王様へのご報告
町のことは詰所の兵達に任せ、私達は一先ず王宮に戻ることになった――
「おやおや……勇者ではなく、動物調教師だったか」
玄関の前で私達を出迎えた王子が、私の姿を見て微笑む。
馬車から降りた私の足下にはハクと三匹の仔猫、肩にはロンが乗っていた。ロンは本来、アーティの従者だから、乗るとしたら主人の方が普通だろうが、あっちは怖いと私の方に来たのだ。ロンのなかなかに大きい体が乗っていると重いし、首を反らなければならないので、長時間はきつい。そんな私の様子に気づいたのか、アーティはロンの頭を杖で叩いて、私の肩から落とした。
「セイヤ様。この子達は調教されたわけではないので、動物マスターが正しい表現かと思います」
「だから、誤解を与えることを言うな!彼女は“勇者様”だ!」
ヨシュアさんに怒られているのを無視して、アーティは王子に近づくと、小声で話し出す。
「先に医務室に行っていいですか?かなり無茶をしたので、念のために診てもらいたいので」
「ダメだ。真っ先に王に会いに行く。そこで初めて、国公認の勇者となるのだからな」
「……ケチ」
「仕方ないだろう?終わったらすぐに行くといい」
ロンが仕方なくハクの背中に落ち着いた時、ちょうど話が終わったのか、王子がぽんっとアーティの肩を叩いて、私に歩み寄る。
「では、勇者様。国王陛下がお待ちです。こちらへどうぞ」
動物達も一緒の方が印象が強い、ということで、ハク達を伴い、私は国王の謁見の間に案内された。賢い子達なので、話すことなく、大人しくついてきてくれている。寝坊助の仔猫くんは私が抱えて歩く。左隣には王子、右隣にはアーティが並び、ヨシュアさんとミリアさんは後ろから歩いてくる。床や天井、壁一面まで白い広間に入ると、真っ直ぐ王の元まで赤い絨毯が敷かれている。王への道の途中には、絨毯に沿うように堅い感じの男性達が並んで立っている。この国の大臣や官吏といった偉い人達だ。みんな私や、足元を歩く動物達を興味津々に見ている。
絨毯の先には玉座があって、そこにいるのがこの国の王・モンタギュラス。その隣で私を笑顔で見ているのが、女王のセリーヌだ。
二人とも、白髪のない艶やかな黒髪に、顔の皺もほとんどなく、とても六十歳近くに見えない。特に、セリーヌ女王はセイヤ王子と瓜二つで、違いと言えば、目が緑色で泣き黒子がないくらいだ。同じ格好をすれば、ぱっと見見分けがつかない。母親か姉でも通用しそうなお祖母様だ。
「――よく来たな、異世界の少女。」
王がよく響く威厳のある声で言う。
「この度は、西の町に現れた魔物を退治してくれたこと、礼を言う。その功績を、我が国を救った勇者として讃えよう。望みがあれば言ってみろ」
ここまでは、台本通り。後は、先程王子に叩き込まれたセリフを言うだけだ。
「この国のお役に立てたのなら、光栄です。私は偶然招かれただけですから、望みはありません。家族が待っていますので、元の世界に帰していただければ、それで結構です」
私が言い終えると、王は頷く。これも台本通りだ。
「わかった。今のところ、異世界へ返してやる術はないが、研究機関へすぐに方法を探すよう手配しよう。その間、宰相の邸宅に身を寄せるといい――ジョージ」
王に名を呼ばれ、玉座の近くに控えていた男性がすっと前に出る。アーティよりも濃い赤みがかった茶色の髪に緑色の瞳を持つ、精悍な顔つきの初老男性だ。この人がアーティのお祖父さんのようだ。
「聞いた通りだ。勇者を任せるぞ」
王の言葉に頷き、私の方に向き直った宰相は、特に言葉を発することなく、不機嫌にも見える無表情のまま、私に会釈した後、元の位置に戻った。
アーティもマリースさんもぽやっとした感じなので、寡黙でダンディなおじ様といった感じの宰相が祖父とは……予め聞いていなければ、気づきもしないだろう。更に言うと、女王ともあまり似ていない。男女で違いがあるのは当然だろうが、目の色以外似ているところが見つからない。なんとも不思議な血縁関係だ。
「では、もう下がって休むといい」
王に一礼して、踵を返そうとした時、今まで黙って微笑んでいた女王が口を挟む。
「陛下。せっかくですし、勇者を讃えるパーティを開きましょう?」
隣に立っているアーティが「うわぁ」と嫌そうな声を上げる。小さな声だったし、あいかわらずの無表情なので、気づいたのは私だけのようだ。王は女王に賛同して、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「いい考えだな。今日は疲れているだろうから、明日の夜でどうだ?」
「決まりですわね。勇者は私が着付けます。めいっぱい飾り立ててさしあげますわ」
私をじっと見つめて、女王は上機嫌に言った。
……嫌な予感がするのは、気のせいだろうか?
謁見の間を出ると、私はそのまま王子とアーティに医務室へ行くと案内されている。大分離れたところにあるらしく、黙って歩いてるいるのも何なので、私は先程から思っていたことを口にした。
「それにしても、若すぎるお祖父様とお祖母様ですね」
王子はクスリと笑みを浮かべる。
「お祖父様のあれは化粧だ。王というのは苦労が絶えないらしく、隈がひどくてな……皺もあれの三割増しだ。王が人前でくたびれた姿を晒すな!とお祖母様が直々に化粧を施している」
「陛下のすっぴんは、うちのお祖父様より老けてるよ」
王子の言葉にアーティが付け加える。
なるほど、それならあの若さは納得だ。この世界のメイク技術はすごいのだなぁ、と感心する。
「お祖母様はわからない。いつお会いしてもあのままのお姿だからな。妹が一緒に入浴した時もそのままだったそうだ。だから、あの人は魔女で、魔法で若さを保っているのではないかともっぱらの噂だ」
「あげく、そっくりすぎるセイヤ様は、セリーヌ様の魔法で作られた分身じゃないのかって噂まで出てきてるよ」
……なんだか、怖いことを聞いた気がする。
「まあ、あくまで噂だ。お祖母様の若さの真相はわからんが、少なくとも、私はちゃんと母から生まれた人間だから、安心しろ」
「わからないですよ?皇太子妃のお腹に分身を作ったかもしれませんし」
「……その噂の元はお前か?」
「まさかぁ」
王子がじとっと見ても、アーティはしれっと平然としている。
「王子に関する悪い噂は、ここ最近多くなってますしね。出所はあらかた同じでしょ」
意味深なことを言うアーティに私は首を傾げ、王子は深く溜め息を吐いた。
「その話は後だ。ほら、ここだ」
いつの間にか医務室に到着していた。話の続きが気になっが、王子が扉をノックしたため、私はそのまま部屋に入ることになった。




