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お姉さんも強かった

王女と話をしたかったが、王と女王が入場してきて、私は慌てて席についた。主賓なので、王子よりも王の席に近い。……なんの罰ゲームだろう?

王と女王は、私達の時と同じように出来た道を、時々周囲の人々に挨拶をしながらゆっくり歩いてくる。二人の後ろに続いているのは、宰相とその孫娘であるマリースさんだ。

王と女王が席に近づくと、私は王子達と一緒に立ち上がり、頭を下げた。宰相とマリースさんは王族席の端へ移動し、王と女王は自分達の席の前に立って振り返る。そのタイミングで、私達は頭を上げて姿勢を正した。

「諸君、よく集まってくれた。知っての通り、ここにいる少女が西の町に現れた魔物を退治してくれた。今宵はその功績を讃える宴として大いに盛り上がってくれ」

会場に王の声が響き渡り、歓声と拍手が巻き起こる。楽団の演奏も盛り上がり、いよいよ本格的にパーティが始まった。


「トーコちゃん!」

各々自由に歓談したりダンスをしている中、私が所在なさげに席で縮こまっていると、マリースさんが宰相を伴い、私の所へやって来た。

「ごめんね、一人にしちゃって。トーコちゃん、すっごくかわいいよ!」

そういうマリースさんの方がかわいくて綺麗だ。私の仕度を済ませた後、自身の仕度の片手間に女王が着付けたという緑色のドレスは、胸元は大胆に開いていて、つい谷間に目がいってしまう。Aラインになっているスカートは、きっといろいろ仕込まれているのだろう。

「私は自分で着たのにぃ……勇者様とマリースお姉様ずるぅい!」

いつの間に近づいていたのか、王女が私の椅子の肘掛けで背伸びをするようにして身を乗り出してきた。

「フローラは、いつもやってあげているからよ」

こちらの会話を聞いていたらしく、王の向こうの席にいる女王が、こちらを向いて話に入ってきた。

「マリースや勇者を着付けるなんて滅多にないのだから、今日くらいいいでしょう?それに、一人でもかわいく出来ているじゃないの」

人前だからか、女王は女性らしい話し方で宥める。王も苦笑しながら、温かい目で孫娘を見るが、王女はまだ頬を膨らませている。

「はじめましてといえば……紹介するね。報告の時に見たことあると思うけど、私とアーティくんのお祖父様だよ」

「ジョージ・レイノルドだ」

宰相が前に出てきて手を差し出す。私は立ち上がり、その手を取った。

「ご挨拶が遅れてすみません。トーコ・フジタです。お屋敷でお世話になってます」

「いや。孫が迷惑をかけてすまない。自分の家だと思って寛いでくれ。困ったことことがあれば何でも言うといい」

宰相は見た目通り、真面目な人のようだ。思わず、アーティは本当に血が繋がっているのだろうかと疑ってしまう。

「アティールくんも来れば良かったのに……トーコちゃんのこーんなかわいい姿見ないなんてもったいない!」

「いえ、そんな……女王様の技術がすごいだけで……自分でも誰?って思いますもん」

「謙遜しない。トーコちゃんはかわいいよ!ね、セイヤくん?」

「そうだな。こんな席にいなければ、今頃ダンスに引っ張りだこだろう」

それまで笑顔で傍観していた王子まで巻き込んで、マリースさんが過剰に褒めてくれるので、恥ずかしくなってきた。体も熱くなってきたし、きっと顔は真っ赤になっているだろう。遠巻きに見てくる視線も相変わらずで、居心地の悪さが増してくる。

「わ……私、ちょっと風に当たってきます!」

「主賓なんだから、すぐ戻って来いよ」

王子に後ろから声をかけられながら、私は隣接するバルコニーへと駆け込んだ。




「もう、ほんと無理……」

バルコニーの手摺にもたれ掛かりながら、私は思いきり息を吐き出した。ただでさえ緊張する場に、緊張する面子ばかり……お世辞も言われ慣れてないから、どう対処したらいいかわからない。せめてアーティやハク達が傍にいてくれたら、多少は気が紛れ、いくらかマシな気がするが、彼らはこの場にいない。まだパーティは序盤だと言うのに、最後まで耐えられるだろうか?

「大丈夫ですかぁ?」

「お……王女!?」

目の前にひょっこりと王女の顔が現れて、私は驚いて体を起こした。顔を覗き込むために身を屈めていた王女も起き上がり、ニタリと不気味な笑みを見せる。

「良かったら、さっきのお話の続きをしませんか?」

王女の言葉に、私ははっと冷静を取り戻した。

「さっきの……あの夢が“嘘”じゃないって……どういうことですか?」

王女が見せた夢の登場人物は、ハワード将軍とその従者だった。それが嘘じゃないというのはつまり、セイヤ王子の失脚を企てているのが叔父であるハワード将軍だと言っているのではないか。

「そうですよ。叔父様は皇太子……最終的には国王の座を狙ってるんです」

王女はやけにあっさりととんでもない発言をする。私の方が気にして、周りに誰もいないか確認してしまう。

「ぅわっ!?」

後ろを振り向いた私は、本当にそこに人がいて、思わず声を上げてしまう。そこにいた人もびくっと肩を震わしている。

「びっくりしたー……すみません、驚かせて」

「いえ、こちらこそ」

私達はお互いにぺこりと頭を下げる。顔を上げた私は、その人を見て硬直した。

真っ黒な服に頭巾に覆面までして、まるで忍者のようだ。絶対にパーティに行くような格好ではない。


……ということは?


「勇者さん、大人しく誘拐されてください」


やっぱり曲者だー!!


かなりまずい状況だ。今の私は、目潰しも麻酔銃も持ってない。会場の外に出てしまっているから、助けを呼ぼうにも声が届かない。ここは二階だが、高さが大分あるので飛び降りれば怪我ではすまないかもしれない。既に至近距離だったので、逃げても回り込まれる。もしかしたら王女が戦えるかもと彼女を見るが、「私、非戦闘員でぇす」と何故か楽しそうに告げられた。

迫り来る曲者の手に、為す術もなかった。その時――


「ぐっ……!」


突然、曲者が横へ吹き飛んだ。

「か弱い女の子に何する気?」

「……マリースさん!」

私と王女の様子を見にきたのか、バルコニーに出てきたマリースさんが曲者を蹴り飛ばしたのだ。スカートのサイドにスリットが隠されていたらしく、綺麗なおみ足が丸出しだ。

曲者が体勢を崩し、距離が出来た隙に、マリースさんは右もものガーターベルトに装着していた拳銃を取り出す。しかし、曲者はすぐに地を蹴って間合いを詰め、ナイフでマリースさんに切りかかる。マリースさんは、咄嗟に銃でそれを防ぎ、反対の手で左足に付けていたアイスピックを掴み、曲者へ突き出す。曲者は身軽に後ろへ跳び上がり、バルコニーの手摺に乗った。

……アイスピックは武器ではないのでは?なんてつっこんでいる余裕もない攻防だ。

「王子さんやアティール・レイノルドさんから離れた隙を狙ったけれど……思わぬ伏兵がいたもんだな」

「そっちも思った以上にやるね……雇い主が誰なのか、素直に言う気はない?」

「悪いな。美人さんの頼みでも、それは言えない」

「残念」

マリースさんが曲者へ向けて発砲する。曲者はそれを後ろに倒れて避けた。そのまま曲者は、バルコニーから落ちていく。マリースさんが追いかけようと手摺に乗り出すと同時に、下から巨大なコウモリが飛び出した。その背中には、曲者が乗っている。

「今日のところは諦めるわ。じゃあな、美人さん」

そう言って、曲者が逃げていく。マリースさんが発砲するが、コウモリはすいすいと避けて飛んで行く。

「……逃げられた」


「姉さん、下がってて」


マリースさんが諦めて銃を下ろすと、後ろからアーティの声がした。私が振り返ると、いつもの怪しさ全開のローブ姿ではない、礼装姿のアーティはすっと曲者の方を指差す。

「行け」

アーティが低く呟くと、どこからか大きな鳥が飛んできて、コウモリに体当たりして打ち落とした。投げ出された曲者を足で掴み、鳥がこちらへ飛んでくる。よく見ると、それはレイノルド邸に置いてきたはずのロンだった。ロンは曲者をバルコニーへ下ろすと、手摺に止まった。曲者は衝撃で意識が飛んだようで、ぴくりとも動かない。

「無茶しちゃダメですよ、姉さん。怪我はないですか?」

「大丈夫だよ。それにしても、アティールくんがパーティに来るとは思わなかった」

「僕も来たくなかったけど、女王の遣いが研究室まで来て、強制的に連れてこられましたー」

マリースさんとほのぼのと会話しながら、アーティは曲者を踏みつけている。

普段はゆるくて、ふわっとした印象の二人なのに、兄弟揃って強すぎる。……アーティは知ってたけれど。


私は頼もしいと同時に恐ろしい二人を、しばらく呆然と見つめるのだった。



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