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偽者でも、勇者は戦います

それからしばらく、猫がひたすら攻撃をして、アーティがひらりとそれを避けるという状態が続いた。

「ちっ……あの魔法使い、いっそやられちまえばいいのに……」

ロンの呟きは聞かなかったことにしてあげよう。悪態を吐かなければやってられないという気持ちはよくわかる。

「……あれ?」

ふとあるものが視界に入った私は、じっと目をこらす。上から見ないとわからなかったが、猫の首の後ろに、ロンの額と同じ刻印があった。

「……もしかして、あの猫は誰かに操られている?」

「あの悪魔以外にもひどい魔法使いがいるんだな」

「魔法を解いたら、そのひどい魔法使いに従わなくていいから、あの猫は大人しくなるよね?」

「あれが魔法使いの指示ならな」

――ということは、今かかっている魔法を解いて、アーティがあらためてかければ、そのまま偽勇者をすることができる。

「……アーティに伝えなきゃ!」

「でもよ、大声を出そうもんなら、せっかく旦那に向いてる気がこっちに向いて、襲ってくるかもしれねぇぜ?あんた、まともに戦えねぇんだろ?俺だって、あんなのと張り合えねぇからな。スピードには自信があるが、あんたを持ってるから、今はあいつの攻撃を避けきれるかもわかんねぇ」

もっともな意見に、私は声を上げるために開けた口を塞いだ。

地上に降りれば、わざわざ避難させてくれたアーティの邪魔になる上、弱そうな私の方が標的にされるだろう。他に何か伝える方法は?アーティが気づくのを待つしかないのか?

何かないかと視線を彷徨わせた私は、アーティの後方、物陰に隠れている子どもを見つけた。逃げ遅れたのか、興味本位で残ったのか……。理由はともかく、あそこにいるのは危険だ。今のところ、猫もアーティもその存在に気づいていない。アーティに知らせようと思えば、私も危険になって、お荷物が二つで、彼に更なる負担をかけてしまう。

しかし、アーティが気づいていない以上、私が動かなければ、子どもに危害が及ぶという最悪な展開になるかもしれない……。

その時、私の脳裏に、マリースさんの言葉が蘇る。


『女の子だって、いざって時は戦えなくちゃ!』


――そうだ、せっかくいろいろ準備をして覚悟を決めたはずなのに……いざ化け物を目の前にして、決心が揺らいでしまっていた。


「……ロン、私を下ろして」

「はぁ!?正気か!?」

「私を下ろした後は、替わりにあの子どもを避難させてあげて」

ロンは私の視線の先に目をやり、子どもの姿を確認した。

「……ガキを避難させるのはいいが、あんたも一緒の方がいいだろ?」

「無理しなくていいよ。私と一緒じゃ重すぎて飛びづらいでしょ?……けど、あの子を逃がした後は、助けに戻ってきてくれたら嬉しいな」

アーティの命令もあるだろうが、ロンが私に気遣いを見せてくれるとは意外だった。なので、お願いを追加してみる。

「……あんたを危険に放置したままじゃ、本気で焼き鳥にされそうだしな」

素っ気ない言い方だが、お願いを聞いてくれるようだ。最初は襲ってきたりして狂暴な生き物かと思ったが、話してみると親しみが持てる。口は悪いが、根は優しいみたいだし、彼とは仲良くなれそうだ。

「んじゃ、行くぞ。準備はいいか?」

「うん、お願い」

ロンは、猫とアーティの距離が広がるタイミングを見計らって降下する。私はぱっと掴んでいた足を放すと、地上へ飛び降りた。


「……何やってんの?」

さすがに驚いたらしいアーティは、目を丸くしている。猫も突然の出来事に動きを止めて、こちらの様子を窺っている。

その時、子どものところへ向かうためアーティの横を通過しようとしたロンは、彼の杖で叩き落とされた。

「鳥……桃子を避難させておけって、言ったよね?」

アーティがとてつもなく怖い。無表情なのに、完全に目が危ない人だ。

「違うんです、アーティ!ロンは……うわっ!?」

「桃子!」

私は蛇に睨まれた蛙状態のロンを擁護しようとしたが、猫が私に向かって爪を伸ばしてきたので、慌ててその場から飛び退く。

「鳥、早く桃子を回収しろ!」

「私は大丈夫!それより、後ろにいる子どもを逃がしてあげてください!」

なんとか避けて、猫と距離をとった私がそう叫ぶと、アーティはちらりと視線をやって、子どもの姿を確認した。

その間にも、猫はやはり弱い私の方に狙いを定め、攻撃をしかけてくる。私はベルトにひっかけたポシェットに入れていた目潰しを投げつける。上手く全ての頭に効果的な所に当たってくれて、猫は悲鳴を上げて蹲る。

「――それと……猫の背中に……ロンと……同じ、刻印が……あります。操られ……ているなら……なんとか……できま……せんか?」

なんとか猫の動きを押さえることが出来た私は、息も絶え絶えにアーティへ駆け寄った。心臓はバクバクで、その場に倒れこみそうになるくらい満身創痍だが、子どもの前で勇者が倒れるわけにもいかず、必死に耐えた。

「……すごいね、桃子」

アーティは一瞬笑みを浮かべて、またいつもの淡々とした表情に戻り、杖の先でロンを小突いた。

「早く行きな」

「あんたが邪魔したんじゃねぇか!」

「君は思ってた以上に使えるね……子どもを頼んだよ、ロン」

初めてまともな言葉をかけられたロンは目を見開いて驚くが、すぐに使命を思い出し、意気揚々と飛び立った。

まだ傷む目をぎゅっと瞑った猫は、やけになったのか、腕を振ったり、頭をぶつけたりして近くにある建物を破壊する。その間に、ロンは子どもを連れて飛び立ち、大分息が整った私はスカートの下に仕込んだ麻酔銃を構える。

「いろんなアイテムが出てくるねぇ……姉さんに貰ったの?」

「はい。最初は、実弾入りの銃とかナイフとか、殺傷能力の高いものばかりだったんですけど……恐くて持ってられなくて……」

練習でマリースさんが用意した的に発砲した時、衝撃で後ろに吹っ飛んだ。強烈な音に耳もじんじんした。すぐに起き上がれたが、確認してみると、私が撃った弾は的を大きく外れ、危うくマリースさんに当たりかけていたのだ。マリースさんは上手く避けてくれていたが、もし当たっていたらと思うと、ぞっとした。当たりどころが悪ければ、怪我などでは済まない。あんな人を殺せる武器は、素人の私が持っていいものではない。

「それでハリセンに目潰し、麻酔銃にしたんだ」

「とりあえず、身を守れればいいと思って……ハリセンは主にあなた用ですけど」

「僕用?何で?」

「それより、猫のことです。なんとかできますか?」

私はすかさず話題を変えた。ここでいろいろ言い出したら、またハリセンの出番になってしまう。今はそれどころではない。

涙で目潰しを流しきったらしい猫が、牙を向いて唸っている。完全に怒らせてしまったようだ。

「服従の魔法は、かけた本人しか解除できないけど、全ての魔法をリセットする魔法はある」

「では、それをお願いします」

「ただ、ものすごくややこしくて、一朝一夕にできるものじゃない。準備に時間がかかるんだ」

「そんな……」

アーティとの会話に気をとられていた隙に、猫が私に爪を振りかざしていた。私の前に出たアーティはそれを剣で受け止める。

「桃子。とりあえず、この隙に麻酔銃を撃ち込んで」

「は……はいっ!」

私は慌てて銃を構えて、アーティの後ろから飛び出す。

すると、目の前には、猫の牙が迫っていて……――


「早く撃つんだ!」


一瞬怯んだ私だが、アーティの声で気を持ち直し、真ん中の頭の眉間に、麻酔を撃ち込んだ。

すると、猫は動きを止め、うなり声を上げながら、その場に沈んだ。



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