第10話 回想
「えっ…。」
部屋の中に沈黙が流れる。それも無理はないだろう。じじ様から発せられた言葉はとても信じられるものではなかったからである。
じじ様とおやじさんが魔法使い…。
だが、それで驚いているのはレオンとエレナだけで部屋の中にいるじじ様たち三人は互いの意図を探るようにして見つめあっている。
「どういうことですか、じじ様。」
レオンがようやく言葉を発した。じじ様の代わりにアレンさんが答える。
「村長さんとこの方は私と同じ魔法を使う者だということだよ。」
この方って誰だ?あぁ、おやじさんのことか。そういえばアレンさんにはまだ紹介してなかったな。
突然の出来事に頭がこんがらがってくる。
どういうことだ?俺が今見ているのは本当にじじ様とおやじさんなのだろうか。
ふとそんな疑問を持つも目の前にいるのは紛れもなく本人たちに間違いなかった。
「そうじゃ。わしとルイスは魔法が使える。まぁ使わんがな。」
「本当ですか?」
アレンさんが疑問の声を上げる。信じられないといった顔をしている。
俺も思い返してみる。赤ん坊のころから一緒に生活しているはずだが、レオンの記憶の中には特に魔法を使ったと思える出来事はなかった。
「確かに見たことないわ。」
エレナも同じことを考えたのだろう、レオンよりも先に答える。
俺よりも数倍感の働くエレナですら知らないのだ、俺が知るはずもない。
エレナでも知らないとなるといったい誰が知っているのだろう?もしかしたら誰も知らないのかもしれない。
「このことは他に誰か知っているのですか?」
「いいや、知らんよ。」
やっぱり。他に知っている人は誰もいないようである。俺たちもじじ様が言わなければおそらく一生知ることはなかっただろう。
「お母さんにも?」
「あぁ、あいつにも言ってない。」
「えぇ?!そうなんですか?!」
エレナのお母さんにも言ってなかったのか。なぜそこまでして隠す必要があるのだろう。別に盗まれるわけでもないのに…。
「どうしてですか?」
「魔法を捨てたんじゃよ。」
今度はおやじさんの代わりにじじ様が答える。
魔法を捨てた?魔法を捨てることなんてできるのだろうか。そしてなによりなぜ魔法を捨てようと思ったのだろう。何か捨てなければならないことでもあったのだろうか。
「それは何故なんですか?」
アレンさんが質問をする。相変わらず好奇心旺盛な瞳をしている。
「疲れたんじゃよ。魔法を使うことを、戦うことをな…。」
じじ様は顔を伏せながらそういうと押し黙ってしまった。微かに震えているのが分かった。
こんなじじ様を見るのは初めてだ。いったい何があったのだろう。
おやじさんを見てもじじ様と同じように顔を伏して何も言わないでいる。拳は強く握られそこからは怒りすら感じられた。
エレナはそんなおやじさんを見て不安そうにしている。
「あれは台風が直撃して激しい雨が降っていた時のことじゃ…。」
空からは打ちつけるような雨と怒号、地面には雨と血が入り混じったものが流れている。辺りを見回すと敵兵の無残な死体が転がっていた。それはまさに地獄、まさにこの世の終りを体現化したようだった。もはや日頃の綺麗な町並みは消えていた。
思考が停止しそうになり、頬を何かが流れていく。流れているものが自分の血なのか敵の血なのか分からなかった。目の前は暗く血で染まり、耳に入ってくるのは敵の許しを乞う叫び声だった。
その叫び声が突然止まる。視線を移してみると味方の兵が足にしがみついた敵兵の頭を味方の兵が吹き飛ばしているところだった。頭部を失った胴体は糸が切れた人形のようにその場にぐったりとなっている。
先ほど吹き飛ばされた頭が足元に転がる。目は見開かれて目の前を、いや、この世のすべてを呪うようにして睨みつけていた。
思わず目が合う。目を背けようとしてもその血走った目は自分を離そうとしない。
「うっ…!」
身体が拒否反応を示す。胃の中の全てを吐き出すが何も食べていない胃からは胃液しか出てこなかった。何も出ない胃の代わりとでもいうように涙が溢れてくる。
「―――!―――!」
誰かが私を呼んでいるのが分かる。だがもう何も聞きたくなかった。
自分も沢山の敵兵を殺した。中には家族の名を出すものもいたが自分を守るためにと自分に言い訳をして殺していた。これ以上戦えば罪悪感で押しつぶれそうになる。
緊急用で配備された錠で死のうとしても死後の引き金は引けなかった。そんな弱い自分に情けなくなる。
「大丈夫ですか!!気をしっかり保って下さい!!」
声が聞こえる。いつも聞いている低くて怒ったような声だ。この声の主は良く分かる。
「ルイスか?」
「はい!しっかりして下さい!!」
ルイスの緊張した顔が見える。身体が大きくふてぶてしい表情からよく仲間にクマと言われて笑われていたことを思い出した。
「俺はもういい。先に行ってくれ。」
「何を言っているんですか!!戦争ですよ!!」
ルイスから発せられた戦争という言葉に背筋がぞっとする。
自分は甘く考えていた。敵を殲滅し勝利を勝ち取る。ただそれだけだと思っていた。
戦争はそんな甘いものではない。命の重さも知らない、真の覚悟も持っていない自分が立つところではなかったのだ。もう一歩も歩きたくはなかった。そう思ったその時、
「うわーーーん!!」
遠くで泣き声が微かに聞こえる。逃げ遅れたのだろう、幼い女の子はその場で座って泣いてしまっているのが頭の中で見えた。
俺は何をしているんだ。大人のくせに涙を流して座り込み、挙句の果てには生きることを放棄してしまっている。
こんなのがなりたかった自分か?違うだろが!俺はみんなを守るために闘っているんだろ!!脳裏に笑った仲間たちの顔が浮かんだ。そして自分の愛する人も…。
自分を鼓舞して立ち上がる。頭の中には子供のことしか考えてなかった。
「ルイス!子供がどこかに取り残されている!助けるぞ!」
「はい!!」
ルイスと手分けして探す。途中何人か敵兵を見つけたがすぐに殲滅する。
今の自分には二人分の命がかかっている。守るものがあるだけでこんなにも強くなることが出来る。敵兵のことを考えていても仕方ない、ここは戦場だ。死ぬ覚悟はみんな出来ている。そうでも考えていないとおかしくなりそうだった。
「いた!いたぞ!!」
目の前500メートルほど先に子供が泣いている姿があった。急いでルイスを呼ぶと近くにいたのだろう、すぐに合流すると一目散に子供の元に向かう。
「待ってろ!すぐに助けるぞ!!」
子供に向かって叫ぶも子供の耳には雨の音や恐怖で通らなかった。
「あっ!!」
ルイスが小さく声をあげる。見ると少女の近くの建物が壊れて傾きかけていた。少女に気付く気配はない。
「クソがっ!!!!!」
俺とルイスは拳に魔力を込めると建物に向かって投げつける。
自分たちにはもう簡単な魔法を使えるだけの魔力しか残っていなかった。
最後の力を振り絞った一撃も建物を吹き飛ばすことは出来ず、壊しきれなかったものが破片となって少女のもとに振り落ちそうになっていた。
「ああああああああ!!!!!」
破片がぶつかりそうな所で一か八か少女のもとに飛び込む。
「うっ…!」
ルイスは落ちた破片により舞い上がった砂埃に視界を遮られる。最後に見たのは少女のもとに飛び込む後姿だけだった。
「大丈夫ですか!!!」
まだ砂埃が辺りを舞う中ルイスは必死に声を上げる。
「こっちだ!女の子も無事だぞ!!」
ルイスは急いで駆け付ける。そこにはまだ泣いているが無事、怪我をしていない子供の姿があった。
「良かった…!」
ルイスが少女を抱きしめる。突然現れた大男に少女も泣くことを忘れてびっくりしていた。
「おいおい、折角助けたんだから食べるなよ。」
「食べませんよ!」
ルイスとのいつもと変わらないやり取りと少女を救えたことに束の間の安らぎを感じる。
そういえば笑ったのはいつぶりだろうか、ひどく久しく感じる。この頃戦ばかりで心身共に疲れ果てていて笑うなんてことはなかった。
「よし!こんなところにいたら危険だ、急いで避難させるぞ!」
「はい!」
ルイスに少女を抱えさせると俺に付いてくるように促す。この辺りはルイスよりも俺の方が詳しかった。
そうしてしばらく走る。出来るだけ敵に合わないように、かつ迅速に行動するのを心掛ける。
街を抜け避難所まであと少しのところまで駆け付けた。やっとつく、そう思ったその時、突然目の前が爆発した。
「うおっ!!」
マントで砂埃を避ける。
「おいおい、なに逃げてんだよ。」
声のする方に視線を移す。そこには何人かの武装集団が集まっていた。
「何者だっ!?」
「見たら分かんだろ?お前さんの敵だよ。ほれ。」
そう言って自分の甲冑の胸に指を指す。そこには敵国の紋章が彫られていた。だが、その紋章の周りには鎖を連想させるものも彫られている。
「貴様、囚人か。」
その紋章には偵察部隊からの報告が入っていた。敵国は囚人も戦争に駆り出されていると、そして駆り出された囚人には通常の紋章に加えて鎖が彫られているという情報が入っていた。
「ほう、よく知ってんじゃねぇか。誰から聞いたんだ?」
「昨日の女かもしれませんよ?あの女が偵察だったかもしれません。」
集団の一人が声を上げる。爬虫類のような顔でこいつも同じく囚人の紋章が入っていた。
「何言ってんだよ。あいつは昨日散々遊ばせてもらって最後は殺したじゃねぇか。」
「あれ?そうでしたっけ?」
その爬虫類顔の男はとぼけた顔をしている。周りの男たちはその顔を見ると一斉に笑い始めた。
聞くに堪えない笑い声だ。
「下種が…。」
小さく呟く。目の前のボスと思しき男を睨みつける。男は俺が睨んでいるのに気付くと笑みをこぼした。
「お前もしかしてあっちの方に合った避難所目指してんのか?」
男はにやにやと話しかけてくる。周りの男もそれを聞いてにやにやしている。
「話す必要ないな。」
ルイスが声を出す。少女は後ろで物陰に隠れていた。
「まぁ聞けって。お前たちが行こうとしてるであろう避難所ならさっきぶっ壊してきたぜ。」
「なっ…!」
避難所は何があっても手を出してはいけないことになっている。これは戦争するうえでは暗黙の了解とされ、万が一そのようなことが見つかった場合、処刑されることもある。
「ついでに女もそこでやっちゃえばよかったんですよ。」
爬虫類顔の男が声を上げる。
「馬鹿が、楽しみは取っとくもんなんだよ。それにしても、まさかみんな自殺しちまうとはなぁ。」
「自殺、だと。」
「おぉそうよ。みんな死にやがった。子供までだぜ?将来性あったのになぁ!ぎゃハハハははは!!」
自殺、だと。その事実を認識すると、俺の目の前が真っ赤に染まった。頭に血が上り怒りではじけそうになる。
この者どもは避難所を破壊するという暴挙に出るどころか、女子供を拉致してあろうことかその手にかけようとしたというのか。
「ママは?」
少女が後ろで消え入りそうな声で呟く。さっきまで泣きやんでいた少女の目にはまた涙が流れていた。
「お、女いるじゃねぇか?今日はこれ持って帰るか?」
ボスと思われる男はあたかも当たり前だというような調子で平然とそのような言葉を口にした。もう我慢の限界だった。
「貴様ら!!!何をしたのか分かっているのか!!!!!」
俺は怒号を上げると剣を抜いた。ルイスもその目は怒りで満ちていて、俺がいなければすぐにでも切りかかりそうだった。俺の持っている剣の柄からは血がにじんでいる。
「貴様らに生きる資格はない。」
ルイスの語尾は怒りで震え耐えきれないといった表情である。
「馬鹿はてめぇらだ。戦争だぜ?力のあるやつが支配するんだよ。力のないやつは支配されるだけだ。丁度今のお前たちみたいなやつらだよ!」
そういうと男を筆頭に一斉に剣を抜いた。40といったところか、こちらは魔法も使えず満身創痍だ。うって変ってあちら側は目立った傷もなく余裕の表情を浮かべている。おそらく逃げても無駄だろう。
まさに万事休すといった状況だ。
だが、ここで諦めるわけにはいかない。ここには俺たちの命だけでなく一人の少女の命までかかっている。この子だけは死んでも守らなければならない。
「貴様、最後にいう言葉はないか。」
「お前たち殺した後そこの嬢ちゃんとたっぷり遊ばせてもらうよ。」
「死ね。」
ルイスの言葉で火ぶたは切られた。
男の取り巻きが一斉に襲って来る。だが、数に比べると剣筋は短絡的なものでかわすことは容易だった。次々と迫ってくる剣をよけながら切り伏せていく。
後ろからの攻撃をよけると剣を振りかざした正面の敵に刃が刺さった。伸びた手を掴みへし折ると一気に地面に叩きつける。すかさず剣で喉元をえぐる。
そこまですると流石に警戒したのか敵は不用意には踏み込んでは来なくなった。剣を死体から引き抜くとルイスの方に視線を移す。ルイスはその剣で切るというよりは叩きつけるようにして敵をなぎ倒していく。ルイスに切られた敵は胴体を真っ二つにされている。怒りに我を失ったルイスは文字道り獣と化していた。
「ちょっとはやるじゃねぇか。なかなかの腕前だ。」
高みの見物をする男は涼しい顔で俺たちの腕を評価した。
「まぁもう終わりだがな。」
そう言うと男は右手を上げる。手には掌にすっぽりと入るほどの小さなものが握られているようだった。
「魔具か…。」
ルイスが呟く。
魔具、書いてその字の如く魔力の込められた道具である。刀や銃なども魔力が込められていれば魔具と称せられる。形状で分かるものや使ってみないと分からないものまで実に多種多様である。
この場合、形状では分かりにくく実際に使われてみないと分からないので警戒をせざるを得なかった。
「これ何だと思う?」
男はふざけた様子で質問してくる。へらへらと笑いながら手に持った魔具を掌で遊んでいた。
ふざけやがって。
見ると周りの部下と思われる男どももへらへらと笑っている。未だ俺の足元には死体が倒れているにもかかわらず、全く眼中にはないようだ。
「泣けるねぇ。必死に頑張っちゃって。ボロボロになりながらも立ちあがっちゃって……。俺はそういうのが一番嫌いなんだよ!!へどが出そうだ。偽善ぶりやがって!!」
男は急に豹変すると掌にあった魔具を握りつぶした。ガラスを落としたような音とともに毒々しい煙が辺りを漂う。煙を吸い込んだ男の兵は苦しそうに悶える。
「止めろ!!馬鹿なことはするな!!」
「馬鹿はてめぇだ!」
男はそういうと男も苦しみ始めた。男と部下はみるみるうちに身体が異様な姿へと変わっていく。筋肉が異様に盛り上がり顔からは野獣のような角が生えてきている。
「ふぅ。どうだ?カッコイイだろ?」
異様に低い声が聞こえてくる。声の調子から察するにボスの男だというのが分かる。
その異形な姿からは明らかに前よりも禍々しい気を放っている。
「強化型の魔具か。」
「それも通常の量じゃないな。身体に適応出来ずに身体の中で暴走を起こしている。このままじゃ自我を失うぞ。」
「それなら好都合です。一気に攻めましょう。」
「そうだな。」
攻めの態勢に入る。ここらが正念場だな。ここを倒せば何とか少女だけでも逃がすことが出来る。
「まだ勝つ気かよ。もう終わりだ。」
両者が睨み合う。相手もこちらの意図を感じ取ったようだ。緊張した空気が流れる。
嫌な静けさだった。
「ふっ―――!」
こちらから仕掛ける。相手もほぼ同時に走り出した。
「殺せ!!!」
男の怒声が響き渡った。