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魔物出現!

セイヤは国王への報告のため、謁見の間へ入った。玉座には祖父である王と、祖母の女王が鎮座し、傍には宰相と数名の護衛が控えている。

「ご苦労、セイヤ。神殿の鐘の件はどうなった?」

「はい。勇者は本当にこの世界にやって来ました。それと同時に、西の森に魔物が出現し、討伐に向かっていただいています」

セイヤが告げると、事情を知る王はニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべ、女王は口許を扇で隠し、宰相だけは全く反応を見せなかった。

「わかった。国民にはそのように伝え、勇者が魔物を討伐した暁には、大々的に迎えてやることにしよう」

王の答えに、セイヤも笑みを浮かべ、礼をして広間を後にした。


「勇者が現れたそうだな、セイヤ」

謁見の間を出てすぐの廊下で声をかけられ、セイヤは立ち止まって振り返る。そこには叔父であり、国王の第二王子のハワードとその従者が立っていた。

「叔父上、お戻りになっていたのですね」

「つい先程な。これから陛下に報告へ向かうところだ」

「ご苦労様です。大分お疲れのようですし、早く済ませて休まれるのがよろしいでしょう」

「……セイヤ君。さっきから目が合わないような気がするけど?君の視線、ちょっと上に行ってるよ?」

「また叔父上の毛根が疲れ果てているもので……」

「やかましい!!」

ハワードの顔は太い眉に、ほりが深くて濃い。役職は、持ち前の知性と体力を生かした王国軍の将軍。顔や肩書きもインパクトがあるが、何より目を引くのは、年の割りに後退したその前頭部の毛だ。頭頂部が禿げ上がるのも時間の問題だろう。

そんな彼の特徴とも言える毛に対して、母である女王や甥のセイヤ、姪であるセイヤの妹は、毎回指摘してからかっているのだ。決していじめではない、コミュニケーションだ。

いつもはもう少しからかうのだが、セイヤは叔父の後ろに控えた従者に目をやる。

「――コンラート。元気そうだな」

「はい。セイヤ様もお変わりなく……」

顔の右半分に火傷の痕を持ち、右目を眼帯で覆った長身で体格のいい従者は、笑顔で応える。他の者から見れば、その笑みは火傷のせいで不気味に感じられるだろう。

「叔父上の下でも上手くやっているようだな。さすが……父上の側近だっただけのことはある」

セイヤもずっと笑顔であるが、目は笑っていない。そんなセイヤに対し、ハワードはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。

「セイヤ。コンラート君が兄上より私に付いたからといって、そう目くじらを立ててやるな」

「そんなつもりはなかったのですが……まあ、父上には彼と遜色のないくらい優秀な部下がたくさんいましたので、一人くらい叔父上に差し上げても全く問題はありませんしね」

ハワードの顔が不機嫌に変わったことに満足したセイヤは、「失礼します」と踵を返し、その場を後にした。


「ふんっ……口の減らないガキめ」


セイヤの背が見えなくなったところで、ハワードが忌々しげに呟く。

「今に見ておれ。私が王になった暁には、この国から追い出してくれる!」

そう吐き捨てて、ハワードは謁見の間に向かう。セイヤが消えた先を見つめていたコンラートは、主人に視線を戻すと、その後に黙って付き従うのだった。





一方、その頃の偽勇者一行――


私はアーティやヨシュアさん、ミリアさんと共に西の町に到着した。

ヨシュアさんとミリアさんは動きやすい私服姿で、腰や腿に武器を装着している。武器さえ外せば、町にも溶け込める普通の格好だ。それに比べてアーティは、やっぱり杖を持ち、ローブで体を包んだ、完全にロールプレイングゲームごっこの怪しい姿だ。

「アーティ……マリースさんに聞きましたけど、別に杖を使わなくても魔法は使えるんでしょう?」

「うん。でもこっちの方が雰囲気出るし。それに、これで道の先を突いて安全を確認したり、敵を殴ったりできるでしょ?」

「あと、その服装は怪しい人に見えます」

「桃子こそ、その格好で魔物退治なんて詐欺だよ」

私の服装はレイノルド家から出た時と変わらず、マリースさんに借りたワンピースだ。一応腰には、勇者らしく剣を装備している。

「せっかく、青のターバンと白いヒラヒラの服用意してたのに……」

「だから、あなたはあっちの世界に影響されすぎですってば!」

「アティール一押しの衣装はともかく……」

私がギャアギャア言っていると、ミリアさんが声をかけてくる。

「トーコさん、これから大分動いていただくことになりますが、本当にその格好で大丈夫ですか?」

たしかに、普通のワンピースであれば、下着が見えることを恐れて動きづらいだろう。ミリアさんのようなパンツスタイルが一番良い。しかし、この格好はあのマリースさんに用意してもらい、平凡な私が身を守る方法を必死で考えて工夫を施したものだ。正直、これでなければ不安だ。全身の防弾チョッキか甲冑を用意してくれれば着替えてもいいが、そんな勇者はいないだろう。

「大丈夫です。下に短パンを着ているんで、気にせず動けますし、ヒラヒラなんかもないシンプルなワンピースなんで、動きやすいです」

「……まあ、女性らしい格好の方が、女性の勇者であるとアピールできていいかもしれませんね」

少し思案した後、ミリアさんはふわりと笑みを浮かべる。働く女性が少ない中で奮闘するミリアさんは、今回私が勇者になることで、活躍したい女性の希望になるのではないかと期待しているのだ。

「――さあ、お喋りはそのくらいにして、行きますよ」

ヨシュアさんの号令で、私達は町を通り抜け、森の入口まで向かって歩き出す。少し変わった旅の一行に、すれ違う人々の視線が痛い。

「勇者だから、目立った方が良いんだよ」

「悪目立ちは逆に良くないと思います」

「アティールが脱げばいんじゃない?」

「……そんな痴女発言、お父さんが聞いたら泣くよ?」

ミリアさんがアーティに向かって銃を構える。小声で会話していたので、周りの人には、唐突に少女が仲間に銃を向けたように見えているだろう。この後魔物を倒したとしても、悪い噂で勇者と認定されなかったら困る。

「ミリアさん!町中での発砲は……!」

私がミリアさんに銃を下ろすよう進言しようとした時、彼女は銃口の先を森の方に変えて、ぽつりと呟く。


「……来る」


既にヨシュアさんも剣を抜いて構えていた。アーティは平然と突っ立っているが、じっと森の方を見つめている。私も三人の視線の先へ目をやった次の瞬間――


草木をかき分け現れた、三つの頭と尾を持つ巨大な黒猫が咆哮した。


「わあ、いきなり盛り上がってくれてるね」

人々が突然のことに驚き、恐怖で逃げ惑う中、アーティは暢気に言った。

「……あれって、アーティの隠れ家の傍にいた生き物ですよね?」

私はあの猫のような生き物が、ここが異世界であるという証明に、アーティが室内から魔法で瞬間移動させた際、隠れ家近くの湖で水を飲んでいたことを思い出す。

「うん、その猫くんだよ。向かって右の頭はイタズラ好きの悪ガキ、左の子は食いしん坊、真ん中はそんな二匹を宥める優等生」

「めんどくさい生き物ですね」

それぞれ性格があるという頭は、今は三つ共鋭い目付きで牙を向いている。猫――と言っていいのかわからない生き物は、そのまま近くにあった馬小屋を腕一本で薙ぎ払う。幸い馬には当たらなかったようで、壊れた箇所から散り散りに逃げていった。

「トーコさん、構えてください」

ヨシュアさんの指示で、私も腰から剣を抜く。構え方は教わったのでなんとか出来るが、ここからが問題だ。三人の指示通りに動かなくてはならない。ぶっつけ本番なので、ちゃんとできるか不安だ。

「……ヨシュア、ミリア。気をつけて」

「ああ、バレないように気をつける。お前も上手く制御しろよ」

魔物として仕立て上げるため、あの猫はアーティが魔法で操ることになっている。だから怪我をすることはないだろうが、嘘だとバレないように動かなくてはならない。

「じゃなくて」

しかし、アーティはヨシュアさんの返答に首を横に振って、さらりととんでもないことを言った。


「僕、まだ何もしてないから」


「……は?」

私はヨシュアさん、ミリアさんと同時に聞き返す。

何を言われたか理解できない。今にも襲いかかってきそうなあれは、アーティが仕向けたものではないのか?

「だって、魔法をかけるには直接触れなくちゃ。まだ来たばかりだから、何も出来てるわけないよ」

私は呆然として武器を下ろす。

「ということは……」

「何故か知らないけど、本当に暴走しちゃってるみたいだねぇ」

アーティが暢気に言った直後、化け物がこちらへ向かって跳躍してくる。


――またしても、とんでもない状況みたいです。



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