妙な夢と不気味な少女
「おかえり、トーコちゃん。お疲れ様」
マリースさんの癒し系な笑顔に迎えられ、私は再びレイノルド邸にやってきた。動物のことも連絡されていたらしく、ハク達は玄関前で使用人の皆さんに捕まって、お風呂場へと連行された。王宮では気にしていなかったが、やはり野生の動物なので、お屋敷に上げるには汚れが気になるらしい。マリースさんは動物好きらしく、触る前に連れていかれて、しょんぼりしていた。
すぐに切り替えたマリースさんに案内され、私も動物達とは別のお風呂に案内された。レイノルド邸のお風呂は男性用、女性用、共有用、使用人用の四つある。私が案内されたのは女性用で、マリースが一緒に入って体を洗ってくれた。スタイルの差に落ち込みながらも、広々とした湯船にゆったりと浸かって癒された。
その後は温かい食事をいただいて、早々にふかふかの布団に潜り込む。前に来た時から使わせてもらっている客室には、ベッドの横に動物達の寝床として、沢山のクッションが広げられていた。ハクとロンはそこで寛いでいるが、仔猫達はいつの間にか私のベッドに侵入し、すやすやと眠ってしまっていた。そのまま一緒に寝ることにして、仔猫達の温かさを感じながら、私は深い眠りに落ちていった。
――暗闇に、ぽつりと蝋燭の火が灯る。
傍には男の人が二人立っている。影になって、顔がよく見えない。
『セイヤを失脚させ、私が次期国王となる。そのためには、君の協力が必要だ』
『……はい。私は、あなたの従者ですから』
『しかし……少しでも失敗すれば、その隙をつけるものを……我が甥ながら、何でも完璧にこなしおる。皇太子として正式に擁立する前にどうにかしたいが……』
『私にお任せください。手立ては考えております』
『頼んだぞ、コンラート君――』
とんでもない会話がされているが、これは何なのだろう?私はベッドで眠りについたはず……。
……眠り?
そう、これは夢だ。
しかし、何故私がこんな夢を?この人達は誰?
――私は本当に夢を見ているの?
「トーコちゃん、起きて。朝だよ」
マリースさんの声が聞こえて、私ははっと目を覚ました。すると、真正面に顔のあったマリースさんと目が合う。
「おはよう。お客様が来てるから、着替えたら応接間に来てね」
ベッドの脇に腰かけていたマリースさんはにっこり笑って部屋から出ていった。しばらく天井を見つめていた私は、ぼんやりとしたまま辺りを見渡した。
カーテンはいつの間にか開け放たれ、窓からは朝の日射しが入る。既に起きていたハクは仔猫の遊び相手になっていて、それを傍観していたロンが私の視線に気づいて飛んでくる。
「どうした?起き上がれねぇのか?」
「……大丈夫」
心配して顔を覗き込むロンに答えながら、私は妙な夢のせいですっきりしない体をゆっくりと起き上がらせた。
私はハク達を連れて応接間へ向かった。先程は寝起きで流してしまったが、私にお客様とは誰だろう?ヨシュアさんかミリアさんなら、マリースは名前で言うだろうし、アーティだったら客室まで押し掛ける。
あれこれ考えている内に扉の前に辿り着き、私はそれをノックする。
「どうぞ」
中からの返事を受け、扉を開いた私は、その格好のまま硬直した。
「おはよう。迎えに来たぞ」
マリースさんと優雅にお茶をしていたのはドレスを着たセイヤ王子……ではなく、彼にそっくりなセリーヌ女王だった。
彼女を見て、はっと昨日の記憶が蘇る。
――女王主催のパーティだ!
まさか女王自ら迎えに来るとは思わなかった。私は驚きから立ち直り、部屋の中へ入る。それにしても、謁見の間より近い距離で見ているが、やはり六十歳近くにはとてもじゃないが見えない。見れば見るほど王子とそっくりだ。近寄りがたい妙な威圧感まで同じで、女王に近づく毎に緊張が増していく。
「……おはようございます」
女王の数歩手前で止まった私は、とりあえずペコリと頭を下げて挨拶をする。ハク達は、女王の前だからか、黙ったまま隅っこに移動し、大人しくしている。……できれば私もそうしたい。
そんな私の内心を知ってか知らずか、女王はにこにことご機嫌だ。
「さあ、城へ行って準備するぞ!夜はすぐやってくるからな!」
「大おば様。話し方が素になってますよ?」
「お前達しかいないのだから、問題ない」
そういえば、昨日は上品で女性らしい喋り方だった。どうやらあれは作っていたらしい。本当は喋り方まで王子にそっくりのようだ。
「そんなことより、マリース。お前も早く仕度しないか」
「……え?私も行くんですか?」
まさか自分まで話が来るとは思わなかったらしい。マリースさんカップを持つ手をぴたっと止めた。
「当たり前だ。もちろん、私が着付けてやるからな」
「でも、お祖父様もアティールくんもいないから、私が留守番してないと……」
アーティは昨日から、宰相はここ最近、仕事で王宮に泊まり込んでいるそうだ。私がこの屋敷にいる間、宰相が帰ってきたのを見たことがなかった。相当忙しいようだ。
「ジョージの許可はある!何せ、女王主催だからな!」
……要するに、文句は言わせないらしい。
マリースさんは慣れているのか、しばらく考えこんた後、にっこりと笑みを浮かべて立ち上がる。
「では、仕度してきますね」
そう言ってマリースさんが部屋を出ようとした時、ちょうど扉が開いた。
「あら、フローラちゃん。お散歩は楽しかった?」
そこにいたのはお人形さんのような美少女だった。
艶やかな長い黒髪は、耳の後ろ辺りでツインテールにされている。病的な程に白い肌に、私のいた世界で言うゴスロリちっくなドレスがよく似合う。歳は十歳前後だろう。
そんな彼女は漆黒の瞳で、じっと私を見つめてくる。私が首を傾げると、少女はニタリと笑みを浮かべる。“ニコリ”ではない。“ニタリ”だ。少し俯いたせいで顔に影ができて、とっても不気味だ。美少女なのに……。
「トーコちゃんははじめましてだよね?この子はセイヤくんの妹のフローラちゃん。フローラちゃん、この人はトーコちゃんだよ」
「……はじめまして」
マリースさんに紹介されて、私はなんとか笑みを作って挨拶する。王子の妹――フローラ王女は私に近づき、手で屈むよう指示してくる。私がそれに従い、中腰になると、彼女は私の耳元でぼそりと囁く。
「――良い夢は見れましたか?」
私が驚いて、ばっと身を起こすと、王女はクスクスと笑いながら、祖母の方へ駆けていった。
「お祖母さまぁ。今夜のパーティは私も出たいですぅ」
「よしよし。十時には部屋へ帰るんだぞ?」
「わぁい!久しぶりにハワード叔父様で遊べるぅ!」
王女は女王に抱きついてご機嫌だ。その顔は、年相応の明るい笑顔で、先程の不気味さが嘘のようだ。戸惑う私に気づいた王女は、またニタリと不気味な笑みを作って見せた。
「楽しみですね……勇者様」




