猫の正体
ちょうど私が猫に麻酔を撃ち込んだところへ、ヨシュアさんが詰所の警備兵を連れて戻ってきた。その後ろには、斧や鍬を持った男性が沢山いて、みんな驚きの表情でこちらを見ている。おそらく、この町の住民だろう。自分達の町を守るため、手近な武器を携えて戻ってきたのだ。
「すげぇ……本当に、勇者だ」
「勇者が魔物を倒してくれた?」
道中、ヨシュアさんが何か言い含んでいたのか、町の住民達が騒ぎ出す。
予定とは違うが……結果オーライ?
「トーコさん、ご無事でしたか!」
立ち止まって見入っていたヨシュアさんは、はっと我に返って、私達の元へ駆け寄った。
「遅いよ、ヨシュア」
満身創痍で倒れそうになる私をさりげなく支えながら、アーティはヨシュアさんに軽くデコピンをした。ヨシュアさんは眉間に皺を寄せて、その手を払う。
「こちらにも事情があるんだ。それより、これは死んだのか?」
「ううん、眠ってるだけ。起きたら、きっとまた暴れるよ」
今、目覚めてしまったら、勇者のふりをする余裕なんてない。私は猫が目覚めないように祈る。この世界の祈る対象で、私が知っているのはあの神様……。
――神様……サウラ様、どうかしばらく目覚めませんように。
その時、私の胸元から眩しい光が放たれる。
「えっ……!?」
「何だ!?」
その場に動揺が走る。私は慌てて胸元をまさぐる。こんな光を放つもので思い当たるのは、ひとつ。
「サウラの護りの石が……!」
思ったとおり、取り出したそれが光の元だった。私が石を両手で包むと、一際目映い光が放って、消えてしまった。
「……何だったんだろう?」
「あ」
「どうした、レイノルド?」
私が首を傾げていると、アーティが声を上げ、ヨシュアさんが問いかける。アーティはすっと猫の方を指差した。しかし、そこにあの巨体はなく、全員が不思議に思いながら、視線を下げると、小さな猫が三匹転がっていた。
「なっ……!?」
「まさか、これがさっきの化け物か!?」
辺りが驚きに包まれる。そんな中、アーティだけは冷静に猫達の傍に近づくと、かがんで観察していた。
「普通の仔猫三匹だね。服従の魔法の刻印も消えてるし、これは……」
アーティは私に目を向ける。
「なるほどね」
「一人で納得してないで、説明してくださ……!」
私はアーティに詰め寄ろうとしたところ、ふらっと目眩がして倒れそうになる。そう言えば、立っているのもやっとの状態だった。顔から地面に倒れる、と思った瞬間――
「トーコ!!」
正面から白い物体に飛びつかれ、私は後ろに倒れた。
「狼だ!!」
「勇者様が襲われているぞ!!」
「レイノルド!何故黙って見ている!?」
襲われたと思ったのか、ヨシュアさん達は私に駆け寄ろうとする。しかし、今、私の上にいる白い物体は……。
「ハク!?」
サウラの洞窟で出会った白い狼、ハクだ。
「無事だったか、トーコ!?ケガしてないか!?」
「君がのしかかってケガしたかもよ、ハクくん?」
心配そうに私を見つめるハクを、アーティは冷静に言って退かしてくれた。私やアーティの反応に、周囲は立ち止まり、不思議そうにこちらを眺めている。
「ハク、何でここに?」
私はアーティに助け起こされながら、問いかける。ロンみたいに服従の魔法の刻印はなさそうなのに、何故ハクがここにいるのだろう?
「サウラの所にロンと一緒にいたんだが、突然ロンがすごい勢いで飛んでいったから、サウラに言われて後を追ってきたんだ。やっぱり空を飛ぶのと地上を駆けるのでは、大分時間に差が出るな。すっかり遅れをとってしまった……でも!トーコとまた会えて良かった!」
そう言ったハクの尻尾は、大きく振られていた。私との再会を喜んでいるようだ。やっぱりハクはかわいいし、癒される。
「それにしても、何があったんだ?あの仔猫達はどうしたんだ?」
ハクは周りを見渡し、倒れている仔猫達に気がついた。私は簡単に経緯を説明した。その間に、アーティがハクのことをヨシュアさん達に説明して、構えていた武器を下ろしてもらっていた。
「そうか……きっと、サウラの護りの石が、猫にかかっていた魔法を解いたんだな!」
「ハクくんもそう思う?」
ハクの言葉に、アーティは驚くどころか同意している。
「魔法を解いたって……じゃあ、何で猫は小さくなって、三匹になってるんですか?」
「これが猫くんの……いや、猫くん達の本来の姿なんだよ」
「直接説明させた方がいいだろう」
ハクはそう言って、鼻で仔猫達を揺すった。すると、ぴくりと身動きした仔猫達は起き上がって伸びをしたり、あくびをしながら顔だけ起こしたり、それでもまだ寝ていたりとそれぞれの反応を見せる。仔猫の姿と相まってかわいい。めちゃくちゃかわいい。
「お前ら、何をしていたか覚えているか?」
「がう」
「みゃあ」
「ぐう」
「おい、一匹イビキで返事したぞ」
ヨシュアさんがすかさずツッコミを入れる。それでもやっぱり、その一匹は眠ったままだ。暢気な子だなぁ……。
「何があったか話してみろ」
「がう!」
気の強そうな一匹が鳴き声を上げる。何か話しているようだが、猫が鳴いているだけにしか聞こえない。みんな黙って聞いているが、おそらく私と同じだろう。
「なるほどな」
唯一、ハクにだけは通じているようだ。
「ハクくん、通訳してくれる?」
「こいつらは三つ子で、生まれつき魔力が強いんだ。ある日、遊んでいたら合体してしまって、なんとか元に戻ろうとしたら巨大化してしまったらしい。そんな子どもの姿に母親は逃げ出してしまい、以来、元に戻れないまま、森で生活していたらしい」
ハクの通訳で、ようやく先程のアーティの言葉に納得した。あの三つの頭と尻尾を持つ巨大な猫は、魔法で失敗した結果だったのだ。
「普段は森で食べ物を調達して、時々この町の畑から貰ったりして生活していたらしい」
「そうだ!お前ら、この間はよくもうちの畑を荒らしてくれたな!」
町民の一人が息巻くのを、周りが制する。怒る気持ちはわかるが、その話は後にしてもらおう。
「で、誰に操られていたの?」
アーティの問いかけを、ハクが仔猫達に伝えると、気の強そうな一匹が短く鳴いた。
「わからない。湖の畔で昼寝をしていたら背中が熱くなって、気がついたら、町で暴れていたそうだ」
「……そう」
「でも、服従の魔法が解けただけじゃなくて、元の姿にも戻れて良かったね」
私が仔猫達の前に座り込んで微笑むと、仔猫達はじっと私を見つめてきた。寝坊助の一匹もあくびをしながら起き上がり、兄弟の視線の先にある私を一緒になって見つめてくる。
「がう!」
「みゃあ!」
「ぐぅ」
「……えっ!?」
三匹が鳴き声を上げながら、一斉に私に飛びついてくる。寝坊助くんだけ鳴き声ではなく、お腹の音だ。仔猫達はとても小さくて軽かったが、私は元々ふらふらだったので、後ろに倒れそうになる。それを、アーティが後ろに立って防いでくれた。
「みんな、トーコが助けてくれたってわかってるんだ」
ハクが微笑ましく見守りながら、説明してくれた。仔猫達は私に頬をすり寄せ、喉を鳴らしている。……かわいすぎる!
「おーい、無事かー?」
そこへ、子どもの避難を終えたロンが飛んで戻ってきて、私の隣に降り立った。
「終わったみたいだな。俺の助けはいらねぇじゃねぇか」
「そんなことないよ。ありがとう、ロン」
私がお礼を言うと、ロンはぷいっと横を向いてしまう。照れているようだ。
「……なんだか、桃子、動物マスターみたいだね」
ぽつりとアーティが言うと、ヨシュアさんは慌ててその口を塞いで、人差し指を自身の口に当てた。
「彼女は勇者としてここに来たんだ。誤解を与えるような発言をするな」
ヨシュアさんはそう言うが、こうしてハク達に囲まれる私は、アーティの言う通り、勇者ではなく、動物マスターと思われても仕方がないような……?
とにかく、魔物退治はできたわけで、後は早く元の世界に帰してもらうだけだ。
そう思っていたのに……。
――後に更なるとんでもない事態が待っていようとは、この時の私は知る由もなかった。




