、いつも怪しいローブを着ているくせに、今は普通の格好なので美少年度は普段より高い。私がドキッとしてしまったのも仕方ないことだ。そう、仕方ないのだ。
私は真っ赤になって俯き、アーティから手を放した。
「帰ったらパーティの仕切り直ししようね。今度は姉さんやセイヤ様とか身内だけで。ごちそうもいっぱいで……」
アーティが私を励ますつもりで言ったであろう“ごちそう”で思い出した。
「ロンは!?まだ焼き鳥になってないですよね!?」
ばっと顔を上げた私の必死な表情に、アーティはきょとんと目を丸くした。夢の中のアーティは、現実より表情豊かだ。
「実際に目の前で曲者にやられた怪我より、やったかどうかもわからない僕のお仕置きの方が心配なの?」
「もちろん、怪我も心配です。でも、普段の扱い方を見てたら、あなたのその後の行動の方が心配になります!」
「え~?僕ってどんな印象持たれてるの?」
アーティはいつもの飄々とした表情に戻って首を傾げた。どんなも何も、とんでもない変人という印象だ。すごい人だとは思うが、いつも同じ表情と態度で何を考えているかわからないし、とことんマイペース。そして、気に入らない相手には容赦がない。出会った当初のロンの扱いは、本当に酷いものだった。今も杖で叩いたり、つついたり……いくら襲ってきた野性動物とはいえ、もう少し優しく接してあげてほしいものだ。
「心配しなくても大丈夫だよ。曲者の攻撃も受けてない。今も、僕達と一緒に桃子を探してる」
「良かった……」
私はほっと息を吐く。アーティは使える従者くらいにしか思ってないかもしれないが、私にとってロンは大事な仲間なのだ。
「それじゃあ、今度こそ行くね。護りの石はちゃんと持っとくんだよ」
立ち去ろうとするアーティが放った言葉に、私は自分の胸元に目をやった。ドレスは奪われてしまったが、ネックレスにしているこの石は奪われずに済んだ。今のところ、ただのアクセサリーだと思われているようだが、これは仔猫達の魔法を解く程の不思議な力がある。また何か力を発揮してくれるかもしれない。アーティの言う通り、ちゃんと持っておかなければ。
私は夢の中にも存在するそれを、ぎゅっと強く握った。
目が覚めると、やっぱりそこは敵のアジトで、私はがっかりしながらベッドを降りた。
「おはようございます、勇者さん」
私が身支度を終えたちょいど良いタイミングで、ソウマがノックして部屋に入ってきた。朝食が乗った盆を持っている。
「マスターがまだお戻りになりませんので、食事はこちらで召し上がってください」
ここに誘拐されてきてからというもの、食事は常に広間で、コンラートさんと一緒だった。それが昨夜から、部屋まで直接運ばれた食事を一人で取るようになった。
「……コンラートさんは何の用事?」
一応敵なので答えてもらえるとは思っていないが、私はおずおずと聞いてみる。すると、ソウマは案外すんなりと答えてくれた。
「将軍のところに行ったんです。マスターは将軍の従者としてのお仕事もあるので」
「……チンピラのことの苦情を言いにでなく?」
あわよくば、そのことで将軍と揉めて仲違いしてほしいのだが……。
「さぁ?そこまでは……」
ソウマも詳しいことはわからないらしく、結局大した情報を得られないまま、私は朝食を終えた。
ソウマがお皿を持っていって一人になった私は、部屋を調べてみることにした。珍しく一人になったこの機会に、何か使えそうなものを見つけておきたかった。しかし、私を閉じ込めておく部屋にそんな物を置くはずがなく、やはりあるのはベッドと装飾品、テーブルと椅子くらいだ。私が金ぴかな時計を持って溜め息を吐いていると、廊下が騒がしくなってきた。段々声が近づいてくる。
なんだろう?もしかして、アーティ達がここに辿り着いたのだろうか?
私は不安を抱えつつ、少し期待して、ドアが開くのを待った。
「よぅ、勇者様」
そこにいたのは昨日のチンピラ達で、私は心底がっかりした。
「なんだよ、その顔!?そんなに俺達が不満かよ!」
どうやら顔に出てしまったらしい。今の私は無防備なのだから、下手に相手を刺激してはならない。
「何故あなた達がここに?覆面の人達はどうしたんですか?」
真面目な表情になった私が尋ねると、チンピラの一人がニヤリとして答えた。
「あいつらなら、おねんねしてるよ。あの厄介な火傷の男がいないから、楽勝だったぜ」
「昨日は邪魔が入っちまったからな。今日はゆっくり話そうぜ、勇者ちゃん?」
どうやら覆面達はやられてしまったようだ。私は後ずさって距離を取るが、あっさりチンピラ達に捕まってしまった。
「離して!!」
「殺しはしねぇから、安心しな」
チンピラ達は暴れる私を縛り上げ、猿轡を噛ませて担ぎ上げた。私はそのまま為す術もなく、屋敷の外に連れ出されてしまった。
誘拐された先でまた誘拐されるというとんでもない事態で、私はとにかく殺されないことと、アーティが早く助けに来てくれることを願うのだった。




