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不穏分子?

「思った通り、私の若い頃のドレスがぴったりだ」


王宮に着くなり、私は女王に連行された。残念ながらハク達は留守番で、王女は自分の部屋、マリースさんは宰相のところへ行ってしまい、女王と二人きりだ。

パーティについて簡単な説明を受け、会場の下見が済むと、今度は私用にと宛がわれた部屋まで連れていかれ、なす術もなく、あっという間に身ぐるみ剥がされた。スカートの下に仕込んでいた武器も取り上げられたが、護りの石だけは死守できた。それからすぐに着せられた群青色のドレスは、前から見たら私のいた世界にもあるアメリカンスリーブドレスだ。しかし、背中がぱっくり空いた大胆すぎるデザインで、私には無理だ。恥ずかしすぎる。外気に当たってスースーするし……。

「今夜はそのドレスで決まりだな」

「あの……もっと露出の少ないものに……」

「うん?」

換えてもらいたいのに、女王はにこにこと有無を言わせぬ笑顔だ。王子以上に迫力というか、威圧感というか……私は蛇に睨まれた蛙にでもなった気分で、反対意見を呑み込んだ。

ハイネックで胸元が隠れているのはせめてもの救いだ。一応マリースさんが持ってきてくれていたドレスがあるのだが、どれもない胸を強調しなければならないタイプなのだ。

「マリースのだったら、そもそもサイズが合わなくて丸見えになるぞ。あの子は可愛いが……乳は敵だ」

そう言った女王の胸は、私と同じ控え目サイズで、少しだけ親近感を覚えた。



そうして、ドレスが決まった頃にはもう夕方で、女王は私の化粧をしてくれた。こういうのは使用人の方に任せるものだろうが、女王は身仕度を全て自分でするのだという。レイノルド家の方針は、嫁ぎ先が王家であろうと続けられているようだ。

「よし、こんなものだろう」

女王に鏡を向けられた私は目を疑った。

睫毛を上向かせ、シャドウを塗り、ラインが引かれたことで、いつもより目が大きく見える。頬はほんのり色づき、唇はツヤツヤテカテカだ。顔全体が明るくなった感じがする。

「……派手ですね」

「お前の普段が地味すぎるんだ!それでも、ナチュラルメイクだぞ!」

つい素直な感想を言ったら怒られてしまった。しばらく鏡をまじまじと見るが、自分の顔とわかっていても、違和感しかない。

そこへ、可愛らしいピンクのドレスに着替えた王女がやって来た。

「お祖母様、仕度できましたぁ~」

「おや、まるで花の妖精だな。よく似合うぞ、フローラ」

王女は上機嫌で女王に抱きつく。しかし、女王は笑顔ですぐに体を引き離した。

「こら、衣装が乱れるだろう?私は着替えて、そのままモンタギュラスのところへ向かう。後で迎えを寄越すから、それまで勇者の相手を頼んだぞ」

女王に言われてくるりと私の方を向いた王女は、またニタリと不気味な笑顔を浮かべた。女王や王子とはまた違う迫力がある。

……サザール国王家の人、怖い。



女王が出ていった部屋はしんっと静まり返っていた。なんだか気まずくて、私は化粧台の前の椅子に座ったまま俯き、王女は笑顔で近くのソファに腰掛け、私を見ていた。


「――ねぇ、勇者様」


ふいに声をかけられて、私はびくりと肩を震わせる。

「夢って、脳が生み出す幻覚なんですよ。その人の深層心理の表れだそうです。勇者様、本当はお兄様が皇太子継承を邪魔されてるんじゃないかって思っているんじゃないですか?」

王女に言われて私は今朝の夢を思い返す。


たしかに、知らない人達が出てきたが、話の内容は王子の失脚を狙うものだった。

そういえば、私に勇者を演じるよう頼んできた時、『とある事情により、国民の不安を早急に取り払う必要がある』と言っていた。その事情とは、皇太子の死去と新たな皇太子継承に揺れる情勢で、阻害してくる者までいるということだったのだろうか?もしそうだとしたら、猫を操っていたのは王子の失脚を狙う者なのか?


そこまで考えて、私は「あれ?」と別の方へ思考が飛んだ。


「……なんで王女様、私の夢の内容を知ってるんですか?」

「あ……」

私の問いに、王女ははっと口をつぐんで、目線をそらす。その様子で、私はぴんっときた。

「あの夢……王女様の仕業ですね?」

この世界には、人の意識に入り込む魔法があったのだ。




「だってだって!お兄様ってば、勇者様はおうちに帰すっておっしゃるんですもん!不穏分子がいるんだから、勇者様がいた方が絶対有利なのにぃ!」

夢を操る魔法が使えるという王女は、全てを白状し、座ったままじたばたと手足を動かした。

今朝、レイノルド邸に祖母と共にやってきた王女は、すぐに散歩に行くと言って一人になった。そして、ハク達に気取られないよう、私が眠る客室の隣の空き部屋に入り、そこから魔法をかけたのだという。

「それをきっかけに、この世界に留まってくださればいいと思って……」

「――どうやら、妹が迷惑をかけたようだな」

いつの間に入ってきたのか、背後から王子に声をかけられ、私は驚いて振り返る。

「フローラが言ったことは忘れろ。お前とは、この一度きりで帰す約束だからな」

きらびやかな装飾が施された黒の礼服を着た王子は、きっぱりと言って、私の前へ回った。


忘れろ、と言うが……王女の思惑通り気になってしまっている。

もちろん、異世界の私には関係ない話なのだが、もはや全く知らない他人事ではないのだ。王子や、その部下であるアーティ達が危ないかもしれないのに、私は平気なふりして元の世界に帰っていいのだろうか……?


考え込む私をじろじろと眺めていた王子は、私の顎を掬い、顔を上げさせた。

「そのドレス、よく似合っているぞ。化粧も綺麗に出来ている……これでは勇者ではなく、姫と呼ばなければならないな」

そう言って、王子はすっと私の前に手を差し出す。


「さあ、パーティの時間だ。――姫、会場までエスコートさせていただきます」




案内された会場は、まさに豪華絢爛――巨大なシャンデリアが天上に吊るされ、あちこちに花が飾られている。点々と設置されているテーブルにはそれぞれ豪勢な料理が並べられ、部屋の中央は楽団が奏でる美しい音楽に合わせて踊れるダンスホールになっていた。綺麗な衣装を纏った人々が談笑したり、踊ったりしてとても賑やかだ。

そこへ、王子と王女に両脇に固められた勇者が入場し、会場の視線は一斉にこちらへ向いた。

……緊張で倒れてしまいそうだ。

「そういえば、お兄様。イーサお姉様はどうなさったの?一緒にいらっしゃると思ってましたぁ」

人々がさっと左右に避け、会場の奥にある王族と主賓の席へとできた道を歩きながら、ふと王女が問いかける。普通の大きさの声だが、音楽とざわめきで、私と王子にしか聞こえていないだろう。

「急患だ。他の医師に任せたらいいだろうと言ったのだが……『私は医者だから、患者さんをほっとけないの!』とフラれてしまった」

フラれたと言いつつ、王子の顔は穏やかで嬉しそうだ。きっと、イーサさんの弱っている人を放っておけない優しいところが好きなのだろう。

王子の思いがけない一面に温かい気持ちになり、緊張が多少解れた。


「――セイヤ、その方が件の勇者様か?」


席に着いて、さあ座ろうかという時、背後から聞き覚えのある声がして、私ははっと振り返る。

しかし、そこにいたのは見たことのない男性だ。王子達が傍にいるため、遠巻きにじろじろと見ていても、声をかけられなかったが、その男性は堂々と声をかけてきた。赤い衣装は王子よりも豪華で、派手すぎるくらいだが、濃い顔によく合っている。がっしりとした大きい体の男性は、どことなく国王に似ていた。何よりの特徴は、後退気味の前頭部の髪……まだ三十代くらいだろうが、何があったのだろうと深読みしてしまう。

「こんばんは、叔父上。フローラ、挨拶しなさい」

叔父……ということは、この人が国王の第二子で、現在王国軍に勤めているというハワード将軍だ。

王子に言われて将軍の前に出た王女は、さっと手で顔を覆ってしまった。

「どうした?」

将軍が身を屈めて問いかけると、王女は顔を覆ったままぽつりと言った。

「久しぶりに叔父様に会ったら恥ずかしくって……」

「可愛いことを言うじゃないか」

将軍は上機嫌で王女の頭を撫でる。

「あと、光が反射して眩しいですぅ」

「フローラちゃん!?それは叔父さんの頭のことかな!?」

「イヤですわ、叔父様。誰もそんなこと言ってませんよぅ。まあ、その通りなんですけど……」

王女はぱっと手を離して顔を上げる。

「こら、本当のことを言ってはいけないだろ」

「お前ら兄弟は……!」

将軍はわなわなと震えている。可哀想に。完全に甥と姪に遊ばれてしまっている。


「ハワード様。そろそろ両陛下がいらっしゃるそうです。御席にどうぞ」


――また聞き覚えのある声だ。

私がそちらへ目をやると、今度は見たことのある人だった。医務室で遭遇した火傷の人だ。そういえば、王子が『叔父の従者』と言っていた気がする。

しかし、何故だろう?他の場所でも会ったような……?

「ああ。ありがとう、コンラート君」

将軍の言葉に、私ははっと隣に立つ王女を見た。


聞き覚えのある二人の声、それに“コンラート”――あの夢は、ひょっとして……?


「勇者様。たしかに私は、あなたに“夢”を見せました。でも……“嘘”は見せてませんからね?」


そう言って、王女はニタリと不気味に微笑んだ。



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