まさかの事態
町まで戻って馬を返した後、私とアーティは馬車に押し込められ、ミリアさんとヨシュアさんは御者席に座り、都に向けて出発した。
先程までは、険しい道や野性動物の相手で聞けなかったが、余裕ができた今、私はあらためてアーティを問い詰める。
「さあ、本当のことを教えてください」
「本当のって……別に嘘はついてないよ?」
「私にはアーティという名前の魔法使いだと言ったじゃないですか。なのにあの人達は、あなたのことをアティールとかレイノルドとか……。それに、あの人達の格好や装備は、私の世界で言うところの軍人か警察なんじゃないんですか?そんな人達に追われるなんて、どういうことなんですか?」
「だからぁ~、アーティは愛称。魔法使いっていうのも嘘じゃない。正式な名前はアティール・キース・レイノルド。察しの通り、ミリアとヨシュアは軍人。僕の同僚だよ」
「あなたが軍人……?」
この何を考えているかわからない、ゆるゆるふわふわ、すっとぼけな人物が、真面目で規則正しく、はきはきしたイメージの軍人と噛み合わない。まあ、たしかに杖一本で野性動物と戦ったり、私を引き上げたり、自在に魔法を使ったりで強そうだけれど……。
「軍人だったら、何であんな森の中で異世界の研究をしてるんですか?」
「趣味で研究してるって言ったでしょ。自宅を漁ってたら、異世界転送魔法が書かれた本を見つけて、いてもたってもいられず、秘密基地に引きこもって研究したくなっちゃった」
「……それで、置き手紙して家出した、と?」
「うん」
「あんた、帰ったらお祖父様とセイヤ様の雷を覚悟しときなよ」
突然、御者席側の窓が開かれ、ミリアさんが顔を出す。私達の話を聞いていたようで、悪びれもなく頷くアーティに対し、怒りを通り越して呆れているようだ。
「いつものことでしょ?なのに、何で今回は連れ戻すのさ?」
常習犯だから、いつもは家出しても放っておかれるということか……。
しれっと言うアーティに私も呆れてしまう。
「あんたは有能で、不真面目そうに見えて仕事はちゃんとするし、魔法研究所にも積極的に協力してるから二、三週間の家出くらい大目に見てくださってるけど……今回はとんでもないことになったのよ。おそらく、あんたが原因で」
「……何があったの?」
ミリアさんの言葉に、アーティは眉をひそめる。声も若干低くなり、ただならぬ様子が窺える。
「ティボルト、話は王宮に着いてからだ。レイノルド、お前はそれまで、彼女にこの世界のことをもっと詳しく説明しておけ」
アーティへの答えのため口を開こうとしたミリアさんを制し、馬を操りながらヨシュアさんが言った。それからヨシュアさんに窓を閉められ、言及を拒まれたアーティは不服のようでしばらく黙りこんでしまった。
いきなり連行されて、アーティもこんな様子で……私は新たな不安に頭を抱えた。
馬車に乗って数時間後、王宮に到着した。
首都の町並みは、窓を閉められていたのでわからなかったが、馬車を降りて目の前の王宮は、青と白を基調とした美しい城だった。その門の前では屈強そうな兵士達が立ち、警戒に当たっている。そんな兵士達の間を、前をヨシュアさん、後ろをミリアさんに挟まれた私とアーティは堂々と通り抜ける。そのまま広い階段を上がり、三階の奥の部屋まで通された。ヨシュアさんはその部屋の扉をノックする。
「セイヤ様。レイノルドを連れてきました」
「入れ」
中からの返事を受け、ヨシュアさんは両面開きの扉を丁寧に開け、一礼してから入っていった。戸惑いながら私も真似て一礼するが、隣のアーティは何もしないままずかずか入っていく。表情からは読めないが、まだ不満のようだ。その後のミリアさんは礼をして入った後、扉を閉めた。
扉の正面は大きな窓で、広い中庭が見えた。部屋を見渡すと、入って右手の奥の机にこちらをじっと見つめる青年がいた。
「アーティ、挨拶はちゃんとしろ」
「……アティール・キース・レイノルド、ただいま戻りました」
青年に言われ、アーティは渋々申告した。
青みがかった艶やかな黒髪に黒い瞳、色白で泣き黒子が妙な色気を放つ、美女とも見紛う美青年だ。
「よろしい。……さて、あなたが異世界からいらしたトーコさんですね?」
青年が私に向き直る。
「ようこそ、サザールへ。私はサザール国第一王子、セイヤと申します。この度はうちの者がご迷惑をおかけしました」
セイヤ王子はそう言って深々と頭を下げた。
「そんな……わざわざ王子様に謝罪していただく必要は……!私は無事に帰していただけたらいいので!」
身分の高い人に頭を下げられると、こちらが申し訳なくなってしまう。私が慌てて制すると、王子は顔を上げてニコリと微笑みかけた。
「そう言っていただけて助かります。実は、お帰しする前にやっていただきたいことがあるのです」
やっていただきたいこと?何だろう?帰す魔法がわかるまで、アーティの手伝いや雑用くらいならするつもりだったが……。そのことだろうか?
私が予想をたてていると、王子は恐いくらいの笑顔でとんでもないことを告げる。
「トーコさん、勇者になってください」




