表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/95

猫の正体

ちょうど私が猫に麻酔を撃ち込んだところへ、ヨシュアさんが詰所の警備兵を連れて戻ってきた。その後ろには、斧や鍬を持った男性が沢山いて、みんな驚きの表情でこちらを見ている。おそらく、この町の住民だろう。自分達の町を守るため、手近な武器を携えて戻ってきたのだ。

「すげぇ……本当に、勇者だ」

「勇者が魔物を倒してくれた?」

道中、ヨシュアさんが何か言い含んでいたのか、町の住民達が騒ぎ出す。

予定とは違うが……結果オーライ?

「トーコさん、ご無事でしたか!」

立ち止まって見入っていたヨシュアさんは、はっと我に返って、私達の元へ駆け寄った。

「遅いよ、ヨシュア」

満身創痍で倒れそうになる私をさりげなく支えながら、アーティはヨシュアさんに軽くデコピンをした。ヨシュアさんは眉間に皺を寄せて、その手を払う。

「こちらにも事情があるんだ。それより、これは死んだのか?」

「ううん、眠ってるだけ。起きたら、きっとまた暴れるよ」

今、目覚めてしまったら、勇者のふりをする余裕なんてない。私は猫が目覚めないように祈る。この世界の祈る対象で、私が知っているのはあの神様……。


――神様……サウラ様、どうかしばらく目覚めませんように。


その時、私の胸元から眩しい光が放たれる。

「えっ……!?」

「何だ!?」

その場に動揺が走る。私は慌てて胸元をまさぐる。こんな光を放つもので思い当たるのは、ひとつ。

「サウラの護りの石が……!」

思ったとおり、取り出したそれが光の元だった。私が石を両手で包むと、一際目映い光が放って、消えてしまった。

「……何だったんだろう?」

「あ」

「どうした、レイノルド?」

私が首を傾げていると、アーティが声を上げ、ヨシュアさんが問いかける。アーティはすっと猫の方を指差した。しかし、そこにあの巨体はなく、全員が不思議に思いながら、視線を下げると、小さな猫が三匹転がっていた。

「なっ……!?」

「まさか、これがさっきの化け物か!?」

辺りが驚きに包まれる。そんな中、アーティだけは冷静に猫達の傍に近づくと、かがんで観察していた。

「普通の仔猫三匹だね。服従の魔法の刻印も消えてるし、これは……」

アーティは私に目を向ける。

「なるほどね」

「一人で納得してないで、説明してくださ……!」

私はアーティに詰め寄ろうとしたところ、ふらっと目眩がして倒れそうになる。そう言えば、立っているのもやっとの状態だった。顔から地面に倒れる、と思った瞬間――


「トーコ!!」


正面から白い物体に飛びつかれ、私は後ろに倒れた。



「狼だ!!」

「勇者様が襲われているぞ!!」

「レイノルド!何故黙って見ている!?」

襲われたと思ったのか、ヨシュアさん達は私に駆け寄ろうとする。しかし、今、私の上にいる白い物体は……。

「ハク!?」

サウラの洞窟で出会った白い狼、ハクだ。

「無事だったか、トーコ!?ケガしてないか!?」

「君がのしかかってケガしたかもよ、ハクくん?」

心配そうに私を見つめるハクを、アーティは冷静に言って退かしてくれた。私やアーティの反応に、周囲は立ち止まり、不思議そうにこちらを眺めている。

「ハク、何でここに?」

私はアーティに助け起こされながら、問いかける。ロンみたいに服従の魔法の刻印はなさそうなのに、何故ハクがここにいるのだろう?

「サウラの所にロンと一緒にいたんだが、突然ロンがすごい勢いで飛んでいったから、サウラに言われて後を追ってきたんだ。やっぱり空を飛ぶのと地上を駆けるのでは、大分時間に差が出るな。すっかり遅れをとってしまった……でも!トーコとまた会えて良かった!」

そう言ったハクの尻尾は、大きく振られていた。私との再会を喜んでいるようだ。やっぱりハクはかわいいし、癒される。

「それにしても、何があったんだ?あの仔猫達はどうしたんだ?」

ハクは周りを見渡し、倒れている仔猫達に気がついた。私は簡単に経緯を説明した。その間に、アーティがハクのことをヨシュアさん達に説明して、構えていた武器を下ろしてもらっていた。

「そうか……きっと、サウラの護りの石が、猫にかかっていた魔法を解いたんだな!」

「ハクくんもそう思う?」

ハクの言葉に、アーティは驚くどころか同意している。

「魔法を解いたって……じゃあ、何で猫は小さくなって、三匹になってるんですか?」

「これが猫くんの……いや、猫くん達の本来の姿なんだよ」

「直接説明させた方がいいだろう」

ハクはそう言って、鼻で仔猫達を揺すった。すると、ぴくりと身動きした仔猫達は起き上がって伸びをしたり、あくびをしながら顔だけ起こしたり、それでもまだ寝ていたりとそれぞれの反応を見せる。仔猫の姿と相まってかわいい。めちゃくちゃかわいい。

「お前ら、何をしていたか覚えているか?」

「がう」

「みゃあ」

「ぐう」

「おい、一匹イビキで返事したぞ」

ヨシュアさんがすかさずツッコミを入れる。それでもやっぱり、その一匹は眠ったままだ。暢気な子だなぁ……。

「何があったか話してみろ」

「がう!」

気の強そうな一匹が鳴き声を上げる。何か話しているようだが、猫が鳴いているだけにしか聞こえない。みんな黙って聞いているが、おそらく私と同じだろう。

「なるほどな」

唯一、ハクにだけは通じているようだ。

「ハクくん、通訳してくれる?」

「こいつらは三つ子で、生まれつき魔力が強いんだ。ある日、遊んでいたら合体してしまって、なんとか元に戻ろうとしたら巨大化してしまったらしい。そんな子どもの姿に母親は逃げ出してしまい、以来、元に戻れないまま、森で生活していたらしい」

ハクの通訳で、ようやく先程のアーティの言葉に納得した。あの三つの頭と尻尾を持つ巨大な猫は、魔法で失敗した結果だったのだ。

「普段は森で食べ物を調達して、時々この町の畑から貰ったりして生活していたらしい」

「そうだ!お前ら、この間はよくもうちの畑を荒らしてくれたな!」

町民の一人が息巻くのを、周りが制する。怒る気持ちはわかるが、その話は後にしてもらおう。

「で、誰に操られていたの?」

アーティの問いかけを、ハクが仔猫達に伝えると、気の強そうな一匹が短く鳴いた。

「わからない。湖の畔で昼寝をしていたら背中が熱くなって、気がついたら、町で暴れていたそうだ」

「……そう」

「でも、服従の魔法が解けただけじゃなくて、元の姿にも戻れて良かったね」

私が仔猫達の前に座り込んで微笑むと、仔猫達はじっと私を見つめてきた。寝坊助の一匹もあくびをしながら起き上がり、兄弟の視線の先にある私を一緒になって見つめてくる。

「がう!」

「みゃあ!」

「ぐぅ」

「……えっ!?」

三匹が鳴き声を上げながら、一斉に私に飛びついてくる。寝坊助くんだけ鳴き声ではなく、お腹の音だ。仔猫達はとても小さくて軽かったが、私は元々ふらふらだったので、後ろに倒れそうになる。それを、アーティが後ろに立って防いでくれた。

「みんな、トーコが助けてくれたってわかってるんだ」

ハクが微笑ましく見守りながら、説明してくれた。仔猫達は私に頬をすり寄せ、喉を鳴らしている。……かわいすぎる!

「おーい、無事かー?」

そこへ、子どもの避難を終えたロンが飛んで戻ってきて、私の隣に降り立った。

「終わったみたいだな。俺の助けはいらねぇじゃねぇか」

「そんなことないよ。ありがとう、ロン」

私がお礼を言うと、ロンはぷいっと横を向いてしまう。照れているようだ。


「……なんだか、桃子、動物マスターみたいだね」

ぽつりとアーティが言うと、ヨシュアさんは慌ててその口を塞いで、人差し指を自身の口に当てた。

「彼女は勇者としてここに来たんだ。誤解を与えるような発言をするな」

ヨシュアさんはそう言うが、こうしてハク達に囲まれる私は、アーティの言う通り、勇者ではなく、動物マスターと思われても仕方がないような……?


とにかく、魔物退治はできたわけで、後は早く元の世界に帰してもらうだけだ。


そう思っていたのに……。


――後に更なるとんでもない事態が待っていようとは、この時の私は知る由もなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ