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敵の事情

「ソウマと仲良くしてくれてるようだね」


私とソウマがお菓子をつまみながらおしゃべりしているところへ、コンラートさんと覆面一号がやって来た。

「マスター!ジークさん!」

ソウマは嬉しそうに二人を駆け寄った。

「すごいんですよ、勇者さんの世界!魔法がないのに空を飛んだり、山みたいにおっきい建物を作ったりするんですって!」

「おもしろい話が聞けて良かったね」

はしゃぐソウマを見て、コンラートさんは目元を緩める。火傷のせいでいつも不気味に見えるが、それはとても優しいものだとわかる。二人はまるで親子のようだ。……隣の怪しい覆面で雰囲気ぶち壊しだが。

それはそうと、ソウマが自然に口にしていたが、“ジークさん”というのは、覆面一号の本名だろうか?

「ソウマ……さりげなく、勇者殿の前で本名をバラすな……」

「あ……ごめんなさい」

「良いじゃないか。名前くらい。この際、勇者殿に“ジーちゃん”と呼んでもらえ」

しゅんっとするソウマの頭を撫でながら、コンラートさんがまたふざけたことを言い出す。

「それでしたら、“ジーくん”の方がいいです」

それを大真面目に返す覆面一号……この大人達は本当に、どこまで本気なのやら?私は溜め息を吐いて話題を変えた。

「……それで、何をしにいらしたんですか?」

「作戦が一段落したから、楽しそうなお茶会に混ぜてもらおうと思ってね」

普通にコンラートさんと会話してしまった私は、はっと我に帰る。ソウマがあまりに子どもらしい反応をするので、ついほのぼのしてしまっていた私ははっと自分の置かれた状況を思い出した。

彼らは王子失脚を目論む誘拐犯で、私はその被害者の(偽)勇者だ。敵の情報を聞き出すためにおしゃべりをしても、打ち解けすぎて目的を見失ってはいけない。

「上手くいったんですか?」

「いや。予想通り、あっさり見破られたよ」

ソウマの問いに、コンラートさんはけろりとして答える。

「そもそも無理があるんですよ、将軍の作戦は……あの方は将軍としては優秀ですが、悪どいことは苦手なんですね。作戦が拙すぎます」

「好きにやらせてさしあげればいいんだよ」

覆面一号は仮にも仕えている人に対し、言いたい放題である。コンラートさんも咎める様子はないし……この人達は、本当に将軍の部下なのだろうか?

「覆……ジークさんは将軍が嫌いなんですか?」

こっそり呼んでいたあだ名を言いそうになり、私は慌てて言い直した。覆面一号改めジークさんは、特に気にした様子はなく、さらりと答えてくれた。

「好き嫌いの問題ではありませんよ。マスターが将軍に従われる以上、私もそれに倣うだけです」

「……ジークは良い部下だね。引き続き、頼むよ」

コンラートさんはぽんっとジークさんの肩を叩いて、微笑む。

その笑みは、やっぱりもう不気味に見えることはなく、やり取りを聞いていても彼らを怖いとか、悪い人だとか感じることもなく……随分ほだされてしまったみたいだな、と私は苦笑した。



「おい!待て!」

穏やかな空気を切り裂くように、廊下が騒がしくなってきた。

「邪魔すんなよ!」

段々声が近付いてくるなと思っていると、部屋のドアが乱暴に開かれた。

ずかずかと入ってきたのは、いかにも柄の悪そうな男達だ。どこにでもチンピラはいるようだ。男達は行く手を阻もうとする覆面を押し退け、中には殴ったり蹴ったりしている者もいる。

「あんたがコンラートか?」

チンピラのリーダーらしい男が、コンラートさんの前までやって来る。

「申し訳ありません、マスター。この者達があの方に雇われたらしく、勝手に入ってきてしまって……」

部屋から追い出そうとしながら覆面の一人が言う。彼は蹴られているのに、やり返そうとはしない。他の覆面達も決して暴力に出ようとはせず、部屋の外へ向け押しているだけだ。

「あんただけじゃ不安なんだと。俺達に任せな」

引っ張ろうとする覆面の腕を払いのけ、チンピラのリーダーらしき男が挑発的に言う。コンラートさんの顔が険しくなる。

「こいつが勇者?」

「なんだ、ただのガキじゃねぇか」

「女だって言うから、期待してたのによ」

チンピラ達が私に気づき、じろじろ値踏みするように見てくる。対応に困っていると、ジークさんとソウマがさっと私の前に出てチンピラから見えないようにしてくれた。

「……せっかくだが、こちらは大丈夫だ。お引き取り願う」

コンラートさんが笑顔でチンピラに言う。先程までの穏やかなものではない。不気味というのも少し違う……迫力があって、すごく怖い。

「ああ?何言ってたんだよ、おっさん?こっちは頼まれて、わざわざ来てやったんだぜ」

掴みかかってくるリーダーっぽいチンピラを、コンラートさんは一瞬でドアの方へ投げ飛ばした。

「お引き取り願う」

笑顔なのに凄みがあるコンラートさんにたじろいだのか、チンピラ達は「覚えてろ」とお馴染みの捨て台詞を言って出ていった。

「ジーク、あいつらが入れないように出来るか?」

「将軍の許可を受けている者達なので……やるとしたら、将軍も入れなくなります」

「だよね。まあ、出来る範囲で結界の強化をしといて」

「承知しました」

どうやら、ここには結界が張られていて、それを作っているのはジークさんのようだ。二人の会話から予想をたてていると、コンラートさんが私に目を向けた。

「見苦しいところを見せてしまって申し訳ない。ちょっと用事を思い出したから、失礼させてもらうよ」

私の返事も聞かずに、コンラートさんはジークさんを伴い、出口へ向かって足早に歩きだす。すると覆面達はさっと左右に分かれて道を作った。本当に、この人達はチームワーク抜群だ。

「そうそう、お前達。今度あんなのが来たら遠慮なく追い返しちゃって良いから」

コンラートさんは近くにいた覆面の肩をぽんっと叩くと、覆面の道を通って出ていった。


私はこの一連の騒動を呆然と見ているしかなかったが、何となくわかったことがある。

――コンラートさんは将軍に従順ではないこと。ソウマと覆面達はあくまでコンラートさんに従っていること。そして、コンラートさんは彼らを大切にしていること。

将軍の好きなようにさせると言いながら、コンラートさんは将軍が雇ったチンピラを追い返した。それはきっと、覆面達に暴力をふるわれて怒ったからだ。

私は、このまま将軍とコンラートさんが仲違いして、内部分裂してくれないかな?と密かに期待していた。


しかし、事実はもっと複雑で、思いもよらぬ展開が待っていたのだった。

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