第7話 ゴラン
レオンさん…レオンさん…。
なんだ?耳元で声が聞こえる。
起きてください。もう朝ですよ。
「何だ?」
光を感じない。まだ外は暗いようだ。未だ眠りから完全に覚醒しないままふと横に視線を向ける。
「あ、レオンさん。おはようございます。」
そこにはモンスターが立っていた。
「うむ…。」
私は一瞬で戦闘態勢に入るとその人型のモンスターの首を掴んでベットに叩きつける。
「い、痛い!…え?ちょっ!ちょっとアレンさん!?」
「大人しくしろ。大人しくしていれば楽に逝かせてやる。」
懐から小刀を出すと首筋に狙いをつける。もちろん、まぎれもない本物だ。それも刃の腹の部分には退魔の紋様を刻んである。
「な、何言って?…め、目が!アレンさん、目を覚ましてください!」
どうやらこいつは人の言葉が話せるようだ。
「お、俺ですよ!レオンですよ!」
「ん?レオンだと…レオンだと!?」
確かによく見れば…いや、レオンには見えない。だが、声はよく聞けばレオンのようだった。
「…昨日の晩、一体何を食べた?」
「え、昨日は疲れていたんでスープとパンしか食べていません…。」
「…うむ、合っている。」
どうやらレオンのようだ。とりあえず解放してやる。もちろん、警戒は解かない。
「何なんですか?いきなり…。」
「レオンこそなぜ私の寝顔を見ていたんだい?それに、その顔はどうしたんだ?」
「寝顔を見ていたわけじゃありませんよ。早く昨日の答えが聞きたくて…。ん?顔って何のことですか?」
レオンは今指摘されたことについて、何のことだか分かっていないようだ。
「今朝は鏡は見たかい?」
「鏡?いいえ、見ていません。ずっとここにいました。」
ずっと…。そんなに気になっていたのか。好奇心旺盛というか何と言うか…。
「酷い顔だ。ちゃんと寝たのかね?」
大きな目は血走り目の下にくまが出来ている。これで急に視界に現れなどしたら女子供などきっと悲鳴を上げてしまうだろう。
「ちゃんと寝ましたよ。15分くらい。」
15分…昨日あれだけの怪我をしておいてそれでは本当に身体を壊してしまうかもしれない。
「駄目だ。今のレオンの身体は育ち盛りだ。その上怪我まで負っている。これでは本当に取り返しのつかないことになるぞ。」
「大丈夫ですよ。このぐらい何ともないですよ。」
そう言いながらふらふらしている。地面に足が付いていないようで、今にも倒れそうだった。
「駄目だ。少し寝ろ。じゃないと話さない。」
するとただでさえ今もモンスターのような顔が悲しみを帯びてさらに凶悪な顔に変貌していた。今にも呪いの呪文を唱えそうだ。
「そんなぁ。約束したじゃないで……ぐぅーー。」
レオンの身体は危険を察知したのだろう強制的に眠りへと引きずり込んだようだ。急に倒れたので一瞬心配したが、特に心配はなさそうだ。今まで私が寝ていたベットに顔を埋めるようにして倒れている。仰向けに直してやるとすやすやと気持ち良さそうに寝息を掻いていた。
「全く、騒がしいやつだ。」
「ん~~……んっ?」
背伸びと欠伸のコンボを決めて眠りから覚醒する。ふと自分が布団を被っていたことに気付いた。
あれっ?なんで俺はこんなとこで寝ていたんだ?
ここは俺が人を招いたときに使ってもらう部屋だ。ここの部屋は来客用だということで常に綺麗にしてある。
…まぁここを使ったことは今まで一度もなかったのだが。
そんなことよりここには来客者第一号であるアレンさんが使っていたはずだ。なぜ俺がここで眠っているのだろう?記憶をたどってみるものの俺の記憶はアレンさんを起こしたとこで途切れていた。
歯切れの悪い感じが拭い切れないものの頭の中はすっきりしている。どうやらかなり眠っていたようだ。
身体はまだあちこちが痛むものの大分良くなってきているようだ。
「ふわぁ~アレンさーん。」
何回目になるだろう欠伸をしながら一階に下りていく。アレンさんは何処にいるのだろうか?とりあえず本棚のある部屋に入ってみる。そこには本を片手に椅子に座っているアレンさんがいた。確かあの本は親が悪い龍に殺されて子供が仇を討つ話だったと思う。子供でも読める本だ。俺が初めてじじ様に貰った本でもある。
「お、その様子だとよく眠れたようだね。」
ようやく気付いたようだ。アレンさんは本を閉じるとゆっくりと俺の方に向いた。いつの間に淹れたのだろう、美味しそうにお茶をすすっている。
「はい。なんか気付いたら寝てたみたいで前後の記憶がないんですけど…でも、ちゃんと寝たんでもう大丈夫です。」
飲んでいた手がふと止まる。何かあったのだろうか?アレンさんの目がどこか遠くを見ている。
「どうしたんですか?」
声を聞いてアレンさんがふっと顔を上げる。
「いや、ちょっと嫌なことを思い出しただけだ。」
アレンさんはそう言うとまたお茶をすすり始めた。嫌なこととは何のことだろう?少し気になるがそれを正面から聞くほどデリカシーがないことはしない。こういうことは本人が話すまで待つのが礼儀というものだ…と本に書いてあった。
「元気ないですよ?俺みたいに元気出して下さいよ。辛いことばっかり考えてると楽しくないですよ!」
「…そうだな。まぁなにはともあれレオンが元気になって良かったよ。」
「はい。あ!そんなことより早く教えて下さいよ!!」
「まぁ待て。昨晩からまともに食べていないだろう、ご飯ぐらい食べたらどうだい?」
「そんな―――!」
ぐぅ~~~
僅かな沈黙が流れる。アレンさんの刺さるような視線が俺を捕える。俺は耐えきれず目を逸らしてしまった。
なんとも我ながら正直な腹が自己主張をしている。
「そうですね…何か食べましょう。」
そうしてかなり遅い朝食、いや、昼食を取る事になった。
「よし!さぁ、早く教えてください!!」
「ケチャップが付いているぞ。」
「うっ……。」
顔を拭き終えるとティッシュをゴミ箱に投げる。よし、入った。
「良いだろう、教えてあげるよ。ゴルンガをどうやって手懐けることが出来たか。」
「はい。…はい?」
手懐けたかどうかはまだ分からないはずだ。本来はここで手懐けたかどうかではなくどうやって手懐けようとしたかについて話すはずだ。
「ん?あぁそうか。ゴルンガなら無事手懐けることが出来たよ。」
「ええぇーー!!なんで早く言ってくれないんですか!?」
いつの間にそんなことになっていたのだろう、全く知らなかった。
「そう言えば君が今朝寝てすぐに分かったんだったな。」
アレンさんは何事もなかったかのように話を続けていく。
「ほんとですか…それじゃあどうやって手懐けたんですか?」
「そうだな、丁度良い。外に出よう。」
「…分かりました。」
と、よく分からないまま二人で外に出てしまった。うむ、いつも通りいい天気だ。
「おい!出て来い!!」
「アレンさん、何言って……。」
と、続きを言おうとしたその時、
「バウっ!!」
空から声が聞こえる。上を見上げると大きな塊が空から降ってきた。
「うおぉ!!?」
ドスンっと大きな音を立てて目の前に落ちた。一瞬岩かと思ったが、よく見るとそこには忘れることのできないあの顔があった。
「な、何で?!何でこいつが!??」
「私がこいつの主になったからだ。」
「主?!それはこの前失敗したはずじゃ?」
そう、最初ゴルンガを倒すも失敗し、それどころかその日の晩に再戦を申し込んできた。
「そうだね。それはきっとゴランの最大値じゃなかったからだ。」
「ゴラン?」
「あぁこいつの名前だよ。私が付けたんだ、なかなか良いと思わないかい?」
なんと、アレンさんは俺が寝ている間に名前まで付けていた。それもかなり気に入っているようだ。今も嬉しそうにゴラン?の肩を叩いている。
「はぁ…そうですね、良いと思いますよ…。」
「だろ?あぁ後それと、こいつにはこれからここで働いてもらおうと思う。」
「そうですね。ゴランにはこれから一生懸命働いて…ってなんで!?」
これまたぶっ飛んだ発言をするアレンさんに驚きが隠せない。さっきから驚いてばかりだ。
「なんでってそっちの方がいいんじゃないのかい?」
「いや、そうですけど、でも…。」
こいつがアレンさんの言うことを聞くというのは見ていたら分かる。何しろあんだけ凶暴だったやつが今となってはアレンさんの前で膝を曲げ両手をつき、さらには頭を下げてアレンさんの足元で小さくなっていた。これは完全に支配を受け入れている証拠とも言えるだろう。
「アレンさんの言うことは聞いたとしてもアレンさんの目の届かないところで悪さをするかもしれませんよ。」
そう、問題はそこなのだ。アレンさんの言うことは聞いたとしてもアレンさんがいないとこで暴れたりなどしたらたまったものではない。
「大丈夫だ。前にも言ったように支配されたものはそのものの言うことは何であってもほとんどの場合聞くようになる。それに、支配されたものは支配したものに似ていく傾向がある。私は凶暴そうに見えるかい?」
「まぁ確かにそれなら…それが本当なら何にも問題はないんですけど…。」
「疑っているのかい?」
「…はい。決してアレンさんを信用していないわけじゃないんですけど、まだ少し信じられないというか何と言うか…。」
正直なところまだモンスターのことですら理解しきれていない。ましてやその凶暴なモンスターを支配するだなんて到底自分にはついていけなかった。
「レオンは今までに魔法を使ったこともモンスターに出会ったこともなかったんだな。それでいきなりこんなこと言われても信じろという方が無理な話だ。」
アレンさんは話を続ける。
「だがどうして私がここまで言うのかは答えることが出来る。」
そう、そこが聞きたかったのだ。当初からの目的をすっかり忘れていた。
「ゴランは最初倒したが私の支配は受けなかった。これには理由がある。」
「理由?」
喉が渇いていることに気付く。どうやら緊張しているようだ。
「それはゴランが最大限の力を出し切っていなかったからだ。」
集中してアレンさんの言葉に耳を傾ける。アレンさんはそれを感じ取ると静かに語りだした。
「モンスターを支配したいならそのものより強くなければならない。それには相手の最大限の力を受け、耐える必要がある。それでもなお立つことが出来き、さらにはそのモンスターに主として認めさせることが出来れば、モンスターは支配を受け入れる。」
「だからか…。」
そこで昨晩のアレンさんの行動に納得することが出来た。アレンさんはゴランの最大限の力を引き出すためにあえて何もせずに挑発をしていたのだ。
「そう、私はゴランの渾身の一撃を受けきる事が出来たから支配することが出来たのだ。」
なるほど、これで今までの謎が解けた。そういうことだったのか。
「それじゃあ、俺もこいつと…」
仲良くなれる。と続きを言おうとゴランに手を伸ばしたその時
「ゴウッ!!」
ゴランは俺の手が伸びるや否や今まで身動き一つしなかったにも関わらず急にバンっと俺の手を払いのけた。
「い!!って!!!!」
「こら!レオンに手を出すな!」
ゴランはアレンさんに言われるとすぐに手を引っ込め元の姿勢に戻るとちらりと俺の方に馬鹿にした顔を向けてきた。
「この野郎…。」
やはりこいつは信用ならない。
「ゴランには自分より格下なものには手を出さないように言っておいたんだが…どうやらレオンは格下とは思われていないようだな。」
なんともまぁ嬉しいような嬉しくないような。
「しかし、なめられていることは確かだ。」
やはり嬉しくなかった。
「どうしたらこいつは言うことを聞くようになるんですか?」
「ゴランより強くなれば良い。そしたらゴランもレオンに従う。あわよくばレオンが主になるかもしれない。」
「どういうことですか?」
「主の合意のもとモンスターに勝つことが出来れば勝った者が新しい主になる。レオンが勝てばレオンが主になる。これは儀式の一つとしても用いられていることだ。」
「儀式?」
「そう、儀式だ。自分の弟子に戦わせ勝てば免許皆伝となる。そしてその時対戦したモンスターは自分に従えさせる事が出来る。これを降魔伝承の儀という。」
なるほど、それでわざわざ従えたモンスターを闘わせるわけか。それなら儀式の最中危険だと思えばいつでも止めることが出来る。
俺も勝つことさえできれば…。ゴランと戦った時のことを思い出す。俺には手も足もでず死すら覚悟した。そこを助けてくれたのはアレンさんだった。昨晩の戦いでの大きな背中を思い出す。
「実はアレンさんに頼みたいことがあります。」
「なんだね。」
風が強く吹いた。髪の毛が揺れる。俺はアレンさんから目を逸らさない。
「俺を弟子にしてくれませんか。」
「なぜだ。」
「強くなりたい。力の使い方について知りたい。そして村のみんなを、森の動物たちを守れるようになりたい。」
「覚悟はあるのか。」
目を閉じて自分に問いかける。
「覚悟は出来ています。」
「良いだろう。君に力の使い方を教えよう。」
「本当ですか!?」
意外だった。てっきりもっと時間がかかると思っていた。
「それに、私は最初から君に教えようと思っていた。」
「えぇ!!なんで早く言ってくれないんですか?!」
「なんだ嫌なのかい?」
「いえ、そういうわけじゃないですけど…。」
嬉しいのは嬉しいのだが、なんだかしっくりとこない。アレンさんは何を考えているのだろう。
「深読みすることはない。君を見て鍛えてみたいと思った、それだけだよ。」
アレンさんの目が爛々と光っている。俺はどこまで強くなれるのだろうか。
「厳しく鍛えていくぞ。」
「はい!!よろしくお願いします!!」
ゴランに森のことを任せた後、アレンさんに一体これからどんな修業をするのか聞いてみた。
「アレンさん!早速修業しましょう!!」
「何を言ってるんだ?」
「えっ?」
「そんな身体じゃ修業どころか全力で走る事すら出来ないんじゃないのかい?」
アレンさんに言われて改めて自分の身体を確認してみる。腕は折れて今も吊るしてあり、身体のいたるところに掠り傷が出来ている。とても今の状態を万全とは言えないだろう、むしろ重病である。
だが、俺は今すぐにでも修行がしたかった。
あの綺麗な炎を思い出す。命を吹き込まれた炎のユニコーンはその綺麗な火の粉を振りまきながら空中を翔けて見せた。
自分にもあんなことが出来ると思うとそれだけで胸が躍った。
「分かっているよ。」
アレンさんが俺の心を見透かすように俺に言い聞かせる。
俺は一刻も早く魔法の修業がしたかったんだがアレンさんの言っていることも分かる。今のままじゃ満足に修業なんて出来ないだろう。うん、今は治療に専念して疲れを取ろう。
「そうですね。完治してから修業しましょう。」