いろんな意味ですごい人
私に襲いかかろうとした猫は、剣を構えたヨシュアさんが立ちはだかったことで足を止め、その足下にミリアさんが銃弾を撃ち込んだことで大きく後ろに飛び去った。
「ティボルト、予定変更だ!お前は一般人の避難誘導に当たれ!」
「了解!」
ヨシュアさんの指示で、ミリアさんは逃げ遅れた人がいないか気を配りながら、避難する人々の後を追った。
「レイノルド、お前はここで魔物を押さえておけ!私は詰所に応援要請をしてくる!すぐに戻るから、それから作戦を決行する!」
「倒しちゃダメなの?」
「ここに来た理由を忘れるな。緊急事態だが、出来る限り失敗は避けたい。なので、トーコさん。申し訳ありませんが、逃げていただくわけにはいきません」
そうなるような気がしていた。私は恐怖で震えながらも頷き、武器をいつでも取り出せるように、剣を捨てた。使えない武器より、用意してきた武器で身を守らなければ。
私の了解を確認したヨシュアさんは、町の外れにある警備詰所に向けて駆け出す。サザール国内の村や町には、警備員として何人か軍人が派遣され、任期中は詰所で生活する。この町の従事員は、町の反対側での騒ぎに気づいていないのか、まだやって来ない。ヨシュアさんは彼らを呼ぶためと、詰所にある通信手段で軍本部に連絡するために向かったのだ。
人数が減ったことで、警戒していた猫が再び襲ってくる。
私はそれを回避するため、ひたすら走る。猫の方が速いが、狭い建物と建物の間の道に駆け込めば、図体のでかい猫は入ってこれない。
しかし、後少しというところで先回りされ、道を塞がれてしまう。私は向きを変え、他の脇道を目指す。そんな私に向かって、猫が背後から猫が鋭い爪を伸ばしてくる。気づいた私が振り向いた時には、もう爪は目の前に迫っていて、私は咄嗟にギュッと目を瞑る。
すぐに衝撃と痛みが襲ってくるかと思ったが、それが訪れることはなく、替わりに刃物と刃物がぶつかる音がした。私がそっと目を開けると、アーティが私の捨てた剣で猫の爪を防いでいた。
「剣は護身用に持っておいた方がいいって言ったでしょ?」
アーティは言いながら、猫の爪を弾き飛ばす。バランスを失った猫は、そのまま後ろに倒れた。
「それに、建物の間に隠れたって、建物を壊されたら下敷きになるよ」
「だって、ここから逃げ出すことができないのに、他にどう攻撃を避けろって言うんですか!?」
こんなことなら、本当に甲冑でも用意すれば良かった。
「僕もそれを考えてたんだよね。ヨシュアが戻ってくるまで倒しちゃダメなのに、桃子を庇ってたらついやっちゃいそうで……だから、あれを呼んでみた」
アーティがそう言って指差した方向を見ると、森の向こうの上空から、ものすごい勢いで何かが向かってくる。すぐに認識できるまでに近づいたそれは、鳥だった。緑色の羽毛の鷹のようなそれは、ものすごく見覚えがある。
「……あれって、まさか?」
「うん。あの時の鳥」
「ちくしょー!悪魔め!!いつの間に服従の魔法をかけやがった!?」
涙声で叫びながら降り立った鳥は、サウラの洞窟へ行った時に遭遇した鳥だった。額には、あの時にはなかった謎の刻印がある。
「やあ、鳥。思ったより早かったね。使えると思って従者にして良かったよ」
けろりと言うアーティは、いつの間にか鳥を従者にする魔法をかけていたようだ。額の刻印がその証だろう。不本意ながらアーティの従者となってしまった鳥は、主人の呼び掛けに文字通り飛んできたわけだ。
それにしても、サウラの洞窟の中では動物と話が出来たが、ここは外だ。先程から鳥と普通に話が出来ていることを不思議に思った私は、それもアーティの仕業か問いかけた。
「まさか。ピーチクパーチクやかましいだけなのに……」
「あの後、全てをご覧になっていたサウラ様が俺を哀れに思い、“ロン”という名前と人間の知識をくださったんだ。だから、洞窟の外でもお前らと話せる」
いや、絶対哀れんでいるんじゃなくて、楽しんでいるんだ。きっとサウラのことだから、鳥がアーティの魔法にかかっていることに気づいていただろう。こうして呼び出せることを見越して、人間の言葉を話せるようにした、というところだろうか。サウラに関する文献とハクから聞いた話からの推測だが、かなり自信がある。
「……それで、旦那?俺は何をすればいい?」
鳥ことロンは諦めて覚悟を決めたらしく、アーティの用件を尋ねる。
「しばらく桃子を連れて、上空を旋回しといてくれる?猫くんは僕が抑えとくから」
「また重労働かよ!!」
かわいそうに、ロンはまた悲痛の叫びを上げる。
「大丈夫。桃子は僕や、鉱石百個分より軽いから」
「あー……くそっ!わかったよ!」
やけになったのか、ロンはそう叫び、足で私の襟首を掴む。
「……言っとくけど、乱暴に扱ったら焼き鳥にするよ」
そう言ったアーティの周囲は、温度が下がったような気がする。目も怖いし……。
ロンは慌てて私を放すと、足を掴むよう指示してきた。本当に、こんな厄介な人物に手を出してしまうなんて、私以上に運のない鳥だ。
「さて、都合よく脳震盪を起こしてくれてた猫くんは、おっきの時間みたいだ。鳥、なるべく上を飛んでくれよ」
「名前を貰ったんだ!俺のことはロンと呼べ!!」
ロンは言いながら翼を羽ばたかせ、私を持ち上げた。
よろよろと立ち上がった猫は、ふるふると頭を振って意識をはっきりさせようとしていた。私が空へ避難しようとしていることに気づいた猫は、三つの頭でこちらに噛みつこうとしてきた。そこへ、高く跳躍したアーティが、右の頭を杖で横から殴り、ビリヤードのように頭同士ぶつけ合わせることで全ての頭にダメージを与える。
「こっちだよ、猫くん。僕が遊んであげよう」
私は、巨大な猫を相手に息ひとつ乱さず、平然とした顔で戦うアーティを見ながら、また、凶暴で恐ろしいと思った鳥がへこへこと彼に従って、私を持って飛んでいる現状から、心の底から思う。
――変人だけど、アーティが味方で本当に良かった。変人だけど……。




