第9話 じじ様とおやじさん
「ただいま~!!」
勢いよく開けられたドアは、ばんっ!と大きな音を立てる。それでもドアはびくともしない。いつものことながら本当に丈夫に出来ている。
「これまた荒っぽい登場だな。」
アレンさんが若干呆れた顔で俺を見てくる。だが、そんなことなんのその、もはやアレンさんからのこういった視線にはとっくに慣れている。
「アレンさんはちょっとここで待っていてください。」
「あぁ、それでは…」
「じじ様~どこですか~!」
「……。」
アレンさんが何か言いたそうな顔をしているが、俺は早くじじ様に会いたいのでそこは無視させてもらおう。
ひとまずアレンさんを無視したところでじじ様を探し始める。
「じじ様どこですか~?」
いつも座っている居間に入ってみる。そこには座っているじじ様どころか使われた跡もなく、台所には綺麗に洗われた食器が積まれていた。
もしかしたら家にいないのだろうか?
「アレンさん!とりあえずここで待っていてください。」
アレンさんを玄関で待っていさせるわけにもいかないので、ひとまずはこの部屋にいてもらうことにする。
「勝手に座っていてもいいのかい?」
アレンさんも流石に他人の家だと遠慮するのだろうか、部屋の中を窺うようにして眺めている。
「大丈夫ですよ。もうしばらくここで待っていてください。」
「分かった。」
アレンさんをひとまず部屋に招き入れると再びじじ様を探し始める。
「ここもいない…ここもか…。」
トイレや風呂場を覗いてみたがどれも使われた跡はない。やはり外に出かけているのだろうか?
そう思いながら二階を上ると、一番奥の俺の部屋に向かってみる。小さい頃から掛けてある木に彫られたREONの文字が目に入る。部屋の前に立つと中で人の気配がする。ドアに耳を傾けると中でごそごそと何かが動いているのが分かった。どうやらここにいるようだ。でも、なぜここにいるのだろう?
多少の疑問を抱きながらもドアを開けてみる。
「じじ様。こんなとこでなにを…。」
アレンは思わず言葉を失った。それも無理はないだろう、目の前にはじじ様ではなくエレナが下着姿でベッドに寝ていたのである。
我に返り、目を離そうとするも悲しきかな、本能がそれを許さない。
エレナの桜色の唇からはスースーと柔らかい寝息をたて、その大きく柔らかそうな二つの小山は呼吸に合わせてゆっくりと上下しており、顔はこの上なく幸せそうな顔を浮かべている。
「レオン…。」
「うおぉう!」
突然エレナが寝言を発したので、思わず声をあげてしまった。
「ん?誰?」
エレナが寝ぼけた声でこちらに顔を向ける。
「よ、よう。久しぶり…。」
「あぁレオン。…久しぶりね。」
「おう。じゃ、じゃあな。」
「うん…じゃあね。」
バタンっと乾いた音が部屋に響く。
エレナは再び眠りにつく。レオンの使っていた布団の匂いを嗅ぎながら寝るのがエレナの至福の時だった。レオンが帰った後はじじ様の家に泊まるというのは私とじじ様の秘密になっている。
なんだ、レオンか。…ん?レオン!?
「レオン!」
「はい!」
勢いよくドアを開けるとそこにはやはりレオンが立っていた。呼びかけるとアレンはびくっと肩を震わせ、まるで悪戯が見つかった子供のように下を向いて小さくなっている。顔が真っ赤になっているのが顔を伏せていても分かった。
「急にどうしたの?」
「おう、ちょっと伝えることがあってな。」
何だろう、何か違和感を感じる。いつものレオンらしくない。
「なんでちゃんと顔を見ないのよ?」
「だって…。」
レオンが私に指を向ける。ん?私?改めて自分の格好を確認してみる。
「きゃあっ!!」
慌ててドアを閉める。何と言うことだろう。自分の格好を確認してすべて理解した。
何故レオンが下を向いて私の顔を見ようとしなかったのか、そしてあんなに顔を赤くしていたのかも全て分かった。自分の顔が赤いのが鏡を見なくても分かる。顔が酷く熱い。窓を開けて大分涼しかった部屋の中も今では熱くて仕方なかった。たまらず手で扇ぐも何一つ変わらない。
「レオン!そこにいなさいよ!」
びくっとしたのがドアの中からでも分かった。しばらく沈黙が流れる。
「…はい。」
ドアの外で怯えた声が聞こえてきた。観念したというべきか、諦めたような声色だった。肩を落としている姿が脳裏に浮かぶ。
レオンのそんな姿を浮かべながらベッドにかけてあった白のワンピースを急いで着ると自分を落ち着かせるように大きく息を吐く。それでもやはり顔が熱いのは変わらない。
仕方ないのでそのまま少しドアを開ける。
「レオン?見た?」
「うん。ごめん。」
「私、何か言ってなかった?」
「何か言っていたような気もするけど…。」
エレナは思わずドアを閉める。
「えっ?エレナ!?」
しまった。もしかしたら寝言でレオンのことを言ってしまったかもしれない。さっき自分がどんな夢を見ていたかは忘れてしまったが、もし見ていたとしたら間違いなくレオンは出てきている。
覚えている夢には必ずレオンが出てきていた。
「ご、ごめん!何でもするから許してくれ!!」
レオンはエレナをなだめようと必死に声を上げる。
ドアが少し開いた。小さな隙間からは特徴的な大きな目がこちらを見ている。
「本当?」
「おう!何でもしてやるよ!!」
「…寝言で何言ってたのか分かる?」
「寝言?…いや、分からない。」
レオンはそう言うとエレナは何も言わずじっとドアから目だけを出してこちらを睨んでくる。
「分かった。許す。」
「良かった―――!」
エレナがやっとドアから出てきた。顔を真っ赤にしているがどうやら怒ってはいないようだ。
「帰る時は今度からちゃんと言ってよね。」
「…無理だよ。」
そう言うとエレナがクスッと笑う。良かった。今晩の飯抜きという最悪の事態だけはなさそうだ…そう、切に願う。
「…どうだった?」
「何が?」
「…私の下着姿。」
「えっ?何だって?」
エレナがぼそっと何かをつぶやくが小さすぎて何を言っているのかよく聞こえなかった。
「なんでもない…。」
前を歩くエレナの顔が見えないが声から察するにどうやら恥ずかしがっているのが分かる。
「何だよ。」
「なんでもない!今日の晩御飯抜きにするわよ。」
「すまん!俺が悪かった!許してくれ!!」
なぜ晩飯が抜きになるのか分からなかったが、それで抜きにされてしまったらたまったものではないので急いで謝る。
「…そんなに食べたいの?」
「おう!」
レオンが即答するとエレナの周りの空気が少し和んだような気がする。危なかった。危うく晩飯抜きになるところだった。
そんなこんなでこの騒動からなんとかひと段落つき、階段を下りるところで改めて今日帰ってきたことについて話す。
「実は今日帰ってきたのは、しばらく村に帰ってこないことを言いに来たからなんだ。」
俺の突然の問いかけにびっくりした顔のエレナがこちらを振り返った。ただでさえ大きな目がさらに大きく開き信じられないといった表情でこちらを見ている。
うん、さすが幼馴染、良いリアクションじゃないか、よく分かっている。子供たちもこれぐらいしてもらいたいものだ。
「なんで?それにその腕どうしたの!?」
エレナが俺の怪我に気付き驚きの声を上げる。どうやら初めて知ったようでこれまた驚いたような表情をしている。
慌ただしいやつだな。
「なに、もう大丈夫だよ。ほら!」
そう言うと俺はエレナをお姫様だっこしてみる。小さい頃はよくエレナにせがまれてやったものだ。
あの頃はエレナの方が若干背が大きかったのでするのに一苦労したものだが、今となってはエレナの身長よりも大きくなり、おやじさんに鍛えられたおかげで筋肉も十分に付いたので、エレナの華奢な身体など軽々と持ち上げることが出来る。
「な、何してんのよ!」
エレナが悲鳴を上げる。だがそれに反してエレナは少しも抵抗しようとはしなかった。
「お姫様だっこだよ。昔よくやっただろ?」
くるくると回ってみせる。エレナの長い髪がさらさらとなびく。まだ引きずっているのだろうか?顔が未だに赤く染まっていた。
「いつの話してんのよ!早く降ろさないと晩ごはん抜きにするわよ!」
「分かった。」
「えっ…。」
言われてすぐに降ろすと今度はなぜか悔しそうな顔をしている。
なぜだ?全く分からない。
「で?なんで帰らないの?」
「なんで怒ってんだよ。」
エレナがじろりと睨んでくる。
「えーと、話が長くなるんだけど…。」
エレナには今までのこと全て話した。アレンさんに出会った時のこと、ゴランとの対決で敗れ死にかけたこと、そしてアレンさんに助けられたこと、知っている限りではあるが魔法のことも話した。そしてこれから1年修業に入る事まで言うことは全て話した。
「…ということだ。」
「なにがということだ、よ。」
「許してくれる?」
「許すも何もまだ何にも分かってないわよ。とりあえずじじ様に言ってみないと何とも言えないわ。」
「…それもそうだな。あ、そうだ!じじ様はどこにいるんだ?」
「じじ様?じじ様なら今日は朝早くからおやじさんのとこに行くっていってたわよ。」
やはりじじ様は外に出かけていたか。最初から大人しくしていれば良かった。
少し後悔の念に駆られるも今更どうしようもないことだ。仕方なかったと割り切って考えるようにする。もちろん、エレナにはばれないように。
「だからって見ていいってことじゃないからね。」
どうやら全てお見通しのようだ。もしかしたらエレナも魔法が使えるのではないだろうか?
じゃないとここまで分かるというのは考え難い。
「見たいって言ったらいつでも見せてあげるのに…。」
エレナの勇気を振り絞った一言も虚しくレオンは何か考え事をしているようで聞いていなかった。
「ん?」
「もういいわよ。…それより、そのアレンさんって方はどこにいるの?」
「あぁ!そうだそうだ!よしきた、それじゃあ紹介しよう!」
やっとアレンさんを紹介する時が来た。ここまで何とも長い道のりだったがそれも今となってはいい思い出である。アレンさんのいる部屋の前に立つと意味あり気に取っ手を掴んだ。
エレナは早くしなさいよと言わんばかりの顔をしているが、ここまで来るのにかなり苦労したのだ少しくらい派手に演出させてもらっても罰は当たらないだろう。
「こちらがあの、アレンさんです!」
「あのってなによ…。」
つれないことを言うエレナを無視してドアを開ける。
「アレンさん!……何してるんですか。」
満を持して中に入ってみると、そこには優雅にお茶を飲むアレンさん、ではなく、何かの模型を必死に作っているアレンさんの姿があった。
あれは確か、恐竜とか言う生き物だったと思う。机の上にはその模型の部品と何やら専門的な小道具が散らばっている。アレンさんは俺の顔を見ると一瞬掛けていたメガネを外したがすぐに掛けなおすと自分の作業に取り掛かり始めた。
「なんで模型作ってるんですか。」
「暇だからさ。レオンがあまりにも遅いから模型を作って待っていようと思ってね。」
「ちょっとはじっとして待っていてくださいよ!」
レオンが声を荒げるもののアレンさんはどこ吹く風で模型を作っている。
「ゆっくりしていろと言ってたじゃないか。」
「ゆっくりしてて下さいよ!めっちゃ模型作ってるじゃないですか!」
「いやいや、神経を使う作業だがこれがなかなか、ゆっくりさせてもらっているよ。」
「ちょっとレオン。早く紹介してよ。」
俺がドアを塞ぐようにして立っているためエレナからは全く見えない状態になっている。
中からはアレンさんと思われる声とレオンが言いあっているのが分かるだけでエレナは完全に蚊帳の外になってしまっていた。
「あぁそうだね。…この模型を一生懸命作っているのがアレンさん。」
「悪意があるな。」
「初めまして。エレナです。」
エレナがアレンさんに頭を下げる。エレナもよくこの家で遊んでいるため初めて会う人には慣れている。社交辞令などとっくに身に付いていた。
「これはまた綺麗な人がいるじゃないか。」
アレンさんはエレナを見るとさっきまで俺が何度言っても片付けなかった模型の部品や小道具などをいそいそとしまい始めた。
やはり森においてくれば良かっただろうか。
「この度はレオンを救ってくださりありがとうございました。」
「綺麗な上に礼儀まで正しいとは、やるじゃないか。」
アレンさんが肘で俺を突いてくる。
なんだ?何か取って来て欲しいのだろうか。
レオンはアレンさんの真意に気付くことなく台所に向かって行った。
「はぁ…。」
「…なるほど、君も大変だね。」
「はい。」
エレナがレオンの鈍感さに呆れていると、何も知らないレオンがお茶を持って来た。盆に乗せた三つのコップを落とさないように注意深く持っている。
「はい、どうぞ。これで良いですか?」
レオンがどうだ、と言わんばかりの顔で見てくる。
「…あぁ、ありがとう。」
レオンはその返事に満足すると自分も座ってお茶を飲み始めた。
「ところでだレオン、村長さんはどうなったんだい?」
「外に出かけてます。多分もうすぐ帰ってきますよ。」
レオンは大分熱いお茶に悪戦苦闘しているとエレナが氷を一つお茶の中に入れてくれた。
流石、よく分かっているじゃないか。改めて幼馴染の優しさを再確認することが出来た。うん、美味い。
「そうか、なら…」
「ただいま~」
「おかえりなさーい!」
どうやらじじ様が帰ってきたようだ。美味しいお茶を名残惜しく机に置くと、じじ様を迎えに行く。
玄関に迎えに行こうとするとアレンさんがまたかと小言をぼそぼそつぶやいていた。
「おぉ、レオンじゃないか。…どうしたんだい?その腕は?」
「その話も後でじっくり話しますから、とりあえず紹介したい人がいるんです。」
仕事帰りで疲れているだろうがじじ様を急いでアレンさんのとこに行かせる。
「じじ様もお茶淹れましょうか?」
「よろしく頼むよ。」
エレナがここにいるのはどうやら当たり前になっているようだ。じじ様はエレナが家にいるのを見ても特に疑問を持っていないようだった。
まぁそんなエレナのことはさておいて、いよいよじじ様にアレンさんを紹介する時がやってきた。
「じじ様、とりあえず会ってもらいたい人っていうのはこの方です。」
居間のドアを開けてアレンさんを紹介する。
今度はアレンさんもきちんとお辞儀をしていた。
「初めまして、アレンと申します。」
「初めまして。村の村長をしとるものです。今日はどういった要件でこんな山奥のところまでお越しいただいたのですか?」
「それについては俺が説明するよ。」
レオンはそう言うとさっきエレナに話したように全て語り始めた。
「なるほど。そういうことじゃったか。この度はレオンを救ってくださりありがとうございました。」
じじ様はそう言うと座ったままではあるが綺麗にお辞儀をしていた。
「いやいや、救われたのはこちらの方ですよ。レオンがいなかったらあのまま餓死か動物に食べられていました。」
「いえいえ、それがこの子の仕事でもありますから。それよりもアレン、次はちゃんと知らせるのじゃぞ。」
「はい。」
そうだった。危ない目に合ったらじじ様に知らせるのが約束だったのにとっさのことながら約束を破ってしまった。今一度自分に言い聞かせなければならない。そうレオンは自分を戒めているとレオンさんが隣でぼそっと呟く。
「レオンよ、お前が思っているよりこの方は弱くはないぞ。」
何の話だ?レオンは最初アレンさんが何か勘違いをしているのかと思ったが、アレンさんの目はゴランと戦った時と同じく好奇と狂気の色を浮かべていた。それはまるで獲物を見つけたような目をしていた。
「えっ…どういうことですか?」
レオンはアレンさんにもじじ様にも言うようにして二人を交互に見つめる。
じじ様は困ったというような顔をしてしばらくの沈黙が流れた。
「はい。じじ様お茶です。あれ、どうしたんですか?」
沈黙を切ったのはお茶を持って来たエレナだった。エレナはこの空気を感じ取ると一人であたふたしている。かく言う俺もいまだ何の事だか分からずに何と言っていいか分からない状態でいた。
「ありがとう。…仕方ない。いつかは話さないといけない日が来ると思っておったよ。丁度ルイスも外におることじゃし全て話すとしよう」
じじ様はエレナからお茶を貰うと一口すすってそう言った。
お父さんが!と驚くエレナをにここに来るように伝えるとおやじさんを呼びに行かせた。
なぜおやじさんがここにいるんだ?いや、それよりもなぜおやじさんがいた方がいいんだ?
レオンは自分が理解できないままことが進んでいくことに焦りを感じていた。
「失礼します。」
レオンの疑問をよそにおやじさんが入って来た。横にいるエレナも訳の分からないといった表情で立っている。
「何ですか?じじ様。」
おやじさんはアレンさんに気付くも挨拶をしないでじじ様に直接話しかけている。
そこでようやくレオンが口を開いた。
「全て話して下さい。じじ様。」
レオンはようやく言葉を出すと返答を聞くために真っ直ぐとじじ様を見つめていた。
「実はな、わし達も魔法を使えるんじゃよ。」