とりあえずは無事です
遠く離れていくコウモリの後ろ姿を見送りながら、アーティは背後に立った人物に問いかける。
「……どういうつもりですか、セイヤ様?」
そこにいたのは自分が仕える王子・セイヤ。彼の制止の声がなければ、今頃曲者に追いつき、捕らえていたはずだ。アーティは表情に出さないが、内心苦々しい思いを抱いていた。
「トーコを拐ったのは、おそらく一連の騒動の犯人だ。このまま彼女には敵の懐に入り込んでもらう」
冷静に言い放つセイヤの首筋にヒュッと風が当たる。
「アティールくん!?」
マリースが驚きの声を上げる。セイヤの首に当たるか当たらないかギリギリのところへ、アーティが武器を向けていたのだ。
「らしくないですよ。彼女は元の世界に帰す約束でしょう?」
「らしくないのはお前だ。使えるものは何でも使う……お前も私と同じ考えのはずだ」
「……もっと誠実な方だと思っていました」
「出来るのならそうしたい。だが、私は上に立つ者として、国民のために最善な方法を取らねばならない……例え、それが友人を裏切ることでも」
セイヤは動じることなく、強い意思を持った目をしている。それを真っ直ぐ受け止めたアーティは、しばらくしてすっと武器を下ろした。
「それに、私はまだ裏切っていないぞ。魔物退治は一度きりだし、パーティやら誘拐やらは、それに伴うオプションのようなものだろう。ほら、まだちゃんと約束を守っているじゃないか!」
セイヤはとっても良い笑顔で言った。アーティもつられて、小さく笑みを浮かべる。
「……前言撤回です。すごぉく、セイヤ様らしいです」
ようやく緊張が解かれ、マリースはほっと息を吐いた。あり得ないことだが、もしかしたらアーティがセイヤに危害を加えるかもしれないと思い、太股に装着した麻酔銃に添えていた手を下ろす。
「あー……それにしても、パーティに無理矢理連れてこられて、酷い目にあった。もう疲れたんで、桃子の救出に行っていいですか?」
「お前は本当にパーティが苦手なんだな……彼女の救出はもう少し後だが、追跡はしておけ」
いつもの無表情で溜め息を吐くアーティにセイヤは苦笑して答えた。
「おい!俺のことを忘れてねぇか!?」
そこへ、ロンが怒りの声を上げながら飛んできた。先程切りつけられて落下したばかりだというのに、とても元気そうだ。
「あー……」
アーティは今思い出したというようにロンを見た。セイヤとマリースもすっかり忘れていたので、気まずそうな顔をしている。
「一番疲れてるのは俺だぞ!怪我までして!!」
「してないでしょ。ちゃんと攻撃を受ける前に防護壁を作ってあげたじゃない」
「その前!王女の下敷きになってたろ!おかげで首が痛いんだよ!」
「そうだ!フローラ様、大丈夫?」
「俺のこともそれくらい心配してくれ!」
フローラを探して辺りを見渡すアーティに、ロンは手摺に止まって俯いた。
「あなた、おもしろいですね」
いつの間にやって来たのか、隣に立ってニヤリと笑うフローラに驚いて手摺を踏み外しそうになりながら、ロンは遠くの空を見つめて呟く。
「お嬢……早く戻って来てくれよ」
俺一人でこの変人共の相手は無理だ、と……。
――真っ暗闇にロンが落ちていく。
駆け寄ろうとするが、曲者に抱え込まれていて動けない。私は懸命に腕を伸ばして、名前を呼んだ。
「……ロン!!」
「気がつきましたか?」
私がはっと目を開けると、見知らぬ子どもに顔を覗き込まれていた。さらさらの黒い髪に、くりっとした茶色の目をした少年だ。年は小学校の低学年くらいだろうか。
周りにも目を向けてみるが、赤い絨毯が敷かれ、金の調度品がいくつも置かれた豪華な部屋は見た覚えがない。私が寝ているベッドも、天蓋付きのキングサイズだ。……一体、どこの王様の部屋ですか?
「あなた、誘拐されたんですよ。覚えてます?」
戸惑う私に、少年が声をかける。その言葉でようやく状況を飲み込んだ私は、ばっとベッドから飛び出した。しかし、足が鉄枷で繋がれていて、気づかずに駆け出した私は、豪快に転んで額を床に打ち付けた。――そう簡単に逃げられるはずがなかったのだ。
「……大丈夫ですか?」
少年は笑いをこらえているのか、口がひきつり、肩が震えている。いっそ笑ってくれた方が気持ちは楽なのだが……。
私は結局、少年に助け起こされて、ベッドに引き戻されたのだった。




