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勇者にされました

「セイヤ様、話が全く見えません。何でいきなり桃子が勇者なんですか?」


衝撃からその場に立ち尽くしている私の代弁をするかのように、抑揚のない声でアーティが言う。


そうだ、なんで私が勇者?

竜や魔王でも倒せと言うんですか?

私、平凡な一般人ですよ。剣も魔法も使えません。こんな格好(ゲームの勇者みたいな衣装)してますが、ゼリー状の魔物一匹倒せません。


「この国の言い伝えは知っているな?」

王子は私ではなく、アーティに向かって説明する。

「……異世界から勇者が来るってやつですか?」

「そうだ」

「まさか、だから桃子が勇者だって言うんですか?」

何だ、それ!?勝手に間違えて連れてこられたけど、異世界から来たから勇者になれということか!?

「無理に決まってます!!」

衝撃から立ち直った私は、王子に向かって叫んでいた。

「私、武道なんてやってませんし、体育の成績だって平均ですよ!魔法なんて使えるわけないですし!」

「その辺りは問題ありません。とりあえず、落ち着いてゆっくり話しましょう」

捲し立てる私に対し、王子は笑顔で対応する。私の肩に手をやり、すぐ傍にある応接用のソファに座らせた。

「アーティ、お前も座れ」

アーティは首を傾げながらも、私の隣に腰かける。王子は向かいのソファに座り、ミリアさんとヨシュアさんはその後ろに立った。

「サザールは、古より異世界から勇者がやって来ると伝えられています。そして、その勇者の来訪を報せるため、独りでに神殿の鐘が鳴り響く、と。一昨日、その鐘が一昼夜鳴り響きました」

一昨日……私が異世界に来た日だ。昨日は洞窟の中で、ずっと暗かったために日付が変わっていることに気づかなかったが、脱出できたのが今朝だったのだ。

「しかし、我々が把握している限り、勇者を求めるような事態は発生していません。国民の間では何か起こるのではないかと、不安が拡がっています。そこで、魔法の形跡を辿りました。転送魔法なんて高度な魔法は、その形跡が残るはずですから。その結果、ここ半年の間でそれだけ大きな魔力が使われたのは、一昨日の一度だけだったのです」

王子の目が座ってきた。笑顔なのに、怒っているようだ。

「魔法研究所では使われた事実だけで、場所までは特定できませんでした。そこで、類い稀なる魔力を持ち、異世界の研究をしているアーティなら、何かわかるかもしれないと探していたら……まさか異世界の者を召喚していた張本人だったとは……」

王子の冷たい視線がアーティに向く。それを受けたアーティは、しばらく俯いて考え込んだ後、「てへっ」と首を傾げた。

そんなアーティに、突然、天井から青い雷が落ちる。

「なっ……なにっ!?」

隣に座っていた私は、慌てて飛び退くが、雷はアーティ一点に集中し、近くにいても何の影響もなかった。

「ご心配なく。トーコさんには当たらないようにしていますから」

「……これは、王子様が?」

「ええ。ちょっとしたお仕置きです。もっとも、アーティはあまり堪えませんが……」

「そんなことないですよ。ピリピリするんで、やめてほしいです」

全身を雷に覆われながら、アーティはけろりとした様子でいた。王子が「やれやれ」と溜め息を吐くと、雷は消えた。

ミリアさんが、馬車の中でアーティに「雷を覚悟しろ」と言っていたが、まさか比喩表現ではなく、物理的なものだったとは……。

私はまだばくばくとうるさい心臓の辺りを押さえながら、恐る恐る元の位置に腰かけた。

「さて、そういう状況なので、勇者はあなた以外考えられないのです。勇者になってください」

王子がまた眩しいくらいの笑顔で言う。口調は“お願い”なのに、“命令”に聞こえるのは何故だろう?

「で……でもっ!勇者は必要ないんですよね?きっと鐘は誰かが鳴らしただけで、ただの勘違いですよ!」

「神殿の鐘は、大神ウルスの像が持っています。あの巨大な像をよじ登るのは困難ですし、何より、神殿の像に勝手に触れた者には天罰が下るようになっています」

「だったら、きっと他に勇者が……」

「先程も説明した通り、転送魔法の形跡はアーティが行ったものだけです。トーコさん、大丈夫ですよ。勇者と言っても仮と言うか……要は、偽者ですから」

王子の言葉に、必死に逃れようとしていた私は反論を止める。

「……偽者?」

「これはまだ推測ですが、あの鐘は勇者ではなく、異世界人に反応するのではないかと思われます。しかし、国民には勇者の来訪を報せる鐘として広く伝わっています。今の我々はとある事情により、国民の不安を早急に取り払う必要があります。魔物を用意しますので、あなたには勇者らしくそれを退治していただいて、それを国民に広めた後、お帰りいただきます」

「それって八百長……」

「やっていただけますね?」

有無を言わさぬ笑顔とはこのことを言うのだろう。妙な威圧感と畳み掛けるような論説に、私は白旗を揚げる寸前だ。

「……でも、本当に唐突に連れてこられたので……受験もあるし、早く帰りたいんですけど……」

「ですから、ぱぱっと魔物を作って、ちゃちゃっと退治して、ささっと帰還魔法を見つけるか作るかして、帰りましょう?その辺はアーティが何とかするので」

「ええ~?僕に丸投げですか?僕だってそんな万能じゃないですよ」

「お前のせいだろう。キリキリ働け」

「……は~い」

アーティまでも、完全に王子のペースだ。タイプは違うが、この王子の我の強さはアーティに似ている。違うのは、この高貴な迫力に強く逆らえないところだ。

「そういわけで、勇者さん。よろしくお願いしますね」

この人には敵わない……。

私は降参して、渋々頷いた。



とんでもない展開になりました。

――私、勇者にされます。



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