間違えちゃった
「あ、間違った」
いきなり目の前に現れた美少年はそう言うと、慌てた様子もなく、ゆっくりと片手にある古びた本をめくり始めた。
柔らかく波打つ赤みがかった茶色の髪に、気だるげにふせられている瞳はエメラルド。雪のような白い肌をした、十代半ばぐらいであろう美しい少年だ。惜しむらくは、古びたローブで身を包み、瞳の色と揃いの石が付いた杖を持つ、怪しさ全開な人だということだ。
よく見ると、周りの風景もおかしかった。先程まで自宅の部屋で勉強机に向かっていたはずが、薄暗い石造りの部屋の中で、柔らかいクッション素材の椅子に座っていたはずが、固い石畳に描かれた妙な模様の上に座り込んでいた。
「あの……」
「ちょっと待ってね。すぐに戻すから。えーと……かえれーかえれー、おうちにかえれー」
少年は私に杖の先を向けて目を閉じると、ぶつぶつと奇妙な言葉を唱え始める。
一体これは何なんだ?彼は誰?
そもそもここはどこなんだ?
いろいろな疑問は浮かぶが、とりあえず私は混乱した頭で目の前の少年を見つめていた。
突然、ぱちりと目を開けた少年と目が合う。しばらくの無言で見つめあいの後、先に目をそらした少年がぽつりと呟いた。
「……やべ」
「“やべ”って何ですか!?何ですか、この状況!?あなたは誰なんですか!?」
何かが切れた私はそう捲し立てながら、少年の肩を掴んで正面を向かせると思いっきり揺さぶった。
少年は揺さぶられながらも気だるい表情を変えることなく、淡々とした口調で告げた。
「間違えて、君をこっちの世界に呼び出しちゃった」
「こっちの世界!?」
「ここは君が元いた世界とは別の世界なんだよ」
私はぴたりと動きを止め、少年の言葉を反芻した。
「別の……世界……」
「んでもって、元の世界に戻せないみたい。ごめんね」
てへっと少年はわざとらしく表情を変えないまま、舌を出し、自分の頭を小突いた。その仕草はイラッとさせられるものであるが、今はそんなことより衝撃の事実に私の脳内は破裂寸前で……。
「あ……」
――私はその場に倒れて、気を失ってしまった。