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第13話 ペガサス

全ての動物が眠る季節。今年も例年と変わらずその静寂な空気に森も包まれていた。

空から天馬が飛び降りる。羽を休めるために下りてきたのだろう、まだ若いその天馬は池の水を飲んでいる。その様子はまるで一枚の絵のように美しかった。

 池の表面が微かに揺れる。天馬はよほど疲れていたのか水を飲むのに気を取られていてその僅かな変化に気付かない。

水面に何かが浮かび上がってきた。その黒い影は少しずつだが確実に大きくなっていき、天馬の近くまでやって来ていた。

池にひびが入った。すると、突然どこからか声が聞こえる。その独特の高い声は、天馬が仲間を呼ぶ時の合図だった。おそらく若い天馬の母親だろう、若い天馬は母親の声に気付き飛び立とうとした、その時だった。

 突然、池の中から巨大な腕が飛び出した。辺りに水しぶきが飛び散る。天馬はそれに気付くと慌てて空に逃げようとするが、池から飛び出した腕は天に逃げようとする獲物を逃がすまいと爪を立てる。

天馬の母親はそれに気付くと急いでわが子を助けに入った。神々しき天馬と邪悪なその腕の対立はまさに善と悪、混沌と秩序を現わしているかのようだった。

 母親がわが子を捕えんとするその腕に角を突き刺した。普段は小さいその角もいざというときはどんな盾をも貫く刃と化す。貫かれた腕はたまらず掴んでいた天馬の足を離した。その隙に若い天馬は天に避難する。

なんとかわが子を助けた天馬はそれでも怒りが収まらないと角を深紅の色に染めている。

鼻息の荒いその聖なる獣は怒りの鉄槌を下さんと腕を睨みつけていた。その並々ならぬ怒りを感じ取った池の中の化物は傷ついた腕をずるずると池の中に戻していく。

諦めたかに見えたその時だった、

「ゴアぁ嗚呼ぁ嗚呼ああ嗚呼ああああああ!!!!!!」

池の中から大きな化物が飛び出した。辺り一面に池の水が飛び散ると天馬も飛び退いて回避する。

獲物を逃し、さらには傷を負わされたことに腹を立てているのだろう、その真っ赤に燃えた瞳は目の前の天馬を今すぐにでも殺してやろうと睨みつけていた。天馬の方もわが子に傷を負わせた相手に負けるわけにはいかないと自分を鼓舞するように咆哮を上げる。

こうしてお互い負けられない戦いが始まったのであった。




「なんだ!!」

先ほど準備の終えたレオンは最後の闘いに挑もうと相手のいる池まで走っていると、突然獣の叫ぶ声が聞こえてきた。高い独特な声と怒りを露わにした咆哮はどちらも同じ方向から聞こえてくる。

森がざわついているのが分かった。鳥やあれほど凶暴だった獣たちが一斉に俺と逆方向に逃げていく。

「何が起きたんだ?!」

しばらく走っていると獣たちの争う声がどんどん近くなってきた。どうやら俺が挑もうとしていた相手と他の獣が争っているようだ。レオンは急いで飛び出すとそこには信じられないものが目に飛び込んできた。

「ゴアぁ嗚呼ぁあ嗚呼あ嗚あああああ!!!!」

「キキッ――――!!!」

池から飛び出した獣と天馬が戦っていた。陸に上がった獣はその大きな爪で獲物を捕えようとするが天馬のスピードの追いつけていなかった。一方の天馬も相手の繰り出す攻撃に避けるので精いっぱいといった様子である。

「すげぇ―――!」

天馬の驚異的なスピードと獣の圧倒的な攻撃力、二匹の獣の真剣な戦いにレオンは思わず我を忘れて魅せられてしまっていた。

獣と天馬が距離を置く。お互い疲れているのだろうか、息を整えているようであった。

獣が先に仕掛ける。腕に魔法陣が展開されていく。魔法陣の色は黄色く染まっていった。

天馬は疲れているのか魔法陣を展開せずにじっと相手の出方を探っていた。

「キィー。」

「何だ?!」

突然背後から声が聞こえた。すぐそこの茂みから声が聞こえる。よく見てみるとまだ小さい天馬が横たわっていた。その足にはまだつけられたばかりであろう痛々しい傷がついていた。

そこでようやく事の顛末が理解できた。おそらくあの天馬はこの小さい天馬を庇って戦っているのであろう。そして獲物を取り逃がしたあの池の化物が怒り狂っているというわけだ。

状況を理解したところで子供の天馬に視線を移すと子供の天馬は心配そうに母親を見守っていた。

おそらく自分のせいでと思っているのであろう、心身ともに苦しんでいることが分かる。

「母親だもんな…今すぐ助けてやるからな―――!」

俺はそう子供の天馬に言うとあの獣の下に走って行った。




獣は怒っていた。獲物を逃してしまった自分と、それを邪魔するどころか愚かにも反撃をしてきたこの母親の天馬に対してだ。

 この馬鹿な7天馬は逃げていればいいものを愚かにもこの俺様に挑んできたのだ。そこまでされてだまっているほど俺は優しくない。俺が池から飛び出すと大概の奴は驚き恐怖におびえるのだが、この天馬は俺の姿を見ても何一つ驚かなかった。それどころか俺様の目を睨んできやがった。こうなったらまだ近くにいるあの子供もろとも食いちぎってやる。

 獣は怒りにまかせ怒涛の攻撃を繰り出すも天馬には一つもあたらない。獣はさらに苛立っていた。

クソが、さっきからちょこまかと逃げやがって…こうなったらあれでぶっ殺してやる。

獣は力を腕に集中させるが天馬は身動き一つ取らない。まるで相手の攻撃を待っているかのようだった。

バカが!!これで終わりだ!!

獣がその凶悪な攻撃を加えんと腕を振り落とす。その拳は完全に天馬を捕えていた。だが、その拳は狙いから左に逸れていく。

何故だ!?獣は自分の放った攻撃が逸れたことに驚くも視界に入った影に視線を移す。よく見ると小さな人間が俺の腕を殴っていた。それで獣の攻撃が逸れてしまっていたのだ。

「おらぁっ!!」

「我ぁ嗚呼嗚呼ああ嗚あああ!!!!」

一度放った攻撃は止めることが出来ない。全力で放っていたらなおさらである。狙いを外された獣は邪魔されたその人間を見ながら倒れていく。人間はうっすらと笑みをこぼしていたのが視界に入った。

獣はまた邪魔されたことに我慢ならないと怒りの咆哮を天に放った。


「どうだこの野郎、そう簡単にやらせるかよ!」

技を逸らされた獣はそのまま何もない地面へと叩きつけ辺りには砂埃と水しぶきが舞い上がった。

辺り一面の惨状を見ても今の攻撃がかなり強力だったことが分かる。

ギリギリセーフ、だな。

まだ砂埃で覆われた場所を見ながら天馬に話しかける。

「子供は大丈夫だ。俺も加勢するよ。」

突然現れた俺に天馬は少しも驚くことなく凛とした姿で立っていた。天馬は俺の意図が伝わったのか俺の近くによると顔をなめてくる。くすぐったいと手で制するとそこで異変に気付いた。

「傷が治っていく…。」

この三か月で付いた傷が天馬のなめられたところだけ治っていく。血豆だらけだった手も傷だらけだった顔も元通りになった。

「これが天馬の能力―――!」

「ゴぁ嗚呼ああ嗚呼嗚呼ああああ!!!!」

天馬の能力に感動しているとまた獣の怒り狂った声が聞こえてきた。邪魔されて相当怒っているのか鼻息が荒くなっている。血走った眼でこちらを睨んできた。

「今度は負けないからな。」

こちらも睨み返すと視線がぶつかった。どうやらやつは俺を敵だと認識したようだ。

負けんぞとにらみ合っていると横の天馬が俺の手を突いてきた。天馬の方を見ると背中に乗れと合図してくる。

なるほど、そういうことね。

レオンは天馬の合図に従い背中に飛び乗ると天馬が翼を広げた。ばさばさと大きな翼をはばたかせている。天馬は地面を蹴ると中に浮かんだ。

「うおっ!!」

突然の上昇にバランスを崩すと前のめりになる。天馬は心配してこちらを見返してきたが大丈夫だと言うと前に向き直った。もしかしたら人間の言葉分かるのかな、そんなことを考えているとまた衝撃が襲ってきた。何事かと前を向くと、どうやら敵の攻撃をかわしたようだった。天馬は次々と来る攻撃をかわしていく。上下左右の間隔がおかしくなっていく中、俺もなんとか態勢を整える。

相手の攻撃をかわす方向に息を合わせればいい。レオンはこの緊張感の中冷静にそう分析するとそれをやってのけた。レオンの動体視力と柔軟性がなければ出来ない芸当である。

「よしっ!だいぶ慣れた!」

俺はそう天馬に告げると天馬は分かったと声を上げる。獣は俺たちの様子に気付いたのか距離を置く。

獣は俺と天馬を睨むと先ほどの攻撃の構えを取った。さっきとは逆の手に赤色の魔法陣が展開されていく。先ほど纏っていた空気と違うのは明らかだった。

「まずい!さっきのが来るぞ!!」

俺は天馬にそう告げるが天馬は先ほど同様立ちつくしたままだった。赤色の魔法陣がどんどん真っ赤に染まっていく。

「どうした?!何で逃げないんだ?!」

思わず天馬を怒鳴るがそれでも天馬は動かない。いったいどうしてなんだ?

天馬はさっきも逃げなかった。最初は疲れているのかと思ったがそうじゃなかったのか…そうだ、きっと何かあるに違いない。ヤツのあの攻撃をしのぐことのできる何かが…。

レオンはそれに気付くと天馬の耳元で声を漏らした。

「信じてるぞ。」

天馬はそれに答えるかのように鳴きながら前足を上げる。

天馬が鳴くと同時にやつの魔法陣が真っ赤に染まり光が増した。技が完成するとヤツはその凶悪な拳を振りおろさんと猛烈なスピードで駆け抜けてくる。

ヤツが拳を振りおろしてきた。それと同時に天馬がその真っ赤な角を振りおろす。

ぶつかりあったその時だった、拳と角のぶつかった場所から激しい光と暴風が生まれる。

思わずレオンは目をつむるとすぐに天馬の鳴き声が聞こえた。目を開けて見るとヤツが手を弾かれて体を反らせていた。天馬も体勢を崩して俺は空中に投げ飛ばされる。

そういうことか!!

俺は天馬のしようとしていたことに気付くと、空中で体制を整える。今度は俺が天馬に代わってやつに渾身の一撃を放った。

「うおぉおおおおおおおお!!!!」

唯一堅い衣を纏っていない腹に渾身の一撃を加える。拳の風圧が突き抜けるのが分かった。俺よりも一回り大きな巨体が吹っ飛んでいく。拳を放った俺は体制を崩して水面に叩きつけられた。むこうで白目をむいて気を失い身動き一つせずに沈んでいくやつの姿が見えた。

「よっしゃあ!!!」

水面から立ち上がると俺は勝利の雄たけびを上げた。


やった!!ついにあいつをぶっ飛ばしてやったぞ!!!

レオンはあの獣との勝利にたまらず拳を握っていた。

「おい!!やったな!!!勝てたのはお前のおか……あれ?…いない!!?」

今さっきまで近くにいた天馬に喜びを伝えようとするもすでにそこにはいなかった。

まさかあいつも怪我したんじゃ―――!

レオンは今までの喜びから一変、まさかの事態を想像し心配に変わる。

周りに飛ばされていないか視線を移すと森の茂みが揺れているのが見えた。不自然に揺れるそこを見ていると中から天馬の親子が現れた。子供の天馬は親に甘えるような仕草をしている。

そうか、子供の怪我を治していたのか。

レオンは自分の手を見つめる。掌にあった血豆が消えて鮮やかな血色が流れているのが分かる。流石は聖なる馬、その名前にふさわしい能力だ。

レオンは天馬の治癒力に感動していると不意に身体に重さが加わる。見ると子供の天馬が俺にじゃれてきていた。

「おい、止めろよ!!くすぐったいな!分かった、分かったから!」

なんとも元気なやつだ。村の子供たちと変わらない。そういえばあいつらどうしてるんだろうな。

レオンが村のみんなを考えていると親の天馬が近づいてきた。先ほどまでの闘志全開だった瞳は子を持つ優しげな親の瞳になっていた。

「お前のおかげで勝つことが出来たよ。ありがとな。」

レオンは親の天馬の瞳を真っ直ぐに見つめるとそう言った。

俺だけでは絶対に勝てなかった。今考えても自分の愚かさに寒気が走る。俺だけがあいつに挑んでも確実にあの技を出させる前に食われていた。

「本当にありがとう。」

レオンの感謝の気持ちが伝わったのか親の天馬が手にキスをしてきた。レオンも天馬に抱きつく。

子供の天馬がまたじゃれてきた。

「あ、こいつ!水かけてきやがった!」

水をかけてきた子供の天馬を追いかける。先ほどまでの怪我をしていたとは思えない走りだ。

良かった。怪我はないみたいだな。

レオンと子供がじゃれあっているのを親の天馬は優しく見守っていた。



「手助けは無用だったな…それにしてもまさかペガサスと共闘できるとは…。」

近くの茂みにひっそりとアレンさんが隠れていた。レオンがこの池の主と戦いに行くのを知り慌てて駆けつけたのだ。一人で戦うつもりなら加勢するつもりだったが、まさか先にペガサスが戦っているとは思いもしなかった。レオンが割って入った時は肝を冷やしたものだがペガサスが受け入れるどころか共闘してくれるとは驚いたものだ。

 産後三年は力が戻らない。ペガサスのメスは子を産んでから三年は力が満足に出せない。子供を産むときに自分の持っている力を全て分け与えるからなどの諸説があるが詳しいことは分かっていない。その理由の一つにペガサスが人間嫌いであることと群れで行動しないことがある。見つけたとしてもペガサス特有のスピードを捕えるのは至難であるとされ、無理やり捕えたとしても自ら死を選ぶといった徹底ぶりである。

そんな気高い生き物が弱っているとはいえ敵と争っている最中割って入ってきたやつを、それも人間を味方にして戦うとは…。

「レオン…お前は一体…。」

レオンを見るとさっきの戦いが嘘のように今は楽しそうにじゃれあっている。親と思われるペガサスもそれを楽しそうに見つめていた。

「まぁいいだろう…良くやった!!」

アレンさんはそういうとまたどこかに消えてしまった。


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