とんでもない変人です
――藤田桃子。
一般家庭の長女として生まれた、真面目だけが取り柄のごく普通の少女。
中学三年生。やぎ座のA型。身長155㎝、体じゅ……――
「うわぁー!!」
重大な秘密を暴露されるような気がした私は、慌てて意識を浮上させて、起き上がった。
「おはよう、桃子」
夢であってほしかったが、そこはクリーム色の壁紙が貼られた自分の部屋ではなく、冷たい石で埋め尽くされた薄暗い部屋。眠っていたのはふかふかのベッドではなく、硬い石畳。目の前にいるのは優しい母ではなく、とっても怪しい美少年。先程とまったく変わらない光景だ。
「……せめてそこは、ベッドに運ぶとか……」
「君が気絶してたの、ほんの四、五分だよ。先にやることやってたら、運ぶ間もなかった」
「やること?……というか、名前?」
自己紹介をした覚えはないが、彼は私を名で呼んだ。
「意識を読み取る魔法があるんだよ。疲れるからあんまりやらないけど」
「……じゃあ……もしかして、私のた、たい……」
「体重?健康的でいいんじゃないかな?」
バレた。乙女の秘密を無断で……。
私の顔は羞恥で真っ赤に染まった。
「なんなんですか、あなた!さっきから勝手すぎます!いきなり異世界とか言って、変な所に連れてくるし!個人情報を読むし!」
「一応素性を調べとかないと……ねっ」
「“ねっ”じゃなーい!!」
人差し指を頬に当てて、こてんと首を傾げる少年を一喝する。
この人、マイペースすぎる。
ひとまず部屋を移動しようということになり、書斎に案内された。この部屋は隠し部屋らしく、書斎では本棚が扉になっていた。そこは先程の怪しい様子はなく、壁紙や照明も付いたきちんとした部屋だった。分厚い本がびっしりと詰まった本棚に、クローゼット。部屋の中央にはゆったりと寛げそうな背もたれ付きの椅子が一つ置いてあるシンプルな部屋だ。
「君はそっちにどうぞ。僕はもう一つ椅子出すから」
そう言って少年は、クローゼットから折り畳み式の椅子を出して、そこに腰かける。一応、紳士的なところもあるようだ。
「とりあえず、自己紹介。僕はアーティ。十六歳です」
「……藤田桃子。中学三年生です。あの、ここはどこなんですか?」
「世界としては名前がないからどう呼んだらいいかわからないけど、今いる国はサザール。景観は……こんな感じ」
少年ことアーティが杖を振ると、一瞬で景色が変わる。そこは緑の山々に囲まれた美しい湖畔で、側には小さなロッジがある。そして、澄んだ空には……背中に蝙蝠のような翼を生やした巨大なトカゲが飛び、湖の対岸には、森から出てきた三つの頭と尾を持つ巨大な黒猫が、それぞれの頭で水を飲んでいる。私達の回りには、どこから飛んできた、半透明の蝶々のような羽を持った小さな可愛い女の子達が笑顔で手を振りながら旋回している。
「ふ……ファンタジー?」
「だから言ったでしょ、異世界だって」
私は奇妙な生物達を見たまま、顔をひきつらせる。何てところに連れてきてくれたんだ!
アーティがまた杖を振って、私達は元の書斎に戻ってきた。
「ここが異世界って信じた?君の世界は化学が進化して、魔法を信じる人は少ないって聞いたけど?」
「……早くおうちに帰してください」
アーティを睨みつけるが、彼はあいかわらず飄々としたままだ。
「こうなった原因を考えたんだ。そもそも僕は、杉山さんちに行こうと、異世界転送魔法を使ったんだ。ちょっと座標がずれてたみたいだけど」
「……杉山さん?」
「君の世界に住んでる杉山さんだよ。そこの稔くんとメル友なんだ」
「……メル友?」
情報処理が追いつかず、うまく追及の言葉が出ない。杉山稔くんとは、お隣に住む、一個下の幼なじみだろうか。彼が異世界と交流があったとは初耳だ。行こうとしてたって、あなた、私の住んでる世界に来て何するつもりですか?
「で、何が悪かったかというと、古い書物に載ってたこの魔法が、こっちに転送する片道限定魔法だったことだ。うっかりその文言を見逃しちゃった」
「うっかりどころのミスじゃないでしょ!」
とにもかくにも、悪いのはこの男だ。私は彼の胸ぐらを掴む勢いで迫る。
「確かに、君をここに呼び出しちゃったのは僕にも責任があるだろう」
「“だろう”も何も、100%あなたの責任です」
「元の世界に戻るのを手伝ってあげよう!」
「何で上から目線なんですか!絶対、うちに帰してください!」
疲れる、ものすごく。
私は異世界に連れてこられた衝撃を忘れるくらい、この変人の扱いに悩まされるのだった。




